第2話 夜、公園で


「まさか先輩の方から呼び出してくれるなんて思いませんでした」


 午後八時。僕はすっかり暗くなった近所の小さな公園に恋歌を呼び出した。周囲に人の姿はない。


「今、私とーっても忙しいんですよ。色々あって」

「そうらしいね」


 いつも明るい彼女の顔にも、流石に疲れが見てとれた。事件のことで警察に色々と聞かれたのだろう。

 僕は考えていた言葉を口にすべきかどうか悩む。だが今を逃せばきっと聞けなくなる。そう思い、問いを発した。


「わからないんだ。君はなぜ昨日、僕を校舎裏に呼び出したのか」

「……まだ言ってるんですか、それ」

 恋歌は呆れた目を向けてくる。

 僕はつとめて静かな口調で続けた。

「ああ。随分と都合よく家を開けていたものだと思ってね」


 恋歌の眉がぴくりと動いた。 

「……もしかして疑ってます?」

「少しだけ」


 そう。僕は恋歌を疑っている。

 唐突な愛の告白と、母親殺害の時刻が重なった。そんな偶然があるだろうか。

 酷いことを言っている自覚はあった。親を殺されて悲しんでいる少女に「君が殺したんじゃないのか」と言っているのだ。最低の所業だ。泣かれても罵詈雑言を浴びせられても文句は言えない。――だが、そうはならなかった。


「最大のアリバイ証言者は先輩です。違いますか?」

 まるでこの会話を楽しんでいるかのように恋歌は笑った。

 恋歌の言葉は事実だ。昨日の夕方というのは、まさに恋歌と僕が一緒にいた時間。彼女のアリバイが完璧であることを、他の誰でもない僕が一番よく知っている。

 それでも。

 いや、だからこそ僕は、あの告白には裏があると思えてならないのだ。


「何も君が実行犯である必要はない。手引きをした可能性はあるだろう」

「ふぅん。……結構酷いこと言いますね、先輩」

「自覚はあるよ。だから友達もいない」


 そして女の子に告白されるような人柄でもない。


「そういえば先輩。私、今日泊まるところないんですよ」

「なんだよいきなり」

 突然話が変わって僕は驚くが、恋歌は気にしたふうでもなく言う。


「ほら、この辺って最近治安悪いじゃないですか」

「最近というか昨日だな」

「いえいえ。最近多発してるらしいですよ、下着泥棒」

「……ツッコミ待ちか?」


 下着泥棒どころではない事件があったはずだ。昨日。

 しかし恋歌は真顔で答える。


「何言ってるんですか。立派な犯罪ですよ、下着泥棒」

「それはそうだけど」

「私の下着が先輩以外に盗られるなんて吐き気がします」

「……」


 反応に困る。


「欲しいですか?」

「いらん」


 困っている僕を見て楽しそうに笑いながら彼女は言う。


「実際帰る家がないのには困ってるんですよ。警察にも聞かれましたけど、友達の家に泊めてもらえるって言って出てきちゃいましたし」

「ならその友達に泊めてもらえばいいじゃないか」

「何言ってるんですか。先輩をあてにしてたに決まってるじゃないですか」

「そんな決まりはないが」


 何言ってるんだ、は僕の台詞だ。

 思わずそう言い返しそうになったとき、恋歌の瞳が僅かに揺れているのに気づいた。


 その口元には微笑が浮かんでいる。

 冗談を言って、明るくふるまっている。

 でも、緊張している。胸の内に不安を抱えながら、僕を見つめている。


「どうするんですか、先輩。私を放置して帰っちゃいますか?」

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