第4話 吉岡さんの告白

 書き込みからして吉岡さんの入院は1年続いていることになる。重い病気なのかと少し心配だ。

 なんか母さん言ってたのを思い出した。母さんが高校のときの数学の先生が末期ガンを克服したという話。あらゆる病気は気合で治るんだと僕はそういう間違ったスパルタ教育を受けている。僕の口から頑張れとは言えない。ここは吉岡さんの言う通り詮索するのは止めておくか。

 矢野さんと田中さんが退院して寂しいのだろう。とにかく楽しい文通にしていこうと思う。

 

 それからも謎の文通は続いた。学校行事について吉岡さんは興味があった。僕は高校1年生で体験したことを吉岡さんに伝えた。気になることをきいてみた。

 

7月5日 山本優斗

なぜ吉岡さんは数字の問題を出そうとしたの?

 

7月8日 吉岡久美子

本当に誰が解いても同じ答えになるかどうかを試したかったのです。

ラプラスの悪魔を知っていますか?

もし世の中のすべてが原子レベルで解明できれば、すべての未来は予測可能になるのです。

この世の中は悪魔に支配されているのです。

   

 

 おおお。凄い考え方だ。数学女子はみんなこういうものなのかと怖くなってきた。

 ここでかねてからの疑問がある。班ノートは残り3ページだ。ページを使い切るとタイムスリップできなくなるのかどうか。もしできなくなるなら吉岡さんはあと1回だ。とりあえずこれからどうするかを書こうと思う。

 

7月9日 山本優斗

残り3ページ。もしかしたら文通が終わるかも知れませんね。

僕はコンピューター系の大学に進むつもりです。

吉岡さんに負けないように数学もみっちり勉強します。

大学卒業後はできれば地元に戻ってきたいな。

   

 

 次の日。吉岡さんから返事がきた。

 

7月10日 吉岡久美子

私はガンです。

中学3年の終わりごろから学校に行けなくなりその後入院しました。本当なら長瀬高校の2年生です。

山本君と同級生です。

矢野君は小学6年生で田中君は中学2年生です。

私は入院しても寂しくはありませんでした。班ノートがあったからです。

班ノートには病気のことは書かないというルールです。

病院にいながら学校生活を送りたいという目的で作られました。

しかし矢野君も田中君ももうこの世にはいません。

どちらもちょっと検査すると言ったのが最後の言葉です。

お別れが言えませんでした。それがとても心残りです。

山本君。本当に素晴らしい日々をありがとうございました。

さようなら。

   

 

 僕は衝撃を受けた。ガンって。昭和のガンといえば不治の病だ。

 僕はネットでガンを調べた。現在だと小児ガンの7割は治るらしい。しかしそれを吉岡さんに伝えたところで意味はない。

 続けてガンのことを調べた。ガンというのは10年かけて成長するらしい。ガン細胞は1年に3回分裂する。10年で30回分裂して1センチになり11年で2センチになる。そのため早期発見が重要になる。

 

 ん? ここで僕は思い出した。吉岡さんの初めの問題。

 1・2・4と2倍ずつ増えていく問題。1行に3つずつ書かれていた。初め1個のガン細胞が10年で10億個になる計算だ。僕は答えを20億、そして40億と回答した。これはガンの数だったのだ。

 そして2問目と3問目のフィボナッチ数。初項が違っても同じ法則で数は増えていく。それを自然界の掟だと僕は言った。

 

 なんてことだ。吉岡さんにラプラスの悪魔を教えたのはこの僕だったのだ。

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