第3話 父と母

最初に《笑う悪魔》と呼び始めたのは彼らと対峙した事がある者だった。


何故ならば、戦闘中全員が常に顔に笑みを浮かべながら戦っているのだ。


それは優勢だから笑っているのでは無いはずで。


切られようが、殴られようが、魔法が直撃しようが、死者が出ても変わらず常に笑みを浮かべていた。


非常に高い戦闘能力を誇る集団、尚且つその気味の悪い笑みを全員が浮かべていた事から《笑う悪魔》と恐れられ、そう呼ばれていったのだった。


各地から集められた癖は強いが実力は確かな冒険者30人。


パーティを数人で組んでいた者も何組か居り、名の知られた冒険者も居た。


そして今回の依頼は、それぞれ個人で持ち帰った首の数だけ報酬が出るというもの。


一人ひとりの首に出される金額はかなり大きく設定されていた。


それ故に冒険者たちは、自分が得られるはずの報酬が他者に取られる事を嫌がる者達、相手の強さを警戒し即席でパーティを組む者達に別れて別々に敵拠点とされるところへ向かうことになる。


相手の強さが正しく伝わっていれば、別れて行動などしなかったのかもしれない。


しかし、別れて行動してしまった。


母は、野生の直感で単独行動を避け、即席パーティと行動を共にすることにし、各々冒険者たちは夕方に出発、敵拠点へ向かう。


進行中周りは見通しの悪い木々、仲間の冒険者の中に追跡等を得意とする者がおり先導してくれているが母は嫌な予感が進行すればするほど強まっていた。


その予感は的中、先導している冒険者がいきなり倒れ、周囲から敵が突撃してきたのだ。


敵は全員笑みを浮かべており、冒険者たちは先制攻撃を仕掛けられたと素早く察知、強襲に対し、事前に準備していた隊形になり対処しようとしたが、想像以上に敵が速く強すぎた。


母は一番前で敵を受け止める役割だったものの、自分に向かってくる敵を対処するのに精一杯で、後ろの仲間には気を回すことが出来ず、敵を何人か殺すことは出来たものの、味方は次々と敵の猛攻を前に倒れていき、そして最後の一人となってしまった。


最早逃げ場は無いと、不退転の決意で身体に戦意を纏ったとき、敵の集団の奥から大斧を担いだ男の姿が……、そう彼こそが僕の父だ。


笑みを浮かべながら父は口を開く。


「ほかの冒険者共は全員殺したはずだ。お前さん、名前は?」


「人に名前を尋ねるならまず自分から言いな!」


「俺はこの荒くれ者共のリーダー、ゴルダス。お前さんは?」


「ダッラ。」


「うちの仲間が一人にこんな苦戦したこともないし殺された事もない。どうだい、俺と一騎打ちしてみないかい?それとも逃げるか?今なら見逃してやっても良いぞ」


「なめんじゃないよ、バカたれ。楽しそうな殺し合いから逃げるわけないじゃないか!」

母は凶悪な笑みを浮かべる。


「いい顔だ。……よし、そうと決まればここじゃあ邪魔が入るかもしれねえからな。奥に行くぞ、付いてこい。何人か残って目ざとい物を取っておけ、それと死体の処理もな」


何人かをその場に置き、父とその仲間たちと共に母はずんずんと森の奥へ進む。


母は周囲の雰囲気が柔らかいものである事もあり疑問になったことを聞く。

「あんたら、自分の仲間がやられといてなんでそんな笑ってんだい?」


「戦う者として、全力で戦って笑って死ぬってのは一番いい死に方だろう?」


「それには同感だ。……あんたらがいつも笑っているのもそれが理由なのかい?」


「ああ。……別に誰が最初に始めたってのは無いんだがな。勝手にそうなっていただけだ。だが、残される者もそいつが全力を尽くして戦い、笑って死んだと分かっていれば気が楽になるもんだろ?死んだ奴らを想って祝杯を挙げることはあっても、悲しんだり、泣いたりはしない。笑って送ってやるのさ」


「アハハハ、そうかい。そりゃまた痛快だね」


「そうだろう、そうだろう」


置いてきた者も仲間の亡骸と戦利品を担いできて合流。


森の奥に進み1時間が経った頃だろうか、開けた場所に出た。


途中で魔物が現れることもあったが、父の仲間が迅速に処理していた。


「邪魔が入らないよう、警戒と対処頼んだぞ」

父が周囲に声をかける。


「さあ、楽しもう」

父を笑みを浮かべながら斧を構え。


「ああ、楽しもう」

母もまた笑みを浮かばせ、飼いならした<狂化>を発動し目を赤く光らせながら両拳を打ち合わせた。


そして二人の戦いが始まった……。


その戦いは熾烈を極め、お互いがぶつかり合うたび轟音が鳴り響き、周囲に爆風のような激しい衝撃が発生し、クレーターが出来ていく……。


その戦いを、父の仲間たちは周囲を警戒しながらではあるものの歓声を上げて楽しんでいた。


だが、互角の戦いでなかなか決着はつかない。


夜が明け太陽が頂点に差し掛かった頃、母の渾身の右拳が父の顔にめり込む。


しかし、父はひるまず衝撃を活かし身体を回転させ、大斧を母の胴体にぶち当てようとするも両手を硬化しクロスし受け、吹き飛ばされ、森の中へ姿を消した。


吹き飛ばされた母を追うことはせず、大斧の柄を地面に打ち立て、待ち構えた。


森の奥から、ゆっくりゆっくりとのしのし歩いてくる母。


その顔は目を輝かせて笑みを浮かべていた……。


それを見て、笑みを深める父。


再度向かい合ったとき、ゆっくりと母に近づきながら父から口を開いた。

「名前……。ダッラと言ったな」


母も父の方へ歩き……。

「ああ、そうだよゴルダス」


「気が合うな」


「あたしも同感だ」


完全にお互いの間合いに入り両手が届く距離まで歩み寄った。


そして……。


「どうだい、俺の妻にならないかい。まあ、俺と夫婦になったら良い死に方は出来ないだろうがな、ガッハッハ」

自分の唐突にプロポーズした父。


だがそれに対し母は笑いながら答える。

「ハハッ、剛毅だねぇ。好きだよそういうの。いい男と夫婦になって死に方を気にするやつなんているのかい?少なくともあたしはそんなもん屁でもない、どうでもいいことさ。あんたが背負っているものをあたしにも背負わせな!」


お互いは見つめ合い、父の仲間が見守る中、父と母はそのまま抱き合いキスをした……。

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