第4話 恋と友達
その夜。明日の約束の件でとりあえず梓に連絡をせねばとスマホを取り上げるが、そのたびに崇史の顔がちらついて、文章が全くまとまらない。
「うーーーー…」
(どんな顔して梓に会えばいいのよう)
「先輩の、ばかっ!」
メールを送るのは明日の朝一番にしようと決めて、美紅は布団に潜り込む。
足首はまだ痛むが、それどころではなかった。鼻と指先だけ出して動画でも見ようとスマホを触ると、オススメに少し懐かしいCMが上がっていた。再生を押す。
入学したての頃、部活動紹介で吹奏楽部が最後に演奏していた曲がイヤホンを通して聞こえてきた。
「あー………」
あの時自分の目と耳を釘付けにしたのは、崇史とそのトランペットだった。
「そういえばそうだったな…」
音はもちろんだが、まっすぐに立ち楽器を構える姿、真剣な眼差し、どれもが心に突き刺さった。あんな風に楽器を吹けるようになってみたいと、そう思った。
高校に入ったら、違うことをしようと決めていた。
体を動かすのは好きだし、向いていると自分でも思う。中学の時入っていた陸上部では飛び抜けていい成績を残せたわけではなかったが、仲間にも恵まれ充実した部活生活だった。しかしせっかく志望校に合格できたのだから、心機一転何か違う世界の扉を叩いてみたかった。
(何がいいかな)
バレーにバスケ、サッカーにテニス。球技やってみたい。陸上は基本個人競技だったから、チームプレイって気になる。
ああでも武道も捨てがたいな。剣道弓道、空手、柔道。新入生から見た三年生は、鍛えられた体もさることながら道着や袴の着こなしがかっこよくて目が離せない。
体育館での部活動紹介の間中、美紅は悩みに悩んでいた。
同じ中学からこの高校へ進学したものは少なくまだ交友関係も出来上がっていない為、誰かと同じ部活に入ろうという考えはない。文化系クラブへ入るという選択肢もなかったので、舞台上で披露される勧誘活動では運動部のことばかり注視していた。
「それではこれで体育館での部活動の紹介を終了します。あとの一つは設置の関係上体育館の出口での紹介になりますので、出る際にゆっくり見学してください」
生徒会の男子がマイクでアナウンスすると、いきなり外からファンファーレが聞こえてきた。周囲の生徒たちがざわつく。
「なに?」
「吹部じゃない?」
「聴きにいこー!」
立ち上がって外に向かうもの、館内に残った各部活の生徒達に話を聞きに行くもの、見知った顔どうしで集まるものなどばらばらに動き始める。希望を一つに絞りきれない美紅は周囲の流れに合わせて外へ出た。
(わ…)
花を落とし新芽をのぞかせる桜の下で、吹奏楽部が演奏をしていた。人数は二十人に足らないくらいだろうか、男女の比率は三対七といったところ。
美紅の通っていた中学には吹奏楽部がなかったので、間近で演奏を見た経験がない。生の楽器から出る音の迫力に圧倒されて、つい足を止めてしまった。
「あ」
桜をテーマにした曲が流れている。そしてサビから流れるように別の桜モチーフの曲につながった。
(これ、桜のメドレーなんだ)
耳に馴染みのあるポピュラーソングの心地よいメロディーが、春先の柔かい風に乗って辺りを包み込む。
楽しそうに演奏しているのかと思いきや、部員達の顔は優しい音色とは正反対に真剣そのもので、楽器演奏に馴染みのない美紅にも一生懸命さが伝わってくる。椅子と、楽譜を乗せた台がたくさん並んでいて、これを用意しなければならなかったから体育館内で他の部活のように入れ替わり立ち替りで発表できなかったのだと納得した。そういえば、入学式の時にも入場退場や校歌の演奏などでいたような気がする。
せっかくだから聞いていこうと観客用に用意されていたパイプ椅子に座る。同じことを考えた生徒も多く、あっという間に椅子は埋まった。
曲は次々と演奏されていく。流行りの曲や知っている曲がほとんどで、クラシックばかり演奏するのかと思っていた美紅は意外だった。
(へええ、楽しいじゃん)
指揮者の指示に合わせ手を叩いたり、部員達が体を揺らすのを見ているとこちらも楽しくなってきた。そして。
「新入生のみなさん、私たちの演奏を聞いてくださりありがとうございました。次が最後の曲になります。私たちと一緒に演奏したいなと思ったら、ぜひ入部してください。初めてでも、楽器がなくても大丈夫です。部員全員でお待ちしています!」
滑舌の良い司会の言葉に、軽やかな前奏が重なった。初めは高い音、次に中くらいの音が加わり、どんどん音が増えていく。そして高らかに入る主旋律。最後列ですっと立ち上がった背の高い、メガネをかけた男子生徒が構えるトランペットが視界に飛び込んだ。
この曲は知っている。チューハイだったかのお酒のCMで観たやつだ。テンポが早く、ノリがいい。演奏している部員たちの表情も、真剣さはそのままに生き生きとしてなんだか輝いてみえる。色んな楽器を持ったまま、一人また一人と立ち上がっては座り、体を揺らしながらの演奏。
一曲は、あっという間だった。
ありがとうございました!と立ち上がった彼らが礼をして、椅子と楽器を片付け始めてからも、美紅はその場に立ちすくんでいた。
ネットで流行の曲を聴くのは好きだけれど、楽器なんて小学校の時リコーダーを吹いたくらいの経験しかない。楽譜もほとんど読めない。それでも。今全身で受けた衝撃のままに行動してみようか。
先ほどよく通る声で司会をしていた女生徒が、てきぱきと指示を出しているのが見えた。ネクタイの色からして三年生だ。彼女が部長か副部長だろうとアタリをつけて声をかけてみる。
「あ、あのっ!」
「あ、新入生の子かな。聞いてくれたんだね、ありがとう」
「あの、楽器、弾けないんですけど。それでも、入部って、できますか」
勢いのよい美紅の言葉に女生徒の顔がぱあっと明るくなる。
「もっちろん!」
そこからはあっと言う間の二年だった。
ベッドの中で美紅は苦笑する。
「なんだ、梓と一緒じゃん」
親友は気持ちをまっすぐ演者に向け、自分は楽器に向けた。方向は違ってもきっかけは同じだった。
足は痛いし考えはまとまらない。明日自分が行けなくなったら、梓は上総と二人になる。それってデートみたいじゃんとふと気づいてまた笑う。
(あの二人、うまくいくといいな)
崇史に振られたショックを梓があまり引きずらなかったのは、上総に現場を見られていたからだと後になって聞いた。「こうなる運命だった」と言っていた梓の顔を思い出す。
ここ最近、特に文化祭以降、梓からよく上総の話を聞くようになった。彼の話をする時の梓は自然体で楽しそうで、緊張しながら憧れの崇史の姿を追いかけていた時とは全く違っていた。
(運命かぁ)
梓と上総がうまくいったら、二人は運命だったということだ。
「かずさ と あずさ」
以前学食で二人が知り合いだと聞いた時に言った言葉を繰り返し、ふふっと笑う。
もし二人が付き合いだしたりしたら。
思い切って相談してみようか。
「ちょっと待って」
もだもだと自分の考えをまとめきれていない美紅はある重要なことに気づく。
「次…私が三年なんだけど」
あの時、あの初夏の屋上で崇史はなんと言っていたか。
春になり新一年生が入部してくれば、部活をまとめる三年生は本格的に忙しくなってくる。定期演奏会に地元のイベント、土日は練習にリハーサル。そうこうしている間に夏のコンクール。
『終わったらすぐ引退して受験の用意。遅れを取り戻すために夏期講習詰め込まれるから、もし付き合ったとしても遊びに行ったりできない』
(とか偉そうに言ってたの誰よー!!!!)
梓は大学進学を目指していると言っていたが、美紅はまだ進路は決めてはいない。専門学校か、短大、あるいは大学、これから決める大事な時期だ。そんな時期にどえらい問題を持ち込んでくれた当人の顔が頭に浮かぶ。
「自分は受験終わってすっきりしてるからってー!!」
付き合う付き合わない以前に、これは一つ改めてとっくりと話をつける必要があると美紅の胸に熱い決意が湧き上がってきた。
足はまだずきずきと痛む、それに加え気持ちが高揚してなかなか眠れず、翌日梓への連絡がぎりぎりになってしまったことは余談である。
まだ恋を知らないのは私だけかもしれない 望月遥 @moti-haruka
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