魔術師ユリは、今日も空腹 2
もう一人の少女は元々ただ一人の首席だった。彼女もまた、金持ちのご令嬢特有の言葉遣いをするし、無駄な金遣いをしていそうな衣服や化粧品を散々見せびらかしている。同性からすれば
男子生徒は照れながらなぜかこちらに視線を向けてくる。視線が合わないように空中のどこを眺めているかわからない私の技術はここでもいかんなく発揮されていた。ああいうやつの中には、なぜか妙な勘違いをするわけのわからない者もいる。そういうよくわからない、理解できないものに巻き込まれたくない。そもそも目立たないようにしているが、貧乏というだけで男女とも、生徒からも教師からも多少なりとも嫌味を言われたりすることもある。こちらも同じ人間なのに、ストレス発散道具だとでも言わんばかりの態度に、そういう時こそお金を遣うべきだと助言をしてあげたい。無駄なことに遣うより、より自身のために遣うほうが、お金も喜ぶのではと考えてしまう。
しかしこちらとて、お金をもらえれば理不尽な扱いを受けてもいいやい、とはならない。例えば、それがこちらの命を脅かしたり、心身を損なうような要求であれば、もはやそれを金額として割り出すことは不可能だろう。だが奴隷売買とまではいかないが、借金返済のために妻や娘を売りに……生涯の労働を契約されている場所へ向かわせられたりするのだから、どうあっても世の中は弱者にやさしくないということだ。
やっと鐘の音が鳴り響く。せっかく魔術があるのだから、こんなアナログな方法を使う学校も……どうなのかなと疑問になってしまう。まあ
昼休憩に入ったことで、教師はさらにおべっかを使い、おだてられる二人の生徒を残してほぼ室内の生徒は昼食に向かう。もちろん、私もだ。とはいえ、食堂で毎日昼食をとれるほど裕福ではないため、持参している弁当を静かな場所で食べるために移動をするのみ。だが、少々問題が発生していることを、今の私は懸念していた。
昼食時間も無駄にはできない。時は金なり。どこの誰の言葉かわからないが、私はそれをとても理解しているほうだと思っている。生き急いでいると母には言われたが、人間、明日どうなっているかわからないし、将来どうなるかもわからないのだから備えておくに越したことはない。だが、ある一定の金額までしか貯金はしないと決めている。でなければ、貯めたお金を遣い切らずに死んだら、きっと化けて出そうだなと思っていることもあった。わりと本気である。
廊下を目立たないように移動して、裏口から出てひと気のないベンチへと向かう。穴場である。裏口のある方向のベンチの並びは古く、正直修理も掃除もろくにされていないために綺麗でおしゃれなものではない。つまり、やつらは寄ってこない。逆に言えば、ぼっちとか、いわゆるやつらに目をつけられたくない者たちのたまり場になりがちだが、面白いくらいにみな、各々接触を避けるため、同じように素早く食事を済ませたらここを明け渡すつもりではいる。
ベンチにわざわざハンカチを敷いて座るようなお上品な生活をしているわけではないのに……ふぁさ、となぜかベンチに見覚えのない高級な絹のハンカチが置かれる。……これが最近の私に起こっている、少々問題、の事柄である。なぜか先回りをされたのか、それともどこかから飛び降りてきたのか……わかりはしないが、天才と言われまくっているあの男が自慢げにこちらを見ている。そのベンチから離れろ、と言いたいところだったが、これはもはや避けることができない状況になっている。今まではなんとなく察知して回避をなるべくしていたのに、今日に限って……。
「やあ、ユリくん」
挨拶ですか? それともなにかの催促の語り掛けですか? 謎すぎるのでわからない。その気持ち悪い余裕ぶった態度も、こちらにストレスをかけてくる要因だ。慰謝料をもらいたいほどだ。
私は弁当袋を両手で持ったまま、ハンカチの敷かれたベンチと、男子生徒、を順番に何度か眺め、どう穏便に済ませるかと考えてしまう。
「また一人で食事かい? 我が家のシェフが作った昼食を次こそは一緒にと誘いに来たんだ」
へえ。なんか一人で喋ってくれているけれど、そのハンカチはなに? 落としましたよって拾って渡せばいいのかな。どうしようかな。
実は名前すら憶えていないなどとは言えないので、視線を伏せてしまう。なぜか彼は少しだけ鼻息を荒くしている。きもいな……。
「さっきの僕の魔術、どうだったかな?」
「……発動も速かったです」
正直な感想を述べる。気合いのこもっていたであろう掛け声のこともあって発動は速かったし、威力もそこそこあった。それに炎を収束して消したのも速かった。普通は攻撃魔術は、放って終わり、という定義がある。攻撃なのだから、相手に向けて剣を振りかぶって降ろすという行為と同じだ。その降ろした後で剣をまた鞘におさめる行為は普通はしない。その前提条件をわざわざ
彼は鼻の下を軽く指で擦りながらもじもじとしている。
「君からも賞賛されるとは……やはり才能があるというのは怖いな」
賞賛? 誰かした? すごいこの人、幻聴まで……。なんか私に対しても妙な目つきをするし、何が見えているのか不安になってしまう。幻でも見ているのか、それとも私の姿に別のなにかを上書きしているのかもしれない……。これがテンサイか……。ウン、やっぱりまったく羨ましくない。
「今日は一緒には無理なようだし、都合の良い日を教えてくれないかい?」
「え?」
都合のいい日、とは? さっきからこの人は勝手に話を進めているけれども……私じゃない誰かがここに居るの……? まさかゴーストが見えるとか? いや、魔物かもしれない。透明な魔物のことは私は知らない。もしや世紀の大発見かも……。なんてね。
「なにを言っているのですか?」
「遠慮しなくていいんだ、ユリくん!」
なんでファミリーネームではなくて、名前のほうで呼んでいるのかな、この人。友達はこの学校にはいないはずだけど。もしや、この人の頭の中で、私が架空の友人設定にでもなっている……? どこまで都合のいい脳みそなの! すごい!
「遠慮ではなく、本当になにを言っているのかわからないので」
「恥ずかしがることはないさ。君はどこまで奥ゆかしいんだ」
誰の話をしているのかわからない……大丈夫ではないな、この人の頭の中。
「君がいつもこっそり僕を見つめていることを、僕は知っているからね!」
え……。見てないけど……。というか、早くいなくなって欲しい……昼食をとらせてくれよ……。
黙っていると、彼は勝手になにかを察したのか、小さく笑ってから「返事待ってるよ」と軽やかに言って去った。残されたのはハンカチ……。どうしろってんだこの私の昼食以上の金額の布を……。
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