魔術師ユリは、今日も空腹

ともやいずみ

魔術師ユリは、今日も空腹

魔術師ユリは、今日も空腹 1

 うるわしの貧乏魔術師の君、どうしてそんなに。

たのしそうに魔術を使うんだい!」

 思わずツッコミを入れてしまった。仕方ない。だって彼女はいつもはそうじゃない。そうじゃないのだ。

 質素可憐しっそかれん。まさに彼女のためにあるような言葉だと思っていたのだが、なにがそんなに愉快なのか理解しがたい!


***


 魔術師。その名称を持つ者には『免許』が必要である。腹が立つことに、学費も必要で、試験を受けるための費用も必要。魔術師を目指す者がエリートとされる理由はそこにある。

 つまりは、『かね』!

 金さえ出せば裏口入学や、免許も適当に出してしまう本当にムカつくようなやからがてんこ盛りに存在している。だからこそ、魔術師に対してはすべからく、高潔というわけのわからない印象が与えている。貧乏人を食い物にしている高額な闇医者とどこが違うんだ?

 そんな奴らが天才だとのたまう男が、学校に中途入学をしてきた。魔術師は職業の一つではあるが、もうかるものではない。正直、趣味にかたよっている職種と言えた。金持ちの道楽ともかげでは言われている。そう呼ばれるに値する連中がはばを利かせているのだから、間違っていない。

 まっとうな「魔術師」なんてものは、存在しない。研究に没頭している連中も変わり種しかいないし、婚活してもモサい外見のために令嬢たちからは遠巻きに遠慮されている。本人たちはわかっていないが。なんてすっかすかな脳みそ。うらやましい。

 そう、金持ちの道楽ではあるし、金さえあれば大抵の望みが叶ってしまう世界において……ある意味、摂理せつりじ曲げることのできる魔術師は、とても重宝される職場があることは、ある。特殊なものに限るため、給料に見合った働きができる者はごく少数。だというのに、ほとんどの魔術師はボンクラクズノロどもばかり。

 金持ちたちが偉そうに授業内容を自己理論で語る様子など、弁当を食べながら聞いていたらまず間違いなく吹き出してしまう。勿体ないから絶対に食事中に奴らの話が耳に入らないように注意をしなければいけない。

 どの場所でも、本来の優秀さを持つ人間、そしてまともな感性の持ち主はほぼ、不適合者として扱われる。いやいや、逆でしょ逆。とか思うのだが、それがまかり通ってしまうのが世の中というもので、正直お先真っ暗すぎて、誰もが玉の輿を夢見たりする。王子様? 運命の人? そんなもので財布の中が増えるわけがない。むしろ、そう名乗る連中にはクズが多いのが定評だ。当たり前だろう。クズがクズを育てるのだから、クズしかできない。世の中を『本当の意味で』まっとうにしたいなら、クズがいまだにこうして当たり前に弱者を食い物にしている世界ではないはずだ。つまり、世界にはどうしても弱肉強食や序列、階級などの『差別』をしなければ呼吸することすらまともにできないどうしようもない奴らがのさばっている、ということだろう。本当にどうしようもない世界だ。信じられるのは己のみ。信じられるのは感情を持たない物質のみ。

 すなわち『かね』。どこまでいっても、やはり金は生きることにも、自身のストレス発散にも、ある程度は必要となる。これがまた、腹立たしい。

 免許をとれなかったがある程度魔術を使える連中は、徒党ととうを組んで追いはぎになっていることも多い。そういうところでも、魔術を使える者は重宝される。だが、魔術師は物理攻撃に弱いということを理解しているため、どうしても周囲を疑ってしまう癖がつくことがある。それほどまでに魔術というものは、頼りない側面も持ち合わせる。当たり前だ。万能の力なんてものはそもそもない。では魔術師とはなんなのか。

 簡単だ。

 『過程ブロセス』を『省略』できる、ちょっと変わった人間。

 そう、それが私の思っている魔術師。魔術の技にダっさい名前をつけていたりするのは、共通認識の記号としてはおおむねいいのかもしれないけれど、私は少なくとも、人前でなにかをこじらせたような名称を口にできるほど、羞恥心がないわけではない。パフォーマンスにはうってつけだから一応記憶はしている。ただ、技名を言わないと魔術が発動しない、などと間違った認識を色んな界隈かいわいに与えているのはどうなのかなとも思ってしまう。

 魔術は才能と言う。それは当たり前のことだ。どんなものだって、才能があれば能力は伸びるし、なければそこまで。努力でどうにかできるのは、限られたところまでだと本当なら誰もがわかっているはずなのに。

「ウォータースライダー!」

 ……目の前で同級生がしている滑稽こっけいな状態を、吹き出さずに我慢しているのを、めて欲しい。なにそれ、なんて短絡的な名称なの本当に。

「ファイヤーボール!」

 ぐっ! 追撃でまた……! どうしてどいつもこいつも、そんな陳腐な名称で魔術を発動するの? 気合い? 気合いのため? 掛け声かけないとパンチでも出せないとでも言いたいのかしら。どうしよう。ただでさえ朝食を抜いていてお腹の音が鳴りそうなのに、笑わせようとしないで欲しい。

「良くできている。さすがは学年主席の二人だ」

 誉めている先生も、金持ち息子と金持ち娘相手に手でも揉みながら言いそうな口調だ。こっちでも笑いそうになってしまう。お世辞というにしては陳腐! まだ棒読みのほうが合っている。下手な演技を見せつけられるこっちの身にもなって欲しい。

 なにが? どこが? 良くできている?

 教室内で水をき散らして、用意された花瓶かびんを切ったこと? それとも、密室で高温の炎を出現させて消すまでの数十秒を生徒たちが汗をかきながら耐えたこと? 外でやるべきでしょ。なにこれほんと。我慢耐久でもしてるの? とりあえず誰が掃除することになるのか気になるところである。雑用をさせられるのは、だいたい貧乏人か、奴らが『弱者』と認定している者になる。金持ちなんだから、ケチケチせずに掃除代金くらい出せばいいのに。ケチ。

 ああ~、どうしようかな。早く授業終了の鐘の音が鳴ればいいのに。しかしこうやって外からゆっくり眺めると、どちらも攻撃系の魔術ではあるわけだが魔術師の厄介なところは『能力』によって術の威力がピンキリあるってことだ。一定にすれば、同じ名称でも構わないと私は個人的に思っている。だが威力が違うのなら、もはや別名をつけている者もいるはずだ。天才と称されている彼などは、最たるものだろう。

 生徒たちから渇いた拍手が送られる中、私も同様にしていた。とりあえず目立たずに徹していれば面倒なやつらは対処が可能である。とはいえ、どうあってもやつらは自分たちよりも立場が弱い人間を、まるで見つけないと命の危機にでもさらされそうなくらい、やっている。もはや中毒者ではないかと疑ってしまいそうだ。その嗅覚きゅうかくをもっとほかのことに活かして欲しい。

 拍手を受けている男子生徒が、『天才』と言われて中途入学をしてきた……ボンボンだ。見るからに本当にそう。着ている制服もオーダーメイド。やたらと香油でも使ったのかテカりを発している頭髪といい……金持ちアピールなのか、それともそれが彼のなる生活の一部なのか、判別はつかない。どうでもいいことだ。彼を見て私の昼食のおかずが増えるわけではない。なんの得にもならない。

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