第31話 最後の夫婦喧嘩
「あはははは、物語の主人公はもっと無双しないと! ほら、私を殺してこの物語を早く終わりにしちゃいましょう? できないならバッドエンドだけど!」
「うるせいやい! そうやって、メイは、昔から、そうやって俺をからかいやがって! 新婚のころだって、メシマズは、テンプレイベントでしょうとか言って料理ができるのに、真っ黒く染まず料理を作りやがって!」
弾幕のぶつかり合い、世界改変スキルで無限に魔法を使えるメイと違い、限界があるコウスケは、どうにか、接近戦に持ち込みたいが、それを許さないメイとの魔法の打ち合いはまさに死闘であった。
「なに! そんなこと言って! 自分だって、物語じゃありえないデートをするとか言って、漫画をパクったデートプランをしたくせに!」
「いやいや! 俺はその漫画は読んでないんだって何度言ったら分かるんだよ!」
魔法を打ちながらの激しい攻防戦。シンジと視覚共有を行って、二人の争いを応援していたスズは、ボソッとつぶやく。
「これって……規模の大きい夫婦喧嘩なのでは……」
『いや、言うな……頭が痛くなる』
二人は、そういうが、当の本人たちには聞こえず舌戦は続く。
「隠匿!」
「ああ、そうやってまたすぐ隠れる! 幸助っていつもそう、都合が悪いとすぐ逃げて!」
「悪いか! メイだって、都合が悪くなるとすぐにシナリオが悪いとか言い出して!」
コウスケは、メイの攻撃を避けるため隠匿のスキルで一瞬だけ姿を消し、攻撃の軌道をずらし、距離を近づけていく。
「それに、学生の頃は、真理とだって仲が良かったのに、殺しやがって!」
「だって! 殺されるとまでは思わなかったんだもん! 私は、読者なのに登場キャラの幸助に恋をしちゃったんだよ! 私がやりたかったのは……ほんとはこんな物語じゃなかった! けどもう遅い! 全部遅いもん! だったら、いっそミステリーに方向転換をするんだよ! 仕方ないじゃん!」
意味の分からない言い訳である。
しかし、幸助にはわかる。解離性物語症候群と戦ってきた彼女は、自分なりの幸せを求めた結果悲劇を起こしてしまった。
本来、共感性を持つはずのない彼女の後悔。
メイは、決して悲しい話が好きなわけではなく、本当は、お姫様が幸せになるような純粋な物語を好む。けどその物語にはならない。
彼女なりの苦悩を知っていた。だから、メイが前世で死ぬときは、泣いていた。
「どうしてこうなっちゃったのかなあ! 私が悪いのかなあ!」
「……」
前世の最後の言葉。
きっと助かろうとするための自分勝手な言葉。けれど、コウスケは、動揺をしない。
してはいけないのだ。けじめをつける。
「展開『想像:拡大解釈……物語のような奇跡』」
コウスケは、その場で止まると、杖を空に掲げる。媒介のスキルを限界まで練りこみ作り出した魔法。皮肉を聞かせた魔法。
「もう遅いよ! 何もかも! 白痴の神! すべてを否定しろ! 『改変魔法:全てを否定、結末は悲劇』」
メイも改変のスキルで魔法を展開する。
コウスケが想像した魔法は、全ての行いを肯定し、求めた結果へ必ずたどり着く魔法。
対してメイの展開した魔法、全ての結果を否定し、必ず結果にたどり着かない魔法。
固有魔法の一貫性保持。
相対する必ずという魔法は、お互いの魔力強弱でどちらかの魔法が打ち消されてしまう。
お互い残された魔力を振り絞り使った魔法。
ご都合主義などない、純粋に込めた魔法が強いほうが勝つ魔法。
コウスケは、魔法を体にまとうと全力でメイに突撃していく。それはまるで自分の意志を示すかのように。
「メイ! これが受け取れ! これが俺の魔法だ!」
「コウスケエぇぇぇぇ!」
魔力の連打。
メイのつくりかえた新しい魔法理論は、コウスケの体を焼き、貫く。否定する。
けどコウスケは、全て耐え抜き、メイに全力で飛び出し結果を肯定する。
「あはは、そんな突進じゃ私には、ちかづけ……え……」
メイが勝利を確信した。
自分が勝負に勝つわけではない。物語の様にコウスケが特攻覚悟で突っ込むことによりラスボスである自分を殴り倒す。
メイのスキルには唯一の縛りがある。
ラスボスとして、コウスケに殴られ倒される。それは、物語として正しい終わり方だから。
けど違った。
「ごめん……本当に最後まで信じられなくてごめん」
コウスケは、メイに抱き着き泣きながら謝った。
メイに動揺が走る。こんなはずではなかったという同様
「な、なにしているの? これじゃ私が幸助を殺しちゃうよ」
虚勢であった。
自分の求めた、自分語りの最後はコウスケに倒されること、コウスケをこう言った殺し方をする結末ではない。
「真実を知って、寄り添えなかった。俺は、罪を犯した。暴力的な解決だ! もう、もう絶対に……そんな解決はしない。今度は、お前にずっとに寄り添うから」
「ち、違うよ……私は、自分の世界を壊して、この世界も壊そうとしたんだよ。わ、私はラスボスだよ。絶対悪、殺さないと……だ、だめ」
「もうそんな間違えなんてさせない」
悲劇を起こしたメイ。
その最後は、自殺のようなものであった。コウスケに自分を殺すように振舞い行動した。
それが元の世界の物語で一番の終わり方だったから。
「俺、あの後、自分の殺した奴の妹にあった。俺が死んでも世界は続く。復讐を遂げようと、魔王を倒そうと世界は続く……転移したって、何をしたって、罪は残る!
だったら、もう俺は絶対に間違えない」
「バカみたい……どうすんのさ。私は、コウスケにしか倒せないんだよ。もうこの物語に方向転換なんて」
メイの目から涙がこぼれ落ちる。
理由は分からない。メイは、自分に涙を流すほどの共感性はないそういう設定だとばかり思っていたのに流れる涙。
絶望か、希望か分からない涙、この理由をまだメイは知らない。
「だから私がいるんでしょう」
クリスが、二人の前に降りてくる。メイは、クリスの姿を見てうらやましいと感じてしまった。クリスは、前に進めたのだから。
「真理ちゃん! ううん、そっか、もうあなたはクリスちゃんなんだね」
「ええ、だから、これは、真理としての最後の言葉」
クリスはそういうと息を大きく吸うとメイの目を見てはっきりという。
「私は、アンタに殺された! 絶対に許さない! だから絶対に死んで楽になんてさせてやんないんだから!」
その目には強い意志がともる。杖をコウスケとメイに向けるクリス。
「……ああ、真理ちゃんはやっぱり真理ちゃんだ。そういいたかったけど、もう貴方は、クリスちゃんなんだよね」
「そう、私は、クリス・ダイス・エバンディフランソワーズ三世」
クリスの勇気と優しさの灯った瞳は、敵であるはずのメイに向けている。
メイは、それを見て少しだけの悪意のない意地悪をしてしまう。
「ねえ、クリスちゃん……私、泣けたんだよ。なんでだと思う? 私にも分からないんだけど、勇者でヒーローの貴女にはわかるのかしら」
「知る訳ないじゃない。そんなものは、聞いて納得するものじゃないし、アナタは、私が何を言っても納得しないでしょう」
「それは、アナタを殺した私への嫌味かしら?」
「私は死んでない。私はクリスとして、新しく生まれ変われた。私は、嫌味を言えるほどそこまでできた人間じゃない。だから、私は、あの子たちの勇者でヒーローとしてこの場にいるの」
「そっか……前へ進めたんだね」
メイはうらやましそうにクリスを見上げる。その優しさと勇気に触れたメイは、絶対のその目を忘れることはないだろう。
「すごいだろうアイツ。一人のために、本当は怖いのに手だって震えているのに、誠意一杯前に進もうとしているんだよ」
「うん、強いね。分かったよ、主人公なんて、みんながなれる」
メイは、全てをあきらめラスボスへとなることを諦めた。
ただ一人の女の子として、自分の考える物語としては最低最悪であるが、最高の最後に涙の理由をようやく理解した。
「ねえ、幸助。最後に聞いていい?」
メイは思い出す。短い夫婦生活、今だから感じる罪悪感にまみれた前世での人生。
結局、メイが聞きたかったのは、幸助が自分を愛してくれていたのか。
「私は、幸助の人生をめちゃくちゃにした。それは私があなたを愛していたから。幸助をちゃんと真理ちゃんと取り合ったうえで愛を勝ち取りたかった。ずるをして勝ち取った愛だったけれど……」
メイは言葉に詰まる。自然と涙が出てしまう。涙で言葉を紡ぐことができなかった。
初めての経験。
物語が滞ってしまう愚行のはずなのに終わりたくないというメイのわがままが言葉をさえぎってしまう。
けど言わないといけない。改心する自分なんて、長く見せる必要はないとメイは言葉を振り絞る。
「幸助……こ、幸助は、私のことをあ、あ……うぅ……愛してくれ、くれていましたか?」
「愛していた。だから、もういいんだよ、我慢しなくて」
メイはその言葉を聞くと涙腺が崩壊した。
「うわあぁぁぁぁぁぁぁん!……うぅ、ひっく……うぅぅ……」
鳴き声が、無人のリスタトリニティの夜に響き渡る。
それを聞いていた、スズやレーラは、つられて涙が流れてしまう。
憎らしい相手であったはずなのに、倒さなければいけない相手であったはずなのに。
涙が流れる。同情ではない、慈愛に満ちた涙。
メイは、ひとしきり泣き叫ぶ。子供の様に、ウチに帰りたくない子供の様にただただ泣き叫ぶ。けれど時間はもう、迫っていた。
「クリスちゃん、おねがい……わ、私の覚悟があるうちに……あなたのスキルで私を終わりにしてください」
「分かった」
クリスは泣かなかった。自分まで泣いたら、メイはきっと後悔する。
だから、最後は優しさに一握りの勇気を添えた力のこもった瞳。
覚悟をして目をつぶるメイにコウスケは、強くメイを抱きしめる。それを見たクリスは、杖を二人に向けスキルを発動する。
「展開、スキル『魂操作』コウスケ、メイの融合」
光が放たれ、コウスケとメイの二人は、暖かい光に包まれる。
メイの薄れゆく肉体コウスケは、メイの最後の姿を見逃さないように最後まで見続ける。
そんな最後にメイは、最後にすべての感情を一言に乗せ、コウスケに伝える。
「ありがと」
そして、メイの肉体は、完全な光となり幸助の肉体に取り込まれていくのであった。
光が完全に消えると、そこには、コウスケが一人、空中に浮いていた。
コウスケは、空を見上げ、自分の中にあるであろうメイに伝える。
「こちらこそ」
こうして、全ての問題が解決した……しかしクリスは、飛行高度をコウスケの所まで下げると、コウスケに近づいてくる。
「幸助ぇ……」
「お、おいおい、なんで、クリスが泣くんだよ」
泣かないと決めたクリスであったが、やはり自分は嘘つきだと思ってしまう。
涙は、意思と関係なく流れてくる。
「だ……だってぇ……うぅぅぅ……」
クリスは、コウスケに抱き着くと、コウスケも抱きしめ返す。
「絶対に泣かないって決めていたのにさ……やっぱずるいよクリス。勇者で、ヒーローなんだろう。泣くなよ……」
「幸助も……な、泣いていいんだよ」
そういわれると、コウスケは、目に大粒の涙が浮かんでくる。
感情が、不思議とごちゃごちゃと、まとまりがなくなる。
「あーあ……うぅ、カッコわるいな……」
「ううん……幸助。貴方は最高にかっこいい」
晴れた月は、コウスケとクリスの二人を照らし出す。まるで物語の終わりの様に照らす。
けれど、コウスケ達の冒険はまだ続く。だけれど今だけは、感傷に浸りたい。
二人は、気が済むまで抱きしめあい続けた。
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