第30話 ヒーローで勇者
媒介スキルによる魔法の想像と世界の創造による新しい法則の魔法がぶつかり合う無人のリスタトリニティ上空。
あまりの激戦にクリスは補助魔法でコウスケを援護し、真理は、リンフォンで作った最後のスキルを当てるすきを窺っている。
そんな中、レーラは、真理を守りながら話しかける。
「師匠、私が言うのも申し訳ないのですが後悔はありませんか?」
「……ある。けど……私はあの子を救いたい」
熱と質量をもった光弾を打つメイとそれを防ぐコウスケ、二人は、本気の殺し合いをしている。この世界で最強と言われた二人ですら、割り込むこともできない戦い。
そんな戦いを終えるのは、コウスケやメイではなく真理本人であった。
後悔はない。
そう言い切りたかったが、そんなことはできなかった。改変した最初の世界、あれは、本当に幸せな世界であった。
メイが望んだのはただ優しいだけの世界、彼女が一番つまらないと吐き捨てる世界。
今から自分はその世界を壊すと考えると後悔はあった。
「師匠……私は、師匠と出会ってとっても良かったと思っています。だから、思い出を全部壊されるなんて許せなかったです」
「うん、私もアンタとの旅は悪くないと思っている。これからも冒険したい……けど」
すべての元凶は自分であった。
メイの病については知っていた。コウスケも前世で、その病に正面から立ち向かっていた。
けど、真理は違った。
コウスケに恋をしてしまった。それが原因で真理は、結果的に死んでしまい、全員の人生を狂わせた。本当の悪役は自分と思うと、最後のスキルを使うのに抵抗があった。
「師匠! 迷ってますか? 私は、自分の中にメイさんの魂を宿していました。今までは、よくわからない違和感だと思っていましたが、違いました。あの人は、助けてほしいんですよ……今だからわかります」
「けど……私は、メイが許せない。私は、あの子のことを何も知らなかった。あの子の持つ特徴だって、文字としてしか理解ができてなかったんだよ。だから私は……私は馬鹿なんだよ。コウスケは、あの子にしっかりと寄り添っていたのに、私は、あの子の気持ちに土足で踏み込んだんだよ……こんなのは絶対に間違っているんだ」
真理の目からこぼれ落ちる涙。
元来、真理という女は、弱く泣き虫であった。それを隠すように強くあろうと振舞った。
けど、人の気持ちや考えには、自分で一杯一杯だから寄り添うことなどできなかったのである。
「それは、嘘です!」
レーラの言葉には、熱がこもる。
「レーラ、アナタになにが分かるの! 私は、弱い! 正義の味方でもない!」
「違います! 少なくとも私が、黒竜として、温泉地を自分の暴力で支配している中、立ち向かってきたのはあなただけですよ! みんな逃げたのに、師匠だけ私に立ち向かった!」
真理が転生して、一人で旅だった最初の関門それは、レーラという暴力の塊である黒竜の討伐であった。
怖かった、けれど、その時は自分が死に肉体をクリスに返すことだけを考えていた。
自暴自棄な旅の自殺行為でしかなかった。
「私は自分勝手なんだよ! 幸助の時だってそう、好きだから告白した。メイのことなんて考えずに。レーラの時だって自殺する気で行った! 自分勝手なんだ!」
「けど、その自分勝手な自殺をしようとしたのに、生きるために使いたくなったリンフォンのスキルの一つを使ってくれたじゃないですか」
「それは……」
真理は、確かにレーラを使い死のうとした瞬間、死が怖くなり、反射的にリンフォンのスキルを使い、竜を倒すためのスキルの黒い炎を習得した。
「それが勇気じゃないんですか? 貴女は、私にとっての勇者ですよ! だから私はあなたに憧れた。だから私にとってのあこがれ……師匠なんですよ」
「れ、レーラ」
「師匠、腹をくくってください。それにまだ話したい人もいるでしょう」
レーラは、クリスに目を向けると大きな声で叫ぶ。
「クリスさん! 交代です! 私が援護しますので師匠と話してあげて下さい!」
そういうとレーラは黒竜の姿になり、メイに大きな黒煙を打ち出す。
「わかった! よろしくね、レーラちゃん!」
「ええ!」
クリスは、レーラと笑顔を交わすと、真理の前に降りて行ったのであった。
「……真理、アナタ後悔してる?」
「く、クリス」
死んでなお作った罪、こちらの世界で死んだままの姿であるクリスは、少し怒っていた。
「分かっていたわよ。アンタが本当は、臆病ってことは、だから私の性格を真似して気丈にしていた。それも知っている」
「そうだよ。本当の私は、弱い……おかしいよね。クリスの体を借りている時はあんなに自信満々に何でもできたのに、今は全部が怖い」
怖い。お酒に逃げたくせに、希望をもって転移が起こる町に女々しくも足を運んだ。
そして、コウスケを転移させてしまった。
罪の意識で吐いてしまうこともあったが、クリスという性格に従い気丈にふるまっていたが、クリスと離れた瞬間その恐怖を一人では処理できなくなってしまう。
「なに言っているの? お城から飛び出して一歩を踏み込んだのは、真理アナタじゃない。私じゃ怖くてできなかった」
「それは、私が皇女っていう立場を理解できない無知だから……」
「無知も勇気よ。それに私は、自分の中にあなたが来てくれてよかった。自分より自分らしく生きれた。私にとってのヒーローなの! だから真理、私のヒーローを信じさせてくれない?」
「ヒーローなんて……私には」
真理は、迷っていた。
レーラの憧れとしての勇者、そしてクリスにとってのヒーロー。
自分にとっては全く似つかわしくない称号、けど真理は、自分がいたから、コウスケとメイの悲劇が起きたと感じていた。
そう考えると、臆病な真理が前面に出てきてしまう。
「そうね……真理が私として、過ごしてくれた時、私は今まで見れていなかったものを見られた。助けられなかったものを助けてくれた。干ばつで苦しむ市井を水の魔法で助けたり、迷子の子どもと一緒に親を探したりもしてくれた。小さい苦しみも、大きい苦しみも分け隔てなくあなたは手を貸して助ける優しさがある」
熱のこもるクリス。
クリスは、転生した真理の行動を、魂という形で見てきた。新鮮な毎日であった。城では、体験できない毎日。
王族や貴族では持ち合わせない優しさが、真理にはあった。
「全部責任逃れだもん! 見たものを無視していったら、前世と同じ! そんなのだけは絶対にいやだっただけだもん。だからお酒にも逃げた! 全部忘れられて、心を奥まで隠してくれるそんな魔法だったんだ!」
真理は心の闇を吐露する。
臆病で卑怯で、卑屈、そしてそれを隠す嘘つき。自己評価の低さからくる高慢なクリスとしての態度。そしてお酒にも逃げた。
味は、好きであったが、それ以上にすべてを忘れられる逃避としての飲酒。
真理としての卑屈な態度の表現は、こういった方法でしか表現ができなかったのである。
「私がお酒好きなのは、お父様の血よ? アルマテリア王立連合国の王族は、先祖代々愛飲家、私だってこっそりお酒を飲んでは、母様に怒られた」
「けど、私は違う!」
「違わない! 私は、アナタであってアナタは私! そんな寂しいこと言わないで、私にとってのヒーローは、そんなこと言わない」
「けどいいの? あなたの人生を私は、奪ってしまった罪人」
「奪ってない。助けてくれたんだよ」
クリスは、真理の懐に涙目で飛び込む。
「真理、アナタに私の名前をあげる。クリス・ダイス・エバンディフランソワーズ三世……冒険をこよなく愛する女の子。勇気のある私のヒーロー。それにレーラちゃんにとっては、勇者。だからそんな弱気にならないで」
「私は……私は」
火が灯りだす。
前世にはなかった勇気や優しさ。罪の意識でも何でもないすべてをひっくるめた勇者でヒーローそんな自分になるための一歩。
進む一歩。
真理の心には、火が灯る。勇気とやさしさの火が灯った。
「わ、私は……クリス。だけどクリス、アナタには真理として言わせて」
「うん、いいよ」
暖かい勇気の火と優しさの火が灯り、炎となり、真理の体を暖かく感じるクリスであるが、時間はもう残りわずかであった。
「ありがと」
「こちらこそ」
瞬間、クリスの姿が半透明になり始める。それは時間が無くなり、生前のクリスというイレギュラーが真理と一つになり元のクリスに戻るということであった。
「く、クリス! ヤダよ!」
真理は泣き出す。クリスもつられて、涙を流す。
「泣き虫な私のヒーロー。でも大丈夫。貴方の名前はクリス。もうただの泣き虫じゃない。だから……泣くのはこれで最後……ね」
「うん……ありがとう。ありがとう、クリス」
「ばかね……もうクリスはあなたじゃない。信じてる、私のヒーロー」
そしてクリスと真理は、一人のクリスとなる。
妖艶な大人の姿に戻ったクリスは、目の涙を拭きとる。
「師匠……」
レーラは、一部始終を見て、援護をやめてクリスに近づく。
クリスを心配して声をかけるが、たった一人だけのためのヒーロー。そして、たった一人だけのための勇者。
「レーラ、見てなさい。これがあなたにとっての勇者よ」
クリスの背中に恐怖はない。魚の形をしたパズルを展開しスキルの発動準備を整える。
「スキル並列時刻リンフォン魚……『魂操作』」
魂操作。
二つの魂を一つの肉体に封印したりなど魂の概念を操るスキル。
使用条件、自らの肉体に二つの魂があることでのみの発動ができる。
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