第18話 決行とネズミ

 夕方頃のリスタトリニティ、地下にあるごろつきの集まるバーの個室にて、レーラは、本気でコウスケに怒っていた。


「誰がこんな劇場愉快犯みたいなことするんですか!」


「だから謝っているだろう……」


そんな横ではクリス達が酒を飲みばか騒ぎしていた。


「マスター! エールお替り」


「……ふへ、お、おいしいです。初めて飲みましたエール」


「はいお姉様。あーん」


「たく……作戦決行時には、酔い覚ましの魔法使うからな」


混沌とした空間、コウスケとレーラの席以外には、酒が運ばれ大宴会が始まっていたが、レーラは、お構いなしにコウスケに怒る。


「私は、あんな雑魚黒竜になんかあんな煽りなどせず、次の瞬間には殺せました! 私をどこまで貶めればコウスケさんは満足するのですか! それにそれは竜の盟約違反ですよ」


「出た! 竜の盟約! そんなのきいたことないし別に今日倒すならいいだろう!」


 コウスケは、また出た竜の盟約とやらにやれやれと頭をかかえるが、レーラは、切れ気味にコウスケを責め立てる。


「竜は、他の縄張りに入って暴れるとその場で決闘を始め、戦わないと負け犬扱い! 本来なら従属する証なんです! それなのに逃げるだけでなく挑発して逃げるなんて……盟約違反ですよ! 恥たる行為です!」


「盟約も何も今日、ニーズヘックを倒してしまえばそんな恥ずかしい行為はバレずに済むだろうに」


「そうですが……そうなんですが……ああ! 恥ずかしいです!」


 妙に顔を赤くして顔を机に突っ伏すレーラに、クリスが陽気に肩を叩く。


「ぎゃはは、そう言えば、アンタ、私にぶっ飛ばされて、竜の盟約とやらで私のことを師匠と呼んでるもんね!」


「うるさいです。私は、どうせ、師匠に負けた挙句、格下にしっぽをまいて逃げる卑怯者ですよーだ」


立ち直れないレーラを笑うクリスであったが、今回のメインは、みんなの作戦の状況確認であることを思い出したコウスケは、クリスに工作状況を聞く。


「完璧よ。ガス灯は、全部私の魔法一つで破壊が可能。住民も可能な限り退避用の結界の中にミリガンが誘導済」


ブイサインをするクリスに酔ったミリガンは、思いっきり抱き着き、匂いをかぎだす。


「あぁん。汗をかいた香りは、うぃ……おつまみに最高ですねぇ……ぐへへ」


「ああ、こら、酔いすぎよミリガン。もう……ホレホレ、酒を飲むなら飲みなさいな」


「あいー」


大丈夫なのだろうか、一番地味だが、一番重要な役割である二人であるが、アル中と変態に任せてよかったのであろうかとコウスケは、不安になってしまう。

少し心配になるコウスケ。関わりたくないとばかりに、スズはエールを片手にレーラの隣に座ると、レーラにエールを手渡す。


「その……れ、レーラさん。落ち込まないで……飲みましょう」


「う……うう優しいのは、スズちゃんだけですぅ」


レーラは、スズに手渡されたエールを片手に、一気にお酒を飲む。

スズは、レーラをあやすと、今回の作戦の結果を聞き出すため、優しい目線でレーラを見る。


「レーラさんは頑張ってくれてます。だって今日だって私以外のリッパー達を助けてくれたのですから」


「うぅ……ありがとう。でもごめんね。ほとんど見つけたけど何人かは何かしらの魔法で身を隠しているのか見つからなかったんだ……十人くらい」

そしてレーラは、スズに対しての罪悪感からスズに謝るがスズは優しく頭をなでる。


「そんなことないです。レーラさんはたくさんの子供たちを救ってくれました。私にとっては、正義のヒーローです」


「……コウスケさん、どうしましょう。ミリガンさんの性癖を理解してしまいそうです」


「いや、理解しなくていいから!」


なんだかんだ、作戦は順調に進み、これを聞いたシンジは、真剣な顔で全員を見渡すと、少しうれしそうに笑い全員に話しかける。


「みんないいか……」


瞬間全員がシンっと黙りシンジの方に目を向ける。

シンジは元アイドルのカリスマ性なのだろうか、場の空気を一瞬で支配したかのようであり、ギルド長をやっていたことにも納得のいくコウスケ。

シンジは、全員を見渡すと勢いよく話し出す。


「みんなよくやってくれた。全員のおかげで被害は、最小で霧竜ニーズヘックの討伐ができるはずだ! 俺から言えることはあまりないが一つだけ……死ぬな。作戦の成功は絶対だが、このメンバーの誰か一人が欠けようとも、作戦は失敗だ! 絶対に勝とう!」


ありきたりな決意表明。

普通に見たらそうだろう。しかし、その決意を笑うものは一人もいない。


「まあ、俺は、ギルド登録したいし、守りたい約束もできた」


コウスケは、ギルド登録のためこの町に来たが、それ以上に守りたい誓いができた。

コウスケは、過去の贖罪に対する誓いを守るため全員を守るための覚悟。

その表情に冷たさや仮面などはもうすでになかった。


「わ……私は、今回の出会いが……うぅ……な、なくなるのは嫌です」


つらい過去を経験し、つらい現実を体感しているスズは、ただただ平凡で幸せな毎日を勝ち取るための誓い。


「私は……竜の盟約……いえ、あんな矮小な竜になめられてたまるものですか!」


レーラは、プライドのための誓い。そして、純粋な竜の本能。


「うーん、私としては、酒の飲み放題復帰が一番だけど、この町が好きだからかしら。まあ今回は本気で潰すわ」


クリスは、なんだかんだ言いながらも、生来が優しい女の子。

その誓いには優しさがこもっていた。


「お姉様第一! そのためなら、この世界が滅びようともお姉様を守るわ!」


ミリガンの下心丸出しな誓いはいかがなものだろうかと思うコウスケであったが、欲望もまた強い誓いと信じる……コウスケは信じたかったが、水を差す気なくスルーした。


「よし、俺は町の平和ってところかな! じゃあ、作戦会議をそろそろやるから、アルコールは魔法で抜くからな!」


そしてシンジは、街を守るために誓う。各々の誓いは、強いものでありコウスケは、やる気に満ち溢れていた。

そして作戦会議が始まり、各々、は、自分の役割などについて話し出したのであった。



 二日目の夜、作戦の決行時間。スズの感覚共有の声が全員の脳に響きだす。


(皆さん、いいですか。作戦はシンプルですが、大きな魔法は、極力控えてください。教会の地下には、人が何人も閉じ込められていますので、この人たちを助けた後、教会とガス灯を一気に破壊します。そうすれば、あとは、ニーズヘックと雑魚敵のみですので)


スズとシンジは、教会から離れたところで支援、コウスケ達は、地下に囚われている人の救出を担当し、その後は、全てのガス灯、教会を破壊するという単純かつ少し飛んでいる作戦であったが、シンプル故揺るがない成功率であるとコウスケは考えていた。


「……ねえ、おかしいわよね」


 地下牢へ向かう途中、明らかに掘っただけで舗装されていない道の道中、クリスが不思議そうにコウスケに話しかける。

コウスケは、自分にかけた隠匿スキルを解くと恨めしそうにクリスを睨む。


「おかしいのは、クリスじゃないのか? 俺のスキルって、自分にかけている時に喋るとスキルの効果がとけるんだが、スキルを解除してまで気になることとは何だよ」


「うーん、いや。隠匿スキルで地下に潜入までは、分かるんだけどさ……静かすぎない? だってコースケは、ニーズヘックを思いっきり挑発したんでしょう? その割には、警備がざるすぎる」


クリスの疑問はもっともであったが、そんな疑問にレーラとミリガンはどこか自慢げにクリスに説得をする。


「大丈夫ですよ、師匠。どんな罠も私がすべて破壊いたします」


「そうです! お姉様が入ればまさに大船です!」


のんきな二人を見ていた、コウスケは、ふと思いついたようにボソッと口走る。


「いや……あり得る。これ自体が罠なのでは」


(こ、幸助さん! 急な魔力反応よけ……きゃあ!)

そう考えた瞬間であった、スズの急な悲鳴で感覚共有のスキルが途絶える。

コウスケは、慌てて通信の魔法を発動しようとするがなぜか不発になってしまう。

コウスケは言った道を戻ろうとするがクリスに腕を掴まれ、止められる。


「くっそ! 待ってろスズ……く、クリス! 放せ!」


「スズは、大丈夫。シノビネズミが死んでないのが証拠よ! それより落ち着きなさい! 私たちもそう笑ってられない状況よ」


クリスが、そういうと目の前でアダラナが苦しみだし、レーラも慌ててクリスに報告をする。


「し、師匠! ミリガンさんが、急に苦しみだして気が付いたら目が……目が!」


「ウヴウゥ」


倒れていたミリガンは、ゾンビの様にむくっと立ち上がると、その目は赤く光り、唸りだす。生気のない目である。


「くそ……ニーズヘックの呪いか……。転生者や、転移者のあんたたちと違って、ミリガンは、その身一つでガス灯の魔力に耐えていたからか!」


「あうぅう」


ミリガンは、魔方陣を展開するとコウスケ達にファイヤーボールを打ってきた。


「ちょ! クリスどういうことだよ!」


「ちぃ、甘かった! あのガス灯の洗脳強すぎたのよ! 今のミリガンは正気を失っている! コースケ、レーラ! アンタらは、人質の解放! 私が全力を出せないからなるべく早く頼むわよ」


「コウスケさん! ごめんなさい!」


クリスは、そう叫ぶと、動揺を隠せないコウスケの腕をレーラが掴むと高速で移動をし、ミリガンから距離を取り、地下へ全力で走りだす。


「ちょ、レーラ!」


「私たちは、人質の救出が最優先です! 行きますよ!」


レーラは、コウスケの言葉などには耳を貸さずに地下牢に全速力で飛んで行った。


「さあて……ここでは全力を出せないどうしますか……あ、ちょうどいいのが。展開

『オカルティズム:しなばそう』『オカルティズム:くちさけ』」

クリスは、杖を魔法で単眼の目が生えた赤、青、黄の花束に変換し、もう片方には、クリスが一番使う魔法の大鋏が顕現していた。


「く、クリスー! 頼んだ!」


コウスケは、伝えたいことだけを伝えると、ものすごい速度で、レーラと地下牢へと消えていく、それを見てクリスは少しおかしそうに口元を上げたのであった。


「ふん、言われなくても」

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