第17話 宣戦布告じゃい

 コウスケは、シスターに案内され、十三列あるチャペルチェアの一つに座らされ、スズは、コウスケ以外に見えないことを活かし高い梯子を上り、吹き抜けの二階に待機し、スキルを発動した。


『幸助さん、いいですか? 貴方は、あくまで参拝者です。今回の戦闘行為は控えてください。幸助さんたちは強いですが、他の参拝者は、人質みたいなものですし』


『うお! 急に流ちょうに喋りだした! 本当にスズか!』


『別に誰にも見られませんし……陰キャは、一人だと最強なんです。……とにかく作戦です』


スズは、顔を合わせている時よりもはっきり喋っており、普段の印象と違うからか驚きを隠せないコウスケであったが、少し恥ずかしそうにしたスズは、作戦を話し始める。


『まずは、神父おそらくニーズヘックが、何らかの魔法で欲望を吐き出す魔法を張るはずです。どのようにかけているか、魔法道具の場合は、私が盗みます。その後、神父は懺悔室で変えたい過去を聞きます。ここまで、何の進展がない場合は、いっそ変えたい過去を話してみてください』


『え……変えたい過去は、確かにあるが、変えて逃げるより変えないで向き合いたいからな……変えたい過去なんてないぞ。それに相手の術中にはまっていいのか』


『大丈夫じゃないですか? 私も動きますし信頼してください』


『いいけどさ……』


コウスケは、少し困ったように顔を顰めると、シスターが心配したのか、胸が大きくやけに妖艶なコウスケに話しかけてくる。


「大丈夫ですか? 緊張しなくても大丈夫ですよ。こういう場所は、初めてですか?」


「は、初めてで……はは……固まってしまいそうです」


コウスケは、少しスズの真似をして、あまりしゃべるのが得意でない演技をするのだが、どうにもスズには、気持ち悪く見えたのだろうか辛辣なセリフをコウスケに投げる。


『幸助さん……ロリコンじゃなかったでしたっけ? なんですかその反応。歓楽街で初めての体験をする童貞みたいな反応……キモ』


『スズの真似なのに! てか、なんで口で話した会話が聞こえる?』


コウスケは、流石にスズに聞かれるとまずいと思い思考をカットし演技していたはずなのだが、スズにはすべてが聞こえていたことに驚きを隠せずにいた。


『そりゃ、幸助さんの体にシノビネズミという小さくて、人に気が付かれず掴まり移動するネズミを潜ませておりますので。ちなみに幸助さん以外の人にもついていますので……私の情報収集は、わざわざ私が出る必要がないんです』


コウスケの胸ポケットには、気が付かない間に、親指の爪程度の非常に小さいネズミが入っていた。


『便利なスキル……』


コウスケが隠匿スキルで視覚魔法を隠しながら使うと、シノビネズミは、全員の衣服の他、教会のいたるところに潜入しており、考えたくないほどのシノビネズミの他にも虫や不快害虫からも、スズの気配を感じるのである。

スズが諜報に回る理由がはっきりとわかるコウスケは、ぼーっとしていたのかシスターは不思議そうにコウスケの表情を覗く。


「……大丈夫です? 安心してください。神父様は非常にお優しい方です。もしよければこれを……」


「あ、ありがとう……ございます」


そういいシスターは、小さなコップに水魔法で水を注ぎ、コウスケに手渡す。

それを受取ろうとしたコウスケは、背を凍らすような悪寒に襲われる。

驚く感情を我慢して、コウスケは、水を受け取るが、その水は、ブラックボックスの魔法にこっそりと入れる


『……幸助さんどうしました?』


緊張を感じ取ったのか、スズは、幸助を心配して声をかける。

しかし、幸助の心中はそれどころではなかった。


『あ、アイツと同じだ』


『あ、アイツって……もしかして、元の世界でのお嫁さんですか?』


『ああ……嘘に嘘を固めるが、それでも漏れて出てくる自分勝手な表情だよ……ここは……全員がグルだよ』


感覚は、全てを覚えている。

あの時すべてを知った時の感情。

コウスケは、自分の嫁にすべてを聞いた時の光悦な表情、全てを知られたうえでも愛してくれると信じていたであろう自分勝手な表情、感情。


『虫唾が走る』


コウスケは怒りのままに顔を前に向けると先ほどのシスターが登壇し、チャペルチェアに座る人たちに聞こえるようにか、拡声魔法で話し出す。


「皆様。お待たせいたしましたこれより神父様のご登壇でございます」

そういった瞬間、周りは、拍手をするが全員がなぜか、手の甲でする拍手、俗にいう


裏拍手をしていた。

ニホンでは縁起の悪い拍手に、日本出身であるコウスケは、気味悪がりながらも浮かない程度に周りに合わせるが、感覚共有を行っているスズは、本気で嫌悪感を表していた。


『……最悪です。この裏拍手、判断力を奪う魔法が発動しています……。シノビネズミが、今の魔法の余波で半数死にました。幸助さん、絶対に防御魔法を解かないでくださいね』


『わかっているけど! 隠しながらだと難しい!


『頼みますよ……頑張ってくださいネズミちゃん!』


裏拍手に耐えるコウスケが前を向くと白髪で蛇の様に細い体をした長身の神父が愉快そうに教壇に登壇し、両手で拍手をやめさせると礼儀正しく頭を下げる。


「皆さんごきげんよう。初めまして、当協会の神父を務めます、私ニーズと申します。これからから私がお話しするのは、教訓や戒めなどではなく、救いの言葉です。お噂を聞いて疑ってきた方もいるでしょうが、どうかご質問はお話の後に」


そういうと、ニーズと名乗った神父に観衆たちは、感嘆の声の後、静かに神父の話を聞くように目をつぶる。


「そうですね。私は、過去をなかったことにします。あくまでなかったことにするだけで、実際の救いではないと思うかもしれません。ですが忘れることができれば罪の意識、後悔などにさいなまれることはない。私は神ではないです。救うことはできなくても、救いの手に手を差し伸べることだけはできます。これが私の救いです。では、俺を踏まえたうえで紙の言葉を話しましょう」


嘘にまみれた優しい言葉。

ニーズの言葉は、目的のためなら手段を選ばないため、自分の本心や、考えにすら嘘をつく。コウスケには、ニーズが醜悪な姿に見え、話していることなど全く頭に入らなかった。


『けさん……幸助さん! 聞こえていますか!』


『だ、大丈夫! 意識はある!』


慌てたスズの声が脳内に響きコウスケは驚きスズに返すと、スズは安心したような声

音になりため息をつく。


『はぁー、良かったです。神父の話に聞き入って、幸助さんの意識が飛んだかと思いました。……っと、報告です。ネズミちゃんたちから視覚共有で色々なことが分かりました。どうやら黒竜種の中では、非常に弱ですが、人間の生命の絶滅、終焉の際に不死性を手に入れることができるため、人類には、敵対竜種です。今回の目的ももしかしたらこの不死性を手に入れるためでしょうか』


『だが、言い方は、悪いがこんなことで人類が滅ぶとは思えないが』


『そうですよね……なぜ』


『だが黒竜種か』


なんとなくレーラを思うコウスケ、レーラは、黒竜の中でも爪から、鱗までが幻級の素材らしく、ホレからは、レーラが最強の竜であると聞いており、少しだけ話の合点がいった。


けどそれは今関係ないと、思考を二人は、ニーズヘックに戻し、話を続ける。

疑問は多くある。町単位の魔法は、確かに凶悪なものだが、この魔法で全人類が滅ぶとは考えられないコウスケ達であったが、そのほかにも収穫はあったのか、スズは、コウスケにどうするか問いかける。


『幸助さん、どうします? 欲しい情報は手に入れることはできました。私は退散しますが、幸助さんはどうしますか?』


『そうだな。神父の真意は知りたい。話を聞いた後は適当に逃げるよ』


『適当って……存外、幸助さんもクリスさん達並みに異常です』


異常ではあるのは認めるコウスケであるが、それは、こんなチートみたいなスキルお互いさまではないだろうかと思ってしまう。

そんなことを話しているとニーズの話が終わったのか、ふうと息を吐き、どこかさわやかな青年のような笑みで問いかけた。


「ふー。はい、では私の長いお説法はおしまいです。さて、どうやら私の話を聞いても質問をしたい人がいるようですが……挙手してもらって構いません。どうぞお話しください」


「……」


コウスケは、手を上げる。あくまで冷静に、湧き上がる感情を抑え、被り馴れていたはずであった感情の仮面をかぶる。


「えと……正直俺は、変えるべき過去を持っています。ですが、その過去を変えたくはない。その後悔は、同じ間違えを繰り返さないためのものだと考えてますが、神父様はいかがでしょうか?」


あまり効かない質問にニーズは、興味深そうにうなずいた後に紳士的に答える。


「そうですね……戒め。それは、人を不幸にする縛りです。恨みや憎しみは、過去の怨嗟から起きやすい。それならその過去を変えてしまえば、恨み憎しみは消えないと思います」


「そうですか……本当ですか」


「ええ、ネズミになにを覗かれようと私は、後悔などしません。そのような過去は消せばいいのですから」


明らかにスズについて気が付かれている。

だが、竜の圧倒的強者である余裕か、そんなものは気にしないと言わんばかりの口であったが、幸助にはそうは映らなかった。


「……そうですか。大きく出ましたねニーズ。そうですかよく分かりました。師匠の言う通りでした」


コウスケは、レーラの口調をまね話し出すと、一転、ニーズの顔はゆがむ。


「なんのつもりですか。その話し方は不愉快です」


「私は愉快ですね。勝ったつもりでしょうか。弱者はいうことが違いますね」


演じる。

レーラを演じる。ただその一点にニーズの本性を出せると確信したコウスケは、変身魔法を想像し、杖に魔方陣を乗せる。

だが、変身ではなく、あくまで変身を解くように見せ騙さなくてはいけない。

隠匿のスキルで魔法であることを隠し、変身を解くように自分に魔法をかける。


「何が弱……! お、お前は!」


「あら、ニーズいつぶりでしょうか? どうも、黒竜種最強と名高い私、レーラがわざわざ、貴方の前に出向いてあげました」


そして魔法を発動し、コウスケの姿は、黒髪のロリ少女にして黒竜のレーラに変わる。


もちろん、魔法による変身魔法であるが、挑発系の魔法を上乗せして、ニーズの冷静さを欠いたコウスケは、レーラの威圧感をマネする。


「レーラ、お前、この行為は、明らかな竜の盟約違反だ」


「盟約? 頭が高いです。面を下げてください。私はそんな盟約知りませんね」


竜の盟約だのなんだの言われてもコウスケは本当に知らない。

だが一つだけ分かったことがある。

ニーズは、黒竜でも弱い種である。

黒竜最強種が、挑発をしただけで、顔を赤くし本気で怒る。子供のような幼稚な癇癪。ニーズの中身は、まさしくただの子供であった。


「蛇よ。すぐにこの町から去れ……さもなくば……ふふ、どうなるでしょうか」


もの世界で見たプロレスのあおりを参考に視線を高くし、軽蔑した目。やりすぎのような気もするが、まあ、見られなければ怒られないだろうとヒールを徹底する。

ニーズは耐えられないのか杖をコウスケに向ける。


「まあいいです。今日は顔を出してやっただけですので」


そして、コイツの目的は子供そのものなのだろう。おそらくこの町で魔力を集めているのは、レーラを倒して自分が最強になり替わるためであると推測できたコウスケは、これ以上この教会にいる必要もない。

コウスケは飛行魔法に風魔法を足し竜が羽ばたくように変身でつけた羽をふるう。


「待て! レーラ! 絶対に許しませんよ! 衛兵どもあのくそ竜を追え!」


「『想像:飛ばされろ』」


コウスケは、隠し持つ杖を媒体に強力な風魔法を襲ってきた兵士やシスターに飛ばし、幸助を囲んだ人間はすべて吹き飛んで行ったのであった。


「さらば!」


コウスケはそういうとステンドグラスを割り教会を逃げていく。


「待て、レーラ!」


「はははははは、蛇は蛇らしく地にでも這っているがいい」


そういいコウスケは、逃げ出す。

後は、これをレーラに見られさえしなければ、コウスケの作戦は完璧であると思っていたのだがて……。

これの一部始終は、コウスケの服に入っていたシノビネズミにより、レーラにも一部始終が共有されていたのであった。

コウスケが黒竜を怒らせるとどうなるのか知るのは、これより少し先の話である。

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