第16話 朕さんチッスチッス

 翌日、霧は相変わらず完全に晴れないが、空は晴れ、そしてクリスの冷たい視線が、正座したコウスケと白いTシャツを着たスズを指す。


「で、幼女趣味のある朕さん。年端もいかない女の子との同衾、昨晩はお楽しみの様でしたか?」


冷たい目のクリス。

気まずそうに目をそらすコウスケであったが、誤解を解くために弁解をする。


「いや! 同衾も何にも! 何もしてない! それにスズは、中身でいえば前世の分もあるから! 無知に散らすようなことはないぞ!」


「そ……そうです。幸助さんとは、なにも……ありません。前世について話しただけです……ま、まあ……び、びび……ビッチ思考な陽キャさんには……」


「あぁん! 私は、今、男とかを娶る気はないんですけど! ロリババァ」


「ひゃん! す、すすす……すみませんでした!」


スズは、フォローするつもりであったのだろうが、完全なあおり行為であり、クリスは、大人げない睨みでスズを黙らせた。


「えーっと、クリスさんは、なぜそこまでお怒りに?」


元々の発端は、昨晩、コウスケとスズの前世の話をし、泣いたり笑ったりなど、長い時間を過ごしていたのだが、転生者であるスズの肉体は、十三歳ほどそのままベッドで寝落ち。

コウスケも疲れからか、倒れるように同じベッドに倒れこみ就寝。

朝、起きるのが遅いコウスケ達を起こしに来たクリスが、惨状を目撃して今に至る。

しかし、コウスケとしては、何かした訳でもなく、状況を見ればわかるはずなのだがクリスは顔を赤くして怒っていた。


「……だ、だって! 男と女は、結婚するまで同じベッドで寝るといけないのよ!」


「へ……?」


ポカンとするコウスケ。

確かに昔の貞操観念でいえば嫁入り前の女性はとかあったかもしれないが、平然と混浴の公衆浴場のあるこの世界でそこまで貞操観念が固いとも思えないコウスケ。


「間違えを起こして、こ、子ども出来たら! 責任取れないでしょう!」


「べ……別にお兄ちゃんと寝ただけ……そう思えば……別に…………もしかして、

び、ビッチさんは……男性経験皆無?」


「……決めた。もう面倒だから、この街ごと全部魔法で」


コウスケは、思った。

天然あおり陰キャと貞操観念がガチガチな陽キャ。この二人がそろったら世界が終わるかもしれない。


「もー、師匠。コウスケさんを起こしに行くだけでどれだけ時間を……さ、さような……」


「ヘルプ」


そんな瞬間、レーラが扉を開け、察して逃げようとした瞬間、コウスケはレーラをつかみ引き留める。


「ぎゃ! 嫌ですよ! 放してくださいー! こんな修羅場に私をまきこまないでぇえええ!」


「頼む! 助けて! ほんとヘルプ! クリスは怒ると、解決方法が乱暴すぎるんだよ! レーラ様なら無血解決が可能なんだよおぉぉぉ!」


「いやだあああ! 放してください! もうこんな町になんていられるかあぁぁぁぁ!」


全力の抵抗をするコウスケとレーラにクリスは、レーラに気が付き、レーラの腕を掴むと見方を求めるような目で話しかける。


「ねえ! レーラは、未婚男女の同衾! え、エッチだと思うわよね!」


もうだめだと言わんばかりにあきらめたレーラは、冷静に状況を確認し冷静になると、自分の意見をさも当たり前のように答える。


「……えっと、それ、黒竜に聞きます? 別に私は、強い雄との交尾は大事だと思いますが。強い子を産むことは、生命の営みとして当たり前ですし。その観点で見れば、コウスケさんは、強い雄です。状況を見るにスズさんが昨晩コウスケさんと交尾して強い子を産むのは、別に問題がないかと」


終わった。

コウスケは、転移後の人生が走馬灯のようによみがえる。

黒竜の貞操観念は、人間とは違うと知っていたが、人間視点でいえば完全な爆弾発言。

スズもさすがに顔を赤くして否定する。


「こ! 交尾なんてしません! い、陰キャにも選ぶ権利はあります!」


「そ、その発言は、ある意味ショック」


スズの反応を確認してレーラは、大体の状況を把握してため息をつく。


「はあ……何もないですよこれ。ただ本当に一緒に寝ていただけじゃないですか。師匠も騒ぎすぎですよ。男性経験が皆無なのはわかりますがあきらめてください。私もまだないで、余計に理解できません」


「べ、別に! 好きで経験ない訳じゃ!」


クリスの慌てふためく顔を見て、スズは、少し面白くなったのか、ちょっと怪しい陰キャ特有の笑みでクリスを笑う。


「ふふ……今は男を娶る気がない……こじらせているだけですね……ふふ……でゅふ……」


「なああ……」


クリスは、顔を以上に赤くすると限界を突破したのかその拳は、スズとコウスケの頭を思いっきり叩いた。


「イッテ!」


「ぎゃふん!」


「ふん! もういいわ! 食事よ! 早く下に降りなさい!」


クリスはそういうと扉をくぐり外へ出ていく。

レーラはコウスケとクリスを見渡した後、コウスケに向かってぐっと親指を立てる。


「よかったですね! げんこつで済んで!」


「良くない……」


そのげんこつは、まるで砲弾に打たれたような衝撃で痛いという表現では甘いほどの痛みであった。


「みんな集まったな。じゃあ、今から俺たちは、神父の身辺調査班、街をもとに戻すための工作班、リッパー保護班の三班に分かれるのだが……」


宿にて、集まるシンジとミリガン、それとコウスケ達四人を合わせた六人は、今日の任務の確認するためシンジが話すのだが、班分けと聞いた瞬間、ミリガンはクリスにくっつく……そこまでは分かっていたコウスケだが、なぜかコウスケの後ろにスズが隠れるように引っ付いた。


「え、えーと、スズが人になつくなんて珍しいが、ど、どうした?」


少し引き気味のシンジであったが、スズは、恥ずかしそうに顔を出すとか細い声でボソッとつぶやく。


「幸助さんたちは……強い。な、なら三人は、わ……別れるべき」


「え、えとそれは、そうかもしれないが……」


「俺は何もしていないからな」


シンジが疑り深くコウスケを睨むが、コウスケは、呆れたようにシンジに返す。


「うむ、コウスケさんは、中々色男ですし女の子が恋をする対象としては、納得ですね! おかげで私は、お姉様を独り占めできるのですから! ねー、お姉様」


決まったとばかりに調子に乗りクリスに抱き着くミリガンだったがクリスは少しうざったそうに体を背ける。


「あー、もう何でもいいわ……で、シンジ、アンタは、レーラと一緒だけど大丈夫? その子かなりの常識知らずだけど」


「師匠に言われるとは……」


本気でショックを受けているレーラだが、シンジは真顔で答える。


「いや、アル中とサイコレズ、陰キャにロリコンこいつらとコンビを組むくらいなら、常識しらずのレーラちゃんが一番マシだろう」


「ま……マシ……うう……常識しらず」


あ、コイツ、本気で失礼なことを物怖じせず言うよなと思ったコウスケであったが、ここで、否定をすると面倒なことになりそうなのであえて何も言わなかったが、クリスは、相も変わらず好戦的にシンジを睨む。


「あぁん! 誰がアル中じゃい! ……いや否定はしないけどさ! しないけど納得いかないわよ!」


「あー、はいはい。せやなー。で、この話をいつまでも話すと面倒だからとっと誰が何をやるか話すけどいいか?」


流石のギルド長。流すスキルは、すでについているようで、面倒そうにクリスを払いのける。


「で、役割だけど。コウスケとスズは、教会への潜入。面が割れていないコウスケは適任だし、スズは、スキルで動物を操って、教会内部の調査ができる。で、俺とレーラちゃんは、孤児の保護、俺は顔を見れば、孤児かどうか分かるし、レーラちゃんは、魔力を使わない体術が一番強いからな」


「で、私とミリガンが街のを戻すための裏工作。妥当だわ。私はまだ前の街を覚えているし、ミリガンは、固有魔法で操られている人間が分かるから身辺調査は、適任」

仕事の話になると真面目になるクリスは、一枚の紙をひらひらと眺めながら話す。


「ん? クリスその紙は?」


「ああ、私は、朕さんと違って用意周到なの。ねえ、シンジ、工作なんだけど、ここをこう敷いて、これを設置……」


「ふむ、いいんじゃないか」


いい加減許してほしいコウスケであったが、こうも真面目なクリスに何も言えずため息をつく。


「はあ……で、霧竜ニーズヘックの討伐は……」


本題である。

竜の討伐などの任務の実行について聞くべきことを聞いておかなくてはいけないとコウスケが、シンジに聞くとシンジは、クリスの持ってきた地図を見る。


「うーん。クリス。この工作は今日の日中までに可能?」


「はん! 誰に聞いているの? 余裕ね」


「よし! なら決行は、今日の夜だ。時間を延ばすほど孤児は増えるし、面倒だ」


……聞き間違えではないだろうか、コウスケは、聞き間違えであると信じて、もう一

度シンジに問いただす。


「な、なあ、ガチ?」


「うん、ガチ」


シンジの顔は、軽薄そうな笑みであるが、その意思は、本気そのもの。

冗談を言っているような顔ではなかった。


「俺たちは今日中に孤児たちを安全な場所へ保護、コウスケ達は、クリス達は、ニーズヘックを倒すための情報収集これは、ある程度整っていれば実行可能だが、今回の作戦の要は、クリス達だよ」


コウスケも何となくだが理解はできていた。

クリス達は、ニーズヘックの秘密兵器であろう魔法道具の無力化や裏工作。これがうまく行くか行かないかで今回の依頼の難易度が段違いに変わるのである。


「まあ、ニーズヘックを対策するためガス灯の破壊は絶対。それに、ニーズヘックの配下もいるだろう。その点、配下にバレずに応用が可能なのは、俺かクリスだ……そんでもって、クリスがこんなに自信満々ということは……本当にできるんだろうな……」


自信満々にどや顔をするクリスを見て、妙な納得をしてしまう。

クリスは、最強だ。

これは、コウスケの推測ではない。事実である。

本気のレーラと手合わせをリスタトリニティにつく前にやったコウスケは、レーラの本気に全く手も足も出なかった。

あらゆる小細工も無視する圧倒的な力、それを眠気眼のクリスは、片手で軽々とレーラを倒すほどの実力。そんなクリスができるというのだ。

コウスケは妙な納得をしてしまう。


「じゃ、そういうことで、各人、気は抜くな。どんな最強だって気を抜けば死ぬ。死ぬ気で死ぬな。以上」


シンジの統率力は本物であった。

たった、一回の発言で、現場の空気に緊張が走る……約一名を覗いて。


「ふ、ふへ……幸助さん。お昼は……ハンバーガーを食べたいです。わ、私一人じゃいけないですが……こ、幸助さんとならいけそうなので」


「……あー、うん。そうだね……」


コウスケは、本当にスズが陰キャなのかと疑うレベルで肝が据わっている気がした。

真正空気が読めないウーマン。

コウスケの総評は間違っていないだろうこの後の依頼に一抹の不安を抱えるコウスケなのであった。


 霧のかかった教会、昼だというのに日があまり射さず、昼でもガス灯が煌々と光る教会は、どこか薄気味悪く、近寄りがたい雰囲気のはずなのに入り口には、参拝に訪れたであろう人がぞろぞろと教会に入っていく。


「なんというか……きみの悪い教会だな」


「ま……魔王城みたい……です……」


コウスケとスズは、二人で協会を見て各々感想を話しながら入り口に向かうのだが、ふとコウスケは、思うことがあったのか、雑談のつもりで話題を振る。


「そういえばこの世界には魔王とかもういないのか? 転生ものラノベにはよくあるだろう。魔王は復活し勇者が転生するとか」


「あ……えと、ないです……転生してから、聞いたこともないです。転生した時には、魔王は倒されていました……。復活の話も聞いていないです。そ、その元死刑囚でもラノベ……読むんですね。」


スズは、少し皮肉を込めコウスケに話題を返す。コウスケも少し苦笑いを返しながら語る。


「そりゃ、刑の執行前までは時間ばかり余るからな。獄中で小説家になった人もいたしな。ただ俺は、どの作品も楽しめなかった……違うな。楽しんじゃいけないんだ」


「……今も楽しめてない……ですか?」


「楽しんじゃいけない。俺は、理由は何にしても、人を殺した。全員、顔も名前も忘れたかった。忘れようとしたけど無理だった。殺す瞬間から今の今まで全部覚えている」


「……私は、幸助さんを許さない。お兄ちゃんも悪いことをしました。事情も昨日知りました。けれど私は絶対に許さない」


その目は、陰キャのスズには、珍しく強い意志のこもった目。コウスケは、転移前の罪は、絶対に消えないそう思っていたが、どうにもスズが目の前に現れてからは、その意識を強く自覚した。

だから、顔には、表情を張り付け話す。生きてきたレーラには、きっと気持ち悪く見えているのだろう。そして、スズには、その裏の顔すら見透かされているのだろう。

そう思うと、コウスケは、表情をはがし、冷徹であきらめの混じった素顔が現れる。


「だろうな……スズになら、いつ殺されても良い」


「殺しませんよ? 生きてください」


「はあ! お前、なんでそんな……俺は……お前の兄貴を」


数歩先をかけるスズは、振り向くと心の底からの笑みをコウスケに向ける。


「だから、お兄ちゃんの分まで生きてください。忘れないでください。それがあなたの償いです。死ぬなんて絶対に許さないんですから」


コウスケは、自分がロリコンなのかと錯覚してしまった。その顔に冷徹な素顔は、表情を少しだけ取り戻した。


「……わかったよ。絶対に死なない。ていうか、スズ、キャラ崩壊しているぞ」


「わ、私だって! 別に好きで陰キャをしているわけではない……です」


スズは、頬を膨らまし、どこかそれがおかしくて、二人でこらえていた笑いがこぼれてしまったのであった。

こんな日常が続けばいいと思っていたのだが、現実はどこまでも残酷であった。


「ねえ、あの人一人でしゃべって笑っているんだけど……」


「やめよ、関わったらやばいって……」


周りは、コウスケだけを見て近寄ろうともしなかった。

コウスケは、魔法で見えなくなってしまったスズとしゃべっている。他の人から見れば、一人で笑っているやばい奴に見えている。


「はあ……」


一瞬理解のできないコウスケであったが、周りの人間に必要以上の悪意は感じられなかった。そう、コウスケ達は昨日この土地に来たばかり、そのうえクリスの魔法で対外魔法の効果を受けづらくなっているからスズを認識できただけ。

ミリガンやシンジは、元々記憶、表情を使う系統のスキルや固有魔法があったから魔法の影響を受けていなかったからであり、普通の人からは、スズが見えない。いないモノ扱いを受けていた。


「あー、忘れていました。そうですね……あ、あはは。今後は、私のスキルで思考共有をしましょう。そうすれば幸助さん」


寂しそうに笑うスズ。気丈にふるまうが、陰キャという性質からか、どうにも表情が隠し切れてはおらずコウスケには、とても痛々しく見えた。


「なんだよ……」


こんな、いい人間を消した親がいる。こんないい子を苦しめる魔法があっていいものか。コウスケは、怒りという黒い感情が沸々と湧きそうになるのを必死にこらえるが、背中を見せ歩くスズは、コウスケの脳に直接思考を送りおかしそうに笑う。


『ま……まあ、陰キャは、人に見られたり話しかけられるとか、苦手ですし。と、と、というか……いい子とか言われるとさすがに照れます』


コウスケは、スズの使ったスキルからか、知らないはずの思念での会話が自然とできていた。


『それは……聞かなかったことにしてくれ。でも、これだけ言わせて』


『は……はい』


『俺は、スズ。君も絶対に忘れない。君を絶対に守る。絶対だ』


「ぜ、絶対なんて……馬鹿ですか……けど嬉しいです! ありがとう、幸助さん!」


スズは、目にためた涙を隠すように拭いて満面の笑みをコウスケに見せる。

この瞬間コウスケは、決意した。


『君は俺が絶対に守る』


『ばかです……』


そして、コウスケ達は、決意を胸に、敵の本拠地である霧に囲まれた教会に向かっていったのであった。

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