第12話 消えたギルドと百合の花

「なんでないのよおおぉおおぉお。マスター! エール! おかわりぃ! くそうぅ……エールは変わらずおいしいし、温泉せいろ蒸しも変わらず美味なのに……どこぉ……私の飲み放題……ひく……これじゃ気楽にのめにゃいじゃないのぉお……ひっく」


 濃霧のから射す明かりが減り、ガス灯の明かりが煌々と光、夜を告げたレストラン、見た目だけなら、絶世の美女と言われるだろうクリスは、悪酔いしたオッサンの様に机をガンガン叩いていた。


「師匠……はしたないですよ。もっと食事は優雅にしなくては……」


「あぁん! ぶどうジュースしか飲めないお子ちゃま黒竜がよくいうわ!」


「お子ちゃま……私もお酒は飲めます! 師匠を見ていると飲みたくなくなるだけです! 私が飲むときは本気で心に傷を負った時のみです!」


「あぁ……ホレさんの家に帰りたい……」


コウスケは、見慣れた二人の喧嘩を眺めながら、早くもホームシックに陥りそうになっていたのであった。

結論を言えば、冒険者ギルドはなくなり、今いる酒場になっていた。

最初は、酔ったクリスの間違えを疑われたが、その後いくら探しても冒険者ギルドは見つからず途方に暮れたコウスケ達は、宿を取りひとまず、酒場で食事をとることになったのだが、改めて、この二人は、食事のたびに喧嘩をして本当に仲がいいのか疑問である。


「師匠がギルドの場所を間違えただけの可能性は、いまだにあるんですからね」


「ぬぁに! なら、素面のアンタまでギルドの場所を忘れるのよ!」


「わ、私は、竜ゆえ! 人間文化に疎いところが! って、ひゃん!」


「きゃあ!」


レーラが、クリスに負けずに机を叩くと、そこから、酒の入ったクリスのグラスがきれいな曲線を描き机から飛び出した。

その後グラスは、自由落下の重力に引き寄せられ中に入っていた液体が、他の客の頭にかかってしまった。


「あ……す、すみません! いつもならこの役割は師匠が……って……ミリガン?」


「ああぁう……そんな、ぼーっとしていた私が……って、レーラ様にお姉様?」


エールでびしょぬれになった少女は、金髪の長い髪を一本のおさげにした少女、背丈は、レーラより少し高いぐらいであり、コウスケは、どことなく妹感があふれ庇護欲をそそられるような美少女であった。


「んな……あらぁ! ミリガンじゃない! おひさー元気してた?」


「は、はい! してました! それと……誰です? その隣の男は?」


「あ、初めまして、おれ、大柴幸助って言います」


コウスケは、今まで見た女性の中で一番かわいいと思う女の子に若干の緊張と期待を込めてあいさつするのだが、ミリガンの目は、恐ろしいほど冷ややかであった。


「貴方には、聞いてないですー。おほほ、喋らないでくださります? ですが一応……ミリガンと申します」


「ぐ……な、なぜだ! 悲しいはずなのに! 悔しいはずなのに! 冷たい目で見られてう、うれしい……?」


「私との入浴では、何もなかったのに……まあいいです。私から話しますね……」


自分のよく分からない感情に膝を震わせるコウスケにレーラは、ため息をついて、コウスケの代わりにコウスケについて説明をしてくれた。




「流石お姉様です! 酔った勢いで禁止魔法陣を発動してしまうなんて!」


「えへん! えへへー、すごいのらー」


「おい、ほめるとこじゃないだろう」


「ですね」


目を輝かせるミリガンにクリスは誇らしそうにどや顔をするがレーラとコウスケは、やれやれと溜息をつく。


ミリガンは、クリスの妹分らしく、同じ冒険者ギルドの一員らしい。

驚きを隠せなかったコウスケだが口に出してしまうとまた冷たい目をされかねないため、コウスケは、あまり余計なことを言わずにいた。


「いやーですが、お姉さまたちは、陰鬱で陰湿なこんな町になに用ですか?」


「陰鬱ってぇーこの町のギルドにきたにょよー」


「うん? えっと、この町にギルドはないですよ? あるのは教会ぐらいですが」


ミリガンは、頭にはてなを浮かべている。

そんな表情を見てレーラとコウスケは、二人に背を向け、話し合う。


「こ、コウスケさん。やはり、この町おかしいです。この町に教会なんてないですよ……それに冒険者ギルドが盛んなこの町では、教えより自分の腕を信じる人が多いはずです。宗教の教えなんて中々流行らないはずなのですが」


「うーん、俺とクリス、それにレーラは、耐魔効果があるってことだろう。つまりこれは魔法なのでは?」


「ありそうですが、もう少し話を聞きましょう。それと夜は、少しこの町を探りましょう。何かあるかもしれないです」


二人が密談をしているとミリガンは、面白そうに二人に話しかけてくる。


「あれ、レーラ様とコウスケは、やけに仲がよさそうですね? もしや二人はお付き合いを?」


「うん? ありえないだろう」


「ですね」


からかうような質問であったが、二人はいたって冷静な返答をする。

当てが外れたのか少し残念そうなミリガンだったが、コウスケ達にも興味をもったらしい。


「うーん、なんというかコウスケは、どことなく人タラシな雰囲気が見えます。ですが、当てが外れたみたいですね……おかしい」


「おかしいって……見た目で判断するなよ……」


「ふふん、これが見た目だけではないんですね。私、固有魔法で、人の顔を見ると、性格とか、簡単な経験を読み取れほんの少しだけ操れるんです。逆にそれだけなんだけど……はは、コウスケみたいな強いスキルみたいのはないけれど、結構自慢なんだから」


コウスケは、とっさに顔を隠すが、それを見たミリガンは、面白そうに笑う。


「あはは、意味ない意味ない。別に全部見えるとかじゃないから。今私と話し辛そうだなーとか、とっつきにくいって思っているなど分かるだけだし」


「お……おう……それはそれで、便利な魔法だな。てか、なら俺たちが今何考えているとかも、少し分かるなら、聞いていいか?」


コウスケは、ミリガンが何か忘れているというのを少し顔に出すと、ミリガンは、クリスと同じ瞳に魔方陣を宿すとニコッと笑う。


「なるほど……いいけどナンパ以外ね。コウスケ、結構私のこと顔が好みでしょう? 残念だけれど、私そういう趣味じゃないから」


「ほーん、コウスケさん、私、少し外しましょうか?」


レーラは、少し冷ややかな目でコウスケを見るが、コウスケは、勢いよく否定する。


「ちがう! いや、顔は割と好みだが、そうでなくてだな!」


「あはは、冗談。だって、好みなだけで、別に異性とつがいになりたいみたいな顔はしてないし。でも本題はそっちじゃない。私や、周りの人がおかしく見える。そういった顔ね。うん、その意見には、同意。だってこの町の人いつからか、自分の考えがなくなったような……意識の混濁とは違うような顔だし」


「は、話が早いようで」


「そうよーミリガンは、あたしの妹分よーすごいのよー! マスター、エールお替り!」


うるさいクリスを置いて、レーラ達三人は、話始める。

ミリガンも、何かの魔法にかかっているのは感づいているようであった。


「そうねー。私の魔法って、記憶とか性格、人の見えないものを見通す魔法だからかな、おそらくこの町にかかっている魔法のような何かには気が付けるみたい。固有魔法の一貫性保持ってやつね」


「固有魔法の一貫性保持?」


コウスケは聞きなれない言葉に疑問符が浮かぶと、ミリガンは、ポカンとする。なんで言っていることが分からないのだろうという顔だ。


「えっと、レーラ様?」


「あー、竜は、そういった文化はございませんので」


目をそらすレーラを見て、ミリガンは、そういうことかと、ため息をつく。


「あー、お姉様とレーラ様は、教えるとかは苦手ですもんね……本当に天才の悩みだけは分からない」


「コウスケ、いい、固有魔法の一貫性っていうのはね。世界に矛盾がないように構成されるの。絶対に~とか、必ず~とか、そういった言葉が付いた固有魔法は発現しないの。例えば、お姉様の固有魔法は、『伝承の模倣可能』可能なだけで必ず出来る訳ではないし縛りもある」


「確かにあるな、さっき聞いた」


進研ゼ〇で習ったところだなどというような顔をするコウスケを見て、ミリガンは理解の速さを見たのか、話を進める。


「そうね。絶対にすべてを貫く矛の魔法や、絶対に防ぐ盾の魔法はないの。魔法には、矛盾が生まれないように発現する」


ミリガンは、フォークとスプーンを持つ。するとフォークでスプーンにつつく。

「すべてを貫くことが可能な矛の魔法とかすべてを防ぐことが可能な盾の魔法はある。魔力の多い魔法が、魔力の弱い魔法を打ち消せる。今なら盾の魔法が勝ったみたいな。だから私の魔法は、違和感に感づくことはできたの、ただ、その違和感に気が付けるほど魔力が勝っていなかっただけ」


「うん、レーラ達に聞くよりわかりやすい。こいつら、実際に魔法を見せながら出しか説明できないし」


「失敬な……確かに言葉というのは難しいですが」


レーラは、恥ずかしそうに顔をかく。しかし、コウスケは今の話を聞いて察しがついたのか、ミリガンに質問してみる。


「本題だが、この町の異変に気が付いている奴らがいるっていうことか?」


「そうね、魔力の一貫性保持。この法則は、誰であろうと破れない法則。それは魔法道具も同じ。だから、この町にもいるかもしれない。この町にかかった魔法の正体を知る人間が。少なくとも私よりは詳しいはずよ。その人を探すそれがいいはずよ。だれかは、流石に分からないけれど」


そう、結論でいえば、この町はおかしい。

それを証明する人間の可能性がある。ミリガンの様に、魔法にかかりながらも、可能性を提示できる人間がいるのだ。

完全に町の異常性を証言できる人間がいる。その人さえ見つければ、この町のおかしさを見つける要因になりえる。

ミリガンは、コウスケとレーラの顔を見ると魔方陣を展開する。


「ちなみに私は分からないけど、お姉様たちの顔を見れば、推測はできる。一、この町には、あるはずの施設がなくて、ありえない施設がある。二、お姉様たちは、今のこの町にない施設に用があった。三、それは、コウスケに関係したもの。コウスケ、アンタ、もしかしてまだ冒険者申請してないでしょう」


「そう! だから俺、今、クリスの物扱いで!」


「なにそれ! うらやましい!」


「そう! うら……へ?」


コウスケでも分かるミリガンからくるしっと目線。

レーラは、コウスケの肩に手を置くと、あきらめたような目をしていた。


「コウスケさん。あきらめてください。貴方の目の前にいるのは、正統派美少女ではなく、まぎれもない変態。私たち冒険者にまともな思考でいる人間なんていないんです」


「……いやだ! 俺の好みの顔の女が! 同性愛者のドエムなんて! 性の多様化には、別に何も悪い感情はないし、むしろ新しい考え方を受け入ていれる! だが、好みの顔の女は、別だよぉお! 今なら人権団体に糾弾されて炎上してもいいそれぐらい俺の脳みそはそれを受け入れたがっていない!」


「ちょっと! 確かに、私は、お姉様を性的に愛しているし、いじめられたいけれど! そんな訳の分からない異世界の言葉を並べられても分からないわよ! 後、声が大きい! それに本題はそこではない!」


ミリガンは先ほどまでの余裕そうな表情が一気に崩れ顔を真っ赤にし、慌てる。

コウスケもショックのあまり、顔を真っ青にしている。


「……えっと、単刀直入に言いますね。ここはもともと冒険者ギルドで、ギルドでコウスケさんの冒険者申請をする予定でした」


「……うぅ、私だってその結論には至っていたのに。格好つけるタイミングを失って

しまった。そうです。レーラ様、この町には、ギルドがあって、ギルド長がいた。そ

して、この町はそのことを忘れている。つまりギルド長だった人は、この町にかかっている魔法で一般人になっているか、私の様に違和感を感じる存在もしくは、この魔法の矛盾になるから、存在ごとこの町から忘れられたか」


恥ずかしそうに格好をつけなおすミリガンだったが、コウスケ達には、一筋の光明が見えた。


レーラは、ぽんと手を叩くと、その顔は核心に変わる。


「なるほどです。ならギルド長は後者ですね!」


「なんでわかるんだよ、レーラ」


その核心に疑問を持つコウスケであったが、レーラのどや顔は続く。


「ふふん、だって、ここのギルド長は、異世界からの転移者。さらに魔法も記憶を元にした、異世界の道具、この世界の魔法道具の精製です。スキルも、そっちの方面、記憶保持とか、完全記憶系のはずです!」


「い、異世界! しかも名前的に俺と同郷だ! 日本人だ! そ、それで!名前や容姿は覚えているか?」


コウスケは、久しぶりに聞いた、日本人の名前に興奮を隠せずにいたが、レーラは気まずそうに眼をそらす。


「名前は、オウギシンジという名前で……えーと雄です!」


コウスケは、当たり前のことを当たり前に聞いただけなのに、レーラは、だんだん冷や汗をかきだす。

ミリガンは、呆れたようにレーラをたしなめる。


「全く、レーラ様、まだ人の顔を覚えるのは苦手なんですか?」


「だ、だって、人間の顔って、覚えようとしないとみんな同じ顔に見えるんだもん! さすがに雄雌の区別はつくけどそれ以上……いや! 人間だって、私たち竜を顔で判断できないじゃないですか!」


言い訳がましいレーラであるが、なんとなくコウスケにも思い当たる節はあった。


「ま、まあ、俺も冷やしスライムの個体別の見分け方なんて分からないし」


「うーん、そういうものなんですか。確かに私は魔法特性上すべて個体別に識別できますが普通はそういうものなんですね」


さっきまで天才の悩みなど分からないと言っていたミリガンであったが、コウスケに言わせればミリガンも、ある意味ではそちら側だろうと思ってしまった。


「と、とにかく! レーラ、この後は、そのオウギさんを探そう!」


「そ、そうですね! そうと決まったらミリガン、すみませんが師匠を宿まで送っていただけませんか? 酔いを解毒魔法で浄化すると怒りますし、今のままでは使い物になりませんので」


レーラは話をそらすように、クリスをミリガンに任せようとする。

ミリガンの顔は、途端に下世話な顔になる。


「いいんですか? お姉様の貞操を奪ってしまうかもしれないんですよ」

おそらく演技であった下世話な演技のミリガンであったが、コウスケとレーラはいたって真顔であった。本気で心配していない顔である。


「や、別に関係ないぞ」


「ですね。私たち竜の貞操概念は、人間ほどまともでないことぐらい、ミリガンは知っているでしょうに」


本気で、そっち方面には関心のない顔。さすがのミリガンもクリスに同情をしてしまった。


「な、なんといえばいいのか……お姉様かわいそうに」

しかしその後、途端に今度は本気でやばい顔にミリガンは変わり、お代の大銀貨五枚を置くとクリスをつかむ。


「では! この後のことは、お任せして、私は、お姉様をお持ち帰りします! お代は、私が払いますね! ぐふふ、では!」


そしてミリガンが去ったあと、レーラは嬉しそうな顔でコウスケに話しかける。

「やりましたね! コウスケさん! 食事代が浮きました!」


「そうだなやったぜ! 一応クリスには、手を合わせておこう。なむなむ」

周りの人間が全員ドン引きする会話であったが、レーラとコウスケは、そんなこと意図もせず、ご飯を食べ終わると、オウギシンジの捜索に出るため元ギルドのレストランを出ていたのであった。

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