第6話 怠惰の象徴つきましてマッド

 ここは地獄である。

コウスケは、目の前で起きる最終戦争に呆然と立ち尽くしていた。


「だから今日は、大きなお風呂に入ろうって言ったじゃないですか! 師匠!」


「なにを! そんなもの衛生魔法を使えば解決じゃない!」


レーラは、空を飛び空からクリスに黒い炎を吐き出す。クリスも、展開された魔方陣でその炎を防ぎ、魔力を打ち出す。

魔法を知ったばかりのコウスケでもわかる高魔力の応酬は、地を砕き、空を穿つ。


「ちょ、婆さん! いい加減二人を止めないと」


「いやー久しぶりの孫みたいな二人の娘との再会、どんだけ強くなったかは見ておかんと」


大きな杖を持ちゆったりとするおばあさん。ホレは、クリスとレーラが冒険者になるための身元保証人であり二人にとっては恩人であり、魔王を倒した勇者……らしい。

花畑が広がる丘にポツンと立つ家、これ自体がホレの魔法である。ホレが使える魔法、アバロンの花園。空間を作り出し、その空間内では、ホレの命令が絶対。

レーラとクリスは、扉を抜けた瞬間にこのホレに襲い掛かり倒そうとしたのだが、ホレの命令で、実力を見せろと、二人の模擬戦を強制させたのである


「展開『解除:黒竜の爪』」


「展開『オカルティズム:くちさけ』」


レーラは、手を黒い竜の手に変えクリスを襲う、クリスも魔法で出した大鋏で抵抗し鍔競り合いが発生。

瞬間、コウスケの腰から下げていたレーラの爪を素材にした棒が反応し、黒く少しだけ発光した。

それを見たホレは、感心したようにコウスケを見る。


「あれ、それは、レーラちゃんの爪ね。コウスケ君、その爪を使った時なにも、変化はなかったかしら?」


「ただの棒でしょう? 特に何があるわけでも」


「うーん、黒竜の部位って、存在自体が禁断魔法級の素材なの。そんなもの、持っているだけでも危険なのに特に何もないなんて……流石転移者といった所かしら……うーん、クリスちゃんには悪いけれど、時間をもらって、おばあさんがこの爪をあなたが使いやすいようにしてあげようかい」


「うーん、しかし」


ホレの提案に、コウスケは、少し迷った。

確かにこの爪を使った際に起きた黒い感情に不安を感じていた。うれしい提案であったが、まずは目の前で起きた最終戦争のような二人を止めなければならず、回答に困ってしまったコウスケであったが、ホレは、そんなコウスケを見て察したのか、笑顔でコウスケの頭をなでる。


「大丈夫じゃよ。孫の面倒を見るのは、わしらの仕事じゃからな」


ホレはそう言うと杖を喧嘩している二人に向け、魔方陣を展開する。


「ちょ、何やってんの! ホレさん!」


コウスケは、慌てて止めようとするのだがホレは、慣れた手つきで杖を二人に向ける。


瞬間背中に魔方陣が展開される。


「「な! それは、やめ!」」


魔方陣に気が付いたレーラとクリスであったが、時すでに遅し、ホレの詠唱は、止まらなかった。


「焦げしパン、落ちたリンゴ。怠惰の象徴を……展開『怠惰なピッチ』」


レーラとクリスは、黒い液体で全身が、包まれ、展開していた魔法陣が、炎に包まれ燃えおちる。炎を消そうとクリスとレーラは、地面を転がる。


「熱い! 熱い! レーラ! 魔方陣は展開したらまずいわよ!」


「ぎゃあああ! 師匠! 魔方陣もう、展開してしま……ぎゃあああ」


地獄絵図。

燃える二人に絶え間なく出る黒い液体は、どこかガス臭いにおいがしてしまう。

コウスケは、震えて、ホレを見るが、ホレは、笑顔を崩さない。


「え、えっと、ホレさんこの魔法は」


「うーん、簡単に言うと、魔方陣に反応して痛覚を刺激する液体がうるさい二人の体から出続ける魔法かしら。見たいものは見れたしのう……それに、ふへへこれはいいのう」


ホレは、しれっというが、コウスケはぞっとした。魔法の展開に、魔方陣は必須。そんな魔方陣に反応する液体は、まさに魔法使い殺しであると思っていた。なおすべて、クリスの受け売りである。


「はい、クリスちゃん、レーラちゃん! 私は、久しぶりに燃える仕事ができたから、工房にこもるから、好きお部屋を使ってちょうだい」


そういうと、ホレは、自分の部屋に入って行ってしまう。クリスは、恨めしそうにコウスケを睨む。


「あの婆さん、怠惰のピッチは、反則じゃない……これじゃ衛生系の魔法も使えないじゃない。てか、コウスケは、なんであの婆さんを止めないのよ!」


「そんなこと言われても……ホレさん、俺が持っていた棒を加工するって息巻いていたし……これ以上はなんとも」


瞬間、場が凍り付いた。

レーラは、勢いよくコウスケの肩をつかむと頭をぶんぶんと揺らした。


「待ってください! あの爪、ホレさんに渡したのですか! 本当に渡してしまったのですか!」


「え、えと渡したが」


「お、終わりました……ちょっと遺書書きます」


「え、えええ! な、なんで!」


レーラは、生気の抜けた目で紙を探すのだが、それを見て慌てるコウスケ。クリスは、コウスケにチョークスリーパーを仕掛ける。


「あんた! あの婆さん、勇者とか言ってほめたたえられているけどね! 実際は世界一のマッドな魔術学者なの! 魔王の討伐だって、魔王がいい研究素材だからって、気軽に殺しに行くマッド魔法使いなのよ! そんな婆に黒竜の爪なんて素材渡したら、最悪レーラは解剖……上手に剝げました状態に」


レーラは、ひっそりとホレの家から離れようとしたのだが、瞬間黒い液体がレーラの行先に噴出し脱出を阻止される。


『あー、私が杖を作り終わるまでは、家で待ってなさい。アンタらには一泊分の素材提供をしてもらうからねぇ……大丈夫死なないから。あと、汚いから、早く風呂にはいりなさい』


ホレの声が黒い液体を通して響き渡る。


「別に死なないなら……いいのでは」


「「違う! それが怖いの!」」


レーラとクリスは、息ぴったりに拒否をするが、十分ほどあがいた挙句、あきらめて、風呂に入り、今日は、一泊することにしたのであった。

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