3-15 そこには――
私が笑いながら吐き捨てた途端、二匹が待ちきれんとばかりに襲いかかってきた。ギラついた赤い瞳を隠すこと無く鋭い爪を振り上げる。が、そんなものが届くことはない。
私の全身が青白く光り、両腕から放たれた閃光が一瞬にして二匹を焼き尽くし、焦げ臭い匂いを撒き散らしていった。しまった、少々焼きすぎたか。まあいい。
「三匹だ」アレクセイたちに言った。「三匹貴様らにやる。残りは私の物だ。いいな?」
「承知しました。ご武運を」
「誰に物を言って――いるッ!」
地面を蹴る。私へと連中から魔導銃の一斉射が降り注ぐが、この程度避けるまでもない。防御魔導で攻撃を弾き飛ばし、連中の目の前で跳躍。目の前にいた一人の頭を蹴り飛ばし、そのまま空中で姿勢を制御。倒れた相手の顔に踵落としを食らわせるとグチャリと肉が潰れ、頭蓋が砕ける感覚がブーツ越しに伝わってきた。
着地と同時に腕を横に薙ぐ。魔導の刃が連中の首を斬り裂き、聞き苦しい悲鳴が上がる。が、しぶとい連中だ。装束を真っ赤に染めながらも魔導銃の引き金を引くことは止めない。
「木偶の坊は寝てろッ!」
降り注ぐ魔導の下をくぐって接近。敵も銃を捨てて爪を振りかぶるが、私の方が早い。
一匹の顔面を拳で潰す。叩きつけるようにして頭を砕き、背後から接近した個体の心臓――核を貫き、引き抜く。そして反対の腕でもう一匹の核も貫いた。
「アーシェさん! 後ろですっ!」
両手のひらに核を乗っけた私の背後に、敵の魔法陣が浮かび上がる。ニーナが誘拐された時も見た魔導が無数に展開されて私を飲み込もうとしていた。だがな。
「遅いんだよッ!」
あの時はわざと食らってやったが、今日は悠長に相手をしてやる暇はない。敵の魔導が放たれる前にこちらが魔導を発動。足元に爆裂魔導をぶっ放してやると、連中が吹っ飛ばされ魔法陣が霧散した。その隙に両手の核をほぼ丸呑みして跳躍すると、落下してきた妖精の首を蹴り折って弾き飛ばし、さらにそのまま飛行魔導で高く飛翔した。
「魔導ってのはなッ……こうするんだよッ!!」
全身で魔法陣が瞬き、瞳が金色に変わる。ノータイムで三種の魔法陣を出現させ、爆裂、光刃に貫通魔導が地面に降り注ぐ。地形を変えてしまわない程度に威力は抑えたが、それでもこの連中なら十分。着地し、土煙が収まった後には、ミスティックどもが文字通り死屍累々として倒れていた。さて、これで私の受け持ちは終わった。残りは――
「■■■ッッッ――!」
私が背を向けたからだろう。撃ち漏らしたらしい一匹が跳ね起きて爪を振り上げた。だが、別に慌てる必要はない。
背後で「バンッ!」と壁にぶつかる音がした。直後に銃声。タバコに火を点けながら横目で確認すると、ニーナが投げたらしい魔導具による不可視の壁に顔をぶつけた状態で、頭から血を流しながら倒れていった。
「三匹目の排除を確認。任務完了しました」
「大丈夫ですか、アーシェさんッ!?」
敬礼したアレクセイに返礼で応じつつ、ニーナにも「大丈夫だ」と応じる。まったく、心配しすぎだ。私のことより自分の方を心配すればいいのに。ま、それがニーナだし、心配してもらって気分が悪いはずもない。
さて。この美味そうな死体の山を見て唾液があふれそうになる。貪り喰ってしまいたいところだが、今はガマンガマン。先にやるべき事をせねば。
「おい、隊長! トライセンの野郎が乗ってきた車がねぇぞっ!」
逃げたトライセンを探していたらしいカミルが、戻ってきしなに叫んだ。
「そんなっ! 逃げられたんじゃ!? 急いで追いかけないと――」
「慌てるな」
一人先走って追いかけようとしたニーナの首をつかむと、「ぐぇ」と悲鳴を上げた。阿呆か、貴様は。今から一人で追いかけたところで追いつけるはずがないだろうが。
「案ずるな。奴は逃げちゃいない」
そう告げるとニーナだけでなく他二人も怪訝そうに首を傾げた。まあ魂喰いたる私だからこそ分かることだ。一度血を舐めたからな。奴の匂いはハッキリと感じ取れる。
「車は囮だ。ミスティックにでも運転させて逃げたように見せかけただけだろう。奴は――この下にいる」
コテージ横の、一見何もない場所を魔導で吹き飛ばす。すると地下への階段が現れた。
「こんなところに……」
「さあ、地下でガタガタと震えてるケダモノを噛み砕きに行くとするか」
魔導で照らしつつ階段を降りていく。思ったよりも深く、まるで深淵に潜り込んだような気になる。大人の秘密基地とはいえ、ずいぶんと金を掛けたものだ。
「マンシュタインさんたち……無事、ですよね?」
「……」
自分に言い聞かせるようなニーナの問いかけに、だが私たちは誰も答えなかった。ここで余計な期待を持たせるようなことも、敢えて残酷な現実を突きつける必要もないからな。
ニーナは頑固な性分だ。だから言っても聞かないだろうと思って「私も助けに行きたい!」という主張を受け入れたが……やはり連れてこなかった方が良かったかもしれん。私もアレクセイたちも、もうすでに心は磨り減って新しく傷が入る余地はないが、優しいニーナのことだ。間違いなく現実を目の当たりにして、心に大きな傷が残るだろう。
(忘れませんからっ!)
夜の街で叫んだニーナの姿が頭を過り、私の胸の奥が疼いた。バカなやつだよ、まったく。私なんかと関わったから、こんな思いをしなければならん。あの晩で全てすっきりさっぱり忘れてしまえば良かったのに。
後でケアしてやらねばな、と小さくため息が漏れ、思考を別の方向に切り替える。
トライセンはどうやってあの禁書を手に入れたんだろうか。確かに魔導科学に関しては天才の部類だろうさ。仮に参考となる書物があったとしても、あれだけのミスティックを支配する魔導式を構築したんだからな。だが奴に一般的な運動能力しかないことは、普段の動きを見ていて分かる。だとすれば、だ。
(他にも仲間がいるはずだ。実働する人間が)
そこまで思考が及んだところで足元の階段が終わった。見上げれば、そこにあったのは壁だ。だがここまで降りてきて行き止まり、なんて馬鹿な話があるはずがない。
「離れてろ」
ここに来て慎重に行く必要はない。魔素を体にみなぎらせていく。地下階段が体に浮かび上がった光を反射して青白くなり、そして魔導が炸裂した。
壁が吹っ飛ぶ。爆風が吹き荒び、私の赤髪をなびかせ、階段を一気に駆け上っていった。
「突入ッ!!」
防御魔導を展開して踏み込む。全員臨戦態勢で白煙立ち込める周囲を見回せば、思った以上に中は広く、ずっと奥の方まで足元で灯りが続いていた。
私たち以外に動く影はない。だが、トライセンがどこかにいるはずだ。奴が部屋のすみっこでガタガタ震えてるだけの臆病者ならいいんだが……まあ何が出てこようと問題ない。全てを蹴散らしてしまえばいい話だしな。
鬼が出ても蛇が出ても喰らい殺してやる。そう意気込んで私は風で煙を吹き飛ばした。
だが――最初に現れたのは鬼でも蛇でもなかった。
「あ、アーシェさん……」
ニーナの声が震えていた。ニーナだけじゃない。後ろでアレクセイとカミルの二人も息を飲んでいた。そして何があっても動じない自信があった私もまた、言葉を失った。
そこにあったのは巨大なカプセルだった。ガラス張りにされたその中には液体が満ち、足元からは淡い緑色のライトが中身を照らしていた。
そしてその中身は。
「マジかよ……」
足が、震えた。なぜならそこには――人
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