3-14 ……馬鹿がッ
「――追跡、開始」
アパートから飛び出したトライセンを認め、トランシーバーで指示を出すと、アレクセイ、カミル、ニーナの三人を乗せた軍用車が発進する。私は上空からトライセンの車を追いかけつつ、アレクセイに付かず離れずの距離をキープするようナビしていく。
奴の車は王都東の森へと向かっていき、やがて見覚えのある場所へと辿り着いた。
『ここはぁ……こないだのサイクロプスがいたトコじゃねえか?』
カミルの言うとおり、そこは先日訪れた場所だった。その時に上空から見つけたコテージの一つがトライセンの所有物だったらしい。離れたところに車を停めさせ、私も地上に降りて合流。三人に隠匿魔導を施して、息を殺しながら奴のコテージへと近づいていく。
感じる。血の匂いが次第に濃くなっていく。普通の人間には分からんだろうが、染み出した実にまずそうな匂いが奴のコテージの方から漂ってくる。これだけの匂いということは……いよいよ覚悟が必要かもしれん。
コテージの前に立ち小さく息を吸う。そしてわずかに開いたままの扉を静かに押し開けると、一気に匂いが押し寄せてきた。
それはむせ返るような魂の匂いだ。苦味の奥にさらにエグみを覚える、絶対に喰らいたくもない善人の魂の匂いだ。それがコテージ中に染み付いていた。
「深夜に恐縮だが――不出来な生徒に事件の講釈を垂れて頂けるかな?」
声を掛けるとトライセンが振り向いた。その顔は暗闇でも分かるほど青ざめ、心臓が激しく脈打っている。たぶん頻繁にここに来ているんだろう。以前にコイツから感じた善人の血の匂いはコイツ自身のものじゃなくて、ここに入り浸って全身に染み付いた匂いだったということか。いやはや、こいつの血を飲むまでは完全に騙されてしまっていたよ。
「……や、やあ、こんばんは、シェヴェロウスカヤ中尉。こんな夜更けにどうしたんです?」
「それはこちらのセリフだよ、トライセン主任。ずいぶんと慌てていたが……私ももうおねんねの時間なんだ。だから単刀直入に聞こう――マンシュタイン殿たちは何処だ?」
トライセンの心臓の音が大きくなった。だが取り繕うのは上手らしい。すぐに何度も見かけた人懐っこい笑みを浮かべたが……ふん、今となっては胡散臭いとしか思えんな。
「……急にどうしたんです? 何処にいるかなんて私が知りたいくらいですが、もしかして何か手がかりが見つかったんですか?」
「今さらそんな猿芝居しなくてもいい。私は鼻が良くてな。この場所から匂うんだよ――数多のクソ不味い魂の匂いがな」
間違いない。マンシュタイン殿だけでなく、これまで行方不明になっていたたくさんの人間がここにいたはずだ。微妙に異なる様々な匂いが漂っていて、そのクソ不味さに吐き気さえもよおしてくる。もちろん目の前の善人の皮を被ったクソ野郎の存在にもだ。
「っ! それは……」
「貴様の部屋で見つけた本だ」昼間見つけた本を見せつけてやる。「大半は役に立たん過去の遺物だが、最後に論考されていた魔導理論。貴様が欲しかったのはここだろう?」
そこに書かれていたのは、如何にして生物から魂を抽出して他の物に定着させるか、という狂気じみた内容だった。書かれていた理論は完璧ではないにしろ、かなり理に適っていた。なにせ、魂喰いたる私に使われている魔導式と極端に変わらないのだからな。この理論を発展させて魔導式を完成させることは、トライセンならば可能だろう。
「もう一度だけチャンスをやる。マンシュタイン殿を何処に隠した? 今すぐ話せば法で裁かれる権利だけは残してやろう。そうじゃなければ――貴様という存在を喰らい尽くす」
もう私は限界だ。これだけの血と魂の匂い。誘拐した人間たちをトライセンがどう扱ったかは知らんが想像はつく。殺して魂を抜き取ったのだろう。きっと、ほとんどの人間が生きてはいないはずだ。
今すぐにでも眼の前のクソ野郎の目玉をくり抜き、舌を引き抜き、苦しみ泣き叫んで被害者に詫びを入れさせながら生きたまま喰い殺してやりたい。それでも私はまだ人間の心まで喪失していないつもりだ。理性を忘れて本能のままに喰らい尽くせば、私はもう戻れなくなる。だからこそ、奴にも最後のチャンスをやった。
しかしトライセンは、せっかく差し伸べてやった機会に砂をぶっかけていきやがった。
奴がポケットから何かを取り出す。そして床に落下すると、室内が一気に白く染まった。
「げほっ、ごほっ……! 煙幕魔導具ですかっ……!」
「……馬鹿がッ」
思わず悪態を吐き捨てる。直後に扉が開く音がしたから、こちらの気など知る由もなく奴は逃げ出したのだろう。
すぐに風魔導で煙幕を吹き飛ばせば、隠し部屋の奥に開け放たれた扉があった。
「逃げられると思うなよっ……!」
絶対に逃しはしない。半開きのドアを蹴り壊して外に飛び出す。するとそこには、だ。
「ひっ……! な、なんですか、これ……」
大量の白装束たちが私たちを取り囲んでいた。
ざっと十、いや、十五はいるか。全員が白いフードを頭まで被っているが間違いない。どいつもこいつもミスティックだ。その証拠にフードの奥で連中の赤い瞳が光っていた。
「なるほど、トリベール特技兵の誘拐を試みたのもトライセン研究員ということですか」
「てことは、前に地下で隊長が『エグい味』つってたあの妖精種も、トライセンが操ってたってことだな」
アレクセイとカミルがニーナを守るように立ちはだかって銃を構えた。二人の言うとおり、数年前からこうしてミスティックを操りながら誘拐を重ねてたというわけか。
しかし舐められたものだ。たったこれだけでどうにかできると思ってるんだからな。
「ちょうどいい。少し腹が減ってたんだ」
腹が満たされれば少しは私の気も収まるだろう。ぜひ
「さあ来いよ。貴様ら全員――喰らいつくしてやる」
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