3-12 ちょちょちょっとそれ見せてくださいっ!



「すみませ、ん。なんっか、引っかかってるみたいで……」

「ここに何か出っ張りみたいなのがありますね」


 ニーナが机の下に潜り込んでライトで照らす。私も隣からのぞき込めば、机の裏側が確かに少し出っ張っていた。このせいで引き出しがちゃんと閉まらないらしい。


「バラしてみてもいいですか?」


 ニーナの確認にうなずく。いかにも何か隠してますって感じだしな。

 私が了解するとニーナの義手が変形した。手のひらの部分が折れて、手首部分に細いドライバーを付けるとあっという間に机裏のネジを外してしまった。てか貴様の腕はそんなふうになってたのか。


「いろんなアタッチメントが付けられて、人の手よりよっぽど便利ですよ?」


 わざわざ人の手を捨てて義手にする人間もいるらしいし、便利といえばそうかもしれんな。もっとも、私はすぐに治ってしまうので義体にしたくてもできんが。


「後はここを持ち上げてっと……外れました。何か本が入ってますけど……」


 机の裏に隠されていた本を受け取る。ずいぶんと古い本だ。数十年、いや、数百年前とかのレベルの本だろうか。表紙も中身も劣化しているが、大切に保管されていたのだろう。まだ十分に読めるくらいにはしっかりしている。


「魔導関係……ですか?」


 みたいだな。どのページをめくっても魔導式とその解説が載っていた。どれも私が知っているものとは似て非なるもので、読み解いてみても洗練されていないというか、無駄が多い構成になっているように思える。しかしこの本、どこかで読んだような気が……


「何の本が見つかったんです……え!? 嘘!? ちょちょちょっとそれ見せてくださいっ!」


 机の下にいる私の手元をノアがのぞき込んできたかと思うと、途端にテンションが上がって本をひったくっていった。何だ何だ急に。鼻を鳴らしながら這い出てみれば、ノアは手を震わせながら、隠しきれない喜びを顔に浮かべていた。


「信じられない……ホントにこれがあの……!」

「そんなに貴重な本なのか?」

「そりゃもう!」ノアが私をギンッとにらんだ。「ギュスターヴ・オックスの『魔導学大全』の初版ですよ! 今となっては古臭いとも思われがちな構成の魔導式が多いですけど、それでも三百年前当時は最先端のそれを網羅的に解説した初めての書籍であり、かつ今となっては禁忌として廃れてしまった魔導式も多く掲載されてるらしくて――」


 ノアが一気にまくし立ててくる。どうやら不用意な発言だったらしい。そういえばコイツ、魔導式マニアだったな。マンシュタイン殿を無事に助け出せたら、ニーナ同様にさぞ話が合いそうだ。


「はー、そんなに貴重な物なんですね」

「そうなんです! 叶うなら死ぬまでに一度はお目に掛かりたいと思ってたんですけど、まさかこんなところで出会えるなんて! でも……どうしてこれがここにあるんだろ?」

「普通に図書館で借りてきたとかじゃないのか?」


 このご時世、写本くらい幾らでもありそうだが。しかしノアは不思議そうに首を傾げた。


「うーん、そんなはず無いんですけど。確かにそこまで魔導史的な価値は高くないですけど、それでも王立銀行の金庫に保管されてる一冊しか現存しないって聞いた気が……」

「待て、ノア。王立銀行と言ったか?」


 ノアから奪い返し、改めて表紙を眺めてみる。どこかで見たことがあると思ったらそうか、随分前に王立銀行に強盗が入った時の金庫にあった奴か。だが、あの時は持ち出される前に阻止したはず。それがなぜここにある? まさか私たちが撤収した後、あるいは後処理で目を離している最中にまた盗み出されたということか? 


(そういえば――)


 あの犯人連中の背後には何者か支援している奴がいる、という話だったはず。結局連中の記憶が曖昧でその背後関係は辿れていないが、もし背後にいるだろう組織にトライセンが関わっているとすれば、ここにこんなのがあるのも理解ができる。しかし何のためにだ?

 ページを改めてめくっていく。書かれているものはどれも私が知るのとは違う。それでもどういった効果を持つものかはだいたい予想がつくし、目新しさもない。トライセンであれば欲する程ではない気がする。


(ノアみたいに、単なるマニアだとか。或いは、何かしらの目的を以て盗み出したはいいが、外れだったとか……?)


 意図を想像しながら読み進めていく。だが何の手がかりもなく最後の白紙ページまで辿り着いてしまった。やはり外れだったんだろうか。


「……ん?」


 白紙の先にはまだ続きがあった。が、続きは魔導式の解説ではなく、著者の考案した独自の、或いは考案途中の魔導式に対する論考がメインらしかった。しかしどうやらこの著者、中々にメンタルがやられかけていたのか、精霊との交信やら悪魔との契約やらそっち方面ばかりが大真面目に論考されていた。それも悪魔崇拝的な血生臭い方向に。なるほど、これは禁書扱いになるわな。

 呆れながらも今度こそ最後のページをめくり――私の手が止まった。


「……アーシェさん?」


 ニーナへの返事も忘れ、魂の奥深くへとアクセスする。記載されていた魔法陣と類似のものを探し、その結果から、記載の魔法陣が著者の妄想や願望だけを反映したデタラメなものではなく、間違いなく理に適ったものだと判明した。

そして、これこそトライセンが欲したものだ。私は確信した。


「帰るぞ、二人共」

「何か見つかったんですか!?」

「ああ。それとニーナ」踵を返し、部屋から外へ出る。「詰所に帰ったらすぐに仮眠を取れ」

「え? あ、はい。分かりましたけど……?」

「しっかり寝ておけよ? なにせ今夜は――」


 長い夜になる。最後にそう告げて、私は空に浮かぶ白く欠けた月を見上げたのだった。






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