3-11 本当に入るんですか?


「……アイツは真面目に報告できんのか」


 アレッサンドロから届けられた報告書を読みながら、私は頭を抱えた。

 書面にはびっしりと几帳面な字で調べてくれた情報が書かれている。それはありがたい。ありがたいんだが、端々に「罵ってください」だの「犬とお呼びください」だの、アイツのクソッタレな願望が挿入されていた。半分近くがこの変態チックな文の羅列なんだが、一見何の違和感もなく読ませるコイツの文章力はいったいなんなんだろうか。

 それはともかく、報告書には私のリクエストに対する回答もキチンと書かれている。

まずミスティックに刻まれていた魔法陣について。こちらは残念ながら確認がまだできていない。というのも、書いてありそうな本が紛失してしまっていたらしいのだ。

 トレヴィノ大聖堂の禁書庫へは入れたのだが、司書が教えてくれたその本がどういうわけか棚に存在しなかったとのことだ。

禁書庫にあるくらいだ。当然貴重な古書であり、紛失の話はちょうど近くの教区を回っていた大司教の耳にも入りあっという間の大騒ぎ。さらに最後に立ち入ったのがあの装飾品塗れのジェスター司教だったとのことで、彼に対する大司教直々の尋問が即座に実行。そこで出てきた言い訳が、あろうことか「主上の遣いに貸し出した」である。当然誰一人信じることもなく、アレッサンドロ曰く「大目玉を食らった」と楽しそうに書いてあった。


「……そりゃそうだろうな」


 ジェスターは大聖堂内で評価は高くない。表立って態度に出しはしないが、特に下の司祭や職員からは蛇蝎の如く嫌われている。普段のあの身なりからして、金欲しさに売っぱらったとみなされて当然だ。

 そちらについては、まあいい。どちらかと言えばついでのリクエストだったしな。それよりももう一つの報告の方が重要だ。


「アレッサンドロ曰く、他国へと王国からそれらしい人間が連れ去られていったという情報は皆無。さらに言えば、王国内の他の都市も通過した形跡がないらしい」

「じゃあ……マンシュタインさんたちはこの街の近くにまだいるってこと、ですか……?」


 その可能性は高くなったな。白装束がニーナを連れ去ろうとした時のことを考えれば街の外にはなるんだろうが、少なくとも王都近郊にはいるはずだ。

 しかし相変わらず聖教会のネットワークはとんでもない。取り交わし上、王国内にいる聖教会の人員は限られてるにもかかわらずこんなあっという間に絞り込めるとはな。味方なら頼もしいが、敵に回すと厄介だ。別にケンカを売るつもりも当分はないが。


「中尉、お時間よろしいでしょうか?」


 ニーナとアレッサンドロの報告書を読み終わったところで、アレクセイが一枚のリストを差し出してきた。どうやら私が頼んでいた仕事を果たしてきてくれたらしい。

 アレクセイたちにはマンシュタイン殿の他に行方が分からなくなってる人間がいないか調べてもらっていた。時間は限られているので、分かる範囲で構わないと伝えていたのだが、成果は私の予想以上だった。優秀な部下たちを持ってつくづく幸せだが……これは見たくなかったな。


「……この結果に間違いはないんだな?」

「隊長の言いてぇことは分かるぜ。俺らも最初は信じられなかったしな」


 カミルがタバコに火を点けたので、私も一本もらって気持ちを少し落ち着ける。

 リストにはびっしりと名前が並んでいた。しかも、だ。ほぼ全員が研究所や開発設計部門のOB、あるいは民間研究所の研究員など、技術畑の人間だった。ここまで偏っているとなると、やはり何者かが意図を持って誘拐していると考えて間違い無さそうだな。


「しかも二年前から、とはな」


 確認できた最も古い人間が二年前。そこから最初は半年近く間が空き、段々と間隔が短くなってきている。最初は軍の元研究者から始まり、開発や設計者へ、それから民間の元研究者や設計技師などへと移っている。さらにごく最近は、魔導大学の講師や学生もターゲットになってるようだ。

 しかし始まりは研究所絡み、か。マンシュタイン殿も研究所。となると、やはり――


「……ニーナ、ノア。二人とも着いてこい」


 声を掛けて詰所から外へ。慌てて追いかけてくるニーナたちを尻目に足早に向かう。


「待ってくださいよ、アーシェ隊長! 急にどうしたんですか?」

「調べたいところができた。手伝え」

「それは構いませんけど……何処へ行くんです?」


 正直、確証は無い。だがこの間感じた異常。それを信じるなら調べて損は無いはずだ。


「王立研究所の研究員――ヴェラット・トライセンの家だ」




「あの、本当に入るんですか?」


 鍵の掛かった扉を前にして、ノアが怖気づいた声で尋ねてきた。当たり前だ。そのためにわざわざマティアスのところに寄って、捜索令状までこしらえてきたんだからな。

 目の前のありふれた扉を見上げる。トライセンの自宅は、軍の士官用宿舎よりはよっぽど立派だが、極々普通の一人暮らし用アパートだった。彼の給料ならもうちょい良い所にも住めそうだが興味が無いのか、それとも他に金を使っているのか、どっちだろうな。

 先程ノックをしてみたが反応は無し。当たり前だ。平日の昼間だからな。研究所で勤務しているはずで、だからこそこのタイミングを選んだんだ。


「でもどうやって入るんですか? 鍵持ってないですよね?」

「僕が大家さんのところに貰いに行ってきましょうか?」

「いや、もっと手っ取り早い方法があるだろう?」


 首を傾げる二人を他所に私は一歩前に進み出て――思い切り扉を蹴り破った。


「ちょ、ちょちょちょ……! アーシェさん、いきなり何してるんですかっ!?」

「そうですよっ! あーあ、完全にひしゃげてる……どうするんですか!? これ直りませんよ!?」


 心配するな。もし最低最悪なる私の予想が当たってれば必要な「撒き餌」になるし、外れてもマティアスの金で修理すればいい。そう嘯きながらぶっ壊れた金属製の扉を踏みしめ、トライセンの部屋へ入っていく。

 中はずいぶんと殺風景だった。やや広めの部屋に机が一つと本棚、それとベッドがあるだけ。本棚は専門書がぎっしり。机の上にはいろんな論文が散らばってて、それが間違いなくトライセンの家だと教えてくれてはいるんだが、あまりにも物が少なくないだろうか。


「まあいい。二人共、マンシュタイン殿に繋がるもの、あるいは他の行方不明者でもいい。何か手がかりがないか手分けして部屋中を探せ」


 棚の後ろの壁や床下、小さな食器棚の中、さらに本やノートの一ページ一ページまで丁寧に調べていると、ノアの方からガタン、とやや大きな音がした。






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