3-10 マンシュタインさんが見つかって欲しいですから


 あれからアレッサンドロも含めてマンシュタイン殿の家中を探したが、結果として目ぼしい手がかりは何一つ見つからなかった。分かりきってたことだがマリエンヌ殿とエリーの姿もどこにもなく、結局のところ分かったのは、聖教会の真似をした連中が怪しいということだけだ。


「だがそれでも一歩前進、か……」


 マリエンヌ殿たちがクローゼットの中で血まみれの風呂(ブラッディ・バス)を作ってるなんてこともなかったしな。それにアレッサンドロをこき使えるのはありがたい。聖教会のネットワークは我々より遥かに広大で迅速だからな。頼りにしてるぞ。なお――


「その代わり今度、俺のケツをしばいてくれませんか?」


 ――という妄言は聞かなかったことにした。ただ、隣のニーナがものすごく気持ち悪そうな顔をしていたことだけ記しておこう。いや、お前も近いところにいる同類だからな?

 それはさておき、何もかもアレッサンドロに任せっきりにするほど我々も能無しではない。我々は我々でできることをする必要がある。

 ということでその翌日、私とニーナは再び王立研究所を訪れていた。

 エリート意識の強い排他的な連中だから、今回も歓迎されないだろうと思っていたのだが、中々どうして、マティアスから渡された捜査協力要請書を見せるまでもなく、彼らは素直に私たちを招き入れてくれた。助かるが、正直拍子抜けだったのは否めない。

 とはいえ、協力的かと言えば。


「……なんだか研究所の人たちがみんな避けてくんですけど」


 廊下をすれ違う連中みんながみんな、恐ろしいものにでも遭遇したみたいに我々の横を大幅に迂回して足早にすれ違っていく。まあ、理由は分かりきったことだが。


「マティアスの強権が発動したせいだろうさ」


 聴覚を強化して聞いてみれば、本日付でついに所長が更迭されたらしい。連中からは、私たちがさぞ自分たちの領域を荒らしに来た傍若無人な野蛮人に見えるんだろうよ。


「えっと、研究所って軍の内部組織なんですよね?」

「連中の認識じゃそうはなってなかった、ということだ」


 実際に軍の階級が与えられるわけでもないしな。戦争に勝つために成果主義を導入して自由に研究をさせた結果、同じ軍にありながらほぼ別個の組織に近い有様になってしまっている。軍もまたそれを黙認してた側面もあるから仕方ないとも言えるが。

 ともかくも我々は要請書の金科玉条のもと適当な空き部屋を徴発し、マンシュタイン殿に近い方々に快くご協力頂いて、彼の周辺について聴取していった。

 その結果分かったのは、御大がとんでもなく善良で優秀な人間だったという事だ。

 ここの研究員たちは皆、頭脳は優秀だが反面、嫉妬心や歪んだ野心といったネガティブな面も相当に強い。実際に他の研究員についてどう思うか聞いてみたところ、出てくるのはやれ「腹黒い」だの、やれ「部下の成果を横取りしてる」だの、やれ「あいつは無能だ」だのと、おしなべて辛辣であった。


「研究所って、こんな場所だったんですね……」


 研究所に憧れてたきらいがあるニーナがうんざりした顔でそう漏らした。が、そんな場所にもかかわらずマンシュタイン殿に対しては逆に一切そんな話は出てこない。「あの人は優秀な人だった」、「助けてくれたけど恩着せがましくない」など、尊敬と悔しさと感謝にあふれたコメントの数々を耳にすることになった。分かってはいたが、私たちは仕事相手に実に恵まれていたらしい。しかし、だ。


「……今のところ、ここでも成果は無し、か」


 血ももらって舐めてみたが、マンシュタイン殿の足取りに関する情報は無し。まあ半ば予想はしてたがな。

 コイツらは基本的に他の研究員と仕事以外でつるまない。マンシュタイン殿にしたって、仕事が終わればあの暖かい家庭に直帰だ。所外での目撃情報などあるはずもなかった。


「えっと……次の人で最後ですね」


 ニーナがそう言うと、ちょうどドアがノックされた。返事をすると、珍しい黒髪の、疲れた顔をした痩せぎすの男が入ってきた。


「ノヴァン・ショルツ主任研究員、で間違いないですね?」


 男――ショルツは無言でうなずき、正面の椅子に腰掛けた。タレ気味の眼と特徴的な鷲鼻が目に入る。それを見て彼が以前にマンシュタイン殿を呼びに来た人物だと気づいた。


「おたくがショルツ主任でしたか。以前にお会いしましたね。我々が試射に訪れた時に」

「……そうですか? すみません、あまり人の顔は覚えていませんので」


 なんとも冷たい返事だ。しかもずいぶんとご機嫌斜めで。だがまあ、目元のクマもひどくて随分お疲れのようだしな。仕事の邪魔もしてるわけだし、煙たがられるのも当然か。

 そんな塩対応に気にすることなくこれまで他の連中相手に重ねてきた質問を一通りしていくと、不機嫌ではあったがショルツは特に不満を口にするでもなく淡々と答えてくれた。

 どうやら最近は彼がマンシュタイン殿と一緒に仕事をしていたらしい。また、逆に彼の仕事を一部マンシュタイン殿に引き継いだりもしたとのことで、つまりこの研究所の中でトライセン殿と争うくらいマンシュタイン殿との関わりが多かったことになる。


「ありがとうございます。最後の質問ですが、マンシュタイン殿をどう思われますか?」


 そう尋ねると、それまで無愛想ながらも淀みなく話していたショルツの口が止まった。しばらく口元に手を当てて考え込み、少し迷うような素振りも見せたが顔を上げてハッキリと「嫌いです」と答えた。


「ですが、あの人はすごい人です。悔しいですが、尊敬してしまうくらいに」

「それでも嫌いだと?」

「近くにいたら眩しすぎるので」


 そう言うとショルツは席を立った。懐中時計を取り出せば、もう五時を回っていた。


「これからまだ働かれるので?」

「もちろんです。考えなければならないことが山積してますので」


 軍の方々と違って我々は忙しいんですよ、と最後にありがたい皮肉を頂いてショルツはとっとと出ていってしまった。


「行っちゃった……最初に血をもらっておいてよかったですね」


 だな。しかし、尊敬できるけど嫌い、か。気持ちは分からんでもない。仕事ができて性格も良くて面倒見も良い。そんなのが近くにいたら、まず間違いなく私はひねくれてるな。

 予めもらっていた血をペロリと舐めてみる。なるほど、ショルツが口にした言葉は確かに本心らしかった。妬み、絶望、そして羨望。彼の中にあるだろう渦巻く感情が血液を通じて私にも伝わってきて、けれども――苦く、渋い。性根は紛うこと無く「善」であって、未だその魂はくすんではいないようだった。つまりショルツもまた、今回の事件には関わってなさそうだということか。


「あのぉ……もう終わりましたか?」


 考え込んでいると、部屋の扉が開いてサラサラとしたブロンドヘアと人懐っこい顔がひょこっとのぞいた。トライセン殿だ。


「ええ、今ちょうど終わったところです。急な申し出でしたが、ご対応感謝致します」

「いえ、僕も……早くマンシュタインさんが見つかって欲しいですから」


 トライセン殿が表情を一瞬曇らせ、だがすぐにニコリと笑みを浮かべた。それからニーナの方に視線を向けると、そのままじっと見つめる。


「あの……何か?」

「あ、い、いえ、すみません。その……ニーナさんが可愛いので見とれてしまいました」


 おや、意外とトライセン殿はプレイボーイなのかもしれんな。女性ウケしそうな顔立ちではあるし、ニーナも「はわわ……」などと漏らしながら顔を赤らめていた。

 このまま暴走しそうなニーナを眺めていても面白そうなんだが……そういえばトライセン殿からはまだ血をもらってなかったな。


「血、ですか……?」

「ご協力をお願いします。なに、数滴頂くだけですので」

「はあ、それだけで良いんですか? 何に使うんです?」

「そこは軍の機密ということで。ただ、マンシュタイン殿を見つけるヒントになるとだけ申し上げておきましょう」


 トライセン殿は明るそうな性格に反して、少し神経質なのかもしれん。少しだけ渋りつつ、それでも指先から数滴だけ血を布に染み込ませて頂戴し、私とニーナは部屋を辞した。


「あまり手がかりはありませんでしたね」


 そうだな。となると、やはり研究所とは無関係な外部の人間の可能性が高いか。

ニーナと話しながら、もらったトライセンの血をペロリと舐め――思わず脚を止めた。


「どうしました?」

「いや……なんでもない」


 首を軽く振って歩き出す。だが私の頭の中は先程とは一変していた。

 トライセン殿の血はひどくドロリとしていた。粘着質で重たくて――旨味があった。マンシュタイン殿に対する強い嫉妬心、それと強い野心と絶望感のようなものが伝わってくる。だが本当に美味いかというと、そこまででもない。というか良く分からない味がした。

 明るく人懐っこい見た目の印象からは程遠いが、彼にも人並みに嫉妬心などがあったということか。しかしそれ以上に疑問なのは、血からトライセン殿の記憶をほとんど読み取れないことだ。


(記憶がぼやけている……? いや、ノイズか?)


 血から得られる記憶は欠落があって当たり前だ。それでもある程度の情報は私には読み取れる。だが彼の記憶は妙なことにそのすべてが傷だらけで、まるで読み取れない。


(どういうことだ……)


 振り返る。私たちとは反対方向へと歩いていくトライセン殿の後ろ姿が見えた。その姿は普通の人間だし、それに以前の彼からは善人の魂の匂いがしていたはず。この状況を果たして、どう考えれば良いんだ?


(なんにせよ……このまま捨て置くことはできんな)


 こういう時、私の魂も腐っていたらと思うことがある。本能に忠実な「魂喰い」であれば問答無用にトライセン殿を襲ってしまえるだろうに。そうすれば真偽が即座に露わになるはずなのに、未だ「人間」であるという自意識が邪魔をしてそうできないでいる。

 だがそれでいい。でなければ、私は「私」でなくなってしまう。

 雑念を振り払う。為すべきことに集中しろ。自分にそう言い聞かせ、私は前を向いた。





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