3-9 犯人はみんなそう言うんだよ



「アーシェさん?」

「……武器を準備しろ、ニーナ――踏み込むぞ」


 感情を押し殺して指示をする。それで異常を察したニーナがすぐに魔装具を構えた。

 胸が、痛む。震えそうな手を何とか制御してドアノブを回すと、呆気なく扉が開いた。


「開いてる……」


 息を呑みながらゆっくり中へ。玄関を抜け、奥のダイニングへと入っていって。


「っ……、ひどい……!」


 そこで私たちの目に入ってきたのは、先日食事を共にした時とは一変した部屋だった。

椅子はなぎ倒され、火の消えた燭台が転がって床板を焦がしている。砕けたグラスの破片があちこちに散らばり、食器棚から落ちた皿が何枚も割れて転がっていた。

 そして、白いテーブルクロスには――血の線が一筋描かれていた。


「マリエンヌさん、エリーちゃん……」


 呆然とニーナが名前を呼ぶ。だが返事はなく、私も知らず奥歯を強く噛み締めていた。

間違いない。マリエンヌ殿もエリーも何者かに襲われた。夫を探すマリエンヌ殿が目障りだったのか、それとも彼女自身にも狙われる理由があったのかは分からん。が、少なくとも……自力でここに戻ってくる可能性は低そうだと容易に想像できる。しかし、だ。


「泣いてる場合か」

「だって……」

「まだ諦めるのは早いぞ」


 絶望感に襲われて鼻をすするニーナを一喝し、改めて室内を観察する。大きく飛び散った血痕はテーブルクロス部分だけ。床を照らせば、数滴の痕はあるものの大量の出血痕は無かった。ならば拐われただけで生きている可能性は十分ある。そう見解を伝えてやると、幾分ニーナの顔色も戻ってきた。ったく、世話の焼ける奴だ。ま、気持ちは分かる。

 事態は悪いが最悪じゃない。私自身にも言い聞かせて気持ちを落ち着かせると、血とは違うよく知った「匂い」が微かに鼻をついた。そして、何かが動く気配。


「そこかっ!」


 即座に捕縛魔導を放つ。室内を紐状の白い線が走っていき、逃げようとした何かを縛り上げると、そいつが甲高い鳴き声を上げた。


「■■■――ッ!!」

「……ちっ」


 捕まえたのは小さなミスティックだった。四枚の羽と人間っぽい手足を持ち、一見すると可愛くも見える。ところが顔を覗きこめば猿みたいで、口から出た長い舌がうごめいている。少なくとも私はコイツをペットにする趣味はないな。


「そいつがエリーちゃんたちを……?」

「いや、コイツは単なる小精霊だ。今回の件とは関係ないだろう」


 凄惨な事件とかが起きるとこういった類が寄ってきて、いわゆる「良くない」不吉な場所にしてしまうのはよくある話だ。とはいえ、窓を開けて新鮮な空気を入れてやるだけでコイツらは嫌がって出ていってしまうからほぼほぼ無害だがな。

 しかしコイツらがいるということは、だ。やはりこの部屋の惨状が単なるマリエンヌ殿のドジっ娘属性爆発やエリーの癇癪の結果なんぞじゃなく、明確な悪意を持った何者かが引き起こした事件だということだな。


「なら」赤くなった眼をニーナが擦った。「一刻も早く見つけ出してあげないと、ですね」

「そうだな。だが、その前に――ネズミに話を聞くとしようじゃないかッ!」


 待機状態にしてあった捕縛魔導を放ち、魔導で強化した脚で強かに床板を蹴る。

 それと同じくして、何者かが動いた。


「逃がすかッ!!」


 巧妙に気配を消してずっと潜んでいたようだがな、私の鼻はごまかせんぞ。

 捕縛魔導が逃げた奴を追いかけていく。その後を私も追いかけていけば、白いフードの男が魔導をナイフで弾き飛ばし、開け放たれた玄関から飛び出そうとしていた。

 だが、甘い。ニーナが投げた魔装具が私の頭上を越え、男の横を通過していく。そして次の瞬間、男の目の前に透明な壁が広がり、顔面を「びたーんっ!」と強かに打ちつけて「ふぎゃっ!?」と悲鳴を上げた。おぅ、あれは痛そうだ。

 顔を押さえて悶える男の頭を掴み、力任せに引きずり倒す。そのまま馬乗りになって、魔導で作り出したナイフを振りかぶった。

 そして。


「ちょ、ちょちょちょちょちょちょストォーップッ!! ストォーッ――」


 男の叫び声を無視してズブリと突き立てた。頭――のすぐ横にな。


「ふぉぉ……」


 組み伏せた男の口から魂が抜けたような情けない息が漏れる。だが、すぐに気を取り直して、男が口を尖らせた。


「ちょっとちょっとぉっ! どういうつもりッスか、アーシェさんっ! 俺を殺す気ですかっ!?」

「どうもこうもそういうつもりだが? お前こそどういうつもりだ――アレッサンドロ?」


 現場に戻ってコソコソ隠れてた犯人が、ずいぶんな口の聞き方をするじゃないか。ナイフを突き刺して半殺しにしておき、死ぬ前に私が喰らう。そうすれば手っ取り早く何もかもがまるっとスパッとお見通しになるんだぞ。それの何が悪い? むしろ弁解の機会を与えてやったことを感謝してほしいところだ。もちろん聞く気はないが。


「違いますって! 俺は犯人じゃないですって!」

「犯人はみんなそう言うんだよ」

「ホントですって! あ、そうだ」アレッサンドロが気持ち悪い笑顔を浮かべた。「そんなに信じられないなら俺の血でも肉でもちょっと食べてみてくださいよ。そうすりゃ俺が違うって理解してもらえますよね?」


 さっきまでと逆に、今度はアレッサンドロの方から「さあ、さあ!」と襟元を広げて首元を押し付けてきた。近寄ってくる顔はだらしなく緩んで鼻息は荒く、「アーシェさんにならいくらでも噛んでもらって大丈夫です!」などとのたまってくれる。この変態が。


 あまりにもアレッサンドロが気持ち悪いのでコイツだけは喰うのをやめようと心に誓った。代わりに手早く指先を斬り裂いてにじんだ血をすくい取って舐めてやる。その瞬間アレッサンドロがこの世に絶望した顔をしたが私は何も見ていない。

 そんな場違いな変態ムーブは別にして、だ。


「……なるほど。確かに嘘は言ってないようだな」


 血に混じった魂の記憶を見る限りだと、今回の事件にアレッサンドロは無関係に思える。もちろん全ての記憶が見えるわけじゃないから断言まではいかないが。


「でも隠れてたんですよね? 犯人じゃないならなんでコソコソしてたんですか?」


 今までのやりとりを見ていたニーナが不潔なものを見る眼で責め立てる。なんというか、口調にも珍しく棘があるな。気持ちは分かるが……隠れてたことに怒ってるんだよな?


「ええっと、ニーナちゃん……だったスか? そこを責められるとツラいんスけど、なんというか気配を消すのはクセみたいなもんでして……」


 コイツは常日頃からこんな感じだからな。だが別に逃げなくても良かっただろうが。


「だってこんな場所ッスよ? 話しかけたって今みたいに絶対めんどくさいやり取りになるじゃないですか。バレてないならこっそり逃げた方が楽だと思ったんスよ」

「結局めんどくさいやり取りになったけどな」

「てか、なんでバレたんですか? いつもならバレないのに」


 平時ならともかく警戒中だからな。誰かの区別はつかずとも、気配を消しても魂の匂いは感じとれる。誰かがいるのに気配が無いのならお前くらいしか考えられないだろうが。


「しかし関係ないならなんでお前がここにいる?」

「それがですね」アレッサンドロは頭を掻いた。「マンシュタイン家のご主人が消えたって話は聖教会(ウチ)にも入ってまして」

「聖教会にか?」

「はい。まあ、それだけなら放っとくんですけどね。ただでさえ人員少ないのに余計な人手を割きたくもないんで。ただ……白い装束の人間がこの家から出ていくのを見たって噂も耳にしたんスよ」


 ほう。それは有力な情報だな。しかし白い装束、ね。

 アレッサンドロの格好を下から見上げていく。うむ。どこをどう見ても白装束だな。


「言いたいことは分かりますよ? 何も聞いてないッスけど、俺の預かり知らないところでウチのどっかの馬鹿野郎がしでかしてくれちゃったんじゃないかと疑ったんですよ」

「本国に問い合わせは?」

「したッスよ、当然。けどやっぱ王国内でそんな指示は出してないって返答でした」


 なら聖教会の一部の人間が独自に動いたということか? いや、待てよ。そういえば。


「この間の事は関係ないですかね……?」

「ん? 何の話ッスか?」


 事情を知らないアレッサンドロに先日の事件を話してやる。ミスティックが聖教会と同じ様な白装束に身を包んでニーナを誘拐しようとしていたこと、振る舞いがあたかも人間のようだったこと、だが白装束や体に聖教会の紋章などは入って無く、代わりに人を操るのに似た魔法陣が刻まれていたことを伝えると、腕を組んでうなり始めた。


「そいつは妙な話ッスね……ミスティックを操るなんて話も聞いたことが無いですし、白装束……もしかしたらウチらに疑い被せて、裏で何かしでかそうとしてる連中がいるのかもしんないッス」

「ああ。だからそこで提案がある――貴様ら聖教会も手を貸せ」

「協力体制を築くってことッスね?」

「そうだ。本件にはミスティックが関わってる可能性があり、私は聖教会から王都のミスティック討伐を任されている。その私が手助けを要請したとすれば名分も立つだろう?」


 もし協力を渋るようなら、聖教会は所詮金にしか興味がない組織だとシスターの格好で吹聴してやろう。


「面倒なことになるんでそれは止めてください。ひとまず上に掛け合ってみますけど……アーシェさんが直接話に行きません? ジェスター教区長嫌いなんスよ」

「断る。私はしょせん一介のシスターだからな」

「シスターが司祭を顎で使うなんて聞いたこと無いッスけど?」


 誰があの小太り金欲サディスティック司教に好き好んで会いに行くものか。


「話は進んでますけど……勝手にそんなことしちゃって良いんですか?」

「マンシュタイン殿たちの発見が最優先だ。捜査の手が増えるなら悪い話じゃない」


 せっかくのコネだ。使わなきゃ損だしな。


「それと、さっき伝えた魔法陣についても調べてくれないか? 私が知ってる魔法陣だと人は支配できてもミスティックを操るには不十分のはずだ。教会の古い図書なら何か似たようなのが載っているかもしれん」

「古い術式って言ってましたよね? それだと禁書庫ッスか……まあ了解ッス」


 よし。これでひとまず捜査の手は増えた。しかし……マリエンヌ殿たちまで、か。


(貴女が使い続けてくれたから夫は立ち直れたの)


 あんな些細なことで、わざわざ招いて礼を伝えてきた彼女の言葉が不意に頭を過ぎった。

 激しく乱れたダイニングを見つめていると、先日の光景が浮かび上がってくる。プレゼントを渡すマンシュタイン殿と、それを満面の笑みで受け取る娘のエリー、そしてそんな二人を優しく見つめるマリエンヌ殿の姿。理想的な家族の肖像がここにはあった。

 自然と眉間にシワが寄り、胸が痛む。そんな自分に呆れる。


(まだだ。まだ夢を見るのは……早い)


 幸せな家族の姿。それに憧憬を抱けば、希望に溺れて息ができなくなる。

 変わり果てた家の中に次々と浮かんでくるあの日の景色。それを何とか振り払うと、他に痕跡が無いか探すとうそぶいて、私は他の部屋へと向かったのだった。



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