3-7 ミスティックのお肉って日持ちするんですか?



 気がつけば、ニーナ誘拐未遂事件から二週間が経過していた。

 白装束の仲間が再度襲ってくるかもしれん。そう思ってニーナには詰所での寝泊まりを命じ (そもそもコイツは普段から整備室に住んでるようなものだが)、護衛の意味で私もまた当分の間ニーナと共に詰所で寝泊まりをすることにした。

 で、蓋を開けてみれば、だ。連中のお友達が近づいてくるなんてことは一切なかった。

 何回か鼻息の荒いニーナが私のベッドに潜り込んできたので、簀巻きにして詰所の軒に吊るすといったささいな事件こそあったが、おおむね天下泰平、日々は平穏無事である。

 とはいえ、だ。あのミスティックどもの行動に、何らかしらの意図が介入しているのは間違いない。操っている奴がどこかにいるはずで、ひょっとすると最近ミスティックが王都近郊で増加しているのも関係があるかもしれん。なのでマティアスとも情報は共有し、アイツの旗振りで他の隊にも調査の命令が下ったが――今のところ芳しい成果は上がってない。相手も慎重に動いているだろうし、こちらも早々尻尾を掴めるとも思ってないがね。

 ともあれ、状況は一旦落ち着いたと判断し、二週間が経過したところで共同生活は無事終了。私の貞操は無事に守られたまま通常生活へと戻っていった。ちなみに、命令解除を聞いたニーナはこの世の終わりみたいな顔で血の涙を流していた。お前、何のために寝泊まりしたと思ってるんだ?


「アーシェさんの可愛い肢体を堪能するために決まってるじゃないですかッ!」

「よし。これから私の半径二メートル以内に近づくの禁止な」


 この危険人物めが。だがよくよく考えれば、臨時で隊にやってきた初日も何やら怪しげなセリフを叫んでいた事を思い出して閉口した。コイツがいつかどこからともなく少女ないしは幼女を誘拐してこないか一抹の不安を覚えたのも無理なからぬことだと思う。

 ま、それはそれとしてだ。

 マンシュタイン殿開発の新武装に関するレポートは、襲われた翌日にはしっかりと提出した。ニーナがぎっしりとアイデアを詰め込んで送りつけてやると、さすがというかその翌日の夕方にはマンシュタイン殿から直々に礼の電話が掛かってきた。専門用語混じりに早口でまくし立てられて何を言ってるのか半分も分からんかったが、電話越しにもたいそう御大が喜びと興奮に満ちあふれているのだけはよく分かった。

 しかし、今日時点であれから十日以上経っているというのにさっぱり音沙汰がない。いつもだったらちょくちょくとレポートの確認なり、進捗の報告なり届くのだが。課題の解決が難しいとも言っていたし、開発が難航してるのかもしれんな。

 ともあれ、そんなこんなで日常は平穏に過ぎ去っていき、そして今日も今日とて私は勤勉にお仕事に励んでいた。もちろん夜のお仕事を、だ。


『――こちら、全員ポジションに着きました』


 押し殺した声がトランシーバー越しに届く。茂みの中で伏せているアレクセイからのもので、私は上空で静かにうなずいた。

 我々がいるのはいつもどおり首都の地下――ではなく、そこから東に二十キロほど離れた森の中である。上空から眺めれば一面黒い森。そんな中にところどころポツンとコテージのようなものが見える。おそらくはどこぞの金持ちの所有物件だろうが、王都から離れたこんな不便な森の中によく建てるものだ。

 さて。なぜそんな場所にいるかと言えば、ここでミスティックが見つかったとの連絡をマティアスと聖教会両方から受けたからに他ならない。基本的に仕事場は王都だけのはずなんだが。まあ、王都近くではあるし放っとくと被害も出るだろうしな。とはいえ、眉唾とも思える噂話まで拾ってくるマティアスと聖教会の耳の大きさに恐れ入るよ、まったく。

ため息が漏れ、それでも気を取り直して双眼鏡を覗き込む。やがて、その中にずいぶんと珍しい目標が歩いているのが見えた。


『……まさか本当に相手にする日が来るとは思いませんでした』

「私もだよ、曹長。こんな首都の近くにいるとは思ってもいなかったな」


 全体的に青みがかった肌に異常に発達した肉体。顔にあるのは大きな一つ目と口。今回の目標であるサイクロプスが一匹、目を真っ赤にしてズシンズシンと木々をなぎ倒しながら山肌を下っていた。

 その豪腕な見た目と違って性格は温厚。人が立ち入らない山や森の奥深くで獣とかを狩って静かに生活している種族だ。普通なら人を積極的に害することもないので見逃してやっていいのだが、残念ながら真っ赤な目が示すように「堕ちて」しまっている。ならば人間に手を出して面倒なことにならないようにせねばならん。実際、このままだと先程見つけたコテージとご対面だからな。ったく、おとなしく秘境で霞でも喰ってりゃいいものを。


「カミル、ニーナ。準備はどうだ?」

『こっちゃいつだってオーケーだよ。周囲に拘束用時限魔導を展開してる。大物たぁ言っても、万一の時に隊長が来るまでの足止めくらいはできるはずだぜ』

『はい。いつでも大丈夫です』


 最後にアレクセイからも予想通り「いつでもどうぞ」と返ってきた。準備は整ったな。

 ならば作戦開始。ニーナに指示を飛ばすと、相変わらず惚れ惚れする一投によって放られた魔装具――フラッシュバンが見事に木々の隙間を通り抜けて、サイクロプスへと飛んでいった。そして激しく光と音を森に撒き散らかすと、その騒がしい物音に注意を引かれた真っ赤な眼が振り向いて――


「――見事」


 次の瞬間には敵の巨体がゆっくり倒れていった。その瞳に小さな孔を開けて。

 はっきり言ってサイクロプスは強敵も強敵だ。なにせ肉体は強靭、殴られれば掠っただけで頭はめでたくザクロ。人間が正面切って戦うのは愚の骨頂、阿呆の所業と言っていい。

 では勝つためにどうするか。答えは簡単。正面切って戦わなければ良い。肉体は強靭でも眼や口は柔らかいし、そこを貫かれれば死ぬ――かは知らんが、当分は動けなくなる。

 そしてアレクセイは暗くて木々生い茂る森の中という悪条件の中で、それを簡単にやり遂げたわけだ。まさにワンショット・キル。見事という言葉しか出てこないな。


「素晴らしい一撃だ、曹長。これなら私が不在の時でも何とかなりそうだな」

『ありがとうございます』


 上空から地上に降りてアレクセイを見上げると、強面が少しだけ相好を崩した。どうやらとても嬉しいらしい。わかりにくい男だが、感情の発露が乏しいアレクセイらしい。


「アーシェさぁんっ!!」


 声に振り返れば、枝や茂みをかき分けるカミルと、手をブンブン振ってるニーナが見えた。当然二人も怪我はなし。後はサイクロプスを私が喰らって今夜の仕事は完了――


「アーシェさんッ! 後ろッッ!!」


 ――と思ったんだが、さっきまでぶっ倒れていたサイクロプスが急に起き上がった。背後で青い巨体を躍り上がらせ、私の上半身ほどもある拳を叩きつけてくる姿を目撃したニーナが悲鳴を上げた。

 だがまあ、焦る必要はない。


「存外にしぶといな」


 振り向かずに、予め待機状態にしていた灼熱魔導を発動させる。莫大な熱量を伴った光が一瞬でサイクロプスの上半身を焼き尽くし、辺りに焦げた匂いが充満した。しまった、ちょっと焼きすぎたか。ミディアム・レアくらいが好みなんだが。


「ちょっと締まらなかったが……」


 ともかくもこれにて仕事は完了。終わりよければ全て良し、と焦げた皮膚に喰らいつくと若干苦かった。が、それを差し引いてもサイクロプスの魂は結構な味である。予想外だ。ひょっとすると、これまでのミスティックの中で一番の美味さかもしれん。人間は腐ってるほど魂が美味いが、ミスティックの場合は存在としての強さに味が比例するのかもな。


「できれば持ち帰って、酒のツマミにしたいところだな」

「ミスティックのお肉って日持ちするんですか、カミルさん?」

「俺に聞かれても知らねぇよ」


 生ならせいぜい数日だろうな。残念だ。性能の良い冷凍庫でもあれば酒のツマミとしてちまちま楽しめたんだろうが……しかたない、燻製の作り方でも今度調べてみるか。

 名残惜しみつつ骨まで胃に収め、来た時同様に軍用車両にすし詰めになって詰所へと戻っていく。狭い車内にもかかわらずニーナは後部座席ですっかり熟睡し、その寝言を聞きながら、やがて王都の外壁が見えてくる頃には東の空が白み始めていた。


「よし。では本日はここで解散とする。ご苦労だった」

「って言ってももうすぐ早番勤務だけどな」


 オンボロ車を詰所の裏手にある車庫に突っ込んで解散を告げると、カミルがあくびをしながらぼやいた。まったくだ。睡眠時間もロクに取れないとは実に不健康な仕事だよ。せめて手当を上げるよう、今度マティアスを絞めあげてみるか。物理的に。

 そんな事を考えながら建物の中へ脚を向けると、風に吹かれた一枚のビラが汚れたブーツに巻き付いた。


「ったく……」


 ビラを貼るのは別に構わんが、貼るなら貼るでキチンと管理しろと言いたい。丸めてゴミ箱に捨てようとしたのだが、その際にビラの中身がチラリと見えた。

 汚れてくしゃくしゃになったビラは、どうやら探し人のようだった。

 なにせ王都は外壁の中だけで十万人以上が暮らす大都市だ。行方不明になる人間など年に一人や二人じゃ効かん。しかもだいたいが家出だからな。軍警察は簡単には動かないし、事件性がハッキリするまでにできることは、こうやってビラをばらまくくらいだろうさ。

 早いこと家出人が見つかるといいな、と他人事に思いながら何気なくそのビラを開いて。

 固まった。


「こ、これって……!」

「どういうことだ……!?」


 知らずビラが強く握られて、手の中の似顔絵が不格好に歪んだ。

 丸縁メガネに柔和な表情。描かれていたのは、どこをどう見てもマンシュタイン殿その人だった。



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