3-6 この程度で――壊れてくれるなよ?
「妖精種……! ミスティックだと……!?」
現れたのは不気味な顔。色彩は白く、口には牙。間違いなく妖精種だ。
であるならばもしかして。彼女は他の二人に視線を移した。
仲間の一人がアーシェに喰い殺されたというのにまったく動揺は見られない。衣装と仮面のせいで中身は確認できないが、おそらくは残り二人もミスティック。だが何故ミスティックが白装束などをまとい、ニーナを誘拐しようとしたのか。
(しかも――)
ニーナを抱えて逃げる時も、追いかけてきたアーシェに攻撃する時も、そして今しがた魔導銃を撃つ時も三人は動きを合わせていた。本能に忠実な堕ちたミスティックに、連携などという概念は存在しないはずだ。まして、ミスティックが
何かがおかしい。違和感ばかりが膨れ上がり、怒りは燻りつつも頭は冷静になっていく。
「いや……考えるのは後だな」
アーシェが喰いちぎったミスティックを放り捨てると同時に、白装束の二匹が再び引き金を引いた。放たれた魔導全てが正確にアーシェに吸い込まれていき、しかし彼女が展開した防御魔導に阻まれて効果がない。すると左にいた白装束の一方が後方へ退き、銃を捨てて両手を広げた。
空中にいくつもの魔法陣が浮かび上がっていく。それらが組み合わさってさらに巨大な魔法陣を作り上げていった。それを見てアーシェは「ほう」と感嘆にも似た声を上げた。
「え? な、何もしなくていいんですか、アーシェさんっ!?」
「案ずるな」
明らかに銃よりも強力な一撃がやってくる。ニーナにもそれが分かった。にもかかわらずアーシェは一向に動こうともせず、口端を吊り上げて楽しげに笑っただけだった。
数十秒の時を経て完成した魔法陣。それがまばゆく輝き――白閃が闇を斬り裂いた。
大柄な男でさえ飲み込む巨大な光の奔流が、容赦なくアーシェに喰らいつく。激しい光でニーナの視界は奪われ、何も見えない。頑なに閉じたまぶたさえも光が突き破ってきて視界が白く染まる。
そして爆風。ニーナの軽い体が風にあおられて転がり、背中を強かに打ち付ける。やがてそれも収まり、彼女は痛む体を無視してアーシェを探した。
彼女は、いた。白閃に飲み込まれてなお彼女は不敵な笑みを浮かべて立っていた。
着ていた服こそ一部破けているが彼女のその白い肌には傷一つない。腕を組んで仁王立ちし、白装束たちに向けて鼻を鳴らした。
「この程度か……つまらん」
白装束が使った魔導。それは紛れもなく人間が生み出した魔導だ。通常ミスティックが使う魔導は、術の結果こそ似ていても人の作り出したそれとは全く異なる。そもそも魔導自体、人間がミスティックに対抗するための術なのだから当然だ。
にもかかわらずミスティックが人間の魔導を使う。果たしてその威力が如何なものかと興味があったが、とんだ期待外れだった。
「お返しだ」
彼女がつぶやき、光る腕を前に掲げる。次の瞬間、白装束たちの直下で地面が爆ぜた。
爆発が彼らを夜空へ吹き飛ばす。汚れた白装束をたなびかせて落下し、煙の中をアーシェがゆっくりと歩み寄っていく。白装束たちは転がっていた銃を拾い発砲する。だがそれが意味を成すことは無く、着弾の煙の中から彼女の腕が伸びて白装束の首をつかみ上げた。
アーシェの目が見開かれ、開いた歯の間から血なまぐさい息が漏れた。拳が顔面を捉え、仮面が砕ける。白装束が地面を滑っていき、それをアーシェがまた歩いて追う。
「まだだ。この程度で――壊れてくれるなよ?」
仮面が外れて血に濡れた妖精種の顔が露わになる。息も絶え絶えな奇声を漏らしながらも、白装束たちは次々と魔導を放ち抵抗を止めない。だがアーシェの脚は止まらない。白装束たちの攻撃に一切の痛痒を感じず、彼女は笑いながら近づいていった。
そこから先は――一方的な蹂躙だった。殴られ、蹴り飛ばされ、貫かれ、炎で炙られる。為すすべもなく白装束たちは甚振られていくだけ。どんな攻撃もアーシェには通じず、アーシェの攻撃の一つ一つが致命傷。彼らに抗う術は無かった。
やがてアーシェの腕が胸を貫いた。白装束から突き出た手のひらには血の滴る、まだ弱々しくも光を発する二匹の心臓――核が乗っていた。
腕を引き抜き、メインディッシュであるそれを大事に地面に置くと、白装束たちの肉体を無理やり引きちぎり喰らっていく。肉も骨も関係なく貪る。ニーナは目を逸したが腐臭にも似た臭いが風に流されて届き、胃の中身を吐き出したい衝動を必死に抑えた。
(アーシェさん……相当怒ってる)
何にそこまで怒りを抱いているのか分からないが、激しい怒りだけは伝わってくる。彼女が捕食するシーンにはもう幾度も立ち会っているが、ここまで凄惨な捕食は初めてだ。
やがて捕食音も止み、恐る恐る振り返ればすでに敵は
「た、食べきっちゃったんですか……?」
「ああ」
当たり前のように答えるとアーシェは最後に残しておいた二つの核をつまみ、口に放り込む。そして口元を拭うと、赤みの混じったツバを吐き捨てた。血に塗れた一面を見てニーナは口元を抑え、アーシェの様子をうかがう。すると彼女から怒りは鳴りを潜め、代わりに首を傾げていた。
「……どうかしました?」
「いや、こいつらの味も妙だと思ってな」
これまでもアーシェは幾度となく妖精種を喰らってきた。人間に比べてずっと美味で、深い味わい。かつ純粋に透き通るような旨味が特徴で、今喰らった妖精種も確かに美味かった。だが肉も骨も、そして心臓である核も、いずれにも何か妙な匂いと味が入り混じって、本来の味を大きく損ねていた。
「ミスティックでも個体差があるんですかね?」
「分からん。もしかしたらそういったミスティックも普通にいるのかもしれん。だが……」
そしてこの味がする妖精種を以前にも喰らったことがある。確か、ニーナが初めて警備隊のもとに来た日だったろうか。その時も一匹だけ島国の特産品(マーマイト)をぶっかけたような変な味がする妖精種がいたはずだ。
(偶然……? 否定はできん。だが、もし偶然ではないとしたら――)
アーシェは最初に喰いちぎった一匹に近づく。すでに死んではいるが肉体はまだ完全に朽ちていない。倒れた妖精種の体を具に調べていき、白装束をめくって背中が露わになったところで彼女の顔が怪訝に歪んだ。
「魔法陣、だと……?」
そこにあったのは小さな魔法陣だ。羽の付け根の目立たない場所に刻印されており、それはつまり――何者かの手が加えられているということだ。
「……見たこと無い術式ですね。アーシェさんは知ってます?」
「いや、私も初めて見る術式だ。ちょっと待ってろ」
目を閉じ、アーシェは自身に眠る魂へとアクセスを試みた。見つけた魔法陣を思い浮かべ、格納された魂を対象に検索をかけていく。やがて、アーシェは険しい表情を浮かべた。
「……古い術式だな。改良がかなり加えられてはいるがベースの術式は、今はもう使われてない類だ。というか、使っては
「どんな術式なんです?」
何気なくニーナは尋ねた。だがアーシェは露骨な嫌悪を顔に浮かべ、そして吐き捨てた。
「――人を操る術式だ」
Moving away――
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