3-5 無事か?
――Bystander
「この……離してくださいっ!!」
抱きかかえられた状態ながら、ニーナは自分を捕まえて走る何者かの背を懸命に叩いた。しかし叩いた相手から特に反応は無い。ひたすらに無言で無反応。ニーナが何をしようが街の外へ向かって走り抜けるだけだった。
(どうしよう……!)
何とかしないと。なぜ自分がさらわれているのか、全く見当はつかない。だがこのまま手をこまねいていればロクでもない未来が待っていることは想像できる。
怖い、怖い。不安と恐怖が彼女を震わせる。声を上げて泣きたい。
それでも彼女はポケットへ手を伸ばそうともがいた。
中の魔装具は単なる悪漢対策用で、拐われる前にも使ったがたいして効果はなかった。それをもう一度使ったところで拘束から脱出できるとは思えない。それでもやらないよりマシだ。ところが拘束された今の体勢からは、どうやってもポケットに手は届かなかった。
「ああもう……!」
あと少しなのに。抱えられた体が街を囲む壁を一気に昇っていき、視界が目まぐるしく変化する中でニーナは歯噛みした。だが外壁を乗り越えて街を一望できる高さに達した一瞬、彼女は近づいてくる青白い光を認めて破顔した。
「アーシェさんっ!」
暗いためはっきり確認できるわけではない。だが間違いない。木々の間を激しく揺られながらジグザグ移動の真っ最中だが、そんなものお構いなしにアーシェが見る見るうちに大きくなっていく。その姿を見て彼女はもう大丈夫だと確信した。
と思ったのだが。
「えっ……!? ちょ、ちょっと、アーシェさんっ!?」
ぐんぐん近づくアーシェが魔法陣を展開し、光を帯びていくのを見てニーナは慌てた。
アーシェが放とうとしてるのは紛れもなく爆裂魔導だった。
まさか、自分もろとも吹き飛ばそうというのか。確かに彼女には迷惑ばかり掛けている。夜勤時に仮眠しているアーシェにこっそり添い寝どころか、唇を奪おうなんて邪な企みもした。だが敵もろとも消し飛ばされる程恨まれているとは思いたくない。
しかし彼女の願い虚しく、アーシェはためらいなく魔導をぶっ放した。彼女のすぐ足元で炸裂し、衝撃で拘束から解放はされたが、ニーナの体は空中へと投げ出されてしまった。
視界が回り、もはや自分がどこをどう舞っているのかさえ分からない。だけどこのまま地面へ頭から叩きつけられることは間違いない、と彼女は目を閉じ覚悟を決めた――ところでその脚がガシッと力強くつかまれた。
「……アーシェさんっ!」
「無事か?」
「全然無事じゃありませんよっ! いきなり何するんですかっ!?」
天地逆さまではあるものの、目の前にアーシェがいる。その事実に不安も恐怖も一気に消え失せた。緩む表情と裏腹に抗議の声を上げてみるが、アーシェは「それだけ言えれば上等だ」と喉を鳴らして笑った。
そして。
「さぁて、と」
ニーナを下ろし、アーシェは目の前に並ぶ連中をにらみつけた。数は三人。いずれも真っ白な装束を纏っていて顔には不気味な仮面を着けている。そのせいで性別や人種などをうかがい知るのは難しい。
「誰なんでしょうか、この人たち……?」
「さあな。私の方が知りたい」
白装束と聞いて真っ先に思い浮かぶのは聖教会だ。彼らであれば装束や手足に聖教会所属を示す紋章が刻まれているはずで、しかし向かい合う三人のどこにもそんなものは見当たらなかった。
――が、そんなことどうだっていい。
「……良いことを教えてやろう。今の私は
それが誇張や比喩などではなく本心からのセリフだと、アーシェの背中を見つめていたニーナは気づいた。全身の至るところで青白く魔法陣が明滅し、それが今にも爆発しそうな彼女の感情を表しているようで、守られる立場にもかかわらずニーナは息を飲んだ。
「一応聞いてやる。貴様らはどこの所属だ? 聖教会か? ラインラントか? ランカスターでもいいぞ。
「……」
「答えるつもりはなし、か。いいだろう。なら――」
アーシェの口が弧を描く。白い歯を覗かせながら獰猛な笑みを浮かべ、瞳がより一層輝きを増していく。そんな彼女を前に白い装束の三人は銃を構え、そうして――何の感情もにじませないまま、引き金を引いた。
爆炎がアーシェたちを包み込む。宵闇を照らす赤い炎が舞い上がり、白い煙が辺り一帯に立ち込めた。だがそれも一瞬で薙ぎ払われ、無傷のアーシェとニーナが現れた。
「この程度で私をどうにかしようなどと――笑わせてくれるじゃあないか……!」
下がっていろ。短くニーナに告げ――アーシェの姿が消えた。
細い足から生み出される爆発的な加速。一歩踏みしめるごとに地面がえぐり取られて土煙が上がり、暗がりで彼女の発する光が揺らめきながら迫る。白装束たちは魔導銃を次々と放つが、彼女はその全てを避け、或いは弾き返していった。
アーシェの腕が煌めく。走りながらそれを振り下ろすと、途端に白装束たちの眼の前で足元が爆ぜた。土砂が舞い上がり突風が吹きすさぶ。木々の枝葉が大きく揺らされ、やがて視界が晴れた時には正面に彼女の姿はなく――後ろにいた。
三人が振り返った時には、すでにアーシェは躍りかかっていた。白装束の一人が捕らえようと腕を伸ばし、しかしそれを宙返りで避けて顔面をつかみあげると――
「トロいんだよッ!!」
そのまま腕一本で軽々と背中から地面へと叩きつけた。土煙が舞い無防備な首筋が露わになる。彼女は迷わずそこへ喰らいついた。
犬歯が皮膚を容易く突き破り肉を絡め取る。力任せに引きちぎられた肉が彼女の口から垂れ下がり、白装束の首からは白い骨が露出していた。吹き出した大量の血が舞い上がって土砂降りの雨となり、全身を真っ赤に染める。アーシェはそれを一切気にする様子は無く、くわえた肉を一口で飲み込んだ。その瞬間、自身が抱いていた勘違いに気がついた。
(味が……人間じゃないだと?)
気づけば彼女の体を染め上げていた真っ赤な血も少しずつ光の粒子へと変化していた。
まさか。アーシェは喰らいついた白装束の、その顔につけていた仮面を剥ぎ取った。
「え!?」
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