3-4 ミスティックか、それともスパイか
私以外の誰しもにとって楽しく、そして私にとって甘くも苦い食事会が終わったのは夜もだいぶ更けてからだった。
「遅くまでありがとうございました。もう、お二人をほったらかして寝ちゃうなんて……」
マンシュタイン殿はニーナと白熱した議論の末、アルコールと眠気には敵わずあえなくTKO。今はベッドで幸せそうないびきをかいている。一方でマンシュタイン殿より遥かに飲みまくってたはずのニーナはといえば、多少顔が火照ってはいるものの、全く酔った様子がない。おかしいな。コイツは本当に同じ人類なんだろうか。
「こちらこそありがとうございました。明朝にでもご主人に楽しかったとお伝え下さい」
「また遊びに来てくださいね」
「ぜひ! 今度はエリーちゃんとも遊ばせてくださいね」
マリエンヌ殿に見送られ、深夜の街をニーナと並んで歩き出す。はあ、ずいぶんと遅くなってしまった。夏にしては風が冷たい。だがそれが熱を持った頬に心地良い。
「楽しかったですねっ!」
「そうだな。マリエンヌ殿の料理も美味かったし、酒も実に良かった。一応言っとくが、明日お前は日勤なんだからな? 寝坊するなよ?」
「しませんって! 安心してください!」
「本当か?」
「本当ですっ! 今日はこのまま詰所で寝ますからっ!」
遅れてアルコールが回ってきたのか、ニーナはずいぶんとご機嫌な声でふざけたことを堂々と宣言しやがった。あそこはお前の家じゃないんだが……まあ別にいいか。寝坊して自宅まで呼びに行かせるのも手間だしな。
「では、な。気をつけて帰れよ」
「大丈夫ですって! アーシェさんと違って子どもじゃないんですからぁっ、もうっ!」
見た目じゃ酔っ払ってるか分からんニーナだが、判断する基準が分かった。まず声がでかい。それから事あるごとに私の頭を撫で回してくる。あと私を見る目が何となく怪しい。私の方が子どもじゃないと言いたいが、酔っぱらいには何を言っても通じまい。
頭を撫で回してくるニーナを引き剥がして別れ、私は軍の宿舎に向かった。街は静かだが、まだ多少はレストランや酒場が営業していてかすかに楽しげな声が聞こえてくる。それでも街の姿を見て不意に寂寥感に襲われ、意図せず遠い過去の記憶が頭を通り過ぎた。
「こんなところ、望んじゃ無かったってのにな――」
遥か遠くまで来てしまったものだ、とついつい感傷が胸をつつく。
なんというか、気分がむず痒い。こんな感傷を抱いた夜は、昔ならきっと空いたビール片手に帰ったんだろうが、残念ながらこの街の店じまいは早い。部屋につまみと酒は置いてたかな、と自室の戸棚を思い出しつつ宿舎の階段に足を掛けて――止まった。
「ニーナ……?」
別に呼ばれたわけでも肩を叩かれたわけでもない。が、アイツの事が急に頭を過ぎった。
今のが虫の知らせ、というものだろうか。いや、縁起でもない。気にせず階段を登ろうとする。だが胸騒ぎが止まらない。私の中にある、私自身の魂が警告してくる。自然と足が今来た道へと戻っていった。
(バカバカしい……)
しかしこうした直感は意外と馬鹿にできないものだ。迷った時にいつだって自分を助けてくれるのは直感だ。それに、何も無かったのならそれはそれでいいわけだしな。
ゆっくりだった足が速歩きになり、いつしか走り出す。それが止まった。別に警備隊の詰所に着いたわけでもなければニーナに追いついたからでもない。
しゃがみ込み、石畳の地面に転がっていた見覚えのある物を拾い上げる。それはいつもニーナが悪漢対策に持ち歩いている魔装具だ。アイツのオリジナルだからまず他には無い。
それが、使用済みで転がっていた。
「ニーナっ……!」
思わず地面を殴りつける。石畳にヒビが入り、拳に鈍い痛みが走った。落ち着け。息を吐く。ニーナと別れてまだそう時間は経ってない。追いつける距離にいるはずだ。
即座に魂にアクセス。この身に眠る魂のライブラリから索敵魔導を引き出す。途中のプロセスを全てすっ飛ばし、魔素と魂の量に物を言わせて強引に魔導を発動させた。
(どこだ、どこにいる……?)
索敵範囲を際限なく広げていく。北……違う。南……違う。東は……――
「いた……っ!」
反応があった。建物の上を移動しているのか、こんな深夜に明らかに不自然な動きが四つ。一つはニーナだろうが、他の三人は何者だ?
「ミスティックか、それともスパイか……いや、そんなの今はどうだっていい……!」
どうせ喰い尽くせば全てがはっきりする。ウチのニーナをさらっておいて――ただで済むとは思ってないよなぁ?
口元が勝手に吊り上がった。飛行魔導で空を疾(は)走(し)りだす。建物の屋根を超え、尖塔の傍をかすめながら四人を追いかける。王都上空は本来なら非常時以外の飛行が禁止されているが構うものか。可愛い部下が拐われた。それ以上の非常事態などあるはずがない。
やがて首都を囲む巨大な外壁に突き当り、一気に夜空へ舞い上がった。そして――
「見つけたっ……!!」
目標を目視で確認。索敵魔導を解除。身体強化、認識強化の魔導にアクセス。瞳が熱を持ち、翡翠から金色へと変化していくのを自覚。
分かる。あふれんばかりの魔素と一緒に歓喜が、そして連中に対する怒りが全身にみなぎっていくのが分かる。それに呼応して全身に浮かび上がった青白い魔法陣が周囲をほのかに照らしていった。すると、どうやら連中も追いかけてきた私に気づいたらしい。首都のすぐ外に広がる森林地帯に入り込んで私を撒こうとし始めた。
「その程度っ!」
高速で飛行しながら立ちふさがる木の幹をかわし、あるいはへし折って追いかける。連中も逃げながら魔導をぶっ放してくるが、それを余裕で回避。そんなへなちょこ、当たらんよ。魔導っていうのはな――
「――こうやるんだよっ!」
両腕を突き出す。魔法陣が浮かび上がり、放たれた閃光が逃亡者どもを包み込んでいく。
激しく爆発。爆煙と土煙が舞い上がり視界もままならんが、構うことなく私はその中へと飛び込んでいったのだった。
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