3-2 我が家で食事でもどうだろう?



「いやぁ、ありがとうございます! こうしてご意見頂けるのは助かります。なにせ我々は頭でっかちで実戦など経験したことがないものでしてね。ご指摘頂いた点のほとんどは何とかなりそうなんですが、伝達ロスと耐久性については……ううむ、解決にはもう一捻り必要そうな印象ですなぁ」


 うなりながらマンシュタイン殿はペンを放り出すと、椅子に座って考え込み始めた。

 ふむ、最初に挙げた二つの課題さえ解決できれば結構面白いんだがな。そう思いながらここまで無言のままだったニーナを振り返れば、口元をムズムズさせて何かを言いたげだった。どうやら自分も発言して良いものか迷っているらしい。


「マンシュタイン殿は寛大で公正な心根の持ち主だ。遠慮せず意見を言ってみろ」

「良いんですか?」

「ええ、構いませんとも。アイデアなんてものは誰が出そうと結構ですからな。課題を解決すること以上に重要なことなんてありませんよ」

「えっと、じゃあ……」


 水を向けてやるとニーナは嬉しそうに弾丸と銃を手に取って覗き込み始めた。


「あ、ここはこんな風に魔法陣を刻んでるんだ。銃の方は普通のものと同じなんですか?」

「ええ」トライセンが答えた。「なので銃身は材料変更か魔導で耐久性を上げれば何とかなると思います。ですが弾丸の方となると……」

「だったら、弾の魔法陣をこうしてみたらどうです? これだと少し頑丈になると思うんですけど」

「ほう、なるほど」マンシュタイン殿がうなる。「だがその場合、ここがこうなるだろう?」

「あ、ホントだ。うーん……あ、そうだ。ここをこうして――」

「ああ、そうか。そういう事なんだね。だとすると――」


 最初は質問とその応答だったが、魔法陣を具体的に紙に書き始めた頃からニーナたちの雰囲気が妙な感じになっていって、終いには私たちそっちのけで議論し始めてしまった。

 私自身、ストックされた魂のおかげで基本的な技術や魔導そのものは詳しいと自負があるが……さすがに専門家とまではいかないからな。もはや完全に三人だけの世界と化した中で飛び交うちんぷんかんぷんな単語の数々。アレクセイたちと思わず顔を見合わせたが苦笑いしか出てこない。とりあえず……我々は我々で報告書の内容でも考えとくか。


「――失礼します。マンシュタイン主席はいらっしゃいますか?」


 報告書の下書きをしながら待っていたものの、三人の議論が一向に終わる気配は見せないのでこのまま放置して帰ろうかと本気で思い始めたんだが、試射室に別の研究員が入ってきてくれたおかげでようやく終止符を打てた。いや、実にありがたい。


「ん? どうした、ショルツ君?」

「いえ、会議にマンシュタイン主席がいらっしゃらないので」

「……げっ!? まずいっ、もうこんな時間だったか……! みなさん、すみませんが――」

「ああ、お構いなく。時間になれば勝手に帰らせてもらいますよ」


 バタバタと部屋を飛び出していくマンシュタイン殿を見送る。やれやれ、慌ただしいことだ。軽くため息をついて再び報告書へと向き直ったのだが、こちらに向けられた視線を感じて振り返る。すると……ショルツと言ったか? マンシュタイン殿を呼びに来た研究員の男が、クマのできた垂れ目で我々をジトッとねめつけていた。


「何か?」

「いえ、別に……」


 尋ねるとねちっこい視線を最後まで残しながらいなくなる。ふん、嫌な目つきだったな。


「何だったんでしょうか?」


 さあな。だが、どうせろくな用事じゃないだろう。マンシュタイン殿たちは例外だが、ただでさえここの連中は我々を毛嫌いしてるからな。おおかた、研究所に我々みたいな人間がいるのが気に食わないとかそんなところか。気にするほどの価値もない。


「おっと……すみません、私も別の打合せがありますので失礼させて頂きます」


 トライセン殿も腕時計を見て立ち上がり、丁寧に挨拶をして部屋を出ていく。身だしなみもキチッと整えてるし、育ちが良さそうだ。マンシュタイン殿とは好対照だが、なまじ似た性格よりも波長が合うのかもしれん。

 そんな不躾なことを考えつつ報告書作成に勤しむことしばらく。定時を告げる鐘が鳴った瞬間に、反射的に私はペンを放り出していた。今日の仕事はこれにて終了。残業はしない。報告書もだいたい出来上がったしな。明日の巡回後に清書してマティアスに送ればこの仕事は完了である。さ、帰るぞ。


「ちょっと待ってください! もうちょっと、もうちょっとだけ……」


 未だマンシュタイン殿との議論が後を引いているらしいニーナがなおも粘ろうとするが、その尻を叩いてやると残念そうに片付けを始めた。いいか、こういうのはな、メリハリというのが大事なんだよ。いつまでもダラダラ仕事したって時間のムダと言うやつだ。


「そんなものですか……」


 そんなもんだ。ニーナをなだめつつ、今晩はどうするかな、と飲み屋のリストを思い浮かべる。いつものパブでも良いが、そうだな、飯をメインにワインと洒落込むのもいいか。

 となると誰かを誘いたいところだが……


「なんですか?」


 一瞬ニーナを誘うかとも思ったが、こないだの酒豪っぷりが頭を過ぎって閉口した。「お酒、飲んだことないんですぅ」とかガキ臭いことをぬかしてたくせに、とんだウワバミだった。おかげでしばらく安酒しか飲めなかったぞ。


「たまにゃ酒を我慢するって選択肢はねぇのかよ?」


 バカ野郎、カミル。命の水だぞ? そんな事できるか。ともかくもニーナは無しだ。先日の口約束もあるので、マンシュタイン殿と一杯行きたくもあるが……あの人も忙しそうだしな。今日は一人で酒の美味そうなレストランを探してみるか。

そう考えながら部屋を出ると、後ろから大声で呼び止められた。振り向けば、大きな体を揺らしながらマンシュタイン殿が駆け寄ってきていた。


「はぁっ、はぁっ……良かった、間に合った」


 まったく、忙(せわ)しい方だ。そんなに慌てて何の用だろうか?

「なに、先日の中尉との約束を果たそうと思ってね。良かったら我が家で食事でもどうだろう? もちろん曹長たちも一緒に、だ。仕事で君らにはずいぶんと助けられてるし、妻とも話したんだがぜひとも御礼をしたくてね。どうかな?」

「あー、ありがたいんスけど……俺ぁちょっと今日はバンドのステージがあるんですわ」

「私も所用がありまして。申し訳ないですが、お気持ちだけ頂きましょう」

「ええっと、私は大丈夫ですけど……私も参加しちゃって良いんですか?」

「もちろんだとも! 先程はとても有意義な議論だったよ。君にはぜひ参加してほしい。食事をしながら議論の続きをしようじゃないか」


 マンシュタイン殿の提案にニーナは大喜びで参加を決めた。が、私は迷っていた。

 家飲みであるなら……正直、断りたい。マンシュタイン殿は尊敬しているし、御仁と酒を飲む約束は喜んで果たしたいところである。だが家族ぐるみとなると私には少々どころかだいぶ荷が重い。まして今の話だと、私はマンシュタイン殿とニーナに置いてけぼりにされることは確実。初対面のご家族と会話を弾ませるような社交性は持ち合わせてないぞ。


「どうだろう、シェヴェロウスカヤ中尉?」


 うむ、やはり断ろう。わざわざ招かれるほど大層な仕事をしているわけでもないし、マンシュタイン主席とは別の機会にサシ飲みに誘うことにするか。

 丁重なお断りを告げようと顔を上げる。が、マンシュタイン殿はニヤリと眼鏡の奥の細目をさらに細くし、私に効果バツグンな言葉をのたまった。


「とっておきのスコッチ。二十年物があるんだが――飲みたくはないかね?」


 ――さて、諸君。その一言で呆気なく陥落した私を誰が責められるだろうか?




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