王立研究所の人たち

3-1 お待ちしてましたよ!


 さて、諸君に質問だ。まずは想像してみて欲しい。

 週末の夕方少し手前。だいたい十五時くらいだ。天気は快晴。すでに夏に差し掛かってはいるが、ここヘルヴェティアでは日差しを受ければじんわりと汗は掻くものの、標高故にうだる程には暑くない。それでもやや乾燥しがちな気候であるために喉は渇き、体は速やかな水分を欲している。そして諸君は日々働いて生活の糧を頂戴している一端のサラリーマンだ。さあ、この状況で何を欲する? 無論、私の答えは決まっている。


「――というわけで私は酒を飲んでくるので後は頼む」

「ダメです」

「ダメに決まってんでしょーが」

「ダメ人間ですね」


 私渾身の説得だったのだが、一瞬でアレクセイ、カミル、ニーナと順番に瞬殺された。というか、ニーナには人間性まで否定されてしまった。こいつ、最近容赦なくなったな。


「そりゃあ、だってもうアーシェさんの部下になって四ヶ月ですし? アーシェさんがどんな人なのか分かってきましたから。でもそういうところがまた、ギャップがあって可愛いすぎて我慢に苦労するんですけど」


 ああそうですか。最初の敬意のこもったキラキラした眼差しはどこへ消えてしまったのやら。まあ私が事あることに仕事をサボって酒飲みたいと連呼するから悪いんだが。なお、最後の不穏な発言は聞かなかったことにする。何に我慢してるのか想像したくもない。

 仕方ないので、トボトボと目的地へ向かってまた歩き始める。仕事を早仕舞いしたのか、店で早速酒盛り始めてる連中を横目に見ながらな。

 それはさておき、今日の仕事場はいつもの詰所ではなく王立研究所だ。我々第十三警備隊の仕事は主に街の平和と安全を守ることだが、もう一つ大事な仕事がある。それが試作武器の評価だ。

 武器開発を所掌するマティアスからの指示を受け、研究所が開発した武器を試してみて改善点を伝える。我々のみならず戦場で戦う兵士全員の命が掛かっているため、時に厳しい事も言わねばならん。なのでこうして私やアレクセイといった人選となるわけである。

それでも一人くらいは若いのを、ということでニーナがお供に加わった次第だ。なお、ニーナとのじゃんけん対決に敗れたノアが盛大に駄々をこねたことをここに付しておく。

 とまあ、特別枠みたいな言い方をしたが、ニーナを連れて行くのは悪い選択ではあるまい。運用を考えれば、整備する側の意見も当然必要だ。ニーナの知識、腕前は年齢以上のものがあるし、有意義なディスカッションになるだろう。


「うわぁ……ここが王立研究所なんですね……!」


 到着して建物に入るや否や、そのニーナは目をランランと輝かせ、鼻息荒く右を向き左を向きと大忙しだ。だが私からすれば、我々生粋の軍人を見下す鼻持ちならない連中ばかりの陰気で湿気た場所としか思えないんだがな。てか、この間の事件の時も来ただろうが。


「この間は建物の外までだったじゃないですか! 王国選りすぐりのエリートの人たちが最前線の魔導装備を研究してる場所に私みたいな田舎娘が入って、しかも最先端の技術が生で見られるなんて夢みたい……ああ、軍に入って良かったですぅ……!」


 なるほど、ニーナにはそう見えるのか。

 確かにここで研究できるのはエリート中のエリートだけだからな。ニーナみたいな魔装具好きには憧れの場所なのかもしれん。もっとも、私は何度来ても好きになれんがね。

 そんな会話をしつつ研究所内の試験区画へ到着した。すると白衣を着た大柄な、私もよく知る御仁が手を大きく振っているのが見えた。


「やぁ、みなさん! お待ちしてましたよ!」


 ボソボソと喋る人間が多い研究所にもかかわらず、そこら中に響き渡る大声を張り上げて私たちを出迎えてくれたのは、先日も軍本部で会ったマンシュタイン主席研究員殿だ。相変わらずの無精髭で腹がややぽっこりした御仁を見ると、ついほっこりしてしまう。


「こんにちは、マンシュタイン主席。本日は宜しくお願い致します」

「いやいや! こちらこそ忌憚のない意見を楽しみにしていますよ。なにせ第十三警備隊の方々はいつも厳しいですからな!」


 エリート意識まるだしな他の連中と違って、この人はどれだけ我々が厳しく意見しても気にせず受け止めてくれる器の大きな人物だ。今日の担当が誰だったか少々不安だったが、マンシュタイン殿なら気持ちよく仕事ができそうだな。

 試射室に入る。すると、もう一人見覚えのある人物が我々を待っていた。


「貴方は……確か、トライセン殿、でしたか」

「はい、ヴェラット・トライセンです。覚えていて頂けて嬉しいです」


 改めて彼が自己紹介し、育ちのいい人好きのしそうな笑みで出迎えてくれる。他の連中も彼らくらい社交性があればいいものを。ま、彼らは例外として、やはり賢い連中というのは一般人が当たり前に持っているものを何処かに置き去りにしてきた変人なんだろうな。

 そんなことを考えていると、ふと鼻の奥をかすかな血の匂いらしきものがくすぐった。それは決して心地よい香りではなく、悪臭ともいうべき善人の魂を思い起こさせる匂いだ。


「どなたか、怪我をなされてますか?」


 尋ねてみるが、ニーナたちは当然、マンシュタイン殿たちも首を横に振った。

 ふむ、勘違いというわけではないだろうが……二、三日前に軽い切り傷でもした時の匂いが衣服に残っているだけかもしれんな。


「余計な話でしたね。それで、今日はどのような武器を試させてもらえるのですか?」

「ええ。それでは早速ですが、本日皆様にご意見頂きたいのは――こちらです」


 そう言ってマンシュタイン殿は一丁の魔導銃を手渡してきた。ふむ、外見を見る限りこれまでの魔導銃と変わらないように見えるが。


「なあ、魔法陣が見当たらねぇけどコイツは何の魔導が組み込まれてるんだ? それとももしかして実弾タイプだったりするんですかい?」


 カミルがそう尋ねたので私も気づいたが、確かに魔導銃であれば銃身にあるはずの魔法陣がどこにも無かった。おそらくはそれこそがコイツのなんだろう。そう思ってマンシュタイン殿の大柄な体を見上げれば、よくぞ聞いてくれたとばかりにニンマリと笑った。


「実はコイツはですね、魔導を必要としない銃なんですよ」

「……どういうことです?」

「銃本体に魔導を刻む代わりにコイツの場合は――これに魔導を込めるんですよ」


 そう言ってマンシュタイン殿が取り出したのは弾丸だった。彼が差し出した弾丸を受け取って観察すると、その表面に小さいが精緻な魔法陣が刻まれていた。


「コイツに魔導を込めてやれば、銃一丁で色んな魔導を発射できるって寸法です」


 速射性と連射性が長所の魔導銃だが反面、一丁の銃に刻める魔法陣は特殊な技術を使っても二つ。したがって状況に応じて魔導を変えられないのがデメリットだ。それを解決するため、銃は単なる魔素伝達装置にして魔導自体は弾丸に刻んだ、というわけか。ふむ、単純ではあるがこれまでありそうで無かった発想だな。


「なるほど、面白いコンセプトですね」

「でしょう! さあさあ、ぜひ試してみてください」


 マンシュタイン殿に促され、用意された的めがけて試し撃ちしてみる。すると、貫通魔導を始め、様々な弾丸を順次発射してみたが、それぞれの特性が見事に発現できていた。

 うん、悪くない。これなら補給の面で大きな変化が起きるかもしれんな。しかし……。


「……発想としちゃあ良いと思うぜ」少し考え込みながらカミルが感想を口にした。「けど、実用化するにゃあちょいと課題も多そうだな」


 そう言ってもう一度魔導を発射すると、爆発して的の一部が焦げた。


「今のだって的をふっとばすくらいのつもりで魔素を込めたんだけどな。やっぱ銃そのものに刻むよりエネルギーのロスが大きいみたいだぜ」

「それに」


 カミルを下がらせ、少々本気で弾丸に魔素を流し込んで引き金を引く。すると突然けたたましい音を立てて炎と煙が上がり、それが晴れると銃身が途中から吹き飛んでいた。


「少々多めに魔素を流してみたが……耐久性にもまだ課題がありそうだな」

「なるほどなるほど……」


 他にも私たちが口々に課題を挙げていくが、マンシュタイン殿とトライセン殿は気にした様子もなく熱心にメモを取っていく。これがプライドの高い研究員だと顔を真赤にして「使い方が荒い」だのなんだのウダウダ言ってくるんだが、彼の場合こうして素直に耳を傾けてくれるから非常に仕事がやりやすい。




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