2-9 ほら、やれよ


「なんですか、アレっ……!?」

「フハハハハハッッッ! 慄いたかッッ!? 開発部が開発した最新の多重連続発射式魔導銃だっ!! コイツで貴様らなんぞ消し飛ばしてくれるッ! そしてこれさえ……これさえ持っていけば、どこの国であっても我輩の亡命を受け入れて――」


 一気に優位に立ったと見たか、アスペルマイヤーが高笑いを響かせる。真っ赤にしていた顔が一変して下卑た笑みになり、余裕ぶった口上を述べ始めた。

 だが――


「あ、アーシェさんッッ!?」


 アーシェはタバコをくわえたままアスペルマイヤーへと近寄っていく。そこに恐怖も怯えもなく、ただ冷めた眼で彼を見据えるだけだ。


「き、貴様ッッ! それ以上近づくと――」

「どうぞお撃ちください。撃てるものなら」


 涼しい顔で挑発。小さな体で見上げているのにアスペルマイヤーはまるで自分の方が見下されているかのような錯覚を覚えて、またあっという間に頭に血を昇らせていった。


「きぃぃさまぁぁぁぁぁッッッ!!」

「ほら、やれよ」

「死ねぇぇぇぇッッッッッッッッ!!!」


 奇声じみた叫び声を上げて、アスペルマイヤーは引き金を引き絞った。

 その結果――何も起こらなかった。


「ぬっ? ぬぅ? この……何故動かんっ!?」


 トリガーを引いてもカチカチと虚しいスイッチ音が響くだけ。アスペルマイヤーは銃口を覗き込んだり、武器のあちこちを叩いたりしてみるが、何も起きはしなかった。

 彼はうなるばかりだったが、近づく足音に顔を上げると――小さな拳がめり込んだ。


「ぶべッッ!?」


 巨体が真横に吹き飛び、顔面が強かに地面を滑っていく。


「ご、ふっ……!? ゲホッ! こ、か、あぁ……!」


 口を押さえると手のひらが瞬く間に赤く染まっていた。アスペルマイヤーは恐怖した。

 彼は分からなかった。なぜ男に比べて貧弱なはずの小娘に転がされているのか、なぜ口から血を流しているのか、なぜ――なぜ自分は地べたを這いつくばっているのか。

 恐慌をきたした頭では何も理解できない。混乱したまま流れる血を必死に押さえていた。

そこに小さな月影が覆い被さる。見上げれば金色の瞳が笑って彼を見下ろしていた。


「おやおや……どうやら大尉殿は自国の武器の使い方さえ知らないと見える」


 鼻で笑うと、地面に転がった武器を蹴り飛ばしてアーシェは指を鳴らした。指先から飛び出した白閃がアスペルマイヤーのすぐ脇を通り過ぎていき、彼の背後にいた何かに絡みついた。それが地面に落ちてギィギィと耳障りな鳴き声を上げ、バタバタともがく。アーシェはその体を一度踏みつけてから、拾い上げた。


「ミスティック……ドゥムルか」


 小鳥を思わせるミスティック。だが愛らしい見かけとは裏腹に、人間に取り付いて悪意を増幅させる種族でもある。今回の事件もこのドゥムルが影響を与えたのは間違いない。


「とは言っても、そもそも魂が腐っていたことに変わりはないがな」


 うそぶきながらアーシェはドゥムルをつまみ上げ――口の中へと放り込んだ。歯で噛み潰し、肉の塊が喉を通って胃に落ちていく。十分旨いが特筆すべき味でもない。軽く鼻を鳴らして呆然としているアスペルマイヤーに近づき、そこで彼女は気づいた。


(瞳が赤い……?)


 彼の瞳はまるで、ミスティックの攻撃色の様に赤かった。アーシェがその異様さに眉根を寄せたのと同じタイミングでアスペルマイヤーが突如唸り、苦しみ始めた。


「ぐ、ううぅ……?」


 胸元を押さえ、息が荒くなる。脂汗が凄まじい勢いで流れ始め、それと同時にアーシェとニーナは新たな異変を感じ取った。


「え、うそ、何……?」

「どうした、トリベール特技兵?」

「アスペルマイヤーさんの体から急に……魔素が――」

「ぐぎぃあああぁぁぁぁぁっっっ!!」


 アスペルマイヤーが奇声を上げ、太った体が急激に膨らんでいく。肉が軍服を引き裂き、ぶくぶくと泡立ちながら膨張を続け、やがて元の数倍になろうかという巨体に変化した。


「人間が……ミスティックになっただと……!?」

「こりゃびっくりだな……」


 アレクセイとカミルがうめいた。アーシェと共にミスティック討伐に従事して数年になるが、こんな事態に遭遇したことなど無かった。


「三人とも下がっていろ」


 それはアーシェも同じだ。なぜ人間が異形化するかなど見当もつかない。だが――


「考えるのは後だな」

「■■ぉぉ■ぉぁぁぁぁっっっっ!!」


 耳障り極まりない声を発しながら巨体が動いた。肉と脂肪で膨れ上がった腕を、まるで体ごとのしかかるように振り下ろした。

 アーシェが飛び退き、彼女のいた場所を肉の塊が叩き潰す。地面が陥没し、のっそりとアスペルマイヤーが体を起こすと、傍にあった彼の持ち出した魔導銃が真っ平らな金属板に変形してしまっていた。


「肥大化した肉体で力任せに押し潰すか。なるほど、貴様らしい戦い方だな。しかし――」


 アーシェは臆する様子もなく嘲りを向けた。するとアスペルマイヤーにもまだ知性は残っているのか、憎しみのこもった赤い瞳で彼女をにらみつけ、大きく全身を振り上げた。


「シェ■■ロ■スカヤァァァアアアァッッッ!!」

「アーシェさんっ!」


 ゴムのように体全体が縦に伸び、縮む勢いを活かして凄まじい勢いでアーシェへと迫る。ニーナからは悲鳴が上がるが、アーシェは避ける素振りをみせない。そのまま彼女の体が押し潰され、ニーナは思わず顔を背けたが――


「力任せはより強大な力を持った存在に喰い散らかされる。それだけに過ぎん」


 アスペルマイヤーの体が持ち上がり、下から無傷のアーシェが現れる。つかんだアスペルマイヤーの赤く正気を失った瞳を覗き込み、彼女は獰猛に嘲笑った。途端に、正気を失ったはずのアスペルマイヤーの顔が恐怖に歪んだ。

 アーシェの拳がめり込む。巨体があっさりと転がっていき、地面に伸びた体を鈍重な動作で起こす。だが正面に彼女の姿はなく、アスペルマイヤーは恐る恐る振り返った。

 するとすぐ眼の前にアーシェがいた。反応する間もなく彼女の腕がアスペルマイヤーの胸に突き刺さる。彼の胸部がぐにゅん、と伸びて腕の形に変形し、けれども貫通はしない。それでもその巨体が大きく弾き飛ばされ、彼が乗ってきた車を押し潰した。


「ふむ……だらしない体だと思っていたが、これはこれで少し厄介だな」


 アーシェとしては彼の心臓をえぐり取るつもりで胸に腕を突き立てたのだが、予想が外れ不満を覚える。とはいえ、別の手段が無いわけではない。


「ふん。なら噛みちぎってしまった方が早いか――」

「ぐ、ご、おお、ぉぉぉ……?」


 そうひとりごちていると、アスペルマイヤーからうめき声が上がった。苦しげに腹を押さえ、ヨロヨロと足元が覚束ない。口からはダラダラと体液が流れ、そして――


「ご、ぼおおおおぉぉぉっ!」


 口から何かが吐き出された。それは子供の拳大ほどの塊だった。体液に塗れ、地面に転がってなおそれは宝石の様な輝きを放っていた。

 吐き出したアスペルマイヤーの体が急激にしぼんでいく。赤くなっていた瞳が黒に戻り、やがて元の姿で倒れたまま荒く呼吸をしている。どうやらキチンと生きているようだった。


「やれやれ……手を焼かしてくれる」


 それはそれとして、奴は何を吐き出したのか。アーシェはアスペルマイヤーの腹から出てきた宝石へと近づく。いくら奴とはいえ宝石を食べるはずがない。そんなものを持っていれば売却して金に変えているだろうから。

 アーシェは魔導で水を掛けて洗浄し、それでも嫌そうな顔でその不思議な物を拾い上げようとした。だがその時、突如として何かが飛来し、体を投げ出して回避した。


「中尉っ!?」

「大丈夫だ」


 だが、いったい誰が。アーシェは周囲に視線を巡らせ、そこで気づいた。

 地面に転がっていた宝石が、なくなっていた。


「なっ……!? バカな、どこに――」

「……アーシェさん」


 しかしすぐに宝石の居所は知れた。ニーナが指差す先。そこに白い装束の女がいた。つま先から頭の先まで白に覆われたその女の手の中に宝石が握られていた。

 いつ現れたのか。まったく気づけなかった。そのことにアーシェは戦慄を覚える。だが何者であろうと貴重な証拠品は返してもらわねばならない。彼女は獰猛な笑みを浮かべた。

 一方で白装束の女に戦うつもりは皆無らしかった。背を向けて逃げる素振りを見せ、気づいたアーシェは即座に捕まえようとしたのだが――


「くっ……煙幕か……!」


 白装束が手を振るった途端、辺りが一気に白煙で包まれていく。アーシェもすぐに風魔導でそれを吹き飛ばすが、その僅かな間に白装束の女の姿はかき消えていた。


「ちっ……クソがっ」


 してやられた。アーシェは歯噛みして、近くの木立に拳と共に軽く怒りをぶつけた。


「何者でしょうか……?」

「分からん。だが……今回の件が、単なる一軍人の犯罪には留まらないのは確かだな」


 ならば今は冷静に、まずは可能な限り情報を集めることとしよう。アーシェは大きく息を吐いて気持ちを落ち着け、本来の仕事を果たすべく後ろを振り向いた。


「だ、大丈夫、大丈夫なのだ。我輩は伯爵家の一員……ほ、本気で見捨てるはずは……」


 事件の主犯であるアスペルマイヤーもまたこっそりと逃げ出そうとしていた。ただしこちらは生まれたての動物のように足取りは覚束なく、うつろな目でボソボソと呟い続けており隠密性のかけらもない。アーシェはゆっくりとその背後に近づくと、肩を叩いた。

 アスペルマイヤーの体が硬直した。振り向けば、引きつった彼の目がアーシェと合った。そこで彼は気づいた。見下ろす彼女の瞳は、もはや自分を人として見ていないことに。


「待たせたな。邪魔が入ったが、ようやく貴様の選択を尊重できそうだよ」


 腰を抜かし、アスペルマイヤーは悲鳴を上げながら必死に後退ろうとする。だが、アーシェの腕が万力のように肩を掴んでそれを許さない。


「や……やめろ……頼む……! か、金なら幾らでも用意する。だから……」

「金など要らん。そんなもの、貴様を見逃すほどの価値などない。だが、アスペルマイヤー元(・)大尉。そんな貴様にもまだ価値があるんだ。それはな――私のエサとなることだ」


 そうすれば、少なくとも王国からゴミを排除できる。そううそぶくとアーシェの顔がアスペルマイヤーに近づき、エサを求めるその口が大きく開かれて獰猛な犬歯がむき出しになった。これから起きる惨劇を予想し、ニーナは二人から背を向けた。

そして――


「やめ、ろ……それ以上近づくんじゃないっ……! や、やめ、やめやめやめやめて――」


 悲痛な断末魔が、月夜の空に吸い込まれて消えていったのだった。


Moving away――



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