2-4 かなりやばい話じゃないか?



 職務外の余計なことに首を突っ込みたくはないのだが、いかんせんスパイを見つけた場所が場所である。ある程度は第十三警備隊の仕事となることは覚悟せねばなるまい。

 それに仮にも私は王国軍人だからな。王国に害をもたらさんとしている何者かについては排除せねばなるまい。王国を別に愛しているわけではないが神(クソッタレ)の影響力が強い他国よりかは愛している。目くそ鼻くそ程度だが。

 というわけで。朝一で人気のない廊下を抜けてノックをし、その返事も聞かずにマティアスの執務室のドアを蹴り開ける。するとそこには、秘書兼護衛役に注いでもらって優雅な朝のコーヒータイムと洒落込んでたらしい王子様が憮然としていらっしゃった。


「……ノックくらいできないのか、お前は」

「ノックはしたさ。返事は聞いちゃいないが。おはよう、クローチェ少尉。朝からコイツの相手とはご苦労なことだ」

「いえ、准将に愛嬌をふりまくのも職務のうちですので」

「ちょっと待て。毎朝の笑顔は仕事なのか?」


 そもそもそんなに愛嬌をふりまかれてない、とマティアスが主張しているが二人揃って無視した。相変わらずのいい性格だ。

 金髪をアップにまとめ、丸顔の上にクリっとした大きな目という可愛い系の顔立ちなレベッカ・クローチェ少尉。涼しい顔でさらっと毒を吐く彼女とは波長が合うようで、今朝も他愛もない毒まみれの会話を楽しみたいところだが、今日はそういうわけにはいかない。


「クローチェ少尉。仕事だ」

「畏まりました。席を外します」

「悪いな。今度飲みに行こう。マティアスの愚痴をぜひ聞かせてくれ」

「おごりなら付き合いましょう」


 チンと打てばカンと響く小気味良い会話を交わしてレベッカが退室し、機嫌を急降下させた我らが上司と向き合った。


「どうした、朝から不景気な顔をして」

「お前のせいで爽やかな朝が台無しになったからな」

「残念ながら今からもっと台無しになるぞ」


 そう言うと、マティアスも単なる冷やかしで私が来たわけではないことに気づいたらしい。手に持っていたカップをソーサーに置き、真面目な表情に切り替えた。


「聞こう――何があった?」



「そうか……」


 報告を聞き終えると、マティアスは背もたれに体を預けてため息をついた。が、それだけで特に驚いた様子はない。ひょっとしてもう報告を受けてたか?


「そうじゃないさ。だが、近い話が先日幹部会議で共有されていたからな」

「近い話、だと?」

「そう。本来ならまだ将官レベルの話だがお前になら良いだろう――最近開発されたばかりの魔装具がB/S(ブリティッシュ・サクソニアン帝国)で目撃されたらしい」


 ちょっと待て。それはウチとしてはかなりやばい話じゃないか?


「まずいもまずい、相当にまずい話だ。だから今、上は大慌てだ」

「そう言う割にお前はずいぶんと余裕だな」

「所詮私は王族の腰掛け将官だしな。聞かせたくない話らしいから聞いていないふりをしてやってるよ」


 そう言ってマティアスは、どこか小馬鹿にしたように笑った。

 腰掛けなんて言ってるが、実態はそうじゃないことを私はよく知ってる。十年前はそうだったかもしれんが、今は軍部でも指折りの実権の持ち主だ。もちろん王子という肩書抜きで。もっとも、どれだけの人間がその事を理解してるかは知らんがな。


「お前に改めて説明する必要はないだろうが、他国の追随を許さない魔装具の開発力。これのおかげで私たちヘルヴェティアは周辺大国に飲み込まれず独立を維持できている」


 ヘルヴェティアを囲む大国。東のラインラント帝国、南の神聖ロマーナ皇国、西のランカスター共和国、そしてランカスターと海を挟んで対岸にある島国のB/S。人口も国土も生産力も桁違いな大国たちと軍事、外交、そして政治面で対等に渡り合えてるのは、ひとえに王国が機械と魔導応用技術、特に魔装具の技術開発に特化したおかげだ。

 それらは、今や戦争するにも日常生活を便利に送るにも欠かせない技術だ。おかげで私たちは夜でも昼間のように明るい中で生活できるし、手足をぶっ飛ばされても義肢を使って不自由なく生きていける。が、その最先端の技術が他国に流出したとなれば圧倒的な技術力という安全保障上の大前提が吹っ飛ぶことになる。さぞ上層部は現在忙しく踊り回ってるだろうな。


「幸いにも目撃されたのは、すでに輸出が許可されている技術を寄せ集めただけの代物で、応用こそ最新だが目新しい技術じゃない。しかし、だからと言って良かった良かったで終わるわけにはいかないからな」


 そらそうだ。今回が単に幸運だっただけで、このままだといつ最新技術が盗まれるかも分からんからな。どこから情報が漏れたか、根っこを叩かねば意味がない。


「保管されていたのは工廠だろう? 警備兵は何と言ってるんだ?」

「調査の結果、記録上軍関係者以外の外部の人間の出入りはなかった。ついでに工廠全体を総ざらいして怪しい通路や抜け道がないか徹底して捜索したがそれも無かったよ」

「となれば――」

「そうだ。軍関係者の何者かが意図的に持ち出した可能性がある」


 マティアスがハッキリうなずいた。裏切り者、というわけか。まあそうだろうな。

 言っても軍工廠の警備は厳重だ。最新式の警備魔装具を惜しみもなく投入していて、外部からの侵入は難しい。だが身内である軍関係者、それも階級持ちならば話は変わってくる。ある程度権限がある将校が持ち出し、或いは手引をした可能性の方が高いだろう。


「改めて確認するが、お前が見つけたその男の素性は分からないんだな?」

「さっぱりだな。せいぜいB/ブリティッシュ・サクソニアン人だろうってことくらいだ。強いて付け加えるなら、逃げ切れないと分かれば即座に自殺するくらい職務に忠実なプロということくらいか」

「分かった。諜報部が中心に動くだろうが、魔装具開発に関しては私の管轄でもある。私の権限でアーシェたちに動いてもらうこともあると思うが、今は通常職務に当たってくれ」


 事が事だ。普段のおふざけは止めて真面目に敬礼し、マティアスの部屋を出ていく――というところで、そういえば確認しておかねばならんことがあったことを思い出した。


「ミーミルの泉の件はどうだ? 何か情報が入ったか?」

「さっぱりだ」マティアスは首を横に振った。「レベッカにも協力してもらって古い書物を探してはいるが、今のところ収穫は無し。一応お前が先日捕まえてくれた強盗たちも尋問してはみたんだが、それをいつ、誰からもらったのかさっぱり覚えてないようだったな」

「嘘をついている可能性は?」

「ゼロに近いな。嘘探知魔導機でも反応しなかった」


 となると、あのミーミルの泉とやらの効果か、それとも別に記憶を曇らせる魔導でも掛けられていたか。そっちも中々きな臭いな。


「アーシェ、お前の方はどうなんだ?」

「魂のずっと深くまで記憶を探ってみたところ、使えそうな魔導はいくつか見つかった。が、術式全体を構成するにはまだ圧倒的に不足だな。なにより、材料となる素材が不明だ」


 この間、トレヴィノの大聖堂に行った時にも図書室で調べてもみたが、めぼしい収穫は無かった。できれば禁書室の中も調べてみたいんだが……簡単じゃないだろうな。


「そうか。まあ仕方ない。のんびり……したくもないが、気長に調べていこう」


 そうだな。もどかしいが、神のクソ共に中指おっ立てながらじっくり調べるか。

 今度こそマティアスの執務室を出て、頭をスパイの方へと切り替える。技術漏洩の件は間違いなくB/Sの仕業と考えて間違いないだろう。だが証拠がない。だからB/S連中を問い詰めたところでしらばっくれられるのがオチだし、王国としても攻めどころがないな。何らかしら証拠を掴みたいが、さて、スパイを一人失い、王国に警戒されているのが分かっている中でB/Sが動くだろうか。


(――いや、動くだろうな)


 マティアスの話が本当だとすれば真新しい技術は奪われてない。相手にしてみれば成果はないに等しいからな。担当の人間からすれば成果が喉から手が出るほど欲しいはずだ。

 なんとかそのタイミングを察知するか、それともこちらから誘い込むか。どちらが良いだろうか、とうなりながら歩いていると、正面から大きく快活な声が届いてきた。




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