1-10 世話をかけさせてくれるッ!
挑発の言葉は、どうやら堕ちた妖精どもにも届くらしい。一斉に奇声を上げると、奴らが矢継ぎ早に固有魔導を放ってきた。だが。
「その程度、効かんよ!」
連中に対抗して防御魔導に込める魔素を増強。おびただしく目の前で敵の魔導が衝突し淡く発光するが、ただの一撃も貫通することはない。
次はこちらの番だ。魔導で瞬時に肉体を強化。地面を蹴る。私に憎悪を向ける三匹との距離を急速に縮めながら、頭の中にある魔導を引っ張り出していく。
必要な魔導を統合。高速並列演算開始。終了。発動をスタンバイ。強化された手足にジリジリとした熱を感じながら振り下ろされた敵の腕を払い、相手の脚を軽く蹴り飛ばす。
敵がバランスを崩すも背中の羽を羽ばたかせて宙に浮かぶ。だがそれこそが狙い。背の低い私にとってベストな高さになったその喉元を左腕で掴み上げて。
そして、鼻先に銃口を突きつけた。
「――まず一匹」
パァン、という乾いた音とともに妖精の頭が消し飛ぶ。血肉が飛び散り、飛沫が顔にかかるが程なく光になって消えていくそれをついつい舌で舐めとってしまう。
地面に転がった妖精を見下ろすと食欲が湧いてくる。しかしまあ。
「お楽しみタイムは掃除を終えてからだな」
つぶやきながら背後から迫った魔導を裏拳で弾き飛ばし、つかみかかってきた一匹を宙返りで避ける。そのまま天井に着地し、天地がひっくり返った状態で両腕を左右に広げた。
この身に内包する魂、そして魔導方程式を通じて世界へ干渉。普段の魔導とは全く違う感覚が体を駆け抜けていく。世界から吸い上げたとてつもない量の魔素が体を巡り、瞳に熱が宿っていくのを感じてその高揚感につい笑いがこぼれた。
「■■■っ……!」
妖精どもの顔色が変わっていくのを私の金色(・・)に変化した瞳が捉えた。この街で誰とケンカしてるのか、自らの愚かしさをどうやらようやく察したらしいな。
魔素で満たされ、全身が熱を持つ。首元から体に浮かび上がった魔法陣が覗き、青白い光が暗い下水道を仄かに照らしていく。右腕のライフル、そして自ら展開した魔導が左右で光をまとう。迷わず私は力を解き放った。
魔導銃からは通常の威力を遥かに超えた魔導が放たれ、ただの一撃で妖精の土手っ腹に大きな孔を穿つ。左腕から放たれた魔導は妖精の上半身を飲み込み、目もくらむ閃光が収まった後には見事なまでのロースト妖精が残っていた。焼きすぎて焦げ臭そうだな。ま、放っとけばちょうどいい食べ頃に回復するだろ。
そして残りは――
「逃さんと言っただろうがっ!」
一匹、白いマントを着た奴だけは私に見向きもせず逃げ出していた。他の奴みたいに気概を見せてほしいものだ。が、選択としては正しい。もっとも、結末は同じだがな。
地面を蹴り、飛行魔導を重ねがけして加速。一瞬で距離を詰め、右に折れて逃亡していく敵のマントに手が届きそうになったその時だ。
「むっ……!」
角へと消える直前、突如敵が振り返って何かを放り投げてきた。防御魔導を展開しながら振り払った瞬間にそれが弾け、視界が煙幕に包まれて真っ白になる。
まったく、どこでこんな魔装具を拾ったんだか。コイツを使うだけの知性が残っていたのは驚きだが、この程度で足止めできると思ったか。
急制動を掛け、壁を強かに蹴り上げて無理やり右へ曲がる。そして渦巻く煙の中を突っ切れば――白いマントを再び見つけた。
「■■■ぁっ……!」
頭を掴み、首元に喰らいつく。そのまま肉を喰いちぎってやれば、力を失った肉体が地面に転がり、おびただしい血を垂れ流しながら白目を向いて、やがて動かなくなった。
手間かけさせやがって。そううそぶいて口の肉を飲み込む。と、ふと違和感を覚えた。
「……味が変だな」
妖精種はもうちょっと美味かったはずなんだが。素材のそのままで十分美味いはずなのに、北の島国の特産品(マーマイト)でも大量にぶっかけられた気分だ。まあ、たまにはこういうハズレもあるのかもな。
これで四匹。しまった、予定より多く狩ってしまったな。まあいいか。白マントの妖精種を引きずってアレクセイたちの所に戻れば、ちょうど最後の妖精が足元に転がってきた。
「目標、撃退を確認」
「おっ、隊長。こっちは終わったぜ」
転がった一匹は体を蜂の巣にされていて、生きてはいるが当分動くことはないだろう。アレクセイたちの姿を見ればかすり傷もないようで少し安心した。
今回はうまくいったが、妖精だって人間を超越した存在だ。私ならともかく、アレクセイたち人間であれば容易に命を刈り取られかねん相手だからな。無事であることにホッとするのと同時に、こうして任務に付き合ってくれる二人にも感謝せねばな、と改めて思う。
「これで全部だな?」
「ああ、間違いねぇ」
カミルがうなずきながら腰のポーチからレーダーを取り出し視線を落とした。
その途端、顔色が一気に変わった。
「おい、全部で五体だったよなっ!? こっから離れていってるやつが一匹いるぞっ!」
「なんだとっ!?」
転がっている妖精を数える。確かに一匹いない。腹に穴を開けた奴か。まだ動けたのか、それとも思った以上に回復が早かったのか知らんが、クソ、どこに逃げやがった。
「中尉っ!」
アレクセイに呼ばれて走っていくと、そこには細い通路があった。数メートルだけ奥へ踏み込んで見上げれば、マンホールらしい物がズレて夜空が覗いていた。
「ここから逃げちまったみてぇだな……」
ちっ。煙幕で邪魔されてたとはいえ失態だ。まぁいい、焦るな。まだそこまで遠くには逃げてないはずだ。息を一度吸って整える。
「私とアレクセイで逃げた奴を追いかける! カミルは転がってる連中を拘束の上、監視して別命あるまでこの場で待機! 復活しそうなら遠慮なく銃をぶっ放して構わん!」
指示を飛ばしながら地上へのハシゴを駆け上り、半分空いたマンホールに苛立ちをぶつける。星空めがけて変形した鉄の塊が飛んでいって、孔から顔を出せばそこは、いつもはバスや荷馬車が行き交う大通りだった。
「ここは……東の五番街ですな」
深夜なのが幸いだな。人通りはないから、通りがかりが襲われる心配は小さいか。
「私が先行するッ! 貴様は地上から追いかけろッ!」
「承知しました!」
敬礼するアレクセイを横目に見ながら、私は初春の夜空へと舞い上がった。
「まったく……世話をかけさせてくれるッ!」
自らへの腹立たしさに脚を殴りつける。誰も襲ってくれるなよ。そう願いながら探査魔導に反応した方向へ全速力で飛ぶ。そして。
「見つけ、たっ……!?」
遠くのその姿に私は絶句した。まさに、妖精が誰かへ襲いかかろうとしていた。
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