1-8 『ミーミルの泉』というらしいな



 肩に大きな荷物を抱えて地面に着地すると、期待どおりアレクセイたちは無事に犯人たちを制圧してくれていた。見た限り隊員たちに怪我はなく、ノアが付き添っている人質の女も無事。心配はさほどしていなかったが、さすがだな。ま、隊員のほとんどは私とクソみたいな戦場で過ごした奴らだ。これくらい出来なきゃとっくにあの世ヴァルハラクソどもにこき使われてただろうから、そう考えるとこの程度で褒めるのは逆に失礼かもしれん。


「中尉。おかえりなさい。そちらは?」

「今回の主犯だ。貴様らと仲間を遊ばせてる間に上の金庫を物色していた」


 アレクセイに肩に担いだ男を投げ渡す。まあおそらくは真の主犯は他にいるだろうがな。コイツの身元はまだ不明だが、武装といい軍でも試用してない魔装具を持っていたことといい、バックにはそれなりの人物が居そうだ。


「ランカスター共和国、あるいは神聖ロマーナでしょうか?」

「私としては何処かの成金収集家じゃないかと思ってるがな。共和国も皇国も、さすがに火種がくすぶっている現状でこんな馬鹿げたことをするほど頭のネジも外れちゃいまい」


 戦場は私にとって馴染み深い場所だが、それでも戦争は御免だ。戦争で死ぬのはクソみたいにマズイ、まだ魂が腐りかけもしていないまともな人間ばかりだからな。そんな連中の魂なぞ喰いたくもない。


「それはそれとして、ご苦労だったな、アレクセイ」

「責務を果たせて安心しております。とはいえ、今回は少々肝が冷えました。まさか、あのような連中がバズーカまで準備しているとは思ってもみませんでした」


 なんだと? あの阿呆ども、そんなものまで準備してたのか。それはさすがに想定外だったな。これは反省せねばならん。


「私もです、中尉。戦場から離れ、危機感知が少々鈍ってしまったようです」

「平和は望ましいが、その分我々のような人種の魂さえも腐らせていく。肝心な時に役立たずにならぬよう肝に銘じておきたいものだ」

「はい。今回はトリベール特技兵に助けられました」


 ほう、そうなのか。聞けばアイツがノアの救出に狙撃の援護にと大活躍だったらしい。実戦経験も無いだろうに、中々肝が座っているようだな。


「そのトリベールはどこに?」

「詰所の隊員を呼びに行かせました。以後そのまま詰所で待機するよう伝えてます」

「そうか。なら、すまないがこの後、トリベール特技兵の上官の連絡先を調べてくれ」


 先程のノアじゃないが、さぞ恥ずかしさで小さくなるくらい上官相手に褒めちぎってやる。それで借りは無しだ。ま、ニーナにしてみれば「貸し」などと考えてはないだろうが。

 さて、と。大きく背伸びをし、懐中時計で時刻を確認する。もうすでに十時半を過ぎていた。事件の後処理を考えれば昼飯は完全に抜きだ。クソが。


「お疲れのところ恐縮ですが、中尉。お耳に入れて頂きたいことが」

「なんだ、どうした?」

「戦闘中に犯人の一人が何かを経口摂取しました。その直後に体内の魔素量が急増した模様です」

「……ふむ、確かに気になる話だな。それは間違いないか?」

「我々は魔素を直接観測できないので伝聞ですが、トリベール特技兵がそう漏らしていました。事実、摂取後に一人でバズーカを発射しています。魔素タンクの補助も無しに」


 むう、違法な強化薬でも使ったか。犯人共を見遣れば、一人ゲロまみれで気を失っている。アイツか。戦場なら拷問させてでも情報を吐き出させるところだが、今は平時だし、胃の中身はともかく正しく情報をゲロするとも限らん。ここは手っ取り早くいくか。


「ノア、三階で職員が盗難物の照会をしているから手伝いに行け。カミルはこっちに来い」


 理由をつけてノアを遠ざけ、カミルを呼ぶとすぐにアレクセイと巨漢二人組で周囲に壁を作ってくれた。付き合いが長いおかげで二人とも察しが良い。外から私が見えない事を確認すると私は――男の首筋に噛みついた。

 男の皮膚が破れ、血がにじむ。硬い肉を舌が撫で、口の中に鉄臭い味美味が広がっていって思わず表情が緩む。悪人の魂はやはり美味い……んだが妙なエグみがあるな。せっかくの美味が台無しだ。まあいい。さらに肉をほんの僅かだけ歯先で削り取る。すると魂に絡みついた悪党独特の味と悪臭風味、それとコイツの記憶の断片が私の中へと染み込んでいった。


「どうです、中尉?」

「ふむ……『ミーミルの泉』というらしいな、コイツが飲んだというものは」


 だが単語意外の情報はよく分からん。このミーミルの泉とやらのせいか、記憶がぶっ飛んでしまっているし、いつ何処で誰からもらったかという情報も壊れてしまっている。肉体ごと魂を喰らってしまえばもう少し分かるかもしれんが、さすがにそういうわけにもいかんしな。今はこれくらいが限界か。


「ミーミルの泉、ねぇ……聞いたことねぇな。薬物か何か、か?」

「かもしれんな。一応マティアスに情報を上げておくか。カミル、後で摂取直後のコイツの状況だけ別の報告書にまとめておいてくれ」


 似た単語が無いか、後で私の内にある魂(ライブラリ)に検索を掛けてみるか。まあ新種の薬物とかなら引っかかることはなさそうだが。

 立ち上がって口元の血を拭う。さて、まもなく本部からも応援が来るだろうし、連中に引き継ぐまで職務に励むとするか。

 と思ったんだが。


「ども、ご無沙汰ッス」


 背後から突然気安く声が掛けられた。ため息混じりに振り向くと、白装束の男がいた。今の今までまったく気配を感じさせていなかったが、私もアレクセイたちも特別驚きもしない。少々心臓に悪いがこいつの趣味の悪さはいつものことだからな。


「ご無沙汰でもないだろうが、アレッサンドロ。たまには堂々と近寄ってみたらどうだ?」

「やだなぁ、アーシェさん。そんなことしても追い返す気満々のくせに」


 背後に立った男――アレッサンドロ・トーニはヘラヘラと笑った。

真っ白な神父服に首にかけたストラ。胸元には十字のロザリオ。明らかにこの場にふさわしくない服装だが、それを咎める人間は誰一人いない。それは別に、コイツを周りの人間が見慣れているわけでもなければ、文句を言わせないほど権力を持っているわけではない。ただただはた迷惑なことに、にここに立っている。そのくらいコイツの隠密に関する能力は図抜けている。


「当たり前だろうが。今の私は『教会』のシスターじゃなくて、ヘルヴェティアの軍人だ。そしてここは事件現場。貴様みたいな連中に来られちゃ迷惑なんだよ」

「でしょ? ならこっそり来るしかないじゃないですか」


 悪びれずケタケタと笑って、アレッサンドロは被ったストラを揺らした。

 コイツの所属はいわゆる「教会」。より正しく言えば「聖教会」か。私も一応は所属しているそれは、神聖ロマーナの教皇をトップとする宗教組織だ。シュオーゼ大陸全土に信者を抱える一大宗教で、一応政治上の組織と宗教上の組織は分離されているが、そんなお題目を信じてるのは敬虔な信者と無垢な赤ん坊くらいなもんだ。で、その教会様が何の用だ?


「いつものッス。ここ王都で『ミスティック』が確認されたんで排除をお願いしたいッス」


 ミスティック。簡単に解釈するなら「神秘側存在」と言えば良いだろうかね。いわゆる妖精、吸血鬼、エルフがメジャーで、この世界ではそういった神秘側の存在は珍しくない。

 時に畏怖し、時に殺し合い、時に敬意を払いながらつい百年前くらいまでは当たり前のように人間と共存してたんだが、悲しいかな、科学と魔導の発展に伴って今や彼らに対する敬意は薄れ、なによりどこぞの神(クソ)が「我以外の神秘は不要」という傲慢極まりない啓示を示しやがったせいで、排斥される立場になってしまった。

 そしてこのご意向を汲んで「神秘狩り」を率先しているのがまさにこの「聖教会」の連中だ。神以外の神秘は排斥すべし。そう声高に叫んでいろんな場所で日々熱心に「神秘狩り」をして神への臣従を示している。一応はアレッサンドロもそうした連中の一人であり、私も教会に属している以上、要請があればその神秘狩りに参加せねばならん。


「分かった。どのみちマティアスからも言われているからな。念のため言っとくが――」

「大丈夫ですって。聖教会(ウチ)は口を出しませんよ。アーシェさんに嫌われたくないッスから」


 一方で王国は数少ないミスティックに寛容な国だ。聖教会が我が物顔で神秘狩りなんぞしようものなら光の速さで政治問題になる。とはいえ、ミスティックには王国側も対処は必要。そこで私の出番というわけだ。

 話は少々複雑なのだが、まず当然ながら魂喰いたる私は排斥対象だ。今だって私のことを知る教会の上層部は、どうやって謀殺するか頭をひねり回しているだろう。しかしながら王国の正規軍人かつマティアス王子と繋がりの深い私を勝手に殺せばそれこそ大問題だ。

 聖教会にとって二律背反な状況。そんな状況で奴らは、私を神聖ロマーナに籍を置く王国軍人というなんとも曖昧な身分とすることで妥協した。そのうえで王都にはびこる、堕ちて人間を害するミスティックを排除する役目を追わせることで、私がクソに忠誠を誓い、ミスティックでありながら人類に与する存在であるという建て付けとすることで排斥対象から外した、というわけだ。クソに忠誠などヘドが出る話だが、仕方あるまい。んで、アレッサンドロはその私の監視役を任されている。まあアレッサンドロ自身ちゃらんぽらんで、こうして私に時々ちょっかい出してくるくらいで監視もしてないので実害は無いのだが。


「でも必要であれば協力しますよ? もちろん個人的に。本国には黙っときますし」

「分かった分かった。手を借りたくなったら声を掛けるさ。だからさっさとどっか行け」


 ケツを一発蹴り飛ばして、シッシッとそこらの犬猫にする仕草で追い払うと、どういうわけかコイツは恍惚の表情を浮かべ、ブルブルっと体を震わせて去っていった。

 ……まあ、なんだ。私は神よりも遥かに寛容だからな。誰がどういう性癖を持っていようが気にしない。私にも同じ性癖を強制されるなら容赦なく喰い殺すが。いや、しかしアイツはそれすら喜びそうな……

 私に肉体を喰われながらエクスタシーを感じるという、なんとも恐ろしい想像が浮かんだところで考えるのを止めた。知らない方がいい世界というものもあるのだ。


「まあ、というわけだ、アレクセイ、カミル。クソッタレの神どもは私たちに時間外業務をご所望だ」

「はぁぁあ……マジか。今晩は久々にステージで演奏するチャンスだったってのによ……」

「残念だったな。私の部下になったのが運のツキというやつだ」

「しゃあねぇ。これも契約ですからね。深夜だろうが何だろうがせいぜい働かせてもらいますよ」


 趣味であるジャズバンドの参加見送りが決定し、カミルが捨て鉢にぼやく。しかたない、そのうち我々の雇い主であるマティアスの金でレストランを貸し切って、朝まで飲み明かすとするか。正当な報酬としてせいぜい巻き上げてやろう。

気を取り直して空を見上げる。青空にはやや欠けた白い月がおぼろげに浮かんでいた。

 さて。思わず舌なめずりしてしまう。


(ああ……)

 

 待ち遠しい。今夜は――どんな味に出会えるんだろうな。





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