1-7 かくれんぼと鬼ごっこは得意なんだ
カミルたちが制圧するより少し時間は遡る。
「ご苦労だったな」
そう告げると、やや小柄な男は金庫室の鍵を開けた壮年の職員を殴り飛ばした。床に倒れる職員を一瞥して鼻で笑い、中に脚を踏み入れる。人が数人は歩き回れるくらい広いそこには美術品や古書などが多数収納されており、正面の棚には多数の現金と宝石類が鎮座している。一際存在感を放つそれを前にして、男は緩む口元を止められなかった。
「くっ……本当にバカな奴らだ。あんなはした金で軍警の足止めしてくれるんだからな」
捨て駒にされてるとも知らず、僅かな金を後生大事に抱えて軍警察とやり合ってくれるのだから実にありがたいことだ。金と宝石を袋にかき入れながら階下の様子を想像すると滑稽で、自然と笑えてきてしまう。
「おっと……これも忘れないようにしなきゃな」
つぶやき、男は並んでいた古書もいくつか袋に詰め込む。そうして意気揚々と入口を振り返ったところで、彼は目を見開いて立ち止まった。
「なるほど、
だが詰めが甘いな。アーシェは金庫入口で腕組みをして嘲笑った。予想外の姿に一瞬男は呆然とした。まさか自分の計画に気づいた奴がいるとは。
軍服を見て一瞬たじろぎ、しかし彼はアーシェの小柄な体躯を認めるとすぐに余裕を取り戻すと、ポケットに入れていた物を迷わず彼女へ叩きつけた。
直後に爆炎魔導が炸裂した。いざという時のために準備しておいた虎の子の魔装具だ。彼自身も爆煙に巻かれて咳き込みながらも、真っ白な視界の中で彼はニヤリと笑った。
「はっ! ガキが正義の味方ごっこなんかするからこうなんだよっ!!」
頭の中で焼け焦げた死体が転がっている光景を思い浮かべ、興奮気味に男は吐き捨てた。
「訂正がある」
しかし現れたのは、汚れ一つなく冷徹な視線を向けるアーシェの姿だった。
「私はこう見えてもガキだという歳ではない。まして一応は正真正銘正義の味方……と言っていいか自信はないが、まあそういう職に就いてるんでな」
そう言って彼女は口に弧を描いた。見かけによらない獰猛さと、見かけ相応の首を傾げる可愛らしい仕草を同居させて彼の瞳を覗き込んで来る。
「伊達に軍の制服を着ているわけではないんだよ」
「ひっ……!」
彼女の瞳を見て彼は気づいた。そこにあったのは、人を人として見ていない冷徹さだ。
化け物だ。彼は直感した。子供の姿をしてはいるが、全くの別物だ。あれは人間じゃない。男の額から脂汗が流れた。湧き上がってくる根源的な恐怖に体が無意識に震えた。
肩に掛けていたマントを男が慌てて被る。すると、その姿が周囲に溶け込んで消えた。
それは開発されたばかりの特殊な魔導が組み込まれた最新魔装具だ。立ち止まって目を凝らしても容易に分からない程に持ち主を周囲の景色に溶け込ませるそれの中で、彼は震えながらもほくそ笑んだ。これなら自分が何処にいるか分かるまい。
男は息を殺してアーシェの脇を通り抜けようとした。しかし――
「みぃつけた」
おどけた声を響かせてアーシェの手が男へと伸び、力任せにマントを引きちぎちぎる。途端にマントの魔導が効果を失い、畏怖に満ちた男の顔が露わになった。
「残念ながらかくれんぼと鬼ごっこは得意なんだ。特に――鬼の役目はな」
舌なめずりをしたアーシェに、男は悲鳴を上げた。即座に義足の魔導を発動させると、彼女の手を振り切り全力で窓の外へ飛び出していく。しかし。
「言っただろう? 追いかけるのは得意だと」
男のすぐ耳元でアーシェの囁きが響いた。振り向きたくない。だが恐怖の誘惑に負けて振り向けば、鋭い犬歯を見せたアーシェがすぐ横にいて大きな目で男を覗き込んでいた。
再び金切り声を上がりかけたその直前に、アーシェの拳が腹に突き刺さった。男の口から短く苦悶が漏れ、意識を失う。ぐったりとした体を細い腕で受け止めると、彼女は足元の部下と犯人たち、それと湧き上がる黒煙を眺めて大きくため息をついた。
「まったく……ずいぶんと派手に暴れてくれたものだ」
おかげで事後処理を考えると頭が痛い。本日の昼飯は抜きだが仕事は仕事だ。彼女は気を取り直すと銀行へ戻って男を適当に放り捨て、倒れていた職員を抱き起こした。
「おい、大丈夫か?」
「う……は、い。何とか……あの、軍警察の方でしょうか?」
「そうだ。こう見えても正真正銘の軍人だよ」
初見でまず信じてはもらえないことは重々彼女も理解している。なので先回りして身分証を提示し、それ以上の疑問を抱かせないよう犯人が持っていた袋を職員に放り投げた。
「盗まれそうになった物が全部入っているか、確認を頼む」
「かしこまりました。しかし……少々骨が折れそうですね」
犯人が魔装具を使ったおかげで金庫室内はめちゃくちゃになっていた。炎の範囲は狭かったために直接の被害は小さいが、荒れ狂った爆風のせいで美術品などがあちこちに転がってしまっていた。
「文句ならそこで寝ている阿呆に言ってくれ。しかし……損害額がひどそうだな」
「……いえ、見た限りですが宝石類は大きなキズもありませんし、美術品や本は多少の修繕でなんとかなるでしょう。それに、本当に貴重な物は別に保管されておりますので」
聞けば、値がつけられない様な物は地下金庫で何重にもセキュリティが掛けられた上で保管されており、かつ解除できるのが誰かはこの壮年の職員も知らないらしい。
「厳重な事だ。ところで、犯人が盗もうとしていたその本には何が書かれてるんだ?」
「こちらですか?」職員は棚に戻そうとしていた手を止めた。「古い魔導書のようですね。なにぶん古いので貴重ではあるのですが、今となってはそう珍しい物は記載されていないと聞いています」
職員に手渡されてアーシェはパラパラとめくってみる。確かに記載されている術式や魔法陣は古臭く、最近の物の方が洗練されていそうだった。
「感謝する。それでは私は下に降りる。どうやら部下たちも仕事を終えたらしいからな」
外で鳴り響いていた銃声などがいつのまにか聞こえなくなっていた。アーシェは「確認結果を後で教えてくれ」と言い残すと、床で伸びている犯人を担ぎ上げて窓から飛び降りていったのだった。
Moving away――
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