1-6 確保完了っと

――Bystander


 飛行魔導を行使して銀行の三階窓に入っていくアーシェを見送ると、アレクセイは再び視線を犯人たちへと戻した。

 建物の入口には犯人三人と人質が一人。アレクセイたちと犯人たち、双方が銃口を向けたまま状況は膠着。数の上ではアレクセイたちの方が有利だが、相手は人質を取っている。うかつな行動はできなかった。

 動きが消えたことで逆に緊張が周囲一帯に張り詰める。着任早々緊迫した事態に遭遇したノアの背にはおびただしい汗が流れていた。


「カミル」

「ちゃんと広域防御魔導も展開したぜ、旦那。目の前の建物を除きゃあ少々連中が暴れたって周りに被害は出ねぇよ」カミルはアレクセイに近づく。「どうする? 狙撃か?」

「そのつもりだ。初撃は私が行う。カミルたちは人質の救出と制圧を頼む」


 了解、とカミルが応じて離れていくと、アレクセイは狙撃用スコープを覗き込んだ。だが彼が狙いを定める前に、スコープの中で敵の銃口がきらめいた。


「ちっ……しゃらくせぇッッッ!!」


 状況にしびれを切らした、サングラスの犯人が魔導銃を放った。爆裂魔導が轟音と共に発射され、白い閃光がアレクセイたちへと迫ってくる。


「防御魔導展開っ!」


 防御系を得意とするカミルが即座に魔導を展開した。現れた不可視の障壁が敵の攻撃を防ぎ、なおも炸裂した熱と暴風が圧力となって押し込んでくるが、カミルは眉間にシワを寄せて障壁に魔素を注ぎ耐えていく。


「ちっ……お古でもやっぱ軍用品はきっついぜ!」


 あくまでアレクセイたち隊員の装備は、街中での使用を想定した悪漢鎮圧用の通常装備に過ぎない。軍用の武装など想定しておらず、カミルだからこそ防御魔導で防げているが、補助魔導具も無くこのまま何十発も食らい続ければやがて突き破られる。初撃が全く通じなかったのはあくまでアーシェが規格外だからだ。

 このままではカミルの負担が大きい。そう判断し、アレクセイは即座に受けから回避へと対応の変更を隊員に命令した。

 回避しながらも隊員たちも反撃をする。アレクセイもそこら中で炸裂する魔導の合間を縫って照準器を覗き込む。しかしすぐに気づいた敵の魔導が飛来し、狙いを絞れない。


「へっ! 不良品かと思ったが、結構使えんじゃねぇか、コイツぁよぉッ!!」

「けどどうやってこっから逃げ出すんだ!? ボヤボヤしてると応援呼ばれちまうぜ!?」

「なら――コイツを使ってみるとするか!」


 照準器を覗き込むアレクセイの目に、犯人たちが何かを取り出すのが見えた。指先サイズの小さな物で、それを口の中に放り込むとサングラスの男の口元が愉悦に歪んだ。


「え……なに……? 魔素が急に――」

「きた――きたきたきたきたぜぇッッッッ!」


 ニーナのつぶやきが男の喜色に満ちた叫び声でかき消される。そして男が奥から取り出した武器を見て、カミルの顔色が変わった。


「おいおい……なんてものまで準備してんだよ……!」


 男が肩に担いでいたのは大型の銃口――否、砲口だった。

 砲身に刻まれた大きな魔法陣。それが物理的な威圧感を伴っている。常人一人の魔素では到底扱うことさえできないはずのそれをカミルたちに向け、サングラス男は大きく愉悦を浮かべた。


「魔素が……すごい量の魔素がアレに溜まっていってます!」

「ヒャぁッはぁッ!! とっておきのヤツぁくらいなぁッ!!」

「くっ……! 退避しろッッッ!!」


 引き金を引くと同時に、男が後ろの壁に叩きつけられた。凄まじい反動と共に放たれた巨大な白閃が走る。隊の面々が伏せて避けていく中、その射線の先にいたのは――


「逃げろ、ノアっ!!」


 入ったばかりのノア・リッツだった。訓練は受けているものの、実戦は初めて。巨大な迫力に飲まれて思考は働かず、呆然と立ち尽くすばかりとなっていた。


「あ――」


 意識が現実に追いついた時、すでに彼の体は閃光に焼き尽くされようとしていた。

 だが――実際に死に噛み砕かれることはなかった。


「伏せてッ!!」


 彼の眼前で突如金属片が散る。それが魔法陣を形成し、砲撃魔導を受け止めていた。直後に ノアを押し倒すように覆いかぶさったのはニーナだった。折り重なって倒れ、その頭上で凄まじい爆発が起きた。魔法陣が砕け散り、激しい熱と圧力が二人を炙る。だがカミルの展開した防御魔導が余波をなんとか防ぎきった。


「なぁんだとぉッ!? クソ、もう一発だ!」


 サングラス男がもう一度バズーカを肩に担ぎ、魔導を放とうとする。だが構えて魔法陣が一瞬光ったところでその体が傾ぎ、膝を突いた。


「ぐ、ご……ゲホ、ご、おええぇぇぇ……!」


 バズーカを放ったサングラス男が突如苦しみだし、その場で嘔吐を始めた。衝撃に備えて引っ込んでいたモヒカンが男を慌てて引っ張り込むと、再びニーナたちに銃口を向けた。

 それを見てニーナも即応する。義手である左腕がスライドし、中にあった棒状の金属を放り投げる。するとまた魔法陣が空中に浮かび上がり、敵の攻撃を全て防いでいった。


「こっちだノア、嬢ちゃん!」


 カミルの声に、二人は顔を見合わせ走り出した。至近距離を相手の魔導が次々通過する中、カミルの防御魔導にかろうじて守られつつ止まっていた車両の後ろに転がり込んだ。


「か、カミルさん……ぼく、ぼく、い、生きてます……!」

「おう、生きてる生きてる。よく生き延びたな。偉い偉い」


 今更になってようやく恐怖がこみ上げてきたノアが涙目で体を震わせる。カミルがその栗色の髪をガシガシと撫で回して宥め、隣に座り込んだニーナに話しかけた。


「助かったぜ、嬢ちゃん。お手柄だ。しっかしよくあんな軍用の防御魔装具持ってたな。あれか? 特技兵ってのは日頃の携帯まで許可されてんのか?」

「え? あ、あはは……」ニーナはバツが悪そうに頭を掻いた。「私、魔装具を弄るのが好きで、その……実はあれ、家で分解するためにこっそり持ち出してたんです」


 テヘ、とニーナは舌を出した。まさかの告白にカミルはポカン、と口を開けるがすぐに豪快に笑い始めた。


「はっはははっ!! なるほどな、それでウチのルーキーが無事だったんならどうこう言えた義理じゃねぇよな! オーケー、黙っといてやるよ」

「あうぅ……助かります」

「トリベール特技兵」


 近くに止まっていた荷馬車の影からアレクセイがニーナを手招きした。


「助力を願いたい。君は他にどんな魔装具を持っている?」

「えっと、後は……閃光の魔装具が二セット、後は風魔導を起こす魔装具だけですね」

「それだけあれば十分だ。魔装具の使用に支障は?」


 魔装具の性能を十全に発揮するには、魔装具に刻まれた魔法陣の理解と十分な魔素が注入済みかが重要になる。それらが欠けていた場合、発動こそするものの威力はずいぶんと劣ることになる。故にアレクセイは問うた。


「大丈夫です。問題はありません」

「重畳だ。では――」


 自信満々のニーナの返事に、アレクセイはカミルとノアを交えて作戦を伝える。二人が離れ、所定の位置についたことを確認するとアレクセイはハンドサインを送った。

 合図を受けニーナが振りかぶって魔装具を上空へと投擲した。

 クルクルと回って破裂し、魔法陣が浮かび上がる。それが軽く光を発すると同時に西から東へと猛烈な風が吹き荒れ、砂塵を舞い上げていく。


「くぉ……いったい何だってんだよッッ!?」

「知るかッ!」


 急に叩きつけてきた砂に犯人たちは顔を背けざるを得ず、銃撃が一時的に止んだ。

 その中でアレクセイは一人、冷静にスコープを覗き込んでいた。狙うは人質を取っている、薬物中毒が疑われる男。これまでは敵が魔導を乱射していたのに加え、爆風で風向きが頻繁に変わっていたせいで中々照準を絞れなかった。だが今、ニーナの魔装具のおかげで風は一方向に固定されている。であれば、彼にとっては無風となんら変わりなかった。

 狙撃用に特殊な魔導が刻まれた銃。その先端を固定。風の強さを考慮し、人質を傷つけず、相手だけを無効化する場所へ。銃身の魔法陣が光り始め、そして彼は引き金を引いた。


「……っ、なんだぁ!?」


 アレクセイの一撃で薬物男の義手が砕けた。金属片が散らばり、人質に突きつけていたソードが弾け転がっていく。それを確認したアレクセイは即座に叫んだ。


「トリベール特技兵っ!」


 その声にニーナもすぐに反応した。握っていた魔装具を相手に向かって放り投げる。相手もそれに気づき、ニーナが投げたそれを反射的に撃ち抜いた。

 直後、目がくらむ程に激しい閃光が辺り一帯を白く染め上げた。


「があぁぁぁッッッ……!」


 犯人たちはその光に視力を一瞬で奪われた。何も見えず、ただ目に猛烈な痛みを覚えて地面に転がり、その拍子に人質が犯人たちの手から離れた。女性はすぐに駆けつけたノアによって手を引かれ、その場に伏せる。

 ノアの頭上を次々と魔導の一斉射が襲いかかった。男たちの義手や義足が瞬く間に破壊され、顔を上げるとカミルたちが犯人全員を地面に組み伏せていた。


「確保完了っと」


 薬中男の頭に銃口を突きつけながら、カミルはニッと笑った。拘束魔導で手足を縛り上げ、疲れたとばかりに彼は安堵の息を吐いて頭上を見上げた。

 彼が向けた視線の先。そこには、何者かを抱えて帰還してくるアーシェの姿があった。




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