1-3 早速仕事をしてみせようか
とまあ、そんなこんながあって。
ひとしきり暴れたことで私の溜飲も下がり、ようやく朝の巡回を開始した。コースは予定通り朝市広場方面。せっかくなのでニーナも一緒に連れていくことにした。
本来なら整備兵に巡回業務は無いんだが、ウチに来たのも何かの縁だ。昨年末にこの街に来たと言っていたのでまだ街の連中にも顔を知られてないだろうし、整備兵でも軍人だ。住民と良好な関係を築いておくに越したこともあるまい。
「おかーさん! お兄ちゃんたちどうして真っ黒なの?」
「しっ! 大きな声出さないの!」
とはいえ我々に今向けられているのは、明らかに好奇の視線である。まあそれも無理はあるまい。私の後ろを歩く全員が黒く煤けているうえに、カミルのケツからは未だにプスプスと黒い煙が上がっているからな。顔を知らなきゃ軍警察というよりお笑い集団である。だがこの程度の制裁で済ませた私の心は途方もなく寛大と評価して差し支えないはずだ。
そんな感じで市民たちの生暖かい視線を浴びていると、次第に朝市広場の喧騒が聞こえてきた。出勤途中の段階で十分にぎやかだったが、今目の前にある喧騒はさらに勢いを増していて、喧嘩してるとしか思えんくらい張り上げられた声がそこかしこで行き交っている。実際、店と客、店と店、客と客のケンカも珍しくないしな。
「逸れるなよ、リッツ准尉、トリベール特技兵」
初めてであろう二人に一言声を掛けてから暑苦しい市場へ突入していく。
さて、こういう場に我々みたいな暴力組織の連中がやってくると、普通はモーセよろしく静まり返って人が一斉に離れていくんだが――
「おう、隊長さん。今日も見回りかい? てか、後ろの連中はどうしたんだ?」
「いつもどおり見回りだ、バナル。なぁに、ちょっと朝から私が戯れてやっただけだ。今日は隣の店主とケンカするなよ?」
「おはよう、アーシェちゃん。どうだい、うちの野菜買ってかないかい?」
「おはよう、ジェシカ。今度店の方に買いに伺おう」
「ひひっ、アレクセイ。良い娘っ子がいるんだけど、嫁にどうだい?」
「……遠慮しておきましょう」
「おーい、アーシェ! これでも食いながら見回りしな!」
「ダンケ! アレクセイ、全員に渡せ! リッツ准尉とトリベール特技兵、よその連中には黙っておけよ?」
何故かコイツらは逆に私たちの方に寄ってくるときたもんだ。最後には果物屋のヤーマスが、義手のフックに引っ掛けて人数分のオレンジまで差し出してきたのでありがたく受け取り、後ろの奴らにも配っていく。うん、甘くてうまいな。後でまた買いに来るか。
しかし……どうもコイツら、私を娘や孫と思ってるフシがあるんだよな。一応私の実年齢も教えたはずなんだが。とはいえ、私ももらえるものはもらう主義だし有事の時にはコイツらもなにかと協力してくれる。愛着をもってもらえるのは悪くないことだし、子供扱いは癪だが、円滑な業務のためこれくらいは甘受してやろう。というか、諦めた。
そんなこんなで朝市の見回りを終え、そのまま北街方面へと進んでいく。
と。
「……あの、伍長」
「じゅる……あー、めっちゃ甘ぇ。いくらでも食えんな、こりゃ。んで? 何だ?」
背中越しにノアとカミルのヒソヒソ話が聞こえた。カミル、一人で何個食うつもりだ?
「えっと……その、シェヴェロウスカヤ中尉が本当に隊長……なんですよね?」
「そだぜ。お前だって隊長の襟に付いてた徽章見たろ?」
「それはそうなんですけど、まだ信じられなくって……」
「私もです。あんな……可愛い人が隊長だなんて」
二人の会話にニーナも加わってきた。お前ら、話すのは結構だが隊列は崩すなよ?
「隊長ってもっとこう、見た目からして威厳があるオジサマをイメージしてました」
「あー……ヒゲ生やしてたり、古傷があるようないかにも実戦経験豊富な感じか?」
「そですそです。そんな感じです。だから完っ全に誰かのお子さんだとばかり……」
「さっきの朝市だって、完全に街のマスコット扱いでしたし」
「まー、あの見た目だからな。否定はできねぇ」
どうやら私には聞こえてないと思って本音を話しているようだが、残念ながら私は人より耳が良いんで全て筒抜けだ。付き合いの長いカミルは当然会話が私に筒抜けと気づいてるはずだが、教えてやらんとはアイツも人が悪い。ていうか、そもそも否定しろ。
「だから実態として、実務はゼレンスキー曹長が取り仕切っていて、シェヴェロウスカヤ中尉はその……どこかの貴族のご令嬢かなにかで、諸事情で隊長職と階級をもらってるのかなぁ、なんて……し、失礼ですよね! でも、もしそうならそうでちゃんと事情を理解しておかないと粗相しちゃうかと思いまして……さっき早速やらかしてしまいましたし」
ふむ。要は私のようなちんちくりんのガキが真正に隊長職を務めることができるのか甚だ疑問だというわけだな。どうやら私はまだノアとニーナの信頼は得られていないらしい。
実際のところノアの言うとおり、貴族の子女が箔付けで安全な軍務につく、なんて事例もなくはないし、朝市での光景を見てしまえば百歩譲ってそう思うのも無理ないだろう。失礼なことには変わりないが。
だとして、どうしたものかな。ここでノアのタマを蹴り飛ばして何処か緊張地域の最前線で鍛え直してやってもいいんだが、それは大人気ないというものだ。妙案が無いかと顎に手を当てて思案していると、前方からちょっとしたざわつきが聞こえてきた。
「中尉」
アレクセイを始め他の隊員たちも気づいたようで、雰囲気が切り替わり警戒態勢に移る。ノアとニーナは急変した空気にそろってあたふたしているがとりあえずは無視。
「ドロボーっ!! 泥棒だぁっ!! 誰かそいつを捕まえてくれぇっ!!」
北二番ストリートの商店街にそんな声が響いたかと思うと、狭い路地から男が一人飛び出してきた。ホコリまみれのボロをまとった男で、脚をもつれさせながら姿を現すと通行人の隙間を縫って私たちとは逆方向へと逃げていく。まだまだ通りがにぎわってる時間帯だ。あっという間に人混みへと男が紛れていった。
「泥棒っ!? 急いで追いかけないと――」
ようやく状況を理解したルーキーが勢い込んで追いかけようとする。が。
「まあ、そう焦るな」
「そんなっ! この人混みじゃすぐ見失ってしまいますよっ!!」
子供っぽい見かけに反して――いや、見かけどおりか――正義感は強いのだろう。ノアがにらみつけてくるが、それを制帽の縁を押し上げて受け止めてやる。そしてこちらからもにらみ返してやるとノアは少したじろいだが、どうやら引く気はないらしい。
良い。その熱さは到底私には持ち得ないもので、嫌いじゃあない。若いのだからそれくらいの情熱はあっても良いだろう。私はニヤッと口端を吊り上げてみせた。
「せっかくの機会だ――ここは私が良いところを見せようじゃないか」
「中尉が?」
「ああ。寛容さの化身だと自負してる私だが、さすがにルーキーたちにマスコット扱いされたままじゃあ隊長として示しがつかないからな」
魂を喰らったわけじゃあないが、二人の顔が青ざめてることくらい背中を向けていても分かった。それともう一人。隠れて笑っている意地の悪い先達にもお仕置きが必要だな。
「カミル。貴様には後でケツの穴に爆裂魔導花火を突っ込んでやるから覚悟しておけ」
「んなっ!? 勘弁してくれよ、隊長っ! あれマジで痛いんだって!」
やったことあるんかい。
まあそんなことはどうでもいい。後ろは放っておいて、早速仕事をしてみせようか。
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