1-4 一生、付いていきます


 泥棒騒ぎが終わって再び街の巡回に出発したわけだが、すでに私は仕事を放り出したい衝動に駆られていた。

実力を疑ってたノアとニーナにカッコつけてみせたは良いが、その後に待ってたのはうんざりするような賛辞の嵐。しかも私渾身の人情裁き――ではなく、魔導についてばかりである。


「いや、ホンッッッットーに凄いですよ! 魔装具無しに飛行魔導をあれだけ制御して! しかも魔導の同時展開! 加えて発動までのタイムロスも無しですよっ!!」


 ノアは魔導マニアらしかった。うんたらかんたらとクルクル私の周りをうろつき回りながら聞いてもいない魔導の事をペラペラとしゃべり続けてて、思わず耳を塞ぎたくなる。

 魔導或いは魔導式とも呼ばれるそれは、世界に干渉するために作り出した人間の叡智だ。魔法陣に組み込まれた方程式を演算することで世界の法則を一時的に書き換え、それによって比較的容易に「奇跡」を引き起こす。それら方程式をいかにスマートに魔法陣の中に構成し、素早く解くかが術者の腕の見せどころでもある。

 というのも方程式を解くのは人間の脳、そして魂だからだ。いくら魔導構成が優れて魔法陣そのものの威力が高かろうが魂が扱える魔素が足りなくてもアウトだし、演算能力が足りず発動しなければ無用の産物でしかない。

 で、だ。どうやら我らがルーキー殿は私の魔導にいたく感動してくれやがったらしく、讃え続けるその語彙が枯渇する様子は一向に見えない。さすがは軍大卒の秀才だと妙に感心してしまうが、褒め言葉をひたすらに聞かされ続けるのも拷問だとここに至ってようやく気付かされた。とんだ失態である。


「分かります!? これらがどれだけとんでもないことか! 隊長を見た目だけで判断していた自分が恥ずかしいです! 凄すぎてもう信じられない――」

「あー、分かった、分かったからいい加減その小っ恥ずかしい口上をやめてくれ」


 ……いったいどうしてこうなった。いつにもましてにぎやかに見回りをする私たちを街の奴らが見ては、微笑ましさのこもった生暖かい視線を向けてくるのが痛い。


「良かったじゃねぇか、隊長。また一人信者が増えたぜ」


やかましい。振り向かずとも分かるニタニタ笑いを浮かべてカミルが寄ってきたので、こっそり狙撃用の圧縮空気魔導弾(弱)をケツの穴にぶっこんでやると、悲鳴を上げてタップダンスを踊り始めた。見ろ、隣のアレクセイも無表情で「自業自得だ」と言ってるぞ。


「ところで、ニーナはどこに行った?」

「あれ? さっきまでそこにいたんですけど……」


 まったく、勝手に隊列を離れやがって。まあ、この緊張感の欠けた珍道中を繰り広げている我々が文句を言えた義理ではないが。

ひとまず辺りを見回すと、買い物客から観光客、ファンキーな不良っぽい人間に白装束の妙な格好まで様々だ。その人混みの奥にある路地で、ボケっと突っ立って空を眺めているニーナの姿を見つけたのでため息と共に近づいてそのケツを蹴り上げてやった。


「ひゃいっ!? な、何するんですか、いきなりっ!」

「それはこっちのセリフだ。急にいなくなりやがって。何か珍しい物でも見つけたか?」


 ここらにそんな珍しい物があるとも思えんが。


「いえ……その、何かが頭の上を通っていったんで、なんだろって気になっちゃって」

「鳥とかじゃないのか?」

「んー、たぶん違うと思います。何ていうんだろ……魔素の塊みたいなのを感じましたし。でも見上げても何も無かったんですよね。勘違いだったのかなぁ……?」

「ん? トリベール特技兵。貴様、魔素を感じ取れるのか?」

「え? あ、はい。なんとなくですけど」


 ほう、珍しい。普通の人間に魔素の流れなんて感じることはできんからな。言ってることが本当ならコイツは掘り出し物な人材かもしれん。


「こっちには何があるんです?」

「そっちか? そっちにあるのは王立銀行だな」

「銀行……実は通り過ぎたのって銀行強盗だったりして」

「朝っぱらからか? ハッハッハ、ンなわけあるか」

「そ、そうですよね! そんなわけないですよね!」


 とは言いつつ、妙に嫌な予感がするのは何故だろうな。とりあえず二人してその予感をアッハッハーと笑い飛ばし、さっさと別の場所に移動してしまおうと思ったんだが――


「……なんでこうなった」


 一分後。どういうわけか私は、黒い煙をもうもうと吐き出す建物の前に立っていた。

 断続的に響く爆発音。悪い予感というのは得てして当たるものだが、月曜の朝っぱらからの重大事件に頭を抱えた私を誰が責められるというのか。何も見てないことにしたかったが当然無視するわけにはいかないので、ため息交じりに状況を確認している次第である。

 場所は中央六番街。王国のメインストリートの一つだけあって邪魔な野次馬共もすでに相当な数だ。四階建て建物の正面玄関や窓ガラスは飛び散って跡形もなくなっている。どこぞのイカレポンチ野郎が派手に爆裂魔導をぶっ放したようだが、煙をかき分けて中にいた連中が次々飛び出してきているから、被害は見た目ほど派手ではないのかもしれん。

 が、被害が大きかろうが少なかろうが、巡回の後で計画してた優雅なコーヒータイムもおじゃんだ。クソが。やってられん。がこれも仕事だ。


「どうするよ、隊長? 突っ込むか?」

「そうしたいのは山々だが状況が分からん。とち狂った阿呆を相手にするだけなら捻り潰すだけだが、人質を取ってる可能性もある。まずは状況把握だ。それと、野次馬連中をもっと下がらせろ。迷惑極まりない連中だが一応は守るべき市民だからな。丁重に扱えよ?」

「了解っと。おい、ノア、聞いてたな? 辺り一帯を封鎖するぜ」

「りょ、了解しましたっ!」


 さて。野次馬共はカミルたちに任せておいて、だ。ひとまず様子窺いに窓際にでも近づいてみるか、と思った時だ。

 正面玄関でもう一度爆発が起き、あふれ出した煙の奥から三人ほど飛び出してきた。ファンキーな髪色をしたモヒカン野郎に今どきマフィアでも着ない派手なシャツのグラサン野郎、それといかにも薬をやってそうなイッた目をした野郎。どこにでもいてもらっちゃ困るがどこにでも一人はいそうな風体の若造三人組だ。

 そいつらが季節外れのサンタよろしく肩に大きな袋を担いでいた。たぶんたんまりと現金を詰め込んでるようで、顔のニヤつきが抑えられてない。だが銀行前で待ち構えている軍服姿の我々を見て表情が固まった。そりゃそうだろうな。


「クソがッ!! なんでもう軍警察が来てやがるんだよッ!?」

「知るかよッ! あの野郎の立てた計画がザルだったってことだろうがッ!」

「ひぇっひぇっひぇっ……! 何だっていいさぁ……金が手に入って、ついでに人間を斬れるんならなぁっ!!」

「あー、軍警察の眼の前で強盗に入った間抜けな諸君。一応伝えておいてやる。無駄な抵抗をしなければ――」

「ちっ、こうなったら構わねぇッ! おい、やっちまうぞッ!!」


 せっかく人が優しく穏便に投降を促してやったのに、どうやら連中についてる耳は単なる飾りらしい。が、耳は飾りだとしても手や脚の装備は無視できん。

どこから手に入れたのか、連中の手足はかつての軍用制式品である武装義手や義足になっていて、銃口をこちらに向けていた。おまけにラリってる奴の義手には結構な刃渡りのソードがついていて、これみよがしにブンブンと素振りをしてやがる。クソが。これだからバカは嫌いなんだ。話し合いってものを知らない野蛮人どもめ。


「撃てぇッッッ!!」

「ひぃぃッ!」

「下がってろ」


 ニーナとノアを後ろに下がらせると同時に、連中が一斉に射撃を開始した。おびただしい数の魔導が迫ってくるうえに、元は軍用品だから一発一発が破壊力十分な威力だ。少なくとも街中でぶっ放していいもんじゃない。

 だがその程度だ。たいした話じゃない。

 すでに時間認識と空間認識拡張の魔導を適用済み。実際には高速で迫っているはずだが、私には亀の方が速いくらいゆっくりとして見える。さらに脳裏から防御魔導方程式を引っ張ってきて、高速並列演算を開始。即、完了。

 胸の奥が熱を持ち、服の下で微かに光を発して消える。右手を横薙ぎに一振りすれば、連中がぶっ放した魔導が防御魔導に着弾して音と煙を派手巻き散らかす。だが、破るには到底至らない。

ふん、やはり素人だな。魔素の伝導性も低いし演算理解力も悪い。武器の性能が泣いているぞ。使うならもうちょっと勉強して出直してこい。


「ちっ、マジかよ……!」

「おいっ! 高火力の武器じゃ無かったのかよっ!?」


 いやいやいや、武器の性能は十分なんだぞ? 現在の軍の制式品と比べても遜色ないからな。この場合、貴様らがボンクラなのと相手が悪かったということだ。

 お返しとして一発魔導を打ち返してやると、モヒカン野郎のトレードマークがすっぱりと切り取られ、マヌケな悲鳴を上げて慌てて陰へと引っ込んだ。

 さて、そろそろ店じまいと行こうか、と一歩踏み出したんだが。


「近づくなよ! コイツがどうなってもいいならなっ!」


 グラサン野郎が叫びながら人質の女を引っ張り出して、見せつけるように銃口を頭に押し付けた。追い詰められればそうするわな。私としてもそこは織り込み済みなので慌てることはない。非常に面倒ではあるが。


「ニーナ」


 私が呼ぶと、アレクセイの後ろに引っ込んでいたニーナがおずおずと寄ってくる。


「さっきお前の頭の上を通っていった奴というのはあの連中か?」

「んー……姿を直接見たわけじゃないのでハッキリ分からないんですけど、たぶん違うと思います。もっと小さくて、一人分くらいのサイズだった気がします」


 ふむ。朝っぱらの時間帯といい、それも我々が近くを警らしているタイミングで押し入ったことといい、強盗を働くにしてはなんともお粗末だ。それにどう見ても連中、真面目に強盗を計画するだけのオツムは無さそうだしな。にもかかわらず、武器も過去の物とはいえ軍の制式品を準備していることを考えれば、もうちょっと頭が回る奴がいそうだ。

建物の上層を見上げる。一階の窓は粉々で二階は締め切られている。が、三階の窓は開きっぱなし。それを認めると私はアレクセイを呼んだ。


「曹長、しばらくここの指揮を貴様に任せる」

「了解致しました。中尉はどちらへ?」

「なに」思わず皮肉げな笑いがこみ上げた。「忍び込んだネズミの顔を拝んでくるだけだ」





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