1-2 総員退避ィィィィッッ!!

 

 さて、我らがルーキーの歓待が終わり、隊員たちも一通り出勤してきたところで早速のお仕事である。


「それではまず、朝の巡回を行う。当番の者は通常装備で五分後に集合すること」


 十三警備隊の警ら対象は首都北東部の一角。コースはいろいろだが、せっかくノアが入隊したわけでもあるし、本日は紹介も兼ねて名物である朝市を巡るコースに決めた。

 街を見回るのは、私を含め総勢六人。残り四人は詰所での業務で、そこらはローテーションだ。さらにもう一人魔装具の整備担当がいて、いつもどおりなら怪しいジジイがのんびり部屋で装備の整備を行っている、はずである。腰を痛めてなければな。


「カミル、ヘルマンのジジイは出勤してたか?」

「いや、今日は休みだって言ってたな。腰が痛くて歩くのもやっとなんだと」


 そうか。まあ、いい歳ではあるからな。そろそろ引退も考えてるとも言ってたし、敬老精神あふれる私としては、ゆっくり養生してろとしか言えないな。

 とはいえ、だ。ジジイも他の部隊と掛け持ちだし、いい加減専属の整備担当者が欲しいところだ。散々マティアス王子兼准将殿にもせがんではいるんだが、魔装具を扱える人間は軍でも街でも引く手数多。民間人を気安く雇用するわけにもいかんし、悩ましい話だ。


「一応代わりの人間を寄越すとは言ってたぜ?」


 カミルの言葉を受けて奥にある整備室の扉を蹴り開けてみる。が、乱雑に工具が散らばっているだけだ。


「ふむ、誰も来てないが?」

「んなこと俺に言われたって知らねぇよ」


 となると、来るはずの誰かに連絡がキチンと伝わってないか、あるいは道に迷ったか。まあいい。今すぐに整備が必要なわけでもないし、巡回に行ってる間にでも来るだろう、と私も各種装備を身に着けて詰所から出る。すると、遠くに何かが見えた。


「なんだ?」


 目をこらせば、まっすぐ近づいてくるそれは小さな人影だった。

 仮にもここは軍警察の施設。頭のネジがぶっ飛んだ阿呆が突撃してくる、なんて事件もゼロではないので、優秀なアレクセイたちは私が何も言わずとも自分たちから魔導銃を構えた。私の合図があればいつでも攻撃が可能な状態である。

 さて、鬼が出るか蛇が出るか、と様子を窺っていたわけなんだが、隊員のトマスが「あれは……ひょっとして」とつぶやいた。


「知り合いか?」

「はい、一応知った顔ではあります。何度か工廠の入口で会話を」


 ふむ。であれば警戒しなくても良いか。アレクセイたちに警戒解除の合図をすると、砂埃を上げて爆走するそいつの姿が程なくハッキリしてきた。


「ひぃーん……! またやっちゃったよぉぉぉぉぉぉぉぉっっっっ!!」


 泣き言にドップラー効果を掛けながらやってきたのは、長い金髪の女だった。明らかに寝癖のついた髪を振り乱し、格好は軍用のパンツに頑丈なブーツ、それと黒いタンクトップ一枚。まだ春になったばかりの王国の朝でずいぶんとファンキーな格好だな。


「げ……!」


 妙な感心をしていると、総出で出迎える我々を見た女の顔がひきつって、それに気を取られたか道路の段差に蹴躓いて勢いよく空中へとダイブ。そのままゴロゴロと地面を転がって、最後は見事な顔面スライディングでフィニッシュ。ピタリと私の足元で止まったところで、トマスが盛大にため息をついた。


「来るはずの整備員が遅刻してると聞いた時点でなんとなくそうじゃないかと思ってたが……やはり君か。トリベール一等特技兵」

「と、トマスさん……あ、あはははは……またやっちゃいました~」


 ニヘラ、と女――トリベール特技兵は鼻血と砂埃で汚れた顔を上げて頭を掻いた。懐中時計を取り出してみれば。時刻は八時半。始業は八時だから完全に遅刻だな。


「私が言うのも筋違いかもしれないが、いい加減その遅刻癖は治した方が良いと思うぞ? この間も減給処分を受けたんじゃなかったか?」

「いや~、分かってはいるんですけどぉ。どうしてもついつい興が乗っちゃって……」


 どうやら常習犯らしいが、懲りてなさそうだな。

 しかし特技兵、か。トマスに手を引き起こされているトリベールを見て少し思考に耽る。

 特技兵というのは兵種の一つで、王国軍じゃ特に工廠や戦場で魔装具の取り扱いを専門にしている兵士のことを指す。魔装具は魔導の演算結果が予めメモリされてる物の総称で、基本的に魔素さえ溜めておけば誰が使っても同じような効果が発揮できるという便利グッズだ。世の大半は保持している魔素量が少なくて魔導をロクに使えないが、魔装具ならば誰でも関係なく使える。そのため、今じゃ生活の一部にまでなってる。

 んで、重宝されるのは軍でも例外じゃない。なにせ魔装具を使えば魔導を使えない一般人でも立派な兵士にできるからな。直接的な戦闘用から間接支援用まで幅広いラインナップかつ、開発から製造、修理まで手広くやってるもんだから、基本的に人手は足りてない。おかげでウチはいつまで経ってもヘルマンに頼りっぱなしというわけなんだが。


(この若さで一等特技兵か……一端以上の腕を持っているってことだな)


 遅刻常習犯とはいえ、ぜひともウチに欲しいものだ。

 さて、どう隊へ引き入れるかな。頭を捻っていると、目の前にニュッと女の顔が差し込まれた。思わずのけぞってしまったが、トリベールは構わず私をじっと覗き込んでくる。

 そばかすの乗った彼女の顔はまだ幼さがあり、おそらくは二〇前後。金色の長い髪を一房に編み込んでいて、私をまじまじと覗き込む瞳はこの地域にしては珍しい黒色。だが単なる黒ではなく不思議な色彩を湛えていて、まるで全てを見透かすようでもあった。


(こいつ……まさか)


 「魂喰い」たる私の正体に気づいたのか。そんな考えが過ぎって身構えたその時。

 気づけば、トリベールの手が私に向かって伸びてきていた。


(しまった……!)


 単なる遅刻女だと思って油断した。飛び退き、制帽が落ちる。だが反応は間に合わず、トリベールの左手が――私の頭の上にポンッと乗った。


「えへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへ……」


 恐る恐る見上げれば、トリベールの頬がだらしなく緩みきっていた。


「なんですか、この可愛い子はっ!! どなたのお子さんですっ!? 今度抱きしめにお邪魔していいですかっ!? むしろお持ち帰りしてもいいですかっ!? いいですよねっ!?」


 よだれを垂らしながら目をキラキラさせ、鼻息荒く私を誘拐する許可を要求し始めた。その間にもコイツの手は止まることなく私の髪を高速ナデナデし続けている。もうまもなく摩擦で火が点くんじゃないだろうか。

 しかし……どうやら本当に私の頭を撫でることだけが目的で他意はないらしい。

 そうかそうか、なら良かった。……って、そんなわけあるか。


「く、くっくく……」


 一日で、しかも小一時間の間に二度も同じ扱いをされるのは初めてだよ。

 振り向けば隊員共が一斉に私に背を向けた。が、どんな反応をしているかはコイツらの小刻みに震えている肩を見れば容易に推測ができる。その上カミルに至っては隠す気もないらしく笑い声を盛大に漏らしている。ノアはノアでちょっと前の自分を見ている気分だからか、引きつった笑い声を上げていた。ならせめてアレクセイだけは、と期待と共に探せば、いつもの冷静冷徹な顔で虚空を見つめている。が、その口端が小さく震えていた。

 そうかそうか。お前らの気持ちはよく分かったよ。


「えへへへへ、はじめまして。私、ニーナ・トリベールっていうの。去年ノイシャテル……って分かるかなぁ? ここから西の方にある街からやってきたんだ。よろしくね」


 ニーナは相変わらず私の頭を撫で続けているが、隊員で唯一私の顔を見れる位置にいるトマスが大きな体を震わせた。


「あ、あのだな、トリベール一等特技兵」

「はい! なんですか! あ、ひょっとしてこの子、トマスさんのお子さんですか!? ならぜひ今度プライベートで遊びに――」

「いや、残念ながらそうではないんだ。もちろん可愛らしい御方ではあるんだが……」


 トマスが震える指先で左胸の辺りを叩くとニーナは不思議そうに首を傾げつつ視線を私の顔から左胸へと下げていく。

 そうして目線が階級章に届いたところでピシリ、と固まった。


「ち、中尉(ちうい)……?」

「よろしく、ニーナ・トリベール一等特技兵殿(・)。アーシェ・シェヴェロウスカヤ中尉だ。いやはや、貴君のような兵に頭を撫でてもらえるとは光栄だよ」


 たかが兵卒の分際で遅刻はするわ、上官の頭を撫で回すわとやりたい放題だからな。そう言ってやると「あははははは……」とニーナから壊れたラジオみたいな笑い声が響いた。


「同時に、だ。私は幸せものだよ。なにせ――笑い者にされるくらい部下に慕われてるんだからなぁ……!」


 私の腕から青白い光が放たれ始める。魔素が励起することで生じた空気の流れが、赤い髪を揺らす。そして阿呆にも私の「怒り」が分かるように、頭の中に描いた魔法陣をわざわざ奴らの目の前に出現させてやった。これでも私は温厚で優しい上司であると自負していたんだ。だが何事にも「限度」というものがあるんだよ。


「ああ、そうさ。構わんさ。私は温厚な上司だ。だから貴様らがそんなに地雷原でタップダンスをしたいのなら――思う存分踊らせてやろうじゃあないかっ……!」

「そ、総員退避ィィィィッッ!!」


 隊員共が全力で詰所に飛び込むと同時に。

 第十三警備隊の詰所から盛大な爆発音が王都中に響き渡ったのは言うまでもない。




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