第22話 お悩み相談
お嬢さんは、すっかり優良プレイヤーになった。
毎日、1、2時間ほどログインしては、金策をしたり、装備をととのえたり、ストーリーを進めて行けるエリアを増やしたりする。俺が休みの期間も少しずつ進めていたようで、戻ってきたときには、すかすかだった実績がずいぶんと埋まっていた。レベルの高さに追いついてきている。
個別の取り方は規則的で、水曜と土曜に3時間ずつ。今のところ例外はなく、常に2週分を前もって予約してくるので、俺としては非常にありがたかった。
そして、ライランはおともとしてのケロタニアンを連れ歩かなくなった。きちんと能力の高いNPCを選び、セオリー通りの戦闘をするようになっていて、驚いた。
俺は時々、ひとりで遊んでいるお嬢さんをのぞく。必要があってのことじゃないけど、完全に初心者だったお嬢さんが、どんどんラナテルデスの要素で遊び始めていく様子は、ひたすら楽しそうで見るのが楽しかったからだ。
ひたすら同じ作業を繰り返す虚無の金策を試してみたり(でも意外なほど長時間やっていたので、嫌いじゃないのかもしれない)、新しく手に入れた装備を着替えて、鏡の前で組み合わせを考えたり(表示は装備から装備に変わるだけだけど、さすがに悪いかなと思ってすぐに切り替えた。でもそのあともずっと自室にいたから悩み続けていたものと思われる)、昨日は家具屋に行って、高い中華テイストのテーブルを睨みつけて長いこと悩んでいたり(一度買わずに帰ったものの、結局戻ってきて買っていた)。
手紙は枠のあとに1通と決めているようで、欠かさず届けられた。時々すさまじい長さになっていたけど、マオカさんはそれも嬉しいらしく、必ずそれ以上の長さの手紙を返していた。恐ろしい文通だ。
そんなわけで、ライランとケロタニアンの物語は、まあ、順調に見えていたんだけど。
「アカツラ、開けろぉ。警察だ」
やる気のねえガサ入れが来た。
終業一時間前、この時間は枠空ける人はほとんどいなくて、だいたいみんなそれぞれの締めの処理に当たっている。
「シャルさん、もしかして最近ものすごく暇だったりします?」
「ばかおまえ、それで俺が本当に暇だったらどうすんの」
「居たたまれなくなりますかね……」
「だよねえ……」
俺は最近、個室の楽屋にいることが増えた。以前は締めの時間でも大部屋にいて、翌日サポートに入るメインの人つかまえて簡単な打ち合わせをしたり、サポアク仲間とだべったりしてたんだけど、最近はなにかっていうとからまれるので、大部屋だと気を遣う。
「ノックしろって言ってたから、ちゃんと一声かけてやってるわけだ」
ひひ、ってシャルさんは笑った。
「大変ありがとうございます。で、うしろのホンドウ君は、どうしたんですか」
さっきからシャルさんの背後から、ホンドウ君が顔だけのぞかせて、恨めしげな目で俺を睨みつけている。初対面だが、名前の表示があるので誰かはわかる。まっすぐな黒髪、小柄。俺よりいくつか歳下のはず。頭小さいなー。
「はじめまして、アカツラさん……お世話になっております……」
そんな顔でもご挨拶はしてくれると。シャルさんを見ると、シャルさんはいつも通りにこにこ。
「おまえに会ってみたいっていうからさ。紹介しに」
「俺に?」
「そう。お邪魔しまーす」
シャルさんは俺をおしのけて中に入り、ホンドウ君もすすすっとくっついて入っていった。なんだなんだ。
「ランキング?」
「そう。どうせ見てないんだろ」
そりゃだって、メインアクターのランキングの話だよな。
ランキングは月ごとの売り上げだ。メインアクターのランクは半年の売上から更新されるので、月ごとのランキングを見れば自分の位置がだいたいわかるようになっている。ランクは給与に大きく関わるので、メインには重要な話。
でも、この流れってことは、だ?
ランキングを表示させる。リリースからしばらくの間は、人気キャラを把握するために確認してたけど、ほぼ安定した今は必要がなくなっていた。
一番下から見てみる。
「うわお」
俺の名前があった。びっくり。
「載ってるだけですよね?」
「そうそう、メインになったわけじゃないよ。メインとしての売り上げが参考として載るだけ。今後、おまえ以外にLiSeをやることになったサポアクもそうなる」
そして気づいてしまった。俺の名前が、ホンドウ君の上にあるということに。
「アカツラさん……ずるいです、恨みます……僕もケロタニアンをやりたかった……」
おばけみたいな顔で言われてしまった。
「うええ、まーじで恨み言投げに来たんですか」
「そうです! なんたって仕事がなくて暇ですからね!!」
キーッ! とホンドウ君はハンカチを取り出して噛んだ。アクターは二次元独特の動きをそのままやっちゃう人が多い。
「うんうん。暇そうなんで連れてきた。おまえのとこ、今いろいろ面白いからな」
「そう、アカツラさんっ!」
「はい!?」
突然の勢いにびっくり。俺さっきからずっと驚いてる。
「ぶっちゃけて僕もLiSeやりたいんですよ。だから恨みをぶつけつつ、下調べに来たんです」
「ホンドウ君がLiSeを? でももう、メインでしょ?」
LiSeはサポアクのための企画のはずだ。
「そうなんですけどぉ。正直、担当キャラの人気は頭打ちなんですよね。他でバイトしようかなとも考えたんですけど、いつ予約入るかわからないし。LiSeなら、ここの中で調整できるわけじゃないですか」
バイトって、他タイトルでメインアクターやるってことか。確かに、もう担当キャラの内容が全部入っているなら時間は余るよな。で、俺より下ってことは、週6時間未満なわけか。確かに厳しい。これが若手の現状ってやつか?
「サポアクのバイトも勧められましたけど、やっぱりメインやりたいんですよ。メインとサポって、仕事全然違うじゃないですか」
それはその通りだと思う。
「下調べかー。そりゃ俺でわかることは教えるけど、シャルさんのほうがよっぽど詳しいのに」
結局シャルさんは、LiSeのマネージャーになった。今後、アクター側はシャルさんが采配することになる。
「そうなんですけど、でも僕、ともかくなにかしないといけないと思うんです! このままじゃ埋もれていくだけでっ……」
「やっほー! ランキング見たぞ! アカツラ、おめでっとー!」
勢いよくドアを開けて、花束かかえた剣藤さんが飛び込んできた。
花束をプレゼントされてしまった。
「剣藤さん……」
そして俺は今、なぜか壁ドンをされている。
「ここね、わかる、ホンドウ? 腰と腕の間に手入れるとちょっと相手の体そるでしょ、んで俺が見下ろす感じにする。この角度が俺一番かっこいいから」
ホンドウ君は真剣な顔だが、絶対わかってないと思うし、多分誰もわからないと思う。
「大体の子は目線そらすけど、そのうちこっち見るから、そのときに必ずとらえるの。もう逃がさないよと」
目なんか思いきりそらしている。当たり前だろ。だがこれは振りであり、つまり俺はこのそらしている目を、おずおずと剣藤さんに向けなければならないわけだ。メイン様の意図を! 汲まなければ!
俺は姿をケロタニアンに変えた。しゅるしゅる背がちぢむ。そしてそれから、剣藤さんの顔を見上げた。
「やっとこっちを見た」
剣藤さん、ここぞとばかりにエロく微笑んだ。はい。はいはい。目の前の男がカエルになろうが動揺は一切ない。
「でね、決めを笑顔にするか真顔にするかは、俺は普段とギャップのあるほうを選ぶの。普段から冷たくしてるなら、優しくしたいって思ってるし、逆に優しくしてるなら、攻めたいって思ってる。好きな女を」
剣藤持論は続く。これ、俺を見つめたまま言ってる。映像と音声の差がすごい。腰に手がまわり、やさしく引かれ、ケロはいつのまにやら、ベッドに座った剣藤さんの膝の上にお姫様抱っこ。俺としてはかわいらしく膝閉じとくくらいしかやることはない。地蔵の顔で乗り切る。
「いいか、担当キャラがどんなにマイナーで微妙な設定持ちだろうが、ラブシーンでリピートはとれる! きゅんてさせろ! そこからのし上がれ!」
「剣藤先生っ……! 僕、僕……ラブシーンが苦手でっ……恥ずかしいとかじゃないんです、ただどうしても、すべってたらどうしようってびびりが心の中にあって……!」
ホンドウ君が両手を床につけて嘆く。
「イケメンがすべるわけがないだろ。何言ってるんだよ、ホンドウ」
心底怪訝そうな剣藤さん。無敵。
「ホンドウに必要なのは確かに自信かもねー」
笑って成り行きを見ていたシャルさんが、ホンドウ君の腕を取って立たせ、ソファに座らせる。こちらはジェントル。
「気弱や弟ポジは得意だよな。自分の売りを確立させて、自信のなさそうなキャラを自信持ってできるようにしような」
「でも、今の僕の担当キャラは、根拠のない自信にあふれた天然キャラで……自分と違い過ぎてよくわからなくて」
「そこはキャラ担当と相談していいよ。設定を変えるんじゃなく、ホンドウなりの解釈で演出や表現にするだけの話だから。今はまだいろんな役が来るだろうけど、得意な役が認知されてきたら、伸びてくるから」
「シャルさん」
うるうるしてる。確かにへなちょこ後輩役が似合う。
「恋愛シーンに関しては、みんな結構自分の得意なように変えてやってるよ」
「そうなんですか?」
「うん。今度、参考になりそうな枠、許可取って持ってくるよ。さっき海も言ってたけど、結局重要なのはそのクセを客が気に入るかでさ。そこのカエルなんかは器用で、キャラ設定にすーごい忠実だけどね。こいつの試験見たけど、めちゃくちゃ模範的よ。個性ゼロ」
突然こっち飛んでくるじゃん。
「僕は、個性ゼロに負けたってことですか……!?」
「いやー、NPCに徹し過ぎて塩なのよ、こいつ。俺らは人間だからヒロインの様子うかがうじゃん? ケロに関してはそのせいだったと思うんだよなー」
組んでいた腕をほどき、シャルさんは宙をなでて映像を出した。おいそれ、俺の試験では。許可取ってないのでは。
全員ぴたっと黙り込んで、試験の様子を見入る。俺も黙る、っていうかさっきから黙っている。どうせ発言権はない。
壁ドンは、屈折した想いをぶつける。顎クイは、誘惑する。キスは、想いが通じ合った瞬間。どれもキャラクター、シチュエーションが設定されていて、相手役のヒロインはアクターが入っている。
「本当だ……すごく、普通……」
「だろ。花丸はないのに、落とす理由もないんだよな……」
どういうことだ。別に落としてくれたってよかったんですけど!
「清潔過ぎてフェロモンがないな!」
「フェロモンなくてすみません。ところで剣藤さん、猫飼ってます?」
「ん? 飼ってるけど、なんでわかった?」
「いや、喉なでるのやめてもらえます? 俺カエルなんで」
やっと膝から降ろしてもらう。剣藤さんは不満そうだったので、動くたぬきのぬいぐるみを出して与えたら、気に入ったようで膝に乗せてなでだした。いるよな、暇なときなにか触ってないとだめな人。
ホンドウ君は、シャルさんに頼んで、試験の台本を渡してもらった。それを片手に、巻き戻して俺の試験の様子をもう一度見る。
「でも、確かにこのキャラらしいですよね……このセリフ、アドリブですよね。ヒロインが予定と違う答え返したから。でも、イメージを崩さないリアクションしてて、かつ、シナリオの方向を戻してる。キャラ理解ができてるわけですよね」
「そこらへんは、サポアクの経験なんじゃないか。いろんなキャラやって、その場その場で会話作ってるから」
「そっか、サポアク……」
「あと、こいつの強みなんだけど、そもそも経験年数が違うんだよね。俺らの中で一番長い」
「そうなんですか!?」
ホンドウ君が俺を見て、俺もびっくりしてシャルさんを見る。俺のサポアク年数ってシャルさんより全然短いんだけど。
「ん、そうだろ? おまえ、子供の頃から役者やってるじゃん」
すごい言い方されて驚く。
「役者って、実家の田舎芸能やってるだけで。観客は村の30人ですよ」
「舞台にずっと立ってきたわけだろ。俺、おまえが緊張してるとこ見たことないよ」
「緊張なんかしてますよ! イアンザークさんとかイアンザークさんとかイアンザークさんとか」
「それ以外思いつかないんだろ」
わはははと笑って終わらせてくる。
「こいつ、緊張しないんだよ。そこは強いよなあ」
「そっか、アカツラさん芸歴長かったんだ……なんだ……」
ホンドウ君ががっかり肩を落としている。同じ芸歴じゃないだろとかいろいろ物申すがまったく聞いてもらえない。
「僕、なにも取り柄が……なにもやってきてないし……」
「ホンドウ、おまえにもちゃんといいとこあるから元気出せ! 飲みに行くか、アカツラん家に」
「うええん行きますぅう」
なんて言った?
「海、どうする?」
「うん! 今注文したぞ。最近バスク料理にはまっててな」
「注文? なにどういうこと」
「おまえの家に1時間後バスク料理が届くということだ。俺はそれより早く着くから安心しろ」
「なんでうちの住所知ってんの!? こわいこわいこわい!」
「調べた! あとうちのプリンセスも連れていくから、トイレの場所を空けておいてくれ。留守番なんてさせたら俺がさみしいからな」
「プリンセスってなに!?」
「おまえさっき言ったろう、世界で最も美しいうちのcatだ。大丈夫、プリンセスはお出かけが好きでな。人見知りもしない」
「冗談じゃない、やめてください! 俺はこのあと予定があるんだ!」
「猫きらいか?」
「猫は好きですけど!」
そりゃあ好きに決まってるけど!
剣藤さんが俺を見た。
「俺は友達がいないから、おまえ達との飲みが楽しみなんだが、だめか?」
はっ?
「アクターの話も人とすることがない。だからまだまだ聞きたいし、話したいんだ。だめか? いいワイン持っていくから」
垂れ下がった耳としっぽが見える気がする。やばい、この人、嘘じゃない。
「はは、アカツラちょろ。俺も30分後くらいには着くかな。ホンドウ、地図送っておくな」
「はぁい」
俺が口をぱくぱくさせているあいだに、みんなとっとと退散していった。
3人は本当に来たし、料理とワインはうまかったし、俺は予定をキャンセルしたし、翌日は二日酔いになったのだった。
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