第21話 necolaの教えは親心
『課金はうちに聞いてからにしろって、言ったでしょお!』
necolaに怒られ、しどろもどろ。
「あのでも、手紙はどうしても送りたくて……!」
『どうせ即決したんでしょ。うちの言ったこと思い出しもせず』
その通りである。
通話先で、これみよがしのため息。necolaが言うほど怒っていないことは、これまでの付き合いからわかっているものの、今は後ろめたさが大きい。
necolaの教えその2「課金はnecola稟議」、課金する際は必ずnecolaを通すように言われていた。最初はこれも子どもじゃないのにと思っていたが、並ぶ家具を見ていて、どれもこれも欲しくなってしまい、慌ててnecolaに連絡をした。
「でもあの、手紙は今後も送りたくて……あとでいい思い出になると思って」
『うん。それは確かにいいと思うよ。桜莉らしいし。でもわかってるよね、使い道がだめなんじゃなくて、衝動的に買ったことなんだからね!』
「はい! でも本当にこれは危ないよ、necolaちゃん。家具ね、部屋に仮置きができるの。部屋に置いたときのイメージがわかりやすすぎて、欲しい気持ちが加速するの……」
『そう……ラナテルデスは女性に人気のあるインテリアデザイナーを抱えて開発してるからね……しかもね、桜莉、気づいてた?』
なんの話か、ごくりと桜莉は素直に喉を鳴らす。
『その家具、サイズが自由に変えられるのだ……』
「ええ……!?」
まさかと思い、改めて見てみると、確かに家具のプレビュー画面で、さらにサイズ可変の項目を見つける。
「うわああああ」
置きたいと思っていた場所にぴたりとはまる。窓にかからないように置きたかったベッド、使い勝手のいい高さにしたかったキャビネット、デザインが気に入ったのに大きすぎたテーブル。
ノーサンクスでは当たり前の機能でも、桜莉はまだまだ詳しくない。
「ね、necolaちゃん、困るー!」
『落ち着け、桜莉。ライランは贅沢をする性格か?』
「それは……ちがうと思う」
『そう。ライランが部屋を高い家具で飾り立てる。どう思う』
ううん、答えつつ首を振る。
『基本的にリトスで買えるもので揃えるんだ。大丈夫、十分クオリティ高いし、そもそもインテリアは組み合わせが大きいだろ? どうしても惚れ込んだ課金の家具があったら、月に1つなら買ってもいいから』
「うん……わかった」
『ライランの収支で遊んでごらん。そのほうが絶対面白いから』
ライランの収支。
桜莉はそもそも、ラナテルデス内の通貨であるリトスをまともに使ったことがなかった。ケロタニアンと灰積もる森へ行った際、装備や消費アイテムを揃えたが、あのときがはじめてではないだろうか。
装備はずっと同じものを使っていた。ライランが最初に着ていたチャイナドレス風の戦闘服が気に入っていたからだ。時折クエストの報酬で武器や服以外の防具を貰ったりしたときには、見た目が気に入れば使って、性能に注目したことはなかった。
財布を見ると、26万リトス。これが多いのか少ないのか、まずそれからしてわからない。クエストをクリアしたり、戦闘に勝ったりすると少しもらえる。
ライランなら、まずなににお金を使うかな?
彼女に関して、なんとなくイメージがあるだけで、まだまだ漠然としている。彼女がどうお金を使うかは、性格がよく表れる気がした。
「やっぱり、武器や防具から……かな」
正直言って、桜莉は戦闘は苦手だ。こわい気持ちが強い。でも、かっこよく戦う姿に憧れるから、ライランにはそうあって欲しい。
家具の調達を考えていたが、それよりも装備事情をととのえるほうが先かもしれない。
今、性能を重視して買ったマブリー装備は全くかわいくない。なので、戦闘に行くとき以外はいつものチャイナドレスに着替えている。
そうだ。ケロタニアンと会うときは、また戦闘があるのでは?
あの装備で会うのは、ちょっと私、もういやなのでは……!
武器防具の店に走りかける。そこで桜莉は、あることを思い出した。
「ライラン、またお目にかかれて恐悦至極、このケロタニアン、天にも昇る気持ちでございます!」
帽子をとって芝居がかった礼をしてくれる。ケロタニアンは顔を上げると、ライランを見ておおげさに驚いた。
「これは、新しいお召し物ですか? よくお似合いでございます!」
「えへへ」
どうにも照れたのか、すぐに言葉が出てこない。そうしたくはないのにもじもじとしてしまっていると、ケロタニアンは帽子を外して笑みを浮かべたまま、待っていた。
「……自分専用の武器を作ってくれる職人さんの噂を思い出して、会いにいってみたの。そしたら、いろいろ話を聞いてくれて、この装備を作ってくれたんだよ」
素材を持ち込めば、手数料もなく作ってくれるという。これまでかばんにたまるだけだった使い道のわからないアイテムの謎が少し解けた。
「なるほど。確かにわたくしめも耳にしたことがございます。相応の腕を持つ武人しか相手にしないとか……さすがでございますね、ライラン!」
ケロタニアンは手放しに褒めてくれるが、レベル的にはとっくに作ってもらえるようになっていたのに、桜莉が自分と関係ないと思って聞き流していたのだ。さらに次の段階もとっくに鍛えられるらしく、必要な素材を聞いて調べてみたのだが、それはライランにはまだいけないエリアのものだった。
「良い色ですね。明るく元気なライランによくお似合いです」
チャイナドレスの戦闘服を少し豪華にしたようなデザインを、桜莉はすぐに気に入った。色は自分で選ばせてくれるというから、鮮やかで明るい黄色を選んだ。元気が出る色がライランに似合う気がした。
「ありがとう、うれしい」
ケロタニアンは、なにをしても褒めてくれる。necolaは「そんな会話、楽しいかあ?」って首をひねっていたけれど、この素朴でストレートなやりとりは桜莉には楽で、楽しい。イアンザークのときには、無理をしていた。比べるべきではないと思いながら、自分の下手さを思い出すとちくりと痛む。
「ライラン、先日は手紙をありがとうございました。返事は届きましたかな?」
「うん、届いたよ! ふふ、ごめんね、笑っちゃった。私より長いお返事が来るなんて思ってもみなくて。うれしかったよ」
「そうですか、それは重畳。ライランへの賛辞は尽きぬゆえ、あれでも抑えたのでございますよ」
「ええ、本当?」
「本当ですよ。お聞かせしましょうか?」
言うや、すっと姿勢を変える。今にも歌い始めそうな気配に、慌てて手を振る。
「いいよいいよ、照れちゃうし、ここ外だし!」
「そうですか? 皆に知らしめるよい機会……」
「大丈夫だから!」
なにを知らしめると言うのだ。小首を傾げるケロタニアンをせかして、今日の依頼の現場へと向かう。
村の近くに住み着いた鳥の魔物の群れをなんとかしてくれとの話だったが、ライランはその魔物達が渡りをすることを知っていた。
つつかれながら調べてみると、いくつもの巣を見つける。大きな都市まで出て、魔物の研究をしているという学者に話を聞いてみると、一か月ほどで雛達は巣立ちし、旅立つという。
また、残していく巣は非常に栄養価が高く、薬効もあり高値で売れるという。村人達に、刺激しなければ襲ってはこないことと、巣の相場を伝えたところ、それならばと見守ることで話は落ち着いた。
「今回も見事なお手並みでございました、ライラン!」
「うん、倒さずに済んでよかったぁ」
「あの魔物は、決まった土地を渡るわけではないのですね。だからあまり知られていないのでしょう」
「雛がいるときだけ、気が立って、近づくと攻撃するんでしょ? 巣も薬になるんだし、みんなが知ったら平和に暮らせるのにね」
知らないまま疎まれて、討伐されてしまうことが多いのかもしれない。そう思い至ると悲しくなった。視線を落とすと、ケロタニアンは周りを見回した。さっと走っていったかと思うと、手に花を摘んで戻ってくる。
「ライランはあまり守護花を持ち歩かれないのですね。よかったら、これをどうぞ」
白いランだった。現実とは少し違う5つの大きめの花が、褪せた緑の茎に連なって垂れている。
「……私の守護花がランだって、どうしてわかったの?」
「おや、ご存じない。ライランが近くにいれば、守護花は喜んで光を増すのですよ。特に光っていた花を連れてきました。困ったことがあったら、守護花をお探し下さい。願えばきっと、あなたの願いを叶えようと力を貸してくれます」
見れば確かに、やわらかな光を放っている。
ケロタニアンは「失礼いたしまして」と断ると、ライランのポシェットにランの花を結び付けた。
「ご安心を! 摘み取りましたが、守護せし乙女のそばにおりましたら、枯れることはありません。それにもし枯れたとて、花達にしてみれば髪の先が切れた程度のこと。どうか胸を痛められませんよう」
ケロケロっと笑い、帽子をとると自分の胸に置く。
「ライランは、魔物にも隔てなく優しくていらっしゃる。ランは幸せを運ぶ花です。村と鳥達に平穏をもたらしたあなたに、ふさわしい」
necolaの教えその0を思い出す。
「ありがとう」
かすれないように、気を付けた。
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