第18話

 フィフスビーツの酒場には、すでにしょぼくれたカエル族の親父が待っていた。

「ライラン様ですね、お待ちしておりました! 実はですね、わしの娘が、あ、これがそりゃあかわいい娘なんですが、あんまりかわいいもんで、里中の男どもが狙うのであります。なので里は歩かせず、いつも川でオタマ達の世話をさせておったのですが」

 オタマはもちろんジャクシである。川を石で囲ったところに、でっかいオタマジャクシ達がきゃっきゃうふふと過ごしている。微笑ましくて俺は好きだけど、訪れる人は少ない。

「どうも、そんな娘をじーっと見てるやつがいるらしく……それがあろうことか、ヘビ族だって言うじゃないですか!」

 ふむふむ、とライランはうなずく。

「どうかお願いします、このままでは娘が食われてしまいます。オタマ達のこともきっと一飲みに……ああ、恐ろしい! どうかどうか、ヘビ族のやつを倒してください!」

 すがりながら腕をつかみ、おいおいと泣き崩れた。ここまでほぼノンストップ。

 ライランは、目をぱちくりしばたかせ、眉をハの字、困った顔。

「あの……ええと、わかりました。すぐに行きますから、どうか泣かないでください」

「ああ、ありがとうございます! この御恩は一生忘れません!」


 親父と別れ、カエル族の里へと向かう。

 お嬢さんのくせに、なんか渋い反応だったなーと思っていると。

「ねえ、ケロタニアン」

「はい、ライラン?」

「ヘビ族って、カエル族を食べたりしないよねえ?」

 あら。お嬢さん知ってたのか。

「前にどこかで聞いたことがあったの。ネコ族もネズミ族を食べないよね」

 そういやフィフスビーツのサブクエスト、ひとりで黙々とやってる人だったな。

 ラナテルデスでいう獣人は、各種族の特徴を持つが、基本は人とそう変わらない。会話の成立する相手を食うような種族は、敵性種族として街に入ることができない。

「カエルのおじさん、どうして嘘をついたのかな? そんなに私達に、ヘビ族の人を倒させたかったのかな……」

 てことは、カエル親父の嘘に気づいたけど、お嬢さんは問いただすことを選ばなかったってことか。

「なぜでしょう……確かに、ヘビ族とカエル族は仲が悪いと聞きますが」

 もちろん、俺はこのクエストの全容を知っている。

「カエルさんって、そんなにヘビさんのこと嫌いなの?」

「はて、わたくしめはよくわからず……申し訳ない」

「え? ケロタニアンのおうちじゃないの?」

 正確に言えば、設定自体がなかった。おともNPCにはもともとと、1ー2行程度の紹介文しかない。仕様上、主人公が行くところならどこにでもついていくので、下手に設定をつけず、矛盾が出ないようになっている。初期位置周辺のサブクエストにちらっと出てきたりすることはあるけど、それも稀。前述の通り、注目して欲しいキャラクターじゃない。

「わたくしめの家は川のほとりにございますが、カエルの里で過ごしているわけではないのです」

 回答をずらしているのは、わざとだ。今は、ケロの正体は決まっている。まだ暫定だからーとか言ってるが、それが俺をごまかすためだけってことくらいわかる(怒) そもそも、設定があれば俺はそこからケロの行動を決めていくんだから、あとから変えられたって困るんだよ。

 ケロはここまでNPCとして、ひたすらあほで能天気だった。立ち位置でそうだっただけだが、こうなった以上はその能天気さも設定として踏まえる。

「カエルのことは、里の者に聞くのが一番でしょう。ささ、参りましょうライラン。カエルの親父の考えていることはわかりませんが、急いで悪いことはない」

「ま、待ってケロタニアン。えっと」

「はい、ライラン」

 うーんうーんと、口元に手を当て、ライランは首をかしげる。

「えっと、そっか。ケロタニアンは、いやじゃないの?」

「いや? わたくしめが? なにをでしょう」

「えっと、ケロタニアンもカエル族でしょう? だったらヘビ族のこと、苦手だったり嫌いだったりするんじゃないのかなって」

 お嬢さんはえらいなあ。俺だったらメンバーの設定とかちゃんと見てないから、きっと疑問にも思わないよ。

「もちろん、若い娘をつけ狙ったり、子ども達を脅かしたりするのであれば、当然許しがたいことです! こらしめてやりましょう!」

 カエル族とヘビ族が犬猿の仲なのは事実だ(おや動物だらけ)。こうなる前だったら、ケロは普通にカエル族として扱われただろうから『おのれ、ヘビ族め! 彼奴らは獣の血濃く、理性など持ち合わせておらぬのです!』とか、脇役らしい軽いアンチテーゼをかましていたはず。でもケロはカエル族ではなくなってしまったので、ヘビ族への強い拒否感はないし、詳しい知識もない。

 ケロは記憶がないが、それに興味がないし、おそらくは取り戻したくもない。だから自分が記憶喪失であることを、お節介、じゃなくて優しいライランに、積極的に伝えようとはしない。

「……そっか。うん、そうだね」

 俺としては、お嬢さんがケロの素性に興味を持たなくても、それはそれで全然かまわないしね。


 それからお嬢さんは、カエル親父の安易な嘘にだまされることなく、里の者と、カエルの娘の話を丁寧に聞き取った。

 カエルの親父は、娘を溺愛するあまり、里から締め出しオタマの世話をさせていた。カエルの娘フロミンは、オタマ達の面倒を見ることは好きだったが、それは寂しい日々だった。そんなある日、たまたま川へやってきたヘビ族の青年に会う。

 川を挟んで少しずつ話すうち、ふたりはお互いのことを大切に思うようになっていく。

「過保護、よくない!」

 ばばん。フロミンが話し終えた次の瞬間の、ライランの一言がこちらです。フロミンはでっかい目に涙を浮かべながら、ライランを見上げている。

「なるほど、カエルの親父は娘をとられたくなかったのですねえ」

 要はそれだけの、簡単な話。

「いくら大切だからって、フロミンちゃんにはフロミンちゃんのやりたいことがあるよね。それを邪魔するなんて、たとえお父様でも許されることじゃないよ!」

 うんうん、そうですね。ぱちぱち手をたたいて同意を示す。この設定、お嬢様が共感しやすいよう狙ったのかと思うけど、結果はよくわからない。この人からはあんまり抑圧された印象ないし、同情するのは通常運転な気がするし。

「でも、お父さんは、私の話なんて聞いてくれないです。絶対に……」

 さて、筋は簡単だが、フロミンにとっては、親父に歯向かうのは簡単な決断じゃない。

 ここで説得を試みて成功すればフロミンは親父に話しに行く。

 成功しなかった場合は、それはそれで事態が進み、今度はカエルの親父がライランに対して早くヘビ族の青年を退治してくれと急かしてくる。

 NPCの説得の成功や、イベントの成否の判定は、プログラムに任せることもできるし、アクターが判定することももちろんできる。

 さて、お嬢さんはどう動くかな。

「フロミンちゃん……」

 ライランはまた眉を八の字に下げ、うーんうーんと考える。

「……お父さんがとろうとした方法は、乱暴だよ。わたしに嘘をついて、ヘビ族のお兄さんを攻撃しようとしてるってことだよね」

 うんうん。状況をわかりやすくフロミンに認識させている。

「そして、わたしがここで断っても、きっとほかの人に同じことを頼むと思う」

 その通りである。プレイヤーがこのイベントを放置、あるいは放棄した場合、カエル親父はまた別のプレイヤーに話を持っていく、というバッドエンドなオチがつく。

「フロミンちゃんの気持ちをきちんと伝えて、お父さんと話し合ったほうがいいんじゃないかな」

 フロミンはうつむき、目線をさまよわせる。

「お父さんとの話し合いがうまくいっても、いかなくても、私達は最後までフロミンちゃんの味方だよ」

 ね、ケロタニアン! と振られたので、真剣な顔でうなずいて返す。あ、十分ですね。

「ライランさん、ケロタニアンさん」

 感動した様子で、フロミンは顔を上げる。

「はい。私、お父さんと話します……!」


 ということで、説得に成功したお嬢さん。ヘビ族の青年ともちょっと話し(ツリ目のイケメンである)、カエル親父との全面対決へ。

 場所は里のどまんなか、広場。なんだなんだと里人達が集まり、めったに姿を見せなかったフロミンと、カエル親父の対峙を見守る。

「なんだ、フロミン。里には顔を出すなと言っただろう。わしの言いつけが守れないのか」

 カエル親父、しょっぱなから激怒。フロミンひるむが、応援のポーズをとるライランを見て、きりっと顔を上げる。

「お父さん、私、里のみんなともっと一緒に過ごしたい」

「だめじゃだめじゃ! 話にならん、川に戻れ。そう、オタマ達はどうするんじゃ、おまえがいなかったら、ヘビのやつらに食われるぞ!」

「ヘビ族の人はそんなことしない。それにオタマ達のことは、ツボに入れて背負って連れて行くから」

 責任感の強い娘さんである。すごい重くない?

「おまえはヘビ族のやつにだまされておるんじゃ!」

「私の話を聞いてくれたのは、ヘビ族のあの人だけよ!」

 フロミンが声を荒げた。

「ずっと、話すことも笑うこともなくて、泣いたってひとりで……でもあの人は気づいてくれたの。こわがらないで、どうしたの、って聞いてくれたの」

 オタマ達はしゃべれない。カエルになったとき初めて話せるようになる。

「だめじゃ! おまえは、これまで通り川で暮らすんじゃ。オタマ達の面倒を見て、ずっとわしの娘で……」

 その先に続く言葉を、フロミンは聞かない。

 一筋、大きな目から涙が流れる。

「お父さんは、やっぱり、私の話なんてどうでもいいんだね」

 温度の変わったその声に、真っ先に反応したのは親父ではなかった。事態を見守っていた里人のひとり、若い娘が声を上げる。

「おじさん、オタマは私も交代で見るわ。フロミン、帰っておいで。ごめん、ずっとそう言いたかったのに」

 フロミンは幼なじみの名前をつぶやく。

 それから、首を振った。

「私は、あの人のところへ行きます。これまで育ててくれて、ありがとうございました」

 すっときびすを返す。

 ライランは一瞬心配そうにカエルの親父を見た。カエルの親父も気づき、ライランへ期待したまなざしを送る。だがライランはなにも言わず目をそらす。フロミンのあとを追うことを選ぶ。

 カエルの親父の顔色が変わる。

「ま、待て! わかった、わかったから! わしが悪かった、行くんじゃない!」

「もういいの。だってお父さんは、私が出ていくと困るけど、あの人のことは許さないでしょ」

「すべて許す、言う通りにするからーっ!」

「……本当に?」

 フロミンが振り返る。


 カエル族は、基本的に陽気で能天気である。

 親子ゲンカの仲直りってんで、飲めや歌えの宴が開かれた。

「ライランさん達のおかげです。本当は、もう諦めていたんです。こんなにうまく行くなんて……」

 カエルの親父は、おいおい泣きながら酒をかっ食らい、周りの里人達が笑いながら慰めている。平和な光景である。

「フロミンちゃん、よくがんばったね! それに、里の人たちも本当はずっと心配してたんだよ」

 その通りだが、お嬢さんのとった行動はシナリオ的にはのきなみ正解で、これはクリアへの最短ルートである。フロミンは信頼を得ることで親父と対決するし、カエルの親父は下手に説得すれば逆上して話がこじれるが、突き放すと折れる。本当に味方がいないのは親父のほうなのである。

「次には、彼もここに呼べたらいいな……」

「うん。でも、少しゆっくりでもいいんじゃないかな? お父さんは、受け入れづらいことを受け入れてくれたんだし」

 フロミンはライランを見た。ライランは微笑んだまま、なに? と首をかしげる。

「……確かに、そうですね。お父さんは、お父さんの意見を曲げてくれたんですもんね。お父さんの性格を考えたら、大変なことだわ」

 まあ正確に言うなら、家出してやるって脅して折らせただけではあるが。フロミンはうれしそうに笑った。

「はい。私ももう少し、お父さんのことちゃんと見てみます。そうしたら、もっとうまくやれるかも」

「フロミンちゃんなら、大丈夫! なにかあったら、すぐに言ってね。手伝いに来るから!」

 そう言うとライランは、力こぶを作って見せた。できてないけど。

「ライランさん、それにケロタニアンさんも、本当にありがとうございました。またなにかあったら頼らせてください。それに、もし私で力になれることがあったら、言ってください」

「本当? ありがとう! すごく嬉しい」

 ほわほわ笑顔を向け合っている。このふたり、なんか似てるな。

「そうだ、今回の御礼です。急だったので、たいしたものが用意できなくて申し訳ないんですが」

 フロミンは、ペンくらいの大きさの蓮の葉を取り出し、ライランに渡した。

「これは、蓮の傘です。普段は小さいのですが、雨を受けると大きくなり、傘になります。急な雨宿りに使えます」

「わあ、かわいい! ありがとう」

「あと、カエル族の塗り薬です。カエル族には特によく効くので、ケロタニアンさんがお持ちになりますか?」

 カエルの塗り薬、カエル族に対して使うと2倍の回復力である。

「ほうほう、それはありがたい。よろしいですか、ライラン?」

「うん、もちろん。私はケロタニアンの魔法で治してもらえるしね」

 4割切るまでは放置だけどね。これも塩なんだろうか。

「そういえば、ケロタニアンさんは左利きなんですね」

「え?」

「本当はなにか武具をお渡しできないかと思ったのですが、カエル族はみな右利きなので、合うかわからなくて」

「いやいや、お気持ちだけで十分でございます。わたくしめはなにもしておりません。ライランに報いて頂ければそれで」

 ケロ、ほんっとーになにもしていない。

 挨拶をしてカエルの里を出る。

「それではライラン、今回も助かりました。またお会いしましょう!」

 クリアを選択。ライランにだけ見える形で「クエストクリア!」と出たはず。スムーズ過ぎて、1枠内で終わったなあ。


『おい、左利きって、まさかあれが次回への引きなのか? あれだけか!?』

『すごいなー、こんな色気のないラナーあるんだ。大丈夫? 金返せって言われない?』

『あ、アカツラおまえ延長閉じたな!? やめろ、開けろ! 今ライランちゃん延長枠探してたんだぞ!!』

『全部うるさい! 延長は次回から対応します!』

 俺はリヒテンさんの枠に行くんだよ!

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