第17話
メインができることは幅広い。予約枠において、メインアクターはゲームマスターだ。専用の複製エリアが用意され、様々な設定ができる。NPCの行動をはじめ、天気、BGM、SEなどなど。
その中で与えられたシナリオを進行し、プレイヤーの行動を判定して物語を進めていく。シナリオに従ってフラグを立てないと次の展開に進めないわけだが、必要な条件を調整したり、シナリオにはない演出を加えたり、メインアクターの裁量に任された部分は多い。
これは乙女ゲームに限った話じゃなく、対人ゲームの基本的な仕組み。探偵ゲームや探索ゲーム、人狼などなど、プレイヤーはゲームマスターが用意し、演出する世界で遊んでいく。もちろん運営の方針が絶対なので、ガチガチにシナリオ守らせようとするところもあれば、ほぼアクター丸投げのゆるいタイトルもある。
ラナテルデスは大型にしてはだいぶゆるいほう。攻略キャラクターが幅広く、正統派ファンタジーと言いつつ雑多な世界観ということもあり、運営としては客をつかんだもんの勝ち、って感じ。マネージャーを見るとそのタイトルの方針は大体わかるかもしれない。うちだとワンガールさんだから、はい。
個室の楽屋でシナリオを読んでいたら、シャルさんがやってきた。ちなみに個室は申請すれば誰でも持てる。
「よう、アカツラ。これからライラン嬢だろ?」
「ども。そうです」
「1枠だっけか。ちょっと意外だな」
ここ最近の俺の拘束、結果として平均3-4時間くらいになってたもんね。無料NPCとしてだけど。
「てかおまえ、そのシナリオ、リヒテンのマークついてない?」
「終わったらリヒテンさんのところ入るんで」
「はあ?」
怪訝な顔をしてくる。
「いやおまえ、延長入るかもしれないだろ。客はお嬢さんしかいないんだから枠開けとける……」
シャルさんがはっと気づき、ウィンドウを開く。
「あ、やっぱり! なに次からの枠閉じてんだよ、これじゃお嬢さんも延長入れられないじゃねえか!」
「常に予約開けて待つとか、そんなことしてたら俺一生サポアクできないじゃないですか。また明日以降は開けてますよ」
メインアクターだったら予約のない時間はフリーでいいだろうけど(シャルさんはそういうときに遊びに来る)、俺がメインを受け持つのはお嬢さんひとり。その他の時間は通常通りサポアクをやるもんだろ。だから予約が入った日については、以降追加も延長も受け付けない設定にしておいた。キャンセルは受け付けます。ケロタニアンは一日一回!
「いや、普通に延長は受け付けろよ! すっかすかなんだから!」
「それは当たり前では!? なんでなんとなく貶めてくる!?」
「なぁにケンカしてんの」
イケボが声をかけてきた。絡まれたくなくて個人楽屋なんて普段使わないとこ使ってたのに、効果がない。って。
「剣藤さん?」
珍しい相手に少し驚いた。笑顔で入ってきたのは剣藤海さん、ラナテルデスの看板アクターのひとり。売り上げは常にトップ20で、アクターランクはA。
この人、リアルもイケメン。どこから見ても決まっている無造作ヘア(矛盾を感じる)に、すらっとした細身のスタイルで、なんかアクセサリとかストールとか使いこなしちゃうおしゃれメンズである。ビジュアルも積極的に露出していて、人気は高い。ちなみにというか、うちは男性アクターが多くて、その大半は証明アバターで過ごしている。俺も前後に役がなければそう。女性は結構、好きなアバター着てる人が多いかな。なおイアンザークさんはイアンザークさんである。あのまま事務室に現れる。
「とりあえず文句言っときたいんですけど、俺は楽屋のドア閉めてるのに、どうしてノックもなしにそのまま入ってくるんですかね」
「いいじゃん、どうせ話すんだから」
はははっ、て。答えになってない。そりゃ開けるしかないけど俺が言いたいのはそこじゃない。いやあ、さわやかな笑顔だなあ。
剣藤さんとは何回か話したことがあるだけで、サポートに入ったこともなく、関わりは少ない。メインアクターは106人、メインアクターはサポートアクターを指名することができて、なじみを作ったほうが双方やりやすいから、自然と絡む相手は決まってくる。俺の場合、すごい不本意だけどイアンザークさんとか。
「アカツラ、今から初メインなんでしょ。応援に来てやったんだぞ。喜べ☆」
手のひらを上に向かせる感じで、俺を指さし、ばきゅーん+ウィンク。そういえば、乙女ゲーのアクターオーディションの内容には、顎クイ、壁ドン、キスが必ず入っているらしい。
「キャー剣藤様ー。せめてキャラでやって下さい」
「お、ではリクエストにお応えして」
「いいです、社交辞令です。棒読みに気づいて!」
「ははは無理無理。海くんにそれは通じないよ、アカツラぁ」
嬉々としてアルディウス君に着替えないで欲しい。わかった、学びました。
「え、てかまじで応援に来たんだけど。緊張してないの? なぜにリヒテンのシナリオ持ってるの? 逆に緊張しすぎてるの?」
「そのくだり、もうシャルさんとやったんで」
もういいです。首を振ると、こぶしをぶんぶん振って怒る。
「知るかよ!? 俺ともやってあげろよ不公平だろ! メインが何回同じシナリオこすると思ってんだ!」
なにに納得したのか、シャルさんがうなずいてる。でも俺、あんた達のアクターじゃないんだわ。
「緊張って言っても、お嬢さんとはもう何時間も一緒にやってるし」
なにより、メインみたいなことはとっくにやってるんだよね。初回に。イアンザークさんがシステムのせいで入れなくなって、俺が熊っぽい悪役やケロタニアンでつないだわけだが、要はあれと同じ。それにあのときは制約があってしんどかったけど、今回はきちんとシナリオがあって、なによりイアンザークさんのジャッジを恐れなくてもいいわけで、だから全体のイメージはついている。それに比べて、だ。
「メインはそりゃ嫌になるくらい覚えるんでしょうけど、俺らサポアクはいろんなとこ入るんですよ。設定もシナリオも入れとかないと」
しかも今回はリヒテンさん。上がり症を克服した先輩。サポアクが必要になったときは、いつも俺を指名してくれる。緊張しやすいところは変わらないから、余計に同じ人間にサポートに入って欲しいわけだ。
前回の大きな休止のとき、本当はリヒテンさんに入るはずだったのに、イアンザークさんに拉致されたせいで、結局リヒテンさんのところに入れなかった。あとから聞いたけど、後半サポアクに任せるはずだったパートができなくなって、かなり困ったらしい。今回そのときのお客さんが枠を取り直してくれたらしく、それなら俺もちゃんとサポートをして盛り上げたい。最初からエリア内に入っておけば、万が一また休止があっても大丈夫だし。
「わかった。じゃあこうしろ」
シャルさんがウィンドウを出してぺちぺちいじる。一瞬、目を疑った。
「俺の予約枠、いじれるんですか!?」
「こういうときのためにワンガールさんが俺に権限をお与えになったのだ」
「うそだろ、いくらなんでも侵害だ!」
はー? って言いながらシャルさんが目を細め、眼鏡の中央を押さえる。かけてたっけ?
「これはメインアクターの営業における具体的な指導です。ラナテルデスプロジェクトにサポートアクターとして登録した際、おまえは同意している。プロジェクトの成功、継続に対する最大限の努力を行う、と」
へーそんなのあるんだ。と剣藤さんがうしろで感心している。
「Bランク以下は駆け込み予約対応が基本だが、おまえの場合は特別に2時間前を締め切りにしてやる。予約のないまま00分を過ぎれば、そこからの2時間はサポアクに入っていい。ただし、予約が入った場合は、以降の枠はすべて解放しろ。延長は必ず受け付けろ」
ぐぬぬ。
「お、ぐぬぬって顔してる」
「剣藤さんちょっと黙ってて。それじゃ俺、2時間後以降の予定は入れられないってことですか? それとも、入れといて、予約が入ったら他の人に代われとかですか」
黙れって言った今!? 俺ランキングいくつだと思ってんの!? 野次がうるさい。
「とりあえず確定空きのときだけにしとけ。あとはワンガールさんと相談するから」
なんだそれ、って思ったけど、次のやつのためか。
俺の場合、自分の予定は埋めておきたい。予定なくてふらふらしてると急に駆り出されるから、別に嫌なわけじゃないけど、準備はなるべくしておきたい派。ちなみに暇してると事務や雑務を手伝わされることもまれによくある。それも嫌じゃないんだけどね。締め切り直前のメルマガのコラムを書かされるのはいやだ。なお制限時間30分。ずさんが過ぎる。
まあ確かに、メインを目指してるやつなら空けておいて、少しでも実績を積みたいよな。
「お、言い返せない顔してる」
「黙っててって言ったでしょ、剣藤さん」
「だから俺先輩よ!?」
「知らないと思いましたぁ!? あんたらメインでしょ、自分のとこ帰って!」
「シャルさん、こいつ機嫌悪いー!」
そうだよ!
「大丈夫、アカツラこわくないヨー。大好きなサポアクの仕事減るのが嫌で怒ってるだけだからね」
「えええ、なにそれ。メインになりたくないやつとかいるの?」
「世の中にはいろんなやつがいるんだよ、海くん」
アカツラ、オコラナイ。ガマン、スル。
***
ラナテルデスには、ときどき、種のアザを持つ女の子が現れます。
このアザは、成長すると美しい花冠へと変わり、みんなを幸せへと導いてくれるのです。
あなたはある日、手の甲があたたかいことに気づきました。
見ると、小さな小さな丸いアザ。
芽吹きのときが来たのです。
さあ、冒険に出かけましょう。
ってなわけで、プレイヤーにつけられた「種のアザ」。このアザは条件を満たすたびに成長し、やがて花冠へと変わる。この花冠が多ければ多いほどラナテルデスは幸福に満たされる、と信じられており、アザを持つ子は「花冠を編む娘」と呼ばれて歓迎される。
これが主人公の設定。幸せな女の子が多いってことは幸せな世界だよね。なのでそこに異論はない。
ラナーストーリーの終盤には共通する演出があり、アザが花冠にまで育つと、その花冠に応じたドレスに変えることができる。それを着て結婚式に臨むもよし(キャラによっては式がなかったりするけど)、キャラ攻略の証としてコレクションするもよし。ドレスからアザに戻すこともできるという可逆性のアイテムである。別のキャラを攻略するときには種に戻ります。
で、そんな「花冠を編む娘」には、無償で部屋が提供される。オープニングで選んだ都市にある1室、これが各プレイヤーの拠点になる。引っ越したり、部屋から家にグレードアップさせたりすることもできる。ゲーム内の金でできるんだけど、手っ取り早く手に入れたい人には課金も対応しております。
ライランの部屋は、獣人都市フィフスビーツ、ヒツジのメーメおばさんの下宿屋にある。
――ライランがエリアインしました。
「ライラン、お手紙が届いてるわよ」
「お手紙?」
「ケロタニアンから」
ぱっと目を見開いて、手紙に手を伸ばす。ふわふわメーメおばさんは、笑顔で手渡すとまた自分の仕事へ戻っていく。お礼もそこそこに、ライランが手紙を開く。ちなみに緑色の封筒と便せん、これもニシタニ君が作ったらしい。カエルのマークが押印されていて、俺としてはケロってそんなまめなタイプか? と思わなくもない。とりあえず不器用そうだよな。水かきついてるし指先丸いし。
――ライランへ。ヘビ族に襲われていると、カエル族の者が助けを求めて参りました。話を聞いたところ、ライランの助けなしではとても救えそうにありません。どうかお力をお貸しください。いつまでも酒場でお待ちしております。――ケロタニアン
いつまでもじゃだめだろ助けに行けよ。でもケロらしいのかもしれん。あほなとこが。
読み終えたお嬢さんは、ぱっと駆け出そうとして、止まった。便せんを丁寧に折りたたんで封筒に入れ、ポシェットにしまうと、今度こそ駆け出した。
「ケロタニアン!」
「ライラン、きっと来てくれると信じておりました! こころやさ」
「お手紙ありがとう!」
酒場まで走ってきたライラン(ワープできるのに)、軽く息が上がったままケロタニアンの両手をにぎる。勢い。
「とんでもありません。本来であればわたくしめが参じるべきところを、手紙」
「ううん、すっごく嬉しかった!」
ぶんぶん。首を振る。
「それはよかった。そう、カエル族の男がさか」
「わたしもお返事、書いてもいいかな?」
「……お返事、でございますか?」
返事? なんの、ってさっきの助けを求めた手紙の? 今この場にいるのに?
「あ、えっと、ヘビ族さんはちゃんと助けるね! だからあの、わたしからもケロタニアンに手紙を出してもいい? どこに送ったらいいのかな」
助けて欲しいのはカエル族なんだが、なるほど、やっと言いたいことがわかった。
「ええ、もちろんです、ライラン。わたくしめは川のほとりの小屋に住んでおりますので、どうぞいつでもお送りください」
ケロケロ。胸をたたいてうなずくと、ライランはさらに顔を輝かせる。
『シャルさん、ケロん家にポスト作っといてください。どうせ見てるんでしょ』
『ニシタニ君に飛ばしといた』
『すごい、シャルさんをあごで使う、このサポアク……』
剣藤さんまだいるんかい。
「それでですね、ヘビ族」
「あ! ケロタニアン、便せんってどこで買うの?」
「雑貨屋か、郵便屋で売っておりますよ。いつでもご案内いたします」
はい、にこにこ! もう言葉に詰まるもんか。ケロは俺と違って話進ませろやなんて思わない。用意された導入の長台詞を何度キャンセルされようが、イラっとしたりしない!
「えっ……」
と思ったら、お嬢さんのほうが言葉に詰まって、驚いた顔をした。
「いかがされましたか、ライラン」
「あ、ううん!」
また首を振り、ケロタニアンを見る。
「どうぞ、よろしくお願いします」
わずかに紅潮した頬。ふにゃっと笑い、ライランはきれいな一礼をしたのだった。
『おい、矢印すでにでかすぎないか』
『この子あれじゃない、塩対応に萌えるタイプ』
『早く話を進めろよカエル』
この声、イアンザークさんですか。ちょっと寒気で震えちゃったんですけど。
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