第16話

 勝利の余韻にひたる暇はなかった。


ーーーーーーー

●メインストーリー(ブルー)「雪世界への誘い」

ジークジュルスの街に、不思議な噂が流れています。雪の夜、どこからともなく歌声が聴こえ、朝になると誰かが消えている…

新たな冒険が始まります。ジークジュルスの酒場へ行ってみましょう。

●ラナーストーリー(ケロタニアン1)「カエルにカエルの過去はない」

カエル族の男性が、助けを求めて酒場へとやってきました。ヘビ族の男が、カエル族の娘を狙っているというのです。フィフスビーツの酒場へ行ってみましょう。

!注意!

ラナーストーリーをプレイするには、予約とラナーが必要です。

プレイする場合はこちら

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 ……出た。

 ラナーストーリー。間違いない、よね?

 そうだ、necolaちゃんに。

 イヤープラグを外し、端末を手にとる。

 手が少し震えていた。



***



 予約が入った。一週間後の22時から1枠。

「はい、アカツラおめでとー!」

 ケロロン、コミカルな電子音を立てて、電子クラッカーが打ち鳴らされる。

 最近通勤場所かっていうマネージャー室にて、ワンガールさんがさらにもうひとつ、クラッカーをケロロン。本日のワンガールさんは人間大ガマガエル。ケロタニアンにちなんでるのかもしれんが、リアル過ぎて似てないし、でかすぎてちゃんと気持ち悪い。人がいやがるアバターが好きってことだけは一貫している。

「そんなクラッカー、どこで売ってるんですか……」

 クラッカーからは紙吹雪とともに笑顔のオタマジャクシが数匹飛び出した。オタマジャクシ達は少しの間、空中でダンスを踊ったあと、すっと消えていく。

「作ったのよ」

「はい?」

「ケロタニアンでグッズ作ってみろって言ったら、ニシタニが1時間でこれ送ってきたわ」

 誰。ラナテルデスの制作チームは基幹60人、そこから社内チームと社外のチームに広がって数百人が関わっている。

「常設コンペで募集かけたの。テーマは『NPCケロタニアンが攻略可能になった場合』。シナリオ、グラフィック、衣装、ゲーム内外グッズ、アクター応援グッズ、他もろもろ。常設コンペは暇だったり、やる気持て余してたり、小遣いが欲しい奴がやるから」

「ニシタニ君、俺知ってるよ。時々グッズ作ってもらったりしてる」

 ひょいっと顔を出したのはシャルさんだ。また暇なのぉ? って思うけど、シャルさんはワンガールさん発症(俺的に誤字じゃない)のサポアクメイン計画に全面協力する姿勢らしい。

「ほら、これとか。仕事めっちゃ早いんだよね」

 シャルさんがラナテルデスでの自分の担当キャラクターに着替え、眼鏡を取り出してかけた。

「眼鏡ですか?」

「そう。めっちゃ普通の眼鏡。ど? 似合う?」

 眼鏡を正しながらスマイル、ウィンク頂きました。チャーミングぅ。ゲームらしい装飾がなく、光沢をおさえた細い銀縁の眼鏡。確かに似合っていますけども。

 シャルさんのキャラは「ミッドティール=アンファ」、花群都市サルドヴィオレに住むお兄さん先生。ほどよい高身長、カスタードクリームみたいなゆるふわ髪に、青と緑の中間みたいな優しい目の好青年。サルドヴィオレは花卉園芸が盛んで、一帯が花で覆いつくされている。住んでいる人々も花農家ばかり。ここで生まれた子ども達はどうせ農家になるからっていうんで学校がない。そんな中で、寺子屋というか青空学級というかをやっている奇特な青年がミッドティールだ。

 ラナテルデスでは花が魔力を持っていて、特に自分の守護花が近くにたくさんあると魔法が強くなったりする。サルドヴィオレはその花の生産の大半を引き受けているわけだ。女神の祝福で、ほっといてもそこらへんに花は咲くんだけどね。この世界は花だらけ。

「オーバルでアンダーリムのやつ欲しかったんだよねー。ユーザーからも人気なんだよ」

「ミチル先生のユーザー、めっちゃ眼鏡貢いでますよね……グッズの眼鏡、種類多すぎるでしょ」

 愛称である。ミチル先生も過去持ちだけど、闇がない。本人もひたすら子ども好き、教育熱心だけどゆるゆる、100%癒し成分でできているという乙女ゲーでは希少キャラ。たまにユーザーから「絶対闇があると思ってたのに」「無害過ぎた」とかがっかり投稿があるが、ラブシーンに関しては「エロすぎる」という声も多数届いておりまして別にシャルさん本人が無害なわけではない。この人、オーバー20にもバリバリ出てるしな……最後までプレイしたらよかったのにね!

「ミチルはあんま突飛なの合わないからねー。ユーザーの傾向見ても、どうしてもリアル寄りのおしゃれに寄っちゃって」

 ミチル先生のグッズ一覧、白衣ベースのファンタジー服も多いが、一番多いのは眼鏡である。

「ま、ともかくケロタニアンはコンペで必要アイテム揃えていくから。サポアク含め、若手育成が目的だし。あんたも見れるようにしとくから、見ていいわよ」

「俺?」

 勝手に進んでいく話に今日もぽかんとしてたら、急に呼ばれてまた口を開ける。

「担当アクターは、自分のキャラクリエイトに関われるんだよ。大御所だと、アクター側が許可するから逆転するんだけど」

「あんたはコワッパだから、参考程度に聞いてあげるわ。気に入ったアイテムがあったら言いなさい」

「はい! 実は人間だった設定はいやです!」

「そういえばケロの人間姿のビジュアルももう送られてたわよ」

 話聞かないねえー。

「まじですか……うわ」

 送られてきたボックスを開くと、確かに立ち絵が3人分。デザインはまちまちでも、髪は全員緑だった。ケロの体色だよな。

「これ、募集開始から1日も経ってないですよね?」

「ほかのコンペで落ちたやつもOKにしてるし、色やデザインを多少調整して送ってるやつもいるんじゃない? 新規で起こすのもいるでしょ。ケロはデザインしやすいだろうし」

 3人とも、人の良さそうな顔、あるいはちょっとばかそうな顔をしている。ケロのキャラをこういう風にとらえてるんだと思うと面白い。

「で、ちょっと真面目な話いくわよ。あとから聞いてなかったとか言ったら張り倒すからね」

「はあ」

 いずれにせよ俺の意思は大半無視されてるわけだが。ワンガールさんが宙に書類を出す。

「正式な企画になったわ。企画名『リトルシークレット』、以後LiSe。特定のプレイヤーに限り、特定のNPCにアクターを入れ、ラナーストーリー対応にする。アクターはサポートアクターに限定し、クレジットへの記載はなし。目的として、ゲーム貢献度の高いプレイヤーの要望に応える、若手育成、新しい企画を試す場を作る」

 そうか、クレジットの記載。メインアクターは担当キャラクターのところに必ず名前が載るわけだが、それがないと聞いてほっとする。でもメインになりたいやつにとっては、公開の実績にならないってことか?

「で、ここね。LiSe対応NPCは、担当アクターを固定しない」

「……どういうことですか?」

「うちとしては、ケロタニアンが攻略できるようになりました、なんて情報は公開しない。かといってライラン嬢も口止めもしないし、漏れたら漏れたでいいわ。で、もしライラン嬢のほかにケロタニアンのラナーストーリーを希望するプレイヤーが現れた場合は、あんたじゃなくて、他のサポアクが担当するの」

 なるほど。ケロだから俺がやる、じゃなくて。

「客ごとにアクターがつくんですね」

「そういうこと」

 それだといろんなサポアクが入れて、1対1だから今回の俺みたいな無様(悲しい)もないわけだ。クレジットがないからできること。あなたにあなたのケロタニアン。

「あからさまにほっとした顔になってるわね」

 ワンガールさんは俺の顔色を読み過ぎだ。俺がわかりやすいの?

 その通り、ほっとしていた。どんどん話が進んでいって、今更メインやりたくないなんてごねられる空気じゃなくて、ほぼ諦めの境地だった。でもこれなら俺はお嬢さんのケロをやるだけでいい。それに、相手をするのは予約枠だけでよくなるから、時間の見通しが今よりずっと立つ。サポアクにもちゃんと入れる。

「あんた、ほんっとにメインやりたくないのねえ」

「伝わったようでよかったです……」

 いまさらだけどな!

 それに、腹はくくった。

「こうなったからには、ちゃんとやりますよ」

 お嬢さんが、ケロタニアンと冒険がしたいっていうならそれを叶える。恋愛をしたいっていうなら、それも。望まない気はするけど、俺が勝手にシャットアウトするのは違うんだろう。きっと。

 心境の変化は、ラナーカード。そこに納められていたケロルートの概要のせい。

 ケロに用意された話は、古き良き冒険、王道のファンタジーだった。民話や童話、伝承なんかをモチーフに、様々な話が用意されていて、お嬢さんなら夢中になるだろうことが簡単に想像できる。マオカさんはちゃんとお嬢さんを見ていた。

 俺は、お客さんを楽しませるのが好きだ。NPCのふりをしてお嬢さんに金魚のフンをしてるのはしんどかったけど、用意されたシナリオと装置を使って物語を展開し、お客さんを楽しませるのなら、おれも絶対に楽しい。

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