第14話

「ご、ごめんね、ごめんなさい…!」

 さて、これで何連敗。


 いやな予感は的中した。妙にお嬢さんが力んでるなーとは思っていたんだけども、お嬢さんは木喰い樹のギミックを処理することができず、俺達はそのたびに全滅を繰り返した。

 半べそで謝るライランを、俺とトルティはなんのなんのと笑顔で励ます。

『もう俺が処理代わりたい』

『ずーっとそう思ってます』

 笑顔の裏、俺とシャルさんだけの会話。

『せめて指示入れてくれたら俺らでできるのになあ』

 このゲームの売りは、難しい戦闘じゃない。とはいえノーマルがぬるすぎるってことでもなく、難易度調整が好みに合わせてできるようになっている。

 全滅すると、復活ポイントに戻される間、関連するヒントが段階に分けて表示される。『難しかったら、誰かにお願いしてみるのも手だよ!』『ゲーム中でも、オプションから、いつでも難易度を変えることができるよ!』などなど。ライランはとっくにこのヒントが出ているはずだから、それでも難易度を下げていないのはお嬢さんの意志ってことだ。やめろ、ノーマルクリアにこだわるんじゃない……!

 お嬢さんはめそめそしつつ、また装備の確認と、手順の確認をしている。「枝が地面をたたいたら、木が傾いているほうを攻撃」、たったこれだけなんだけどなあ。

『いっこわかった。サポアクじゃなく、NPCに徹するって、確かにきついもんがある』

『わかってもらえました? ちょっとだけすっきりですわ』

 サポアクなら多少の干渉もできるんだが、NPCはできない。全滅するってわかっていても、決められた行動しかできず、そしてまたボス地までの移動を繰り返す、この虚無よ。


 時刻は22:40。

『シャルさん、次ありますよね』

『ん? あー、もうこんな時間か。確かにぼちぼちだな』

 何十回目かの雑魚戦。カラスが舞い、アンデッド兵達が様々な武器を手に立ちはだかる。

『じゃ、抜けるわ。あとでまた枠見るけど、おまえもなんか気づいたら報告して』

 完全にテストケースだなと思いつつ、返事をしようとした瞬間、前列で並んで立っていたライランが後ろに吹っ飛んだ。

「ライラン!」

 シャルさんが駆け寄るのが見えた。俺は盾をかまえ、次にアクティブのアンデッド兵に攻撃をする。

「あ、あはは、間違えちゃった。大丈夫」

 ライランのHPは52%。一気に減った。回避はプレイヤーによるミス、ノックバック付き攻撃がヒットして後ろに吹き飛び、そして判定はクリティカルだったようで、運がない。これだからハンマー武器はロマンがある。

 ライランはすぐに前線に戻って来て、雑魚戦は終了。

「大丈夫、ライラン? 一度戻って立て直したほうがよくないかな~」

 ボスはもう目前。灰の蓄積によるデバフはすでに発生していて、回復薬は効かない。ライランのHPが半分であることに対して、トルティの心配、提案はもっともである……(いやだ戻りたくねえ52%あったら倒しきれるだろさっきまでの戦闘でわかるじゃんダメだこの思考は捨てろ)

「う、うん。そうだね、戻って回復したほうがいいよね。また私のせいで全滅しちゃったら、同じことだもんね」

「気にしないで! ライランのせいだなんて誰も思ってないって~」

 シャルさんがトルティらしい応援をする。そりゃシャルさんこれで抜けるもんね!

 ライランはふにゃっとした笑いを返しつつ、影法師に話しかけた。静かに視界が暗くなり、もう何度見たんだかわからないゴドワス爺の家へとエリアが切り替わる。

 はー、この面倒くささよ。昔は俺も冒険型RPGオンラインで遊んでたんだけど、だんだんクエストがだるくなりはじめて、やらなくなってしまった。久しぶりに味わうプレイヤーサイドである。

 再び出発するために準備を進めるお嬢さんを待っていると、シャルさんがまた話しかけてきた。あれ、まだ戻ってなかったの。

『いっこわかったわ。おまえの特徴』

『えっ!?』

 あぶね。ケロで反応しかけた。だから、驚かせるのやめて!

『おまえ、塩なんだよ』

『塩?』

『塩対応』

 えー?

『いや、俺はケロのマニュアル通りでしょ。枠見てもそういう評価くれたじゃないですか、シャルさんだって』

『やっぱ実際に接しないとわからないもんだな。ライラン嬢が吹っ飛ばされたとき、見もしなかっただろ』

 なにを言ってるんだ。だってそれがNPCとしてのケロだ。

『HP4割切ってなかったし、シャルさんが駆け寄って声かけたじゃないですか。戦闘中に発生するNPCからのセリフはランダムで1人でしょ。それは俺も普段はやってるし。ケロしかいないからだけど』

『俺が駆け寄ったのは見えてたんだ?』

『当たり前ですよ。メンバーになにが起こったかは見ますよ。ログも見てる』

 シャルさんがうーん、と頭抱えた感じでうなる。

『そうか、あれで見えてるのか。おまえがゲーマー過ぎるのか……俺の視点だとな、おまえはライラン嬢を一度も見なかった。そりゃーすばらしいオートのNPCだった』

 一瞬、責められているのかと思ったけど、俺間違ってない……よな?

 ライランは5分休憩すると言って、今は椅子に座っている。多分プレイヤーが水分補給やらトイレやらしてるんだと思う。

『じゃあシャルさんやホンドウは、例えばライランが被弾したとき、ケロの設定以上のリアクションを見せてたってことですか?』

『そういうことになるな。それこそ、かなり細かいところの話で。一瞬ヒロインを見るとか、一瞬動揺が見せるとか。メインのときはやっぱ、そういう細かい仕込みはする』

『ライランがそこまで見てますかね』

『おまえ、ライラン嬢に微妙に敵愾心持ってない?』

『振り回してくる相手だなって思ってはいますね!』

 本音でしかない。シャルさんが声上げて笑う。

『普通のプレイヤーは気づかないんだよ。気づく力がないわけじゃなくて、NPCだと思ってるし、NPCがどういうものか知ってるから』

 そりゃそうだ。NPCの挙動を注意深く見ているやつはそういない。ただお嬢さんの場合は、ケロタニアンの中の人を認識したあとだったから、ってことか? それに、お嬢さんは対人乙女ゲーのガチ初心者だってのも関係しそうだ。

『ノンバーバルコミュニケーションなめんなってことかね』

 これだって決めつけるわけじゃないけどな、とシャルさんが断る。

『一緒にいると、おまえがライラン嬢に興味ないってことがすごく伝わった。やっぱサポアクの鑑だよ。フラグ絶対立てないマン』

『褒められてると思っておきますね!』

『わはは! ほんとメイン向いてないなー!』

 げらげら笑いながら、シャルさんは今度こそトルティをオートに戻し、抜けていった。


 ズズン……と、地鳴りを立てて木喰い樹が倒れる。

「やったぁーー!」

「やりましたね、ライラン!」

「おめでとう、ライラン~すごいよ~」

 ぴょんぴょん跳びはねるライランが、俺に両手でハイタッチを求めてくる。トルティともキャッキャッとハイタッチ。

 驚いたことに、再開したライランは非常にスムーズに動き、木喰い樹のギミックも本当に難なくこなしてしまった。俺達のHPはほぼ満タン。

「ああ、よかった」

「見事なお手並みでありました、ライラン。さすがでございます!」

「えへへ、ケロタニアンも本当にごめんね。やっぱり緊張してたみたい」

 照れたように、眉を下げて頬をかく。

「緊張、でございますか?」

「あ、ううん……」

 俺は気づいてしまった。一瞬だったけど、今確かにライランは、トルティを見た。

 今はシャルさんの入っていないトルティを。

「ううん、なんでもないよ! さあ、これでゴドワスおじいちゃんに占いをしてもらえるんだよね。行こう!」

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