第13話
中肉中背、つやのない茶色の短髪に、書き込みの少ないのっぺりモブ顔。肩に乗ってるかわいいリスだけが特徴と言えるかもしれない。
「僕はトルティだよ。はじめましてー」
気の抜ける話し方に、完璧なる人畜無害な笑顔。お嬢さんはまんまと、ほっとした笑みを浮かべる。
「はじめまして! ライランと申します。こちらはわたしの仲間のケロタニアン」
「わたくしめは、銃士ケロタニアンと申す者。お初にお目にかかります、トルティ殿」
にっこり笑うと、トルティもうれしそうにうなずく。
「トルティさん。早速なんですが、わたし達、木喰い樹を倒したいんです。でも負けてしまって」
「え、木喰い樹ー?」
「はい。トルティさんは討伐されたことがあると聞きまして、どうか知恵をお貸し頂けないでしょうか」
お願いばかりで申し訳ありません、とつけくわえる。手土産云々ってのは、情報をもらうためのお礼のつもりだったんだろうか。義理堅いというか、息苦し……いやなんでもない。
「お安い御用だよぉ! 木喰い樹討伐を手伝ってくれるなんて、本当にありがたいよー。あいつら、倒しても倒してもいなくならないからさ、困ってるんだ」
「よかった……お力になれるならうれしいです」
「木喰い樹の場所は知ってるの? 僕も一緒に行くよぉ」
「いいんですか? 心強いです!」
うなずきながら、トルティは一度小屋の中に入り、弓を背負って戻ってくる。
「せっかくまだ日も高いし、説明は行きながらするねぇ。いいかな、ライランさん、ケロタニアンさん?」
「はい。あの、わたしのことは呼び捨てて下さってかまいません。どうぞライランと」
「ありがとう、ライラン。じゃあ、僕のことも呼び捨ててよー。敬語もないほうがうれしいな!」
「はーい!」
頼りないトルティの話しっぷりに、ライランも子どものように元気よく手を挙げた。そしてはたと気づき、俺を見る。
「わたくしめも、どうぞケロタニアンとお呼びください。敬語は癖ですので、お許しを」
俺も友好的に笑い、ライランはそりゃーうれしそうにうなずいたのだった。はい、あっさりお嬢さんから敬語取ったね。おさすが。
ライランがご機嫌で先頭を行く、その後ろをてれてれ歩きながら。
『なにやってんの、って聞かないの?』
『聞いたら負けかなって』
鼻歌でも歌いそうなシャルさんからの通信に、低い声で返す。なんであろうが面白がられてることだけはわかるわい。
『今21時なのに、予約の入っていないメインアクターさんを心配する気持ちはあります』
『いやー、すっぽかされちゃってね。あ、これはほんとだよ?』
『これはってなんですか、これから嘘つくんですか』
予約時間を10分を過ぎてもヒロインが来なかった場合、自動キャンセルとなる。もちろん料金は100%。アクターの枠は00分‐50分で売られているから、00分を少しでも過ぎた時点で次のお客さんは入れられなくなってしまうわけだ。でもうちはかなり良心的なほうで、時間10分前にキャンセル手続きをすれば料金は発生しない。キャンセル出たよーって告知すればすぐに埋まるから、そんなに損しないんだよね。
『興味あるんだよ。あの子が、俺とおまえをどうやって見分けたのかって』
トルティ扮するシャルさんを見る。
『いや、ちがうな。おまえかおまえじゃないか、か』
『……俺、変なことしたつもりはないんですけどね』
『なんだ、落ち込んでるのか?』
首に手を当てる。俺としちゃ、脇役として努めきれなかったこと、しかもその原因もわからないってことは情けない事実だった。バイトだけどサポアクの仕事は気に入ってるし、結構長い間やってきて、それなりに自負もあったんだ。
『結果、シャルさんとホンドウに迷惑かけましたし』
『そんなのは別にいいんだけどな。あ、それでな。俺の興味だけじゃなくて、マネジのお達しもあるんだよ』
『ワンガールさんが絡んでるんですか?』
『そんな露骨に嫌がるなって』
シャルさんの声に笑いがにじむ。トルティとケロは黙って普通に歩いていて、俺とシャルさんはふたりだけのチャンネルで会話している。
『これまでもさ、NPCルートを欲しがる子達っていたじゃん』
地味専、モブ専とでもいったらいいか。攻略対象じゃない街の脇役やおともメンバーを気に入って、そういうキャラの個別ルートを求める人ってのが時々いる。
『今回のおまえの件でさ、そういうルートはサポアクにやらせてみたらどうかって考えたらしいんだよね』
『サポアクに?』
『メインアクター使う場合、どうしても担当キャラにボリュームが持たせなきゃいけないし、契約料も宣伝費もかかったりするんだけどさ。メイン目指す下積みサポアクだったら、安く軽く使えるじゃん? 捌く客も断然少ないし。サポアクの修行にもなるし、俺も面白いかもなと思ってさ』
あのおっさん、そんなこと考えてたのか。ってことは、シャルさんが今ここにいるのは、ワンガールさん公認か。いいんだけど、俺見張られてんなー。
『そういやシャルさんって、養成所の手伝いもしてたんでしたっけ』
『うん。いつかは自分で養成所開いて、将来有望な電脳ホスト達を育てていきたい』
聞こえの悪さよ。
にしても、サポアクが自分用のルート持てる可能性ができたら。
『俺が言うのもなんですけど、勝手にプレイヤーにアプローチしたりする奴とか出てきません?』
『それは大丈夫だろ。客とふたりきりになれるのはAランクからだし、ゲーム内でふたりきりと言ってもメインは必ず裏から見てる。勝手なことしたらすぐわかるよ』
俺は、とりあえず口をつぐんだ。いやだって、そんなちゃんと監視なんかしてないじゃん。俺、時々だけど、遅刻したメインが来るまでのつなぎとか普通にやってるぞ。いろいろ面倒だから未届けで。
『あのな、アカツラ。ちょうどいいから言っておくんだが』
『はい?』
『普通はな、遅刻したメインの尻ぬぐいで、サポアクひとりで客つないだりしないんだ』
沈黙についてしっかり察していたらしい。しみじみ言われてしまった。
『やめてください、そんなことわかってますよ!』
俺だって別に、好き好んで違反の片棒担いでるわけじゃない。時と場合による。でも、すげー上がり症で吃音まで克服して、サポアクで下積み続けて、やっとメインとった先輩が初の常連客つきそうな大事なときに緊張性の腹痛でトイレ行ったりとかしたらさ、受けたりしちゃうじゃん、人として! お膳立てしておきますから安心してトイレ行ってきてって!!
『そうじゃないんだよ。普通メインは、たとえサポアクであっても他のアクターと自分の客を一緒にいさせたくなんてないんだよ』
ん?
『大抵のサポアクは、メインを目指してる。人気なんて日々変わるから、いつ入れ替わったっておかしくない。俺がサポアクだった頃は、自分に出番さえ来れば必ず客つかんでやるのにって思ってた』
つい、ケロのままトルティを見てしまった。いかん、連動してしまった。
『俺らの仕事は人気商売で、俺らはみーんなライバルなのよ』
知ってた? と、からかわれる。
『おまえが変わり種なんだよ。おまえは本当にメインに興味がないうえに、クソ義理堅いんだもん。
トルティが腕を伸ばし、ケロの頭にリスを乗せた。
『イアンだって、おまえくらいだよ。自分の客とふたりきりにするのなんて』
自分がこの世界で、半端な構えしてることはわかってたつもりなんだけど。それがメインの視点なのか。メインはもっと余裕があって、サポアクに客取られるとか考えるはずがないと思っていた。
『……まあ、だから。たとえモブキャラをメインに据えることがこれから増えるとしても、サポアクの挙動はメインがしっかり見張ってるってこと』
俺は、思わぬ先駆けになってしまったらしい。メインに興味がないことが原因だなんて、皮肉もいいとこだが。
こうなったからにはお嬢さんの仕事はやる。けど、メインの仕事には今もまったく興味がわかない。俺はサポートが楽しい。人がごっこ遊びしてるのを、楽しくにぎやかして演出の手伝いをするのが面白いんだ。誰かの恋愛感情とか、たとえどんなに軽い遊びのものであろうと抱えたいと思わない。多分、そういう点で俺は恋愛は好きじゃない。
ライランが気づいて、後ろを振りむいた。リスを乗せたケロを見て喜び、はしゃぐ。
「え、か、かわいいっ…!! ちょっと、しゃし…ううん、思い出残していいかな!?」
なんのことだって、スクリーンショットを撮ることについて、この世界用に気を遣ったようだ。お嬢さんの動きが完全に止まる。大体の人は動きながら撮れるので、ここでもお嬢さんがいかに不慣れかってことがわかるな。おそらく、中のお嬢さんはもたもた操作してることだろう。
しばらく待っていると、撮れたーとにへらっと笑う。
結局、俺はイアンからお嬢さんを奪ったし、メインを目指すサポアクの頭もひょいっとまたいだ。片づけたはずの罪悪感が少しだけうずいた。
***
「木喰い樹には、目に見えない根があるんだよー。それが絡みついてくるの。君達が食らったっていうのは、きっとこの攻撃だと思う」
「うん、動きがすごく遅くなって……」
「聖なる力を使えば、はねのけることもできるらしいんだけどー。僕らにはできないから、そもそも食らわないようにしないとねえ」
歩きながら、トルティはわかりやすくお嬢さんに説明していく。
「どうやったら避けられるのかな?」
「木喰い樹が『見えない根』を使うとき、サインがあるんだよー」
「サイン?」
「枝を何本かね、しならせて地面を叩くんだ。それからその内の1本を自分の支えにして、地中に隠してある見えない根を引っ張り出すんだけど」
木喰い樹は木のくせに移動する。根は普通に地上に見えていて、根で歩くように動くんだけど、本来木の根ってのはもっと長くて多い。見えない根はそれがモデルだったはずだ。
「このとき、木喰い樹が自分の支えにしている枝を攻撃すれば、木喰い樹は見えない根を引き出せず、転んでしまう。そうしたら、あっちの攻撃を封じるどころか、今度はこっちの攻撃のチャンスなんだよー!」
「なるほど! すごい!」
ライランがぱっと目を輝かせる。
「僕の武器は弓だし、ケロタニアンの剣も細身だから、支えの枝を攻撃するのはライランにお願いしていいかなー?」
「う、うん! がんばるね!」
お嬢さんは、大変緊張した様子で、力み切って返事をした。
なんかいやな予感がする。
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