第12話
「あれ?」
丸太の屋根。パチパチと爆ぜる、暖炉の音。ライランはきょろきょろと周りを見回す。
「おお、おぬし達! ぼろぼろではないか。なにがあったんじゃ」
そして、俺達を心配する、しわしわ妖怪ゴドワス爺。ライランはもう一度、きょろきょろして。
「あれ――――!?」
あれー、じゃないんだよなあ。
木喰い樹の攻撃ギミックを知らない俺達(いやさすがに俺は知ってるんだけど)は、あれよあれよと転がされ、さっくり負けた。そして、セーブポイントにしたゴドワス爺の家に強制転送。
「負けちゃったの? う、ううん、負けちゃったのはわかるんだけど」
ライランはまだ目をまんまるくして、ひとりでわたわたしている。これ、俺はケロとしてどんな位置に立つべきか。確かどっかのシナリオで、ケロはヒロインと一緒にわたわたするポンコツにぎやかしを務めてたことがあった気がするから、そんな感じのほうがケロらしいのか……
「なんで負けちゃったのか、全然わからなかった……」
だめだ。俺もポンコツかましてたら終わらないわ。
我がケロ、むむむ、とあごに手を当て、考えるポーズ。
「わたくし、思い返しますに。彼奴のなんらかの攻撃を受けたときから、身体が重たくなりました。身体がいつものように動かなかったのです」
「あ、そういえば私もそうだったのかな……? なんか、いきなりあっちの攻撃ばっかりになって、ラッシュタイムかと思って耐えようと思ったのに、いつまでも終わらなくて……」
おそらく、お嬢さんのゲーム設定はかなり主観に寄っている。だから余計、なじみのない自分のデバフに気づけないんだろう。
俺達は、木喰い樹から攻撃を食らい、行動が遅くなるデバフをもらってしまった。神官なんていないし、ケロもそんなデバフを治せるようなスキルは持っていないから、ターンをどんどん木喰い樹に持っていかれ、ジリ貧のまま時間切れ技が発動して敗北。どかーん。
「レベルが足りないのかな。私、ここの推奨レベルより高いから、大丈夫だと思ったんだけどな……」
気落ちしたのか、お嬢さんはうつむいて考え込む。
ここで、ゴドワス爺のヒント発動。
「うむ……確かにおまえさん達、技量は十分と見える。だからわしも頼んだんじゃ。そうじゃ、北西の山小屋にな、狩人がおるんじゃよ。木喰い樹も何度も狩ったことがある。話を聞きに行ってみてはどうじゃ?」
「あ……はい! そうしてみます。ありがとうございます」
このヒントは、一度木喰い樹に負けるか、別に用意された灰森のクエストを進めていると聞ける。爺、先に言っておけよなんて言っちゃいけない。
灰森は、基本的に意地悪だ。灰森に来るプレイヤーって、基本的にその先の雪世界ゼメスタンにいる攻略対象が目的なんだけど、森に関するクエストを一切放置して攻略対象に直進しようとすると、ここで洗礼を受けるような仕組みになっている。実際、ゼメスタンにいる攻略対象はラナテルデスでも屈指のひねくれもの達で、ヒロインを試しまくるようなやつらばかり。こんなことでくじけるならお帰り下さったほうが双方のためですよ、みたいな。エリアすら演出だそうです。
ちなみにというか、俺らが今やってるこのイレギュラーなクエストが灰森に作られたのは、灰森が過疎ってるせいと予想中。ゼメスタンに行けるようになれば灰森なんてもう来ないし、雑魚NPCのはずのケロが謎にうろついていても気づく人もおらんだろうと。実際俺達は、ここまで遊んでいてまだ他のプレイヤーとすれ違ったことがない。ゴールデンタイムなのにね……。
お嬢さんは丁寧に頭を下げ、ゴドワス爺は俺達を回復してくれた。
ライランはコンパスを見つつ、地図で現在地を確かめながら丁寧に進んでいく。地図には魔法がかかっていて、自分のいる場所がきちんと表示され、動いた分だけ反映される。要は地図アプリと同じ。
――あの子が飽きるまで、一緒に遊んでやるだけだよ。
現金なもんで、今は納得していた。あんだけ意地になったのは、突然サポアクの仕事を逸脱させられそうになって焦ったのと、正直、お嬢さんにイラついていたからなんだと思う。
――わたし、今日が一番楽しかった。あなたと迷路の謎を解いているほうが。敵に追いかけられて、夢中で逃げるほうが。
イアンザークは嫌いだけど、お嬢さんが結果的に彼にした仕打ちは、俺ら対人乙女ゲームのアクターとしてはわりとやりきれない。だってこのゲームのレイティング、スパイスなんだぞ。冒険がしたいなら、冒険RPGに行けっていう。
でも、頭が冷えれば。別にたいしたことじゃないんだよな。リアル乙女ゲーのプレイヤーは総じて成人女性(男性もいる)で、なにを求めてるかなんてそれこそ様々。大人向けレイティングだからこそとピュアを貫こうとしたり、好感度を上げたキャラクターを手酷く痛めつけようとしたり、皆様、口にできない癖(へき)をお持ちでいらっしゃるわけで、人間の業は深い、こじらせた大人コワイ。お嬢さんなんて全然かわいいほう。
今回のこのお役目も、確かに通常のサポアクの内容にはないけど、
――ケロタニアンはライラン嬢の物語でだけ、あんたの持ちキャラクターよ。掘り下げてあげなさい。
はいはい。ってことで、仕事をやるにはいつも通り、ここからだ。
ケロタニアンは、ゲーム開始初期から選べるパーティ用のNPC。用意されている台詞は、メンバー選択時「このケロタニアンにお任せ下さい!」攻撃時「そりゃーっ!」かばう使用時「お守りします!」戦闘不能時の「ゲコォ……」。あとは他シナリオの端役で、ステレオタイプの正義漢として当たり障りのないことを言っている。
ナイトタイプで、戦闘時はオートの場合、前に出て防御を引き受けつつ攻撃。仲間のHPが4割を切ると回復魔法を使い、2割を切ると攻撃を中断してかばうを使う。ただまあ、ケロの回復魔法は2割程度しか回復しないし、ケロの攻撃力もゴミなので、回復魔法使うくらいなら全部かばってろって感じ。
で、メインストーリーを進めると、パーティに選べるNPCが増えていって、ケロよりももっと使えるナイトタイプがいろいろ出てくるので、みんなそっちに乗り換える。ちなみにパーティキャラは動物か女キャラばっかり。下手に男のナイトを出したりして、プレイヤーが気に入っちゃうと困るからね!
で、プレイヤーから話しかけた場合は、想定にある簡単な会話ならできるけど、複雑なものになっちゃうと首をかしげて終わり。
ここまでが公式における、ケロの大体のスペック。これをメインに使えるよう、掘り下げていく……っていってもなあ。
掘り下げる必要って、実はないのではないだろーか。
だって、お嬢さんが求めているのはケロとの冒険。そこにいきなり恋愛沙汰を持ち込まれたら、うんざりしないか? 少なくとも、お嬢さんは男慣れしてないし、ケロのことを気に入ったのも異性を感じさせないからな気がする。
今回のケロルートに当たって追加された「過去に呪いによってカエルの姿に変えられたが、それ以前の記憶を失っている」。この設定を使って、ロマンティック()な展開に持っていくつもりなのはわかるんだけど。
設定にない部分は、基本的に担当アクターが決めていいことになっている。設定は俺には変えられないけど、せめてケロは自分の呪いについてこだわっていないことにしておこうか。だってお嬢さん、ケロが自分の呪いを解きたがってるって知ったら、全力でなんとかしようとしちゃいそうだし。それでイケメン(フツメンでもなんでもいいけど)になっちゃうのは、なんか違う気がする。
しれっとケロっと、人助けに邁進。これだけでいいか。なんだ、全然大したことないじゃん。これで給料上がるなら、確かにおいしいわな。でも他のサポアクの仕事もやりたいから、とっととこのクエストは終わらせよう。いくら個別とるための準備時間とはいえ、ソロパートにずっと付き合わされるのは面倒くさい。だって拘束何時間よ? 個別やりたいなら枠とってくださいね、ってな。すげー俺まじメイン様みたい。
お嬢さんとともに狩人の小屋を目指して、雑魚を狩り狩り進んでいく。
このあと、狩人くんと合流すれば、木喰い樹討伐はスムーズに終わるはず。そしたら森の妖精に灰避けの魔法をかけてもらい、ゴドワス爺の占い結果を聞いてアリュイを探しに行く、と。
狩人くんの名前はトルティといって、モブ顔のモブ青年。木喰い樹のギミックを教えてくれ、さらに一緒に戦ってくれる。動物好きで、肩にはいつもペットのリスを乗せている。武器は狩人らしく弓。
「あ、あった! あれが小屋だね。もうお団子ないけど、大丈夫かな……」
NPCに会うたびに手土産渡してどうすると思いつつ、スルーしておく。え、ってかお嬢さんってここまでクエストたくさんやってたと思うんだけど、まさか本当に毎回手土産渡してたりしないよな?
「行ってみるね。こんにちは、狩人さんはいらっしゃいますか?」
お嬢さんは元気にノックとんとん、声をかける。
少し待つと、がちゃりとドアが開き、狩人トルティが顔を見せた。
「わあ、本当にお客さんだ。珍しいなあ。こんにちは」
「………………」
笑顔を浮かべるトルティの頭の上には、シャルの文字。俺だけに見えるやつ。
はいはいはい。なにやってんのかなあ。シャルさん。
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