第11話
木喰い樹は、灰積もる森における最初のボスという位置づけ。
普通はボスでも雑魚でも、プレイヤーが推奨レベルにさえ達していれば問題なく倒せるものなんだけど、この灰森は難易度が高く設定されている。ボスの行動パターンとギミックをわかってないと、レベルだけじゃまず勝てないのだ。
「小さな池……あった! ここから南西にいけばいいんだね」
ぱっと見渡せる程度の小さな池には、くすんだ色の水草が浮かび、時折風が静かに水面を揺らしている。
「少し休憩しようか。疲れたでしょ、ケロタニアン?」
「ええ、ご配慮ありがとうございます。ライラン」
ライランが座ったので、俺は少し離れて立ち、周囲に目をやった。
「あれ、どうしたの? 休もうよ」
「どうぞ足をお休めください。わたくしめが警戒しておきますゆえ。大丈夫、人でないこの身体は、人よりもよほど体力があるのです」
カエルスマイルを浮かべ、胸をたたいて見せる。
疲れているのは、俺ではなくお嬢さんだろう。さっき息をついていた。ゲームが楽しくて仕方なかったとしても、身体と頭は普通に疲れる。
「あ……そっか」
お嬢さんはやっと、ここがセーフエリアではないと気づいたようだった。他のダンジョンだと水辺はだいたい敵の出ない安全な場所なんだけど、ここは違う。
とはいえ、「警戒」「結界」などのスキルがあれば、一時的にセーフエリアを作ることができる。ケロの警戒スキルは1レベルなので効果時間は短いし、スキル使用者であるケロも回復できないが、今必要なのはお嬢さんのリアル小休憩だから問題ない。ちなみに結界は使用者も回復可能。便利。
「ごめん、気づいてなかった。行こう。わたしだけ休むわけにはいかないよ。それにもしかして、灰がついているから、そもそも回復しないってことだよね?」
「身体は癒えないかもしれませんが、ここまで緊張が続いてきたのですから、一息つくことはよいことですよ。ライラン、少しお疲れなのではないですか」
微笑んで言うと、ライランはうつむき、自分の頬に手をやった。
「どうか、無理なさらず。大丈夫、あなたなら必ずアリュイ達を助けられますから」
ここでゲームを中断しても、大丈夫ってことを遠回しに言う。これはゲームだ。プレイヤーの好きなときに中断できるし、好きなときに再開して続きを遊ぶことができる。
ライランは、顔を上げると俺をまっすぐに見つめた。
「……でも、次はあなたじゃないかもしれないんだよね?」
俺は言葉に詰まった。あろうことか。
うそだろ。ええと。ごまかさないと。
「……どういうことでしょう? わたくしは、ライランがお呼びになればいつでも、馳せ参じます」
空白の時間は明らかで、動揺はごまかしようがないと思えた。ライランの表情は真剣で、俺の動きをなにひとつ見逃すまいとしているようだった。
「本当に?」
「もちろんです、ライラン」
「眠って、また起きて、ここに来て、わたしがケロタニアンを呼んだら……あなたが来てくれるの?」
鈍りきった頭がようやく動き始める。
このお嬢さんの発言はNGだ。キャラを動かすアクター自身に踏み込む発言を続けると、なんらかのペナルティを課されることになる。
「ねえ、あなたは、……」
なにを言う気だ。
とっさに、ライランの口元を押さえてしまった。水かきのついたケロの手に、ライランは目をぱちくりとさせる。
いや俺もなにしてんだ。さわっていいのは、肩と手だけだろって。でも、お嬢さんがなにを言い出すのかわからず、手を引っ込められない。
「…………」
ライランは、俺がなにを言うのかとじっと待っている。
メタ発言ができないのは、俺だって同じだ。したくもない。
「……ライランが呼ぶのであれば、ケロタニアンは参ります」
「だから、その……」
「必ず、わたくしめは参りますよ」
不本意だ。本当に。
でも、とりあえず、次だけは。ここでは放り出せないから。
ライランは目を輝かせた。
***
「順調じゃないのー」
「違うでしょ!?」
鼻をほじるような声に腹が立つ。本日のマネージャー殿のアバターはイソギンチャクらしく、これも合わせて腹が立つ。にゅるにゅるすんな。
「よく考えたら、てかよく考えなくても規約違反ですよね? アクターの指名はご法度でしょ!」
「ふっ。おそまつね、アカツラ」
俺、この職場にいる限り、幅広く罵倒されていく気がする。
「もっと早く気づきなさいよ」
「あ、俺が悪いの!?」
あはははーと軽やかな笑い声を食らわせてくるのは、ソファに後ろ向きに座っているシャルさん。
「まあでも、このケースはどうなんだろうな。むしろ、悪いのは俺らなんじゃない?」
「ええ?」
「だってさ、普通、攻略対象のキャラにはメインアクターがいて、そいつしかそのキャラはやらないわけだろ。途中から俺がイアンザークを演じることはないし、そんなことして客に気づかれたら大問題、クレーム必至よ」
まあ、気づくんだろう……な?
「ライラン嬢は、おまえが演じるケロタニアンを気に入った。なのに、次はちがうアクターが入っていて、そのことにきちんと気づいた。だから、今度こそおまえのケロタニアンと遊びたがっている。……要望としては、まっとうなんじゃないか?」
ワンガールさんが拍手。
「さすがよ、シャル。アカツラが納得の顔になったわ」
「根が真面目なやつは扱いやすいですよねー」
「あーあーあー!」
いや、おかしいはずなのに! なんで言い返せないんだー!
「もうぐだぐだ言ってないで、腹くくれって。あの子は枠代を渋るような子じゃないだろうし、もしそうならそうで縁が切れるだけだ。俺たちはしょせん、金のつながりだからなー」
人畜無害な顔で笑う。
「いいじゃん。あの子が望んでるのは、おまえとの冒険だよ。恋愛じゃない。あの子が飽きるまで、一緒に遊んでやるだけ。それで金がもらえるなんて、ゲーマーのおまえなら天職なんじゃないの?」
***
翌日。ライランは、いつもよりずっと早い20時にログインしてきた。
俺もまたサポアクの仕事を途中で人に任せて、駆けつける。
昨日、ログアウトした池のほとりで、ライランはきょろきょろと周りを見回す。
ケロタニアンを見つけて、駆け寄ってくる。
なにも言わず、俺を見つめる。自分の胸元をにぎりしめて。
「お疲れはとれましたか、ライラン」
「うん……ありがとう、ケロタニアン」
「お安い御用です」
まだ不安げな目元。
この挨拶だけじゃ、俺だってわからないんだな。
俺は、特になにも言わなかった。
でも、木喰い樹を目指して南西に進み、戦闘もいくつか終わったころ、ライランは笑顔になった。
ケロのマントをつかんで、軽く引く。
「来てくれてありがとう。ケロタニアン」
確かにライランは、どうやってだか俺のことを見分けている。俺にはさっぱりわからないんだけど、これが女の勘ってやつなのか?
わからない時点で、俺は演じ手としてお嬢様に負けているわけだ。息をつくと同時に、肩から力が抜けた。負けを認めると人生ってほんと楽。
さて、俺の諦めとともに、ライランとケロタニアンの一行は、無事木喰い樹に惨敗し、ゴドワス爺の家に引き戻されたのだった。
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