第10話

 準備をととのえた俺達は、再び灰積もる森、ゴドワスじじいへの道を進み始めた。お嬢さんは要領を飲み込んできたようで、俺がなにもしなくても順調に進行させていく。

「ここは、敵が多いんだねえ」

 何度目かすでに数えられなくなった戦闘で、ライランは敵が消え去ったのを確認すると、額の汗を拭った。ラナテルデスでは連続して動くと、息も切れるし汗もかく。さらに疲労度も設定してあり、休息なしに行動し続けると疲労度のたまる速度が上がったりもする。面倒な仕組みだけど、これは対人乙女ゲー、キャラが弱るとおいしいゲーム。大勢いるプレイヤーキャラクターに細かい設定を加えるのは負荷がえらいんで、安いタイトルだとできないことだし、小さなリアリティを楽しんで頂きたい。

「はい。魔物の縄張りですから」

「そうか、棲みかにお邪魔してるのはわたし達なのね」

 ……まあそうなんですけど。敵を倒すゲームで正義感を発揮されると面倒くさいと思っちゃうタイプですみません。

「あんまり倒すのも申し訳ないね。灰もいっぱいついてきちゃったし、そろそろ着かないかな……」

 人の入らない灰積もる森では希少な道で、先を見つめながらライランはもう一度小さく息をはいた。

 このゲームはプレイ中、キャラが見える範囲しか見えない。マップを上から見たりできないから、この先がどうなっているのか、どれくらい続くのか、敵がどれくらいいるのか、そういうことはなにもわからない。初見のダンジョンに前情報なしでつっこむのって俺は大好きだけど、閉塞感や先の見えない不安がストレスになるプレイヤーも多い。ライランも少しストレスになってきたとこか? もうちょっと追い詰めたくらいで助けが入れば、好感度稼げそうだよなあ。

「きっともうじきです、ライラン! がんばりましょう!」

「うん! ケロタニアン!」

 何度も繰り返してるこのやりとり。俺としちゃ、ふたり旅にはそろそろ新キャラ入れてほしい頃合だ。入れるならもちろんメインの攻略対象で、お嬢さんなら、のほほん実力派お兄さんとか、同世代のやんちゃまっすぐ主人公系とかいいんじゃないかな。助けてもらうより一緒に冒険を楽しみたい子だし、ばばんとヒロインを守って決めるイアンザークさんとは悲しいくらい相性が悪かったんじゃなかろーか。

「走ってみよう、ケロタニアン!」

「へ?」

「走ったら敵と遭わないかも!」

 ははは。このお嬢さんには無理に恋愛持ち込んじゃいけないね。ちなみにここの雑魚敵はブロックごとのランダム出現です、ブロックの敵を倒せば再出現まで時間がかかるのでしばらくは安全だけど、隣のブロックに行ったらまた敵と遭遇するかのランダム判定が入るので:なにが言いたいかって走ったって意味はありません! お嬢様!


「あったー!」

 あれからさらに戦闘を繰り返しながら進むことしばし。ライランはとうとう、苔とツタが巻きついた丸太作りの家を見つけた。巨木の根元に寄り添うように建てられていて、階段が太い幹を巻いて小さな2階と3階へ続いている。いわゆるツリーハウスだ。

「かわいい、住んでみたい」

 死ぬほど不便そうだけど。つい眉をひそめつつ、口ではソウデスネ、ライラン。

「看板もかわいい」

 表札の看板には、ゴドワス・G・ルイトコペンと、野趣あふれる筆字で書かれている。

「名前も合ってるよね。よし、入るね」

 ライランはぴっと背を伸ばすと、髪とすそを直す。そしてかばんから取り出すのは、土産に持ってきた花見団子。

 クリーム色の木の扉をノックする。

「こんにちは。ゴドワス老はご在宅でしょうか?」

「なんじゃい」

 もったいつけることなく、しわしわのちっこい妖怪ジジイが現れた。


「ほほう、声借り鳥の娘が魔女を怒らせてしもうたか」

 ゴドワスじじいは人間ではなく、地精族というやつで、背は成人でも1mに満たない。頭と足がやたらと大きく、灰色の肌でしわしわ。切れ長の目は黒目が小さく、女性向けゲームの味方キャラのわりに容赦なくかわいらしさのない外見である。ちなみに花見団子は喜んでくれたようだ。

「はよう行ってやらにゃ、取り返しのつかんことになるな。どれ、ではわしが占っておいてやるから、おまえ達は木喰い樹を1体倒してきなさい」

「木喰い樹?」

 ライランがまばたきをする。

「木喰い樹は、この森の木を食ってしまう木の魔物じゃ。放っておくとこの森が丸裸になってしまうんでの、なるべく倒すようにしておるんじゃよ。まあヤツらはいつのまにか殖えよるから、倒しても倒してもいなくなりそうもないんじゃがの」

「そうなんだ……わかりました!」

 このゴドワス老から出される木喰い樹討伐依頼は、全キャラクター共通で起こる。これにクリアするといつでも灰避けの魔法をかけてもらえるようになり、灰積もる森の探索が格段に楽になるわけだ。

「ちょうど昨日、木喰い樹を見たところだったんじゃ。西にしばらく進むと小さな池に突き当たるから、そこから南西だ」

「ご親切にありがとうございます。木喰い樹を倒すとき、なにか気をつけることはありますか?」

 お、進歩してる。そうそう、情報収集大事。

「そうじゃな。まず、火は使うでないぞ。火が嫌いな魔物ばかりだからな、あっというまに関係ないやつらにも襲われてしまう。あと、木喰い樹が木を食い終わると、大量の種を吐くんじゃ。これを体にくっつけると大変なことになってしまうから、木を食い終わる前に倒すか、必ず避けるようにしなさい」

「はい、火は使いません。大変なことって……?」

「体にくっついたとたん、根を張って発芽するのじゃ」

「えっ」

「無理に引っこ抜くと、激しい痛みをともなう。気の弱いものだと、気が違ってしまったりするぞ」

 ライランの顔がわかりやすく青ざめる。ちなみにこの木喰い樹の種は、色っぽいイベントにも使われたりします。ヒロインにくっついたやつを取るイケメンとか、イケメンにくっついたやつを取ってあげるヒロインとか。痛みに耐えるってえろいよね。痛覚がない分は見た目の痛々しさや重苦しさなんかで演出である。

「わ、わかりました……気をつけます」

 ライランの表情にちょっと緊張が生まれる。それでよか。この木喰い樹、エリアの中ボスである。

「おお、そうじゃった。その前に身を清めてやろう。ご苦労じゃったな」

 ゴドワスじじいは、部屋の奥に設置された魔法陣に向けて杖を振った。青白い光が発生する。このゲームのプレイヤーならみんながお世話になる回復の魔法陣。ライランと俺は礼を言い、魔法陣に足を踏み入れた。灰が落とされ、HPも技ポイントも全快。

「あと、わしの影法師を連れていくかね。おぬしらが危険なときには、ここに連れ戻してくれる」

 これはつまり、セーブポイントをここにするか、と聞いている。戦闘不能になったときにフィフスビーツの教会に戻されるんじゃなくて、このじじいの家に戻るように設定するか、ってこと。あっちまで戻ると、またここまで来ないといけない。

「はい、お願いします。助かります」

 笑顔で礼を言うと、ライランと俺は再び森へ、今度は西へと向けて出発した。



  ***



 リアル時間はすでに26時をまわった。が、ライランの足は止まらない。夢中になって朝までゲーム、結構なことだけど、文句も言わず何時間でも付き合うプログラム達はほんと偉大だよ。

「西はこっちだよね……」

 コンパスで方角を確かめながら進んでいく。手慣れてきた様子に、ますますもって俺は退屈である。正直なところ、さっきから眠気が襲ってきている。俺は完全な夜型で、平日寝るのは朝の6時とかだから、原因は体力でなくこの単調な現状。もーこれ俺じゃなくても、オートケロでいいんじゃねーの? 少なくとも木喰い樹のとこまでとかさあ。

 ケロとしてライランについていきながら、前を進むライランの表情を見るため、こっそりヒロインカメラを操作。ケロの手のひらにビューを出して、気づかれないよう盗み見る。ライランはそりゃあ元気いっぱいな顔で、目をきらきらさせていた。ゲームが楽しくてしかたないって顔ですね。うっうっ、今日の終わりが見えないよう。

 あひる口(カエル口か?)でなんとも言えない微笑を浮かべた俺は、マネージャーに直接テキストメッセージを送った。あの人らはとっくに楽屋から引き払っている。

『ワンガールさーん、眠くてやばいです』

『お姫様にキスしてもらえるようになったら寝ていいわよ』

 ワンガールさんからの返信は、俺にだけ聞こえる通話。

『ちょっとのあいだ、ケロをオートにしていいですか』

『そのまま起きない気? 仕事しなさい仕事』

『何時間も出ずっぱなんてサポアクにないでしょ! 俺同じことしか言ってないんですよ、いつまでプログラムの真似やってりゃいいんですか。プログラムがやればいいでしょ!』

『っていうかアカツラ、あんたまだプログラムの真似してんの?』

 ワンガールさんの声が突然、不穏。ええ?

『マジレスするとこかわかんないけど、プログラムの真似してるんじゃなくてケロタニアンやってるんですよ。そんでケロってこういうもんでしょ』

『この○○○○(文字数は実際に関わらず4文字で表されます)が!!』

 あぶね、ケロで声出しかけた。おい公序良俗引っかかって伏字説明かかったよ!? なんて言われたの、俺。セーフモード外しとこ。通話にも対応できてしまってるあたり、ノーサンクスこわい。

『NPCのカエルやるだけで給料もらえると思ってんじゃないわよ! あんたはこのシナリオ中にライラン嬢の心をつかんで次回の個別で指名をとるのよ、決まってんでしょ!』

『俺の仕事はお嬢さんに恋をさせることじゃねえって言っただろ!?』

『それはシャルが勝手に言ったことでしょ。あたしじゃないわ』

『小学生かこの』

 罵倒はこらえた。途中送信になっちゃったけど。

『まあ、シャルの言ってることでも合ってるから』

『どういうこと……』

『あたしからすれば、ともかくお嬢さんが次回から個別を申し込んでくれるようになればいいの。理由が恋だろうが、そうじゃなかろうが、そこは気にするところじゃないわけ』

 そりゃまあ、運営としちゃそうなんだろう。

『あんたは確かにケロをやればいい。でも、それは営業努力を放棄していいってことじゃないわよね』

 うわー。うわーいやな流れー。

『あんたは従業員として、このシナリオ中に、これまでのケロを踏まえながらキャラ性を広げて、ライラン嬢にさらなる楽しみを予感させるよう努めなきゃならない』

 正論に聞こえる気がするけどどうなの? 俺、だまされてたりするの? やばいわからん。

『えーとなんだったかしら。そう、灰森は攻略に時間がかかる? 違うでしょ? 制限時間を長くとってあげたのよ』

 笑った声が笑ってない。低音オネエこわい。

『あと、メインはやりたくない、だっけ? お客に見抜かれるような個性を出しておいて? そんなサポアク、あんたが一番嫌ってたじゃない。ちなみにあたしも大嫌い』

 痛い。個性出したわけじゃねえって怒鳴り返したかったけど、ライランが俺を見分けているのは事実のような気がする。

『ライラン嬢はあんたを見つけて、選んだ。だったら次にあんたがすべきことは、ライラン嬢がお金を払って買いたくなるような価値を作ること』

 ぽんぽん言われるまま反論が思いつかない、追いつかない。管理人はアクターより口が立たないといけないってほんとだった。

『ここまでで言い訳には付き合ってあげたでしょ。あんたはライラン嬢のメインになるべく努力するの。ケロタニアンはライラン嬢の物語でだけ、あんたの持ちキャラクターよ。掘り下げてあげなさい』

 ライランが振り向いて、敵の気配を伝えてくる。やりすごすことを覚えたライランは、ケロを連れて森のしげみに身を隠す。

『このシナリオが終わったらライラン嬢のプレイヤーは、個別ルートの発生によって、誰かがケロタニアンを演じていたことを確認するわ。そしてまた同じ冒険をしたいと望むなら、今度は高いお金を払わなきゃいけないことを知るの』

 じくりと、胸がいやな感じで痛む。

『そのとき、あんたがここでやったことが問われるわけ。また遊びたいか。お金を払うならもういいやって思うか』

 メインはいつもそういうのと戦ってる。ほんと、いやなプレッシャーかけてくれる。

 すぐ隣で身をひそめるライランと目が合う。ライランはいたずらっぽく笑って、人差し指を口に当ててみせた。

『つまんないショーはやめてちょうだいね、アカツラ』

 演技ロール中だろうがやめないんですね、容赦ない! おかげでライランに返した笑顔が、妙に元気がなくて引きつっちまった。

 安全を確認し、再び進路に戻る。

『すげえはめられた気分です』

『あんたは結構はめやすいわよ。知らなかったの?』

 うるせえわ! 知らなかったよ!

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