第9話
リアル時間は23時20分。ライランはというと、武器防具屋であーのこーの中。まだまだかかりそうだ。
冒険者パートにアクターを使わないのは、このRPG部分で人を付き合わせず、プレイヤーのペースで楽しむためなんですけどね。いいですとも、待ちますとも。
ライランの様子をチェックしながら、俺はフィフスビーツの町を歩くことにした。ただの暇つぶし。出番待ちにゲームやったり動画見たりするやつもいるけど、俺は集中して時間忘れちゃうから他のことはできない。
選んだアバターは町人050011A。今の俺は太ったおっさんで、ゲーム内の時間は14時半、昼を過ぎた頃合。田舎町は今日ものほほん、ゆっくり傾きをはじめた太陽であたたかく満ちている。
「ひっさしぶりだなあ」
思わずぽつり。この町、ゆっくり歩くのはほんと久しぶり。サービス開始前に町の様子を覚えるために歩き回ったのと、開始直後にあふれたプレイヤーをさばくのに走り回って、それ以来か。
フィフスビーツは、最初に選べる11の初期の町のひとつだ。2から12までの番号が振られ、ナンバーズタウンと呼ばれる。町にはチュートリアルNPC、周辺エリアには低レベルのモンスターが配置され、ここで基本的な力をつけてから王都や他の大きな都市へ向かう流れ。
フィフスビーツを拠点にしてるプレイヤーは全体の1%切ってたんじゃなかったかなあ。1位は王都キングシュルツ、2位が芸術の都アクアローゼで、便利ってことはもちろん、人気の高い攻略対象のほとんどがそこらへんの都市にいるからだ。自然、サポアクの仕事もあっちに集まる。
俺は今は、この自然に癒されるべきときなんでしょう。重い体で目ぼしいところをてれてれ歩いたあとは、ベンチに座ってひなたぼっこを決め込んだ。ゲームの中でも、太陽を浴びているのは心地いい。
「あれー、おじさん? なんか珍しいとこで休んでない?」
驚いた。閉じていた目を開くと、明るいオレンジ髪のボブっ娘が俺をのぞきこんでいた。
「シチューおじさんだよねえ。ここ歩いてるとこ見たことなかった気がしたけど……」
ボブっ娘プレイヤーは、独り言として首をひねる。俺をNPCだと思っているんだろう。
へえ、この娘、シチューおじさん知ってんだ。くすっと笑みが浮かんだ。
町をうろつく町人NPC達は、見た目は量産型使いまわしだけど、設定はそれぞれにつけられている。そうじゃないとプレイヤーに話しかけられたときに受け答えできないしね。
で、このおっさん、普段は日中は延々と外を歩いている。奥さんに邪魔にされて家にいられないというかわいそうな事情から。でも夜になると家に入れてもらえて、いつも奥さんと一緒にシチューを食っているのだ。だからシチューおじさん。ちなみに何の仕事をしているのかは、絶対に答えてもらえない。
こんな辺境の町人小ネタなんて知ってるとは、このボブっ娘、よほどフィフスビーツを好いてるんだろうか。急ぎ彼女のプレイ履歴を確認する。
「おじさん、今日の夕飯もシチュー?」
「うん。そうだよ。妻のシチューは世界一だからね」
「ふふ、いつも夜になると、いい匂いしてるもんね」
お決まりの会話。からの、悪戯心とサービス心。
「君は、今日はひとりなのかい? いつも一緒の双子のキャットアテロは、どうしたんだい?」
「え」
彼女は目をぱちくり。それからまばたき。
「え、サポアクさん? ほんとに? どうしておじさんに?」
察しが早い。ちょっと頬を紅潮させて、うれしそうに戸惑ってくれる。問いかけには答えられないけど。
「いつもこの町を守ってくれてありがとう。でも、若い娘さんなんだからね、体に気をつけておくれよ」
微笑んだのはおっさんだが、彼女はくすぐったそうにうなずいた。驚かせてごめんねー、いつも遊んでくれてありがとねー。
「この町で始めたから、この町が好きなんです。こっちこそ、いつもありがとう」
はにかんだボブっ娘に言葉は返さないけど、ちいさーくうなずいた。そう、中の人なんて存在しないのであるからして。ね。
俺おっさんはベンチを立ち、挨拶をしてボブっ娘と別れた。こういう小さな町も愛してくれるってのは嬉しい。
さて、時計を見れば、すでに23時45分。装備ととのえるのって、慣れないとほんと時間食うからなあ。それもお嬢さんそこらへんやってきてない人だから、余計だろう。
いずれにせよ、あと15分で御役御免。お嬢さんはいつも24時には上がる。
また窓でお嬢さんの様子をチェックすると、お嬢さんはやっと待ち合わせの転移石の祠へと移動を開始したようだった。
***
「ごめんね、ケロタニアン! お待たせしました!」
「いいえ、とんでもございません。命に関わること、準備をしすぎるということはありませんとも」
カエルってもしかして2枚舌でしたっけね、俺は絶対2枚舌。メインさん方はきっと8枚舌くらいあると思う。
ライランは、マブリー装備に新調したようだった。これを選んだか……性能◎見た目×の、初心者プレイヤー泣かせの装備を。
暗く濁った黒に近い緑に、差し色がラクダ色。体を縛るようなハーネスタイプで、肩当や胸当ての部分が妙にもっこりとしていてひたすらにダサい。ただし、店で買える防具では抜群に性能がいい。値は破格と言える。
初心者プレイヤーの手助けとして、でも見た目までよいと装備品の価値が狂うから……という理由からなんだけど、デザインしたのがプロデューサーで(デザインは素人)、『見た目命の女性ユーザーが着たくもない装備を泣く泣く着ると思うと滾る』というアレな理由もあることを俺は知っている。
「えへへ……これが一番防御も素早さも上がったから……」
ライランは気恥ずかしそうに言い訳する。確かに恥らう姿は俺も大好物ですけど、理由がこれだと申し訳なさのほうが立つわい。よく着たね。えらいよお嬢様!
「ケロタニアン、お薬いろいろ買ったの。遠慮なく使ってね」
「これは頼もしい。ご配慮、痛み入ります」
道具袋を示してから、ライランは大きくうなずいた。
「よし、じゃあ行こう! 今夜中に、ゴドワス老様のところにたどり着いてみせるよ。なんたって、明日お休みだからね!」
「……はい、ライラン!」
あ、まじでー!
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