第6話

 受け取ったいくつかの番号は、ライランとケロタニアンの枠の録画。

 一番若い数字は休止の翌日。シーンは、俺タニアンがライランと別れた直後から始まっていた。


 目を開いたライランは、状況を把握しようと周りを見回した。自分がひとりだと知ると、おそらくはケロタニアンを捜して、周囲を歩き回りはじめる。そこへケロタニアンが戻ってくる。

『ケロタニアン!』

 ライランは、現れたカエルの銃士を喜色満面で迎える。

『あのね、招待状届いたよ。でも無効になったことについてなんにも書いてなかったの。友達に聞いたんだけど、それって昨日のことはちゃんとカウントされてるってことなんでしょ? ほら、経験値も昨日稼いだ時のままだし』

 招待状を見せたり、自分のステータスを見せようとしてできなかったり(システム的に不可です)、慌ただしくライランはカエルに語りかける。

『だからケロタニアンも、昨日のこと忘れてない、……ってこと?』

 このケロを演ってるのは、ホンドウ君だ。

『失礼、ライラン。周囲を見回っておりました。昨夜一緒に眺めた夜空は綺麗でしたね」

 丁寧にうなずいたあと、今度は招待状に目をやり、首を傾げる。

『こちらについては、すみませんが、わたくしめにはわかりかねます』

 これはお約束で、ゲームの外側の要素を見せられたときは、アクターでもNPCでも「理解できない」といった態度をとる。たとえわかりきっていてもわからないと言われれば、大抵のヒロインはちゃんと察する。

 ということで、昨日のことがノーカウントになっていないことを認めつつ、外側のアイテムを無視することで、もうゲームストーリーに入っているよと言外に伝える。このホンドウ君の対応は模範的だと思う。

『……あ、そっか! うん。すごく綺麗だったよね』

 ライランもなんとか察せたようで、俺も安心。

 それからライランとケロタニアンは、イアンザークの元へ戻ったが、ケロタニアンと別れた場所に彼はいなかった。

 これは、「心配ならイアンザークを捜せ」ってことだ。

 マネージャーのワンガールさんは、顧客確保にあっさりとケロタニアンのルートを作らせたけど、さすがにイアンザークさんをガン無視するわけにもいかないから、彼ルートの選択肢もまだ残してるわけだ。ライランの告白から、望み薄だとは思うけど、でもこの引きだとあれだよなあ。

『早くイアンを捜さなきゃ』

 ライランは予想通り、イアンザークへの心配を見せた。うん、この子ならそう言うよね。

 俺らからすれば、その気になれない相手をいつまでも追いかけるなんておよしなさいよって感じだけど、彼女からしてみれば『大切な友人』とかそんなんなんだろう。これ乙女ゲームなんだってばさ、お嬢さん。男と女に友情は存在しないんです。ことこの世界において。

 って、まさか。ワンガールさん、イアンザークさんとケロを絡めるつもりなのか? そんなことしたらメインアクターふたり雇うことになって、調整料合わせて倍以上になる。まさかあの所得見たからってそこまで欲かいたわけじゃないよね!? ちなみに逆ハーレムは意外とそこそこの値段で済む。こっちはサポアクでやりくりするから。余計な心配しつつ、続きを見る。


 森を歩き回っても、ライランはイアンザークを見つけることはできなかった。ケロタニアンにうながされて渋々町に戻ると、イアンザークが戻っているという情報を聞く。

 ケロタニアンと別れ、ライランは引き続き町でイアンザークを捜す。以前から彼が好んでいた廃墟の教会で発見するが、イアンザークはつれない態度を貫いた。ただ、別れ際、『もうおまえに手出しはさせない』と言い残す。

 このイアンザークさん、本物だ。これ、料金が発生する恋愛パートじゃないのに、サポアクに任せなかったのか。よく時間空けたもんだよ。 あの人って自分のキャラを他人にやらせんの大嫌いらしいけど、ライランに思い入れあったりしたのかな。

 残されたライランは、しばらくぽつんと立っていた。

 イアンザークはライランを突き放した。ほんの少しだけ、最後の望みを残して。

 でも、立ち尽くすライランには、吹けば飛びそうなその細い糸すら、とても重く感じているように見えた。

 

 キャラ攻略ゲー、飽きたキャラのルートを放置するのとおんなじ。十分な金をもらうんだし、興味を保てなかったアクターの力不足、もしくは縁がなくなったってそれだけ。ほんと、それだけなんだけど。

 うつむいたままのライランを見て、帰ってしまいそうだな、と思った。これは枠とか料金関係なしの冒険パート。一番最初の入会金だけでいつでも何時間でも遊んでいられるし、いつやめたっていい。

 この冒険パートでレベルを上げたり、気に入ったキャラを探したりする。お目当てが見つかったらルートに入るための条件をとって、揃えられれば恋愛パートのマークがつくから、あとは料金払って枠とって、恋愛パートで遊べる、ってわけなんだけど。

 楽しくないゲームなんて、やる価値ないよなあ。

『ライラン! イアンザークは見つかりましたか』

『ケロタニアン』

 お、ホンドウくん。引き止めにきたか。そうだよな。

 ここでログアウトしたら、彼女はきっと、もう戻ってこなかっただろう。

『無事でありましたか? いえ、かような邪悪の騎士を認めたわけでは決してありませんが、ライランを助けようとしたことだけは認めてやらねば、公平さに欠くと思い』

『うん、怪我とかは大丈夫そうに見えた』

『そうですか、それは重畳。しかしライラン、あなたは元気がないようですが……まさか、あの邪悪の騎士がなにか酷いことを』

『してないよ! イアンはとってもやさしいから』

 ホンドウ君、ちゃんとイアンさんを立ててるなあ。それともライランがイアンザークさんのルートに戻らない自信があるのか。

 アクター同士の客の取り合いは禁じられてて、なにかあった場合はヒロインと一緒に過ごした時間の長い方を立てるように決められている。もちろんいつも結果がその通りに動くわけじゃないけど、まあやっぱり、同僚、同業へのマナーというか仁義というか。そんなん。

『それならよいのですが……そうだ、ライラン。実はわたくし、あなたに力を貸してほしいことがあるのです』

『わたしに?』

 これがケロのルート開始だ。正確には、ルートに入るための条件。

 ライランはケロタニアンの頼みを快く引き受け、再び冒険パートを開始した。


 ホンドウケロタニアンは下手を打つこともなく、ライランはまた笑顔を見せ、パートは順調に進む。シナリオは、ややとぼけた珍事の起こる日常。冒険パートにアクターひとりがついているのは普通じゃないが、ここでライランとケロタニアンの仲が深まれば、恋愛パートのマークがついて、ライランはルートに入るか選択できるようになるんだろう。


 異変があったのはどこだったのか。

 ともかく、ケロタニアンに対するライランの態度が、どこかから変わった。まじまじと彼を見つめて、その視線にはなにか、探るような、見定めるような様子が見られるようになる。

 ケロタニアンに対しどこか戸惑いがちになり、終盤、ライランは決定的な心情をうかがわせる。転んだライランにケロタニアンが手を差し伸べた。でも彼女は一瞬、その手をとることをためらった。

 手をはねのけたとか、そういうわけじゃない。ライランはケロタニアンの手をとったし、変わらない笑顔でありがとうと言った。

 でも俺達アクターはヒロインの顔色ばっかり見ている。ライランがケロタニアンに心を許していないことが、その一瞬でわかってしまった。

 ホンドウケロタニアンは、この枠で役交代を言い出したようだった。


 ライランは次も遊びにきたし、またケロタニアンをパーティメンバーに選びもした(今度入ってるのはシャルさん)。楽しそうだし、普通に遊んでいるように見えるけれども、確かにシャルさんの言う通り、彼女は他のケロタニアンとすれ違うと視線を奪われていた。

「なんなんだ?」

 頭をかき、もう一度ホンドウケロタニアンの枠を見直す。おかしなところ、あったか? むしろ若手っつっても、やっぱりメインやるだけあるな、って思ってたのに。NPCのケロタニアンらしく、でも少しずつ彼らしさを見せていく様子は、なかなか楽しめた。

「アカツラちゃーん。なにかわかったぁ?」

 椅子から落ちそうになった。巨大カタツムリに背後から肩つかまれたらおまえ、大声あげなかった自分を褒めちゃうよ。しかもまた触角だし。

「おどかさないで下さいよ!」

「ホンドウ君はやる気だったのよー。あんたの枠を何度も見て、研究していたようだし」

 にょっこにょっこ、触角を伸ばしたり引っ込めたりして遊んでいる。こんなアバターどこで売ってんだ。

「わかりません。普通にうまいと思いましたけど」

「アカツラちゃん、あんただったらこういう風にやる、ってところはなかったの?」

 口を曲げて、やはり首を横に振るしかない。さっきからそう考えながら見ていた。

「なんか思い込みとか、そういうのじゃないですか。ケロタニアンはこうだった、とか妙な感じでイメージ固めちゃったんじゃ」

「そういうのも、まあ、可能性としてはあるでしょうね」

 なんですかその目。触角か。

「もしそうだったら、シナリオ代も、メインアクターふたりを何度も使った分も、無駄になるわけね」

「……そうですね」

「ねえ、アカツラちゃん」

「俺はやりませんよ!」

 立ち上がった瞬間、巨大カタツムリの体中から触角が突き出る。にょわああああ気持ちわりいいい!!

「ちょ、グロ! 禁止でしょ!!」

「ほほほほ、事務所内にレイティングなんか存在するもんですか! さあアカツラちゃん、お返事は? もちろんNOと言ってもかまわないのよ。ご存じうちは優良企業ですからね!」

 触角が俺の体にまとわりつく。そりゃ感触はない、ないんだけどー!

「やれよアカツラ。俺もどうなるか見たいし」

「シャルさん!」

「だっておまえ、ライラン嬢に特別なことしてないんだろ? だったら彼女は、おまえが演ってたって気づかないはずだ」

 シャルさんがにやにや笑う。

「アカツラ。ライラン嬢がおまえに気づかなかったら、もうこの件に関わらなくていい。でももし気づいたら、おとなしくおまえがケロタニアンをやれ」

「そんな」

「そうよアカツラちゃん。あんたが最初から引き受けていれば、だめになってもうまくいっても、ホンドウ君やシャルに面倒はかけずに済んだのよ。そうでしょ?」

 それはそうかもしれん、けど。

「俺にも落ち度はないでしょ!? つーかそもそも、俺にも自分の勤務形態を選ぶ権利があるでしょ!」

「おまえに落ち度があったかどうかは、ライラン嬢が証明してくれるさ。さあいけ! ケロタニアン!」


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