第5話 探しています
「ケロタニアンが襲われてるぅ?」
マネジ、頭おかしくなったんか。バイト先からの緊急呼び出しに飛び起きて、寝ぼけた頭のまま時計を見ると午前10時。眠ったの6時だぞ。勘弁してくれ。
「……で、用件はなんでしたっけ」
『だから、ケロタニアンが襲われてるの。なんとかしてちょうだい』
マネージャーのワンガールさんが頭が痛そうな声で言う。ケロタニアンってことは、ゆうべのお嬢さんがらみだろうか。
『イアンがあんたに言えって言うのよ』
「イアンザークさんが?」
うええ。トラブルの匂い。
「……それじゃ、出勤したら話聞きに行きます」
『のう。なう』
「…………」
『じゃなきゃ、なんのために電話したと思うの』
そらそうかもしらんけど! さよなら俺の休息。にっくき携帯端末をベッドに投げて、ノーサンクスのスリープを解除。通勤時間15秒は、便利で気楽で面倒くさい。
「おあよござまっすー」
「おはよ、アカツラちゃん。ほら、あれ」
マネージャー室に出向くと、今日の内装はキノコのみっちり生えた洞窟、マネージャーの姿は170cmほどのカタツムリだった。彼の気分でころころ変わるんだけど、微妙に笑えない趣味なのは一貫している。てか、微グロなんだよ。粘液まで再現するのは視覚の暴力だ。
言われてのぞいた窓には、やっぱりライランが映っていた。そして、ケロタニアンに詰め寄っている……ように見える。
「これ、録画ですよね。なにしてんですか?」
「彼女、珍しく朝早くからログインして冒険パートをやってたんだけどね。ケロタニアンとパーティ組んだと思ったら質問責め、そのあとは他のプレイヤーが連れてるケロタニアンを見つけて質問責めで。他のプレイヤーから苦情が来たの」
お嬢さーん!?
「なんでそんなこと」
「イアンは、ケロタニアンのルートを探してるんじゃないかって」
「へあ」
「アカツラ……あんたのケロタニアンが、彼女のハートを落としてしまったようね……」
「落としてませんよ!」
なんだ、その悪い冗談!
「ないのなら、作ってしまえ、ケロルート」
「うまくないですからね」
「今から発注かければ明日にはシナリオの1、2話分くらいできるわよ」
「いやいやいやいや。……イアンザークさんへの予約は?」
「今のところないわ。もともと、予約の間隔は長いお客さんなんだけどね。イアンだし」
人気キャラの予約って取るの大変だから、枠が終わったら速攻で予約入れるのが普通なんだけど、イアンザークさんはちょっと違う。人気キャラでありながら、一度に持つ顧客数を抑えて、しかも1日14時間分の枠を開けているため、顧客にさえなれれば予約がきちんととれるという、非常に良心的な営業スタイルなのだ。
ちなみに本当はもっと営業時間を増やしたいらしくて、なんでかっていうと『イアンザークは愛した相手が望むならいつでも応える』というキャラ性を表現したいからだそうで、そうかプロ意識って愛なのかしらん、みたいに教わりそうになってしまう。ヒロイン以外には本当に性格悪いから嫌いだけど。
そいでもって、そんなイアンザークさんにライランが恋をしなかったのも、俺のせいじゃあないんだけど。
「ワンガールさん、昨日の休止中の枠見ました?」
「見たわよ。ライランちゃんとケロタニアンの大冒険。もちろん、ライランちゃんの秘めたる告白もね」
だよな。このゲーム内で起こっていることは、すべて録画されている。
「ライランが求めてるのは、一緒に冒険できる仲間なんですよ。恋人じゃない」
「いいじゃないの。遊んでるうちに芽生えるものもあるわよ」
つい、眉をひそめてしまった。
「俺はやりませんよ」
「やらないの? 美味いのに」
もうひとつ窓を出し、データを指してくる。
「ほら、彼女の個人所得」
目玉出た。え、なにやってんのお嬢様って? 対人乙女ゲームは本人に所得がないとできないから、家が金持ちなだけじゃだめなんだけど。親からもらった土地でも転がしてんの?
「で、うちの時間代と、メインアクター取り分の下限がこれ」
今度はどっからともなく取り出した電卓をたたいて見せてくる。その額にまた目玉がぽろん。今の俺の何倍だ。でも、さっきのお嬢さんの稼ぎだと痛くもないのか。
「メインの契約しろってんじゃないの。ライラン嬢の予約が入った時だけでいいわよ。それにあんた、どうせ本業ではろくに稼げてないんだから、いい話でしょ」
「ものすごく余計なお世話なんですけど」
「フルでうちに入ってるくせに」
耳に栓。
「俺の仕事なんて誰でもできますよ。昨日だって別に変わったことしてない。ライターにシナリオおろしてもらえば、さらに簡単でしょ。ケロなら、それすらもったいないくらいじゃないですか」
ケロタニアンは、優先度E。おともキャラの中でもかなり低いほう。この優先度って、なにかの理由で設定を変えなければいけないときに、低いほうをいじるってこと。だから、礼儀正しく誇り高く、ステレオタイプな発言で主役達を引き立たせる……なんて役割が、メインなんかとぶつかった日にゃーどうにでも変えられて、実は悪いことを企む小悪党だった、ってことにされることもある。
「オルゴールについては、曲を渡しておきます。あとなんかありますか」
昨日の曲のファイルを取り出して渡す。ぴょこぴょこはねて踊る音符を受け取りながら、ワンガールさんは肩をすくめる(どこが肩だかわからないけど、なんとなく伝わる)。
「ほんと、いい仕事だと思うわよ? 彼女は枠の取り方が22-24時で規則的だから、予定も組みやすいじゃない」
「それよりワンガールさん、目玉で電卓たたくのやめてくださいよ。痛そうだし、かたつむりの触角はつつけば引っ込むもんでしょ」
ワンガールさんは、ぴんっと触角を伸ばした。
「なに怒ってんのよお?」
怒ってないやい。
断った理由は、いくつかある。
まずは、荷が重い。メインみたいにプレイヤーの期待を一心に受けるような重圧は、俺の好むところじゃない。脇役でやいやい盛り上げるのが楽しいし、性に合っている。
あとは、なんていうんだろ。ライランの相手だけすりゃあいいってのが、おいしすぎていやだった。メインやりたくてもがいてる連中が星の数ほどいる中、そいつらの頭を踏んづけて登って行くのは、やっぱりメイン目指して必死なやつだけでいいんじゃないかなって思う。それこそ、イアンザークさんみたいな。
***
俺は、ツンデレ盗賊ロウベル君の肩に腕をかけ、ヒロインを見ながらにやつく。
「へえ、ロウベル。意外だな。おまえがこんなかわいらしいお嬢さんを選ぶとは」
「どういう意味だよ。……つうか、こいつはただの知り合いだから」
この回のヒロインちゃんは、初めて会った俺を見て、戸惑った様子でロウベルを見る。その助けを求める感じ、イイネ!
「お嬢さん、ロウベルになんて言ってだまされたんだい? 泣かされたら私に言うといい。ツケてる罪状で、埃も出ないくらい搾り取ってあげるから」
「黙れ不良巡回官! こいつの言うことはまじに聞くなよ、カフィラ」
俺がやっている役は、盗賊ロウベル君の悪友、巡回官のリファード君。巡回官ってのはポリスメンみたいなもんで、不良呼ばわりだけど、リファード君は悪党と通じるような悪徳警官ではなく、お役所の中でも話のわかる奴って位置づけ。
ロウベル君が表情を引き締め、俺を見る。
「リファード。こいつが『5枚の翼』を見たって言うんだ」
「彼女が?」
応じて、こっちも軽口を引っ込め、真面目な表情。
ロウベル君は、子供の頃に悪党盗賊に画家の父親を殺され、さらに父親の絵を盗まれた。それを探し出すために盗賊になって――と、続くわけなんだが。
サポアクに多い役どころが、攻略対象の親友役(高確率でイケメン)。攻略対象、親友、ヒロインの三者で話すとなると、プログラムで話すNPCには荷が重いので、中身を入れることが多い。
で、こういう役は、演じる人間は決まってない。今日は俺だけど、次回は次回で時間の都合があったサポアクがやる。サポアクなら誰でもできるよう設計されていて(想定される受け答えを載せた分厚い問答集とかがある)、出過ぎちゃいけないし、攻略もできない。
メインの謎に関わる情報を出し、ロウベルが親しい人間の前では、照れ屋で意地っ張りなところも見せるよ、と演出できたら、退場。今日のリファードの出番はここまで。
楽屋に戻るとケロタニアンに手を振られた。
「おーいアカツラ」
ちょっとびびったじゃないか。
表示された名前を見て、納得。うちのメインアクターさんのひとりだった。楽屋含めた事務所では、どんな姿をしてても、誰が誰だかわかるように常に登録ネームが表示される。俺もまだ見た目は秀才系イケメンのリファード君だけど、名前はアカツラって出ている。
「ケロ、シャルさんが入ったんですか」
ケロタニアンを断ったのが二週間前のこと。あの話があれからどうなったのか、俺は知らなかった。
シャルさんは常勤のメインアクターで、さわやかだったりおだやかだったりする役が多い。その毒のなさを癒し系だと愛でる層に支えられつつも、刺激を求めるヒロイン達には物足りないのか、長く中堅で留まっている……というのがマネジの評。アクター評価は誰でも閲覧できてしまったりする。
ラナテルデスでの役はあんまり当たらなかったみたいだけど、この人は仕事減ってるときでも、いつでものほほんとして楽しそうなので、俺は好きな先輩。暇だっつってサポアクにもぐりこんできたりね。もともとサポアク出身らしくて、俺らにも優しい。
「ライラン嬢のケロタニアンって、もとはおまえがやったんだろ?」
「はあ、まあ」
「なんか変わったこととかした?」
「ええ?」
変わったこと。引き継がなきゃいけないようなことは、あの曲の他は特になかったと思うんだけど。
「すみません、特には思いつかないんすけど……ケロルート、うまくいってないんですか?」
「うーん」
シャルさんが頬杖をつく。その自分の指に水かきがあることに気づいた彼は、アバターを脱いだ。30代前半のやさしそうな男性、これは証明アバターだから、リアルのシャルさんと同じ姿ってことだ。ノーサンクスで仕事や公的機関の手続きなんかをするときは、この証明アバターを使うのが普通。俺もならってリファードを脱ぎ、証明アバターになる。ここはこんな職場だから、みんな結構無頓着にしてくれてるけど、金の絡む話や真面目な話をするときはなるべくアバターを脱ぐことにしている。
「うまく、いってないんだろうな。町を一緒に歩いてるとするだろ? 彼女、他のパーティにいるケロタニアンを見ると、目で追ってるんだよ」
「……どういうことです?」
シャルさんは頭の後ろで手を組み、椅子の背にもたれる。
ケロタニアンは優先度の低いおともキャラクターなので、他のパーティのおともに選ばれたなら、イメージぶち壊しだろうが同時に複数存在することになる。
「俺がおまえじゃない、ってわかってるんじゃないか。合わせてくれちゃいるけどな」
「まさか」
俺、そんなに個性出してたか? 自分のロールを思い起こす。どれも、ケロタニアンの範囲を逸脱してない、と思うんだが。
「なんかやりすぎてましたかね、俺」
変な個性出ちゃったのはケロじゃなく、悪党の熊系盗賊のほうだと思って、そっちはちょっと気にしてたんだけど。
「いや。おまえのやってるやつ見たけど、あの状況でケロタニアンを動かすなら俺もあんなもんだろうと思うよ。ただし最後は寝かしつけようとするんじゃなくて、普通の話し相手になっただろうけど。あそこの演出はロマンチックだったよあ、アカツラ?」
「照れますー」
にやっと笑われる。
「ばーか。話すの面倒だからっておまえ、客を地面に放り出すなよな」
「……すみません」
バレてた。付き合いのあるメインアクターはこわい。
「おまえ、脇役の設定からはみ出た行為、嫌いだもんな。設定の少ないケロタニアンで話すのは制限きついから、会話でつなぐのがしんどかったんだろ?」
おっしゃる通りです。
「でもなー、俺でふたりめなんだよ」
「ふたりめ?」
「ケロタニアンの中身。俺の前にホンドウがやったんだけど、あいつは早々にギブ」
ホンドウ。絡んだことないけど、若手のメインアクターだったよな。
「なにがあったんですか」
シャルさんは答えず、代わりにいくつかの番号を宙に書いた。ふよふよと浮いたそれを俺に渡す。
「ま、枠見て」
妙な雲行きに、もごもごとした返事を返す。
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