第4話

 なじみの仲間を得たライランは、そりゃー元気いっぱいになり、俺が時間稼ぎのために迷宮化させたアジト内をがんがん進みだした。

 ケロタニアンを後ろに控え、臆することなく雑魚敵をぶっ飛ばし、複雑に入り組んだ道は一度通れば記憶して、俺の急ごしらえのトラップをやすやすと解いてみせる。知性あったんだなー。素手で牢屋をこじ開けた先ほどを懐かしく思い出す。

「ケロタニアン、次はあっち行ってみるね!」

「ライラン、上へ行く階段はもう見つけましたよ?」

「いちおう全部見ておきたいから!」

 ダンジョンは行けるところ全部行ってから次に進むタイプかな。それじゃーと、こっそりシステムをいじり、ライランの進む先にチェストと鍵を用意。

 ライランは目ざとくそれを発見し、

「見て、ケロタニアン! 鍵があったよ。なんの鍵かわからないけど、借りていっちゃおう」

「さすがです、ライラン! きっとこの先の役に立つことでしょう」

「やっぱり見ておいてよかったでしょー?」

 ふふ、と得意げに笑う。ケロタニアンもうんうん、にこにこ笑って褒めちぎる。ガキの頃はこんなふうに友達とゲームやったなあ。ライランの見つけた鍵は、外へ脱出するための最後の扉の鍵にしておいた。


 アジト脱出にかけた時間は二枠め合わせて50分ほど。ダンジョンではたっぷり遊んだから、次は場面を変えての逃走劇へ。

 外に逃げ出したライランとケロタニアン。森へ逃げ、追いかけてきた盗賊達との追いかけっこ開始。走ったり、隠れたり、罠を作ったり。

「ケロタニアン、ケロタニアン!」

「あとにしてください、敵がこっちに来てますよ。頭をもっと下げて……」

「どうしよう、私いま、すっごく叫びたくて」

「我慢して下さい!?」

「かくれんぼしてると、たまらなくなって叫びたくならない……!?」

 わかるけどさ! 追いかけっこやかくれんぼって謎の興奮と緊張があるよな。

 ライランとケロタニアンの冒険はうまくいってたと思う。彼女は終始楽しそうだった。

 それでも、王子様が来ない。


 23:45、終了5分前の鐘が鳴る。タイムリミット。

 ライランは驚いたように顔を上げた。

「もうおしまい?」

 その言葉に、不覚にも俺は一瞬傷ついてしまったよ。

「すみません、ライラン」

「どうして謝るの。ケロタニアン」

 この瞬間が嫌いだ。とても。夢の世界の住人が、現実の都合を話すなんて最低だ。

 だけど、説明しなきゃいけない。脇役ケロタニアンと過ごしただけの『恋愛パート』、そんなものを売るわけにはいかない。

「実はノーサンクスは今、休止状態に入っているのです」

「……休止、って?」

 知らんのかい。ツッコみたい口をおさえる。ごほん。

「……ライラン、休止をご存知ないのですか?」

「ごめんね。実は、まだノーサンクス自体、始めて間もなくて」

 耳を疑った。普段ノーサンクスを利用してないってことか? ノーサンクスは世界の生活を変えたのに。

「お父様は旧式を愛する方で、わたしがここで遊べるようになったのはつい最近なの。それでケロタニアン、休止ってどういうことなの?」

 お父様って。いやそれより、電脳世界なしで生活してたってこと? そんなことってできんの? 休止はノーサンクス以外の電脳世界サービスにもある。

「休止とは、ノーサンクスが安全のため、一時的に利用者の機能を制限している状態です。具体的には、エリアを移動することができません。ログアウトを含めて」

「ログアウトができないの? それじゃわたし、帰れないの?」

「いえ、帰れますよ。今回は時間がかかってますが、じき復旧するはずです。それに、ログアウト自体はどうにでもなる」

 ここらへんはログイン時に必ず出る注意だ。

「ライランはちゃんと帰れますから、安心して下さい」

「うん、わかった。でも非常事態みたいで、ちょっとわくわくするね」

 なにをおつむのかわいいこと言ってんだ。頭に花咲いてるなあ、このお嬢様。

「夢の世界みたい。ケロタニアンがたくさんしゃべってる。いつも似た感じのことしか言わないから、変な感じ」

 そりゃNPCだからだ……って、まさか、今のケロに中身ナカノヒトが入ってることもわかってないのか?

「ねえ、次はまたここから始まるの?」

「え? ああ」

 俺は首を横に振る。

「正式な通達は後日になりますが、料金については、今日の2枠は発生しません。ストーリーに関しては、わたくしの口からは言えません」

「……無料ってこと? どうして?」

「招待状を送らせていただきます。またお好きなときにいつでもお越し下さい」

 出るはずだったイアンザークさんが出なかったからだ、と説明するのは、舞台裏に触れすぎていていやだった。普通のプレイヤーなら察せられることなだけに。

「待ってケロタニアン、それじゃひょっとして、この冒険の続きはないの? わたしまだ彼に……」

 ライランは、口ごもってから、ふたたび言葉を出す。

「……イアンも助けてないのに」

 ライランは一度口ごもってから、イアンザークさんの名前を出した。このとき、違和感を感じたのに、俺は見過ごした。

「それもわたくしの口からは言えません。ライラン、物語の続きはご自分で見るものですよ」

「だけど」

「今日のこれは夢です。ライラン」

 俺が少し強く言い切ったことで、ライランはやっと察したようだった。

「そう。……残念、だな」

 またはにかむ。今日ずっと見続けていたのに、勝気なつり目も、かわいすぎるお団子頭も、あまり似合わないと思った。

「ケロタニアンは忘れちゃうのに、わたしだけ覚えてるんだね」

「少しばかり、あなたの物語のページが先にめくられるだけです。わたくしはいつだって、銃士のケロタニアンですよ。あなたが望めば、いつでも戦いのおともをいたします」

 次回はおそらく、ライランが無事町に逃げおおせたところから始まるだろう。イアンザークさんは怪我をしているだろうけど、あの熊な悪党はもう二度と出てこない。彼女が再びケロタニアンと組んでも、それは俺じゃなくてプログラムで、そのケロタニアンは、この逃走劇について語ることはない。

「眠りましょう、ライラン。今日が終わります」

「眠る?」

 やっぱりそれも知らないんだろう。俺はちょっと笑って、システムをいじる。空をそっと、夜にする。

「意識が眠れば、この世界からログアウトできるんですよ。体に異変があって意識を失う場合もありますからね、重要なことなんです。ノーサンクスにいたまま眠ってしまった場合、システムから安否確認があります。ノーサンクスから出てその連絡を受けないと、あなたの家に救急隊が向かってしまいますよ」

 眠っている状態でのログインとログアウトは心身への影響が少ないとされていて、ノーサンクス開設初期は必ず眠っている状態でやっていたのだという。なんだそれめんどくせって感じだけど、先人達の試行錯誤のおかげで、俺達は健康安全にこの嘘世界で遊んでいられるわけだ。

 ライランは俺を見下ろし、それからきれいに膝を折ると、草をゆっくりとなでた。

「こういうところで寝転がるのって、心細いね」

「そうですね。でも、大丈夫ですよ。ここは安全です」

 敵の動きはすでに切ってある。ライランは思いきったように、体を仰向けにねころばせた。

「あ」

 目を見張る。夜空の星に気づいたらしい。このゲーム、話題にはのぼらなくても、世界背景がすごく綺麗なんだ。

「すごい、本物とは違うけど、本当に綺麗」

 頬を紅潮させてくれる。空を覆うのは、深い紺碧にまたたく無数の星と、紫や緑がかった星雲。いかにもファンタジックな空だ。

 魔法の小箱を出す。本来はあるルートで出てくる妖精が閉じ込められたアイテムなんだけど、今は妖精を抜いてから箱を開けた。それと同時に曲を流す。

 古くからある、星を集める子供達の歌。歌を歌っている間は 彼らは夜の闇に飲まれないから、交代で歌い続けてどこまでもどこまでも旅をする。明るくておだやかな旋律が、オルゴールの和音で奏でられた。

「この曲、大好き」

 ライランが頬をゆるませる。俺は今、子供を寝かしつける爺やみたいな気持ちです。

「ふたを閉めれば音楽は止まります。おやすみなさい、ライラン」

 小箱を彼女の頭の近くにおいて、恭しく礼をした。さ、出番は終わりだ。俺も離れたとこで休憩しよう。お嬢様のお相手は、色んな意味で疲れた。

「行っちゃうの?」

「乙女の寝姿を見るなど、許されることではありません。近くにおりますから」

「ケロタニアンはわたしの仲間でしょ? 別々でキャンプなんておかしいよ」

 なんて断るか。でも、遅かった。

「ひとりで寝るのは不安だよ。一緒にいて、お願い」

 はいはい。そう言われたら、ケロタニアンは断れないよ。

 承諾すると、ライランは照れたように笑った。

「こんなこと、イアンには言えなかったな。やっぱり、中にちゃんと人がいるんだと思うと、緊張しちゃって」

 ……ああ、やっぱりそれはわかってるんだな。こっちも今は中に入ってるんだけどね。

「ケロタニアン、一緒に星を見よう。とっても綺麗だから」

 寝転がったまま、ライランは自分の隣をとんとんとたたく。言われるままあぐらをかき、空を見る。

「ちゃんと星が流れるよ」

「そうですね、ライラン」

 俺は生返事を返しながら、夜空を眺める。進んでおしゃべりに付き合う気分はなくなっている。

 しばらくふたりで空を眺めていた。休憩なかったからなあ。結構疲れた。

「ねえケロタニアン」

「なんですか、ライラン」

「夢なんだったら、今から話すことも消えてくれるのかな」

 目をやると、ライランは、気恥ずかしそうにはにかんだ。

「恋をしてみたくて、友達が勧めてくれたこれを始めたけど、わたしにはまだ早かったのかもしれない。孤独なイアンが気になって、彼の物語を見届けたかった。彼がさみしくなくなればいいと思ってた。でも、彼の恋人になりたかったわけじゃ、なかった気がする」

 胸の前で、ゆるく手を組む。

「わたし、今日が一番楽しかった。あなたと迷路の謎を解いているほうが。敵に追いかけられて、夢中で逃げるほうが」

 ライランは空に視線をうつし、そっと細めていた。そうか。

 イアンザークさん、気づいていたのかな。だからあせっていたのか。回数は重ねられていくのに、ヒロインは一向に準備ができていかない。

 ライランはきっと、あの頑固そうな綺麗事で、イアンザークさんのアプローチをかわし続けていた。今思えば、怪我を治せと言ったのもきっと、イアンザークさんが気持ちを寄せるチャンスを作りたくなかったから。隙を見せたくなかったから。

 一瞬、冷たい怒りがライランへわいた。すぐに肩の力を抜いて散らしたけれど。

 その気がないなら、追いかけるな。

 相手の心をつかみたくて必死なのは、本当はプレイヤーじゃなくて、夢を売る俺らアクターのほうだ。

 ……なんてのが、負け犬なのはわかってる。恋が下手なお嬢さんも中にはいるって、とっくに知ってる。心優しいライラン嬢。始まったはずの恋が、自分には抱えられないものだと気づいても、ここまで引き返すことができなかった。

 このあと、イアンザークさんはこの枠で起こったことを確認するだろう。ライランの本音を知るわけだ。ざまあ……ないかなどうかな。考えんとこ、仕事仕事。あとで休憩とれるかな、腹減ったなあ。

 客の隣だっつのに、思いきりぼけーっとしてしまった。我に帰って慌ててライランの様子をうかがうと、寝転がったまま俺を見上げていた。

「すみません。星に見惚れておりました」

 ライランはにこにこと笑ってうなずく。ご機嫌そうだ。自覚してすっきりしたんだろうな。

「あのね、ケロタニアン」

「はい」

 なにが楽しいのか、仰向けからうつぶせに転がり、足をふりふり。

「ううん、やっぱりなんでもない」

 なんだそれ。これは食い下がったほうがいいのか、放っておいたほうがいいのか。

 迷ったそのとき、運営から俺に直接の連絡が来た。休止解除、お客様に以下を伝え、お帰り頂いて下さい。事項1――

 俺は指示通りにライランと別れを済ませ、エリアからログアウトさせた。


 イアンザークさんから一言もなかったことにまたムカつきつつ、改めてマネージャーから休憩をもらって、飯食って。明け方四時まで仕事して、退勤。明日は休みだから思いきり寝よう。


 でも、事態はこれで終わらなくて。

 俺は翌日、寝ているところを叩き起こされたのでした。

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