第3話

 エリア移動ができなくなっている。通信しようとしても、誰からの返事もない。

 これはあれだ。

 ノーサンクスが一時休止をかけた。

 まれにあること。ノーサンクスのどこかで異常が起きたり、報告された場合、危険を避けるために一時的に機能を落とす。主に落とされるのは俺達の意識を扱う範囲で、使えなくなる機能は、エリア移動とエリア外への連絡。

 こういうときは、同じエリアに留まって復旧を待つわけなんだけど。


 またしても気を失わされたライランを別の牢に移し(罪悪感から、さっきよりいい場所に作り変えておきました)、歩いてそこから離れる。それから、ライランのプレイヤーには見えないエリアへ退場。

 さて、どうするか。イアンザークさんは来ないんじゃなくて、来れない。

 今、他のメインアクター達は、普通にゲームを続けてるはずだ。休止といってもエリア移動ができないだけだから、その場でヒロインといちゃついていればいい。休止が明ければ何も問題ない、アドリブに関しては百戦錬磨の人達だ。

 でも俺はサポートアクターだ。ヒロインとサポアクのみで休止状態になった場合、判断はひとまず状況に任される。休止明けまで不自然なくつなげられるなら最良、無理であれば客に伝え、枠は中止。次回無料券が配られる。


 システムによる中止は俺の落ち度じゃない。

 でも、さっきまで悪役だった男が『すみませーん、休止かかったみたいなんで、ちょっと待っててくださいねー』なんて言う。そんなのはイヤダ。

 とりあえず様子を見て、引っ張れるとこまではやってみることにする。慣れてる客ならサポアクと長時間一緒なんておかしいって気づいてしまうだろうが、ライランはまだ不慣れだ。だまされていてくれるかもしれない。


 戦闘にならないよう、彼女の左腕に鎖をつけて、壁につないだ。抵抗されるたびに叩きのめすのは心が折れます。Sじゃないんで。

 怪我はそのままに、彼女の意識だけを回復させる。

 目覚めてすぐ、ライランは俺を睨みつけた。

「お目覚めか? 口ほどにもなかったな」

「魔法なんか使って、卑怯者! ちゃんと自分の腕で勝負しなさいよ!」

「イアンザークだって魔法を使うだろうが! しかも禁じられた邪悪なやつ!」

「いいの……よくはないけど! それでも彼の力だもの。あんたは違うでしょ、あの魔法はあんたの力じゃない」

 だってこのアバターで攻撃し続けたら死んでたじゃん。避けて欲しかったよ。

「大体、わたしをさらうこと自体、卑怯でしょう。不満があるんだったら、直接言えばいいのよ」

 イアンザークさんは聞いてくれないだろうなー。雑魚の苦情なんて。

「あいつはおまえの言うことだったら聞くのか?」

「……まあ、ときどきは」

 イアンさん、まだあんまりデレてないのかな? じゃあ、えーと。

 口笛を吹く。

「それなら上等だ。あいつは興味のない人間は見えてもいないからな。傷だらけのおまえを見て、あいつがどんな顔をするか今から楽しみだ」

「だめ!」

 突然の大声に驚く。

「ねえ、この傷治して」

 えー!? なに言ってんだ、自分の怪我を見て怒るイケメン、おいしくない? 鉄板ぞ?

「イアンは、優しい人なの。意地悪な顔してるけど、本当は仲間が傷つくとすごく怒るの。だからわたしのこんな姿見たら、あなたのこと、きっと許さない」

「なんだよ、それこそ上等じゃねえか。俺はあいつを追い詰めてやりたいんだ」

「だめだってば! そんなことしてもなんの解決にもならないでしょ!?」

 ははは、いらっとする! 説教系ヒロイン!!

「解決? 誰にとっての、なんの解決だ?」

 にやにや、冷たく笑いながら、腕を組む。俺、こんな台詞ならすらすらでてきちゃうから、根が脇役なのかもしれん。

「なあ、誰のだよ」

 ライランは不穏を感じ取りながらも、果敢に睨み返す。

「そりゃ……あなたの問題の解決よ。イアンに復讐したら、あなたは本当に救われるの? 幸せになれるの?」

 期待した通りの言葉を、予定通りに鼻で笑う。

「おまえの言う幸せと、俺の幸せってのが同じだと思ってるのか?」

 ライランは一瞬言い返そうとし、でも口を閉ざす。

「俺はな、あいつが苦しむところを想像すると、そりゃあもう、いーい気分になる」

 両手を開いて、ライランの首へと近づける。

「あんたが首を絞められる姿を、あいつがどんな顔で見るかって思うと、楽しくて楽しくてしかたないんだよ。わかるか?」

 彼女の顔ほどもある大きな手から、ライランは身をよじって距離をとろうとする。

「……いや失礼、お嬢さん!」

 首に触れる直前で動きを変え、両肩をばんばんとたたいた。

「こう言うべきだった。『そう、あいつに復讐したら、俺は幸せになれるんです!』」

 声を上げて品なく笑う。ライランの様子をうかがうが、ライランの眼差しはかげりはしても、まだ気丈さが見えた。

 イアンザークさんとしては、かなりへこませておいて欲しい感じだったよなあ。

 ライランとイアンザークのデート枠は、これで8回め。かなりの進展があっていい頃で、イベントランクも、ヒロインが襲われたり、攻略対象が告白してきたり、転機となるような重要度の高いイベントが起こるAランク。サポートアクターもシナリオに幅と深みを持たせるため、ヒロインへの接触が許されて、だから俺はライランを抱き上げて連れ去ったりできた。

 怪我をした箇所をつかむ。彼女は一度体を震わせた。ノーサンクスで痛みは感じなくても、目からくる情報は深い錯覚を起こさせる。

「イアンザークが来る前に、もっと傷つけておいたほうがいいか。おまえが泣きながらイアンザークに助けを求めるように」

「……あなたはそれで、幸せになるの?」

「そうだって言ってるだろ? なあ、お嬢さん。協力してくれよ」

「イアンを傷つけることは、協力できない……」

「ま、あんたの同意なんかいらないんだけどな」

 とはいえ怪我はこれ以上させられないし、服でも破くか?(豆! レイティング『スパイス』以上で使うアバターは、服の損傷パターンもある高いやつしか使えないぞ!)。えろいことされて喜ぶようなタイプにも見えないから、ちょっと気が進まないんだけど。

 ライランのチャイナの襟に手をかける。

「本当に他の方法はないの? あなたが他に幸せに感じられることってないの?」

「あ?」

 俺の手はライランの襟をつかみ、喉元がのぞいているのだけども、ライランは真剣な顔である。

「人を傷つけることしか喜びがないんじゃ、あなたの人生、遅かれ早かれ行き詰まっちゃう。盗賊を辞めて、罪を償いましょう。そして人の役に立つ仕事をするの。あなたは腕が立つんだから、誰かを守ることができる」

 なにを言い出すんだ、やめろ、やめてくれ、ツライ! いや、悪役を救おうとするのはヒロイン側としては当然起こしうる行動なんだから! 拝聴!

「そうやって生きていけば、あなたを理解して支えてくれる人が増えていくし、一生の親友や、生涯の伴侶となる人とも出会えるかもしれない。ご家族との絆もまた結べるかもしれない。大切な人がいる人生は、誰にとっても幸せだと思うんだけど……どうかな?」

 身もふたもないけど、なにを言われようが、俺がここで改心するわけにはいかない。いろいろ破綻しちゃうから。

 だからライランさんには、『これ以上こいつと話してもしかたない』と、あきらめてもらわねば。深入りしていい脇役と、通り過ぎるべき脇役がいるのである。

「ほうほう。それじゃお嬢さん、俺の女神様になってくれよ」

 にやっと笑う。ライランはまばたき。わかりやすい流れかと思うんだけど、素で驚いてる感じ出てるな。まさかよもやもしかして、さっきの、本気の説得()だったんだろうか。

「名誉は地に落ち、一族の恥、死んだものとされた。今は通りすがった旅人をぶっ殺して、その荷で生きてる盗賊に、生きる力を与えてくれよ」

 あごをつかみ、腰を引き寄せる。

「あんたが俺の女になるっていうなら、イアンザークへの復讐をやめてやってもいいぞ?」

 イケメンだったら許されそうな展開だな。しかし俺の見た目、悪役熊盗賊。2メートル超える筋肉ダルマ。

 顔を近づける。

「……いや! 離して!」

 ライランは俺をおしのけた。

 そして俺は、ライランを突き飛ばす。

 ライランと目が合ったところで、肩をすくめた。

「たいした聖女様で」


 牢を離れて角を曲がったところで、大急ぎで彼女の見える窓を開く。

 うーん、まずかった気がする。楽しいネガティブイベントじゃなくて、メタにストレスかかる結果になっちゃった気がする。

 ヒロインの窮地に浸って欲しかったけど、あの子からは、状況に酔ってる様子を感じられなかった。多分、悪役の俺が本当に改心してくれたほうが喜んだんだろう。

 イアンさん、あの子難しいねえ! 早くきてー!

 恋愛で遊ぶ俺達には、ずるいヒロインのほうが助かる、なんて。勝手な言い草だけどさ。

 時間はもうすぐ22:30。彼女は50分×2枠を取っているから、休憩まであと20分。

 休止明けのアナウンスはない。見通しが立っていないんだろう。

 まだ続けるなら、20分遊べる内容を始めないといけない。引くならここ。

 窓を出して覗くと、彼女は小さな肩を落として、うつむいていた。


 迷った時間は少しだけ。

 今使えるシステムウィンドウを開くと、俺は熊系戦士から、カエルの銃士にアバターを変えた。



  ***



「お助けに参りました、ライラン!」

「えっ?」

 サーベルを振り、きらきらしたエフェクトつきで牢を開ける。「そりゃーっ!」

「ケロタニアン!?」

「左様でございます! ああ、このように怪我をなされて、おいたわしい。とりゃっ」

 おもちゃみたいなサーベルをもいっちょふりふり、彼女の肩と腕の怪我を治す。HPゲージが6割くらいにまで回復する。

 カエルの銃士『ケロタニアン』。

 ヒロイン達がレベル上げパーティに選べる、味方NPCだ。

「不本意ながら邪悪の騎士イアンザークとともに、あなたをお助けすべく向かっておりました。ですが奴めは道中で卑劣な罠に遭い、怪我をしたのです」

「イアンが怪我を?」

「そう……なんと、わたくしめをかばって……!」

 泣き真似をする。ケロタニアンは正義の銃士だ。暗黒騎士であるイアンザークを毛嫌いしていて、彼のそばには決して近寄らない。でもライランは彼がお気に入りだったらしく、基本的にレベル上げのおとものひとりとして彼を選び、友情度を上げている。

「堕ちたの者には、わたくしめの回復魔法は効かず……しかし奴は、ライラン、一刻も早くあなたを助けるようわたくしに言ったのです」

 くく、脱いだ帽子を握り締め、感動にむせび泣く。

「さあ、行きましょうライラン。こんなところを抜け出して、奴のもとへ」

 こいつは倒置法多め。って、やっぱり唐突すぎたかな。ライランはぽかんとしたまま、俺を見ている。

 休止だって教えるのは簡単だ。でも彼女の中の物語はまだ続いているはずで、ゲームすれしてないお嬢さんの初々しい物語を壊すのは忍びなかった。それも、ああいういやなシーンで終わらせるなんてのは。

 ライランは、ぱっと顔を上げた。

「……ええ!」

 きらきら、輝いた目で。

「ええ、イアンを助けにいきましょう、ケロタニアン!」

 あら、明らかに元気になったね!? 助けられるより助けるほうがお好きですか?

 あーでもよかった。せっかく来たんだし、ちょっとは楽しんでいってくださいな。

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