第2話

 ライランは、イアンザークとの待ち合わせ場所である街外れの墓地の前に、ちょこんといた。背は低め。耳を隠すようなおだんごからおさげが伸びて、チャイナドレスにズボンを履いている。そこは生脚かスパッツがいいなー。

 俺様、ザッ! と彼女の目の前に現れる。

「……おまえがライランだな」

「え?」

 声はもちろん、俺のものじゃない。しわがれたゴツいボイス、お気に入りである。うーん渋いぜ。

「行けぇ!」

 手下の雑魚魔法使いに、ライランに向けてスタン魔法を連打させる(全部俺の操作だよ)。抵抗する隙もなく、魔法耐性の低い彼女はあっというまに抵抗値をなくして気絶。ちなみに気絶状態はアバター操作ができないだけで、中の人がほんとに気絶したわけじゃないし、自分のアバター周りでなにが起きてるかも見られます。そうじゃないと寝てるヒロインにちゅーするシーンとか見られないしね。個人的にはあれはただの犯罪だけどね。

 というわけで、ライランを抱き上げてにやりと笑い、「お楽しみはこれからだぜ、イアンザーク……」とおざなりすぎる台詞を呟いて、エリアチェンジ。



  ***



 しかし実際のとこ、どうお楽しんだもんか。

 エロ系か? 暴力系か? このゲームのレイティングは、軽度の暴力、性描写ありの『スパイス』。可能なアプローチは幅広い。こういうのって後に響くことだし、アクター側から指定しといて欲しいんだけどなあ。

 とりあえずエロいのはやめておこうか。イアンザークさんはあれでヤンデレじゃなくて「純粋なゆえに傷つき、ひねくれた」系なので、デレが始まれば純愛だし。それに、調子こいて悪役君をでっかく作りすぎて、ヒロインと体格差がつきすぎてしまった。これでせまったら、つぶしちゃいそう。

 22:04。彼女を起こす。


 今の舞台は、森の洞窟を使ったアジト。鉄柵を埋めて作った牢の中、ゴザの上に寝かせた彼女を気絶状態から回復させる。

 ライランは、ぱちりと目を開くなり、はねるように叫んだ。

「なによ、あんた!」

 元気元気。データ通りだね。

 ライランは俊敏に飛び起き……ようとして、自分が縛られていることに気づいた。画面見てたなら自分の状態わかってるはずなんだけど、演技派なのか、がっつり移入してるのか。

「恨むんなら、イアンザークを恨むんだな」

「あんた、イアンのなんなの?」

「俺か? 俺はな、あいつのせいで人生を狂わされたんだ」

 筋書きが安っぽいのは勘弁してほしい。俺は役者であって、シナリオライターじゃないんだ!

 決闘に負けたこと、婚約者に捨てられて、そのまま山賊に身を落としたことをわかりやすく説明すると、ライランは呆れた顔をした。そりゃそうだ。

「そんなの、イアンのせいじゃないじゃない!」

「うるせえ! あいつも苦しめばいいんだ。俺と同じように、愛する者を失えば!」

「愛する者って……」

 ライランは戸惑いを見せた。

 ライランとイアンザークは、まだ恋人関係じゃない。ライランはイアンザークの好感度を上げてルートには入ったものの、仲が進展しないまま逢瀬|(アクターとのデートね)を重ねている。

 我ながら顔を覆いたくなる陳腐な台詞だけど、ふたりの関係を意識させることを重視したってことで、わかりやすさだけは評価してほしい。だってシナリオほんも時間もなかったんだもん、イアンザークさんの思い通りにいかなくたって、責任とれん!

 てかイアンさん、なんで今日はこんな雑なサポートの入れ方したんだろう? あの人の性格と態度は好かんが、人気に相応しいプロ意識なら知っている。から、ちょっと違和感。

 ライランを嘲笑う。

「奴は飛んで来るさ。痛い目に遭いたくなければ、おとなしくしておくがいい」

 のっしのっしと彼女の前から退場、エリアアウト。

 ウィンドウを開いて彼女の様子をうかがう。

 ここから少し彼女のターン。やりたいことがあるならやらせて、様子を見つつ、またこちらで話を動かすことになる。


 ひとりになったライランは、まずはきょろきょろと周りを見回した。ずいぶんと心細そうな表情。……ふうむ?

 画面こっちで俺が首をひねった瞬間、彼女はばっと身体を起こして器用に立ちあがると、縄をぶっちぎるべく後ろ手に力を込め始めた。これは予想通り。縄は、彼女が一度は脱出できるように耐久度をごく低く設定してあるから、すぐにちぎれた。なお『一度は脱出に成功させる』のは、『ライランは助けを待つだけの女の子じゃない』っていう表現のため。そのほうが勝気なライランのプレイヤーには満足がいくだろう、っていう。

 無事に縄が切れたのを見届けたところで、なにげなくライランのステータスを確認……して、二度見。

 なにこれ。まさかあの子、筋力にしか振ってないの? このままじゃ一生武闘家だよ、もうちょい他にも振らないと上位ジョブにクラスチェンジできないよ!? 攻略情報は禁止されてるけど、これは説明書に書いてあること、チュートリアルにも出てくる。ゲームそのものに慣れてないとか言わないでくれよ。それはちょっと面倒だ。


 ともあれ、ライランは今度は鉄柵まで力でこじ開けようとし始める……いやいやいや、そこに門番が昼寝してるじゃん、不自然なほどでっかい鍵束を見せてさ!

 時計を見ると、22:08。俺の仕事は時間厳守、22:15にはイアンザークさんを登場させなきゃいけない。そりゃそうだ、恋愛パートでお目当て以外と長時間遊んだって金の無駄、ストレスしかたまらない。

 物音に起きた門番から近づかせようかと思ったけど、なんか勘の悪そうな子だし|(ごめん)、牢柵の耐久度を一気に下げる。我らがヒロインは無事、鉄柵を素手でこじ開け、アジトを走り出した。

 ……で、なんで階段下りるのかな? 進む方向わかりやすいように、俺、わざと下への階段は暗くして、上への階段に日の光を射させておいたんだけど!?


 時計を見る。22:10、あと5分。ライランに奥に行かせるのはうまくない。そりゃ、いざとなったらイアンザークさんを直で彼女のところに飛ばせばいいんだけど、あの人はキャラにどっぷり入り込んで仕事するから、一瞬でアジトの奥に行くようなご都合は興醒めだ。じゃなきゃ楽屋でまでロールしなかろ。

 仕方なく俺は、きょろきょろ周りを見回しながら走るライランの前に現れることにした。


「おいおい、迷子か? 残念だったな、出口はこっちじゃないぜ」

 親切な悪役登場。おともの雑魚キャラも一緒。まあ、これで戦闘を始めれば、最中にイアンザークさんが来てくれるはずだ。あの人、いつも合図よこさずにこっち殴ってくるから、注意しておかないとな。

 ライランは、俺をきっと見据える。

「ほら、おとなしく牢に戻りな。今度は奴が来るまで、この俺が直々に見張ってやるからよ」

「逃げようと思ったんじゃないわ。あなたを捜してたのよ」

「俺を?」

 素で聞き返しちゃった。理由がぱっと思いつかない。読めない天然はやめて、下手打ちそうで怖い!

「あんたぐらい倒せなきゃ、イアンの近くにいる資格なんてないもの」

 ああ! そういうことなら、おっけーおっけー! そういえば、イアンザークさんは『傷つけたくないから、弱い奴は近づかせない』人なんだったわ。

「威勢がいいな。それならその腕、試してみるがいい!」

 よし、戦闘開始、予定通り! あとはイアンザークさんの登場を待って、俺がぶちのめされるだけ。

 ライランはすぐに連続攻撃の技を使ってきた。初手これかあ。彼女のレベルならまず行動速度を早くするのが鉄板なんだけど、やっぱりゲームの上手い子ではないようだ。そのまま食らって、平気な顔をしてみせる。彼女に、自分は敵わないかもしれない、と不安を持たせるために。

 次は俺の番。このゲームの戦闘は、女の子プレイヤーに優しい、なんちゃってリアルタイムバトル。一瞬でコマンド入れなきゃいけない格ゲーじゃなくて、自分の手番ではまわりがスローモーションになって、ある程度余裕を持って自分の次の動きを入力することができる。なお、俺らアクター側は、プレイヤーを待たせないようにスロー時間はない。大丈夫、俺格ゲー得意!

 横薙ぎ攻撃を選ぶ。振りかぶりのモーションが遅いから、素早い武闘家が避けるのは簡単|(それに素早さが高いと、もらえるスロー時間が多くて、避けるコマンドを入れやすいのだ)。

 でもライランはぎくっと体を強張らせ、一瞬その場に立ち止まってしまった。スロー時間が終わって、逃げ遅れた彼女の腕が斧に弾かれる。

 ライランの体力ゲージが現れ、ぐっと減り、彼女の右腕に赤いサークルがついた。ここを負傷している、って意味。このゲーム、怪我のグラフィックは使われていない。血も、演出で少量のみ許可する方針。でも、赤サークルでも増えると、プレイヤーはかなりあせる。

「……痛いじゃないのよ!」

 う――ん。

 これ、びびってるよな。それも、さっきから。

 イアンさん、『反応薄くて動じない女』って言ったけど……。

 ソロのせいか? ゲーム慣れしてても、ひとりで戦うのが苦手な女性プレイヤーってのは多い。ソロ戦闘必須のルートは露骨に人気が落ちるほど。だからこのゲーム(ラナテルデス)では、冒険パートではNPCや他プレイヤーとパーティを組んで戦闘するし、ひとりで戦う機会はめったにない。

 ライランは、普段からよっぽど無理して、気の強いロールをしてるのかもしれない。それで隙を見せなくて展開がないから、イアンザークさんが荒療治を狙った……とか? 彼の攻略では、ヒロインは十分な強さを見せたあとに、弱さを見せる必要がある。

 彼女はまた同じ技を発動。手ぇ早いんだから、通常攻撃を繰り返して技ゲージ貯めればいいのに、最初から大ダメージを狙おうとするのは焦ってるからか、ただゲームが下手だからか。この特殊技、ちょっと時間かかるから、素早さの低い俺にもすぐに順番回っちゃうんだよね。

 まさか倒しちゃうわけにもいかないし、もっかい同じ横薙ぎなら避けやすいだろうけど、手加減バレちゃうのもイヤだしなあ。しょうがないなあ。

『イアンザークさん、早く来て下さい。彼女、もう十分怖がってるんで』

 やりたくないけど、アクターに注文を出した。イアンザークさんは一連を見ている。それでも来ないのは、まだ出てくるタイミングじゃないと思ってるんだろうが、彼女はもう余裕がない。2回目の俺の攻撃、もろヒットしちゃって、彼女の右肩にでっかい赤サークル。うえーごめんよ。

 でも、イアンザークさんから返事がこない。ライランはまだ立ち上がろうとしていて、でもこの2回の攻撃だけで体力ゲージはすでに3分の1を切っている。

 俺の攻撃を避けられなかったのは、彼女が時間内に操作をできなかったからだ。おそらくは、ひるんで。

 彼女は、自分の意識とアバターの動きを直結させていて、視界も主観にしている。だから、この小さい身体で巨大な俺が振りかざす斧を見上げているわけで、それは初心者の彼女には相当こわいはずだ。

 女性だと戦闘だけオートにしたり、直結を切って視点を変えて、自分のキャラを見下ろす客観、いわゆるゲームの画面を見るように操作する方法を選ぶことも多いんだけど……

 彼女はイアンザークさんの助けを待っているんだろうか。それとも、まだこの場面を自分だけで打破しなければいけないと思い込んでいるんだろうか。でも仕組み上、彼女がひとりで俺に勝つことはできない。

『イアンザークさん、はーやーくー!』

 返事がない。

 俺はやっと異変に気づいた。

 雑魚魔法使いにスタン魔法を打たせ、彼女を再び気絶させた。

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